郵便受けに投函されていた一通のハガキ。
それに記された文字を読んで、私はため息とともに紫煙を吐き出し、そして懐かしい名前に苦笑した。
「またか……変わらんな、彼は」
差出人は小、中学時代のクラスメイト。
彼とはいわゆる幼なじみというやつなのだが、別に家が隣同士だったとかそんな事実は無い。まあ近所ではあったが、それを言ったら当時のクラスメイトは全員が幼なじみだ。
もっとも、特別仲の良かった男子という意味ではその言葉のイメージ通りではあったが。
私は当時、モテていた。自慢ではないが、おそらくクラスで一番人気があっただろう。
女子の友達も普通に多かったが、私は男子のグループに混じって遊ぶことが多かった。彼とはそのグループ内でも特に仲が良かったと言えるだろう。漠然とではあるが、将来はきっとこの人と結婚するのだろうと思っていた。
もっともその妄想が現実となることはなく、彼は既に別の相手と結婚している。同じグループのリーダー格のガキ大将、その妹さんとだ。
リーダーの剛田くんは妹を溺愛していて、彼女もときたまグループに混じって遊ぶことがあった。彼女はその頃から彼に恋をしていたようで、相談を受けたこともある。
当時の知り合い達とは連絡をとっていないが、彼女が主婦業の傍ら、念願だった少女漫画家として活躍しているのは知っていた。
初恋と夢を同時に叶えた彼女のことは、同じ女性として本当に尊敬している。
「しかし、いつになったら平塚と呼んでくれるんだろうな、彼は」
女性が結婚することを『名前を変える』と表現することがあるが、私はこれを嫌っている。
いつまでも結婚できないから、というのももちろんある。が、それ以上に既に経験しているからという方が大きいだろう。
中学卒業の少し前、両親が離婚した。
何があったのかは正直分からない。
私には家には何の問題も無いように思えたのだが、両親にとってはそうではなかったらしい。気がついた時にはもう手遅れになっていて、私は母親に引き取られ、逃げるように母の実家へと引っ越した。以来、私は母の旧姓である平塚を名乗るようになった。幼なじみの彼らとはそれから顔を会わせていない。
タバコを覚えたのはこの頃だ。そして、荒んで誰にでも噛み付き、喧嘩に明け暮れていた私を諫め導いてくれた恩師に出会ったのも。
当時の私は、有り体に言ってグレていた。
あの人に出会ってなければどうなっていたか分からない。私が教師を志したのもあの人に憧れたからだ。
結局、タバコだけはやめられなかったな……と、そのあたりのことはいいか。
ともあれ、私が名字を変えたことは連絡してあるはずなのだが、彼が私に寄越すハガキには必ず当時の私の名が書かれていた。
何らかのメッセージ、という可能性もあるが……おそらく違うだろう。
彼は昔からぼんやりした男だった。
何をするにも反応が遅く、と言って深く思考しているのかというとそんなこともない。
美点がまるで無いとは言わないが、はっきり言ってしまえばダメ人間だった。……よくよく考えてみれば、私がクズ男ばかり引っかけるのはこいつがルーツのような気がしてきた。ちくしょう、文句言ってやる。
私はそう決意すると、ハガキの参加のところに丸をつける。ま、久々に旧知の仲間と顔を会わせるのも悪くなかろう。
「さて……どんな男になっているやら」
ついでに私の名字の部分、『源』の字にバツをつけて平塚に訂正し、私は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。