例のあのシーンでモブの中にヒッキーがいたら、という話。
「「「「ええええええええええ!!!!!!!!????????」」」
幾多の声が重なりあう。
この場には数千人以上の人間がおり、それらが一様に驚嘆の声を上げていた。
そいつらは突然現れた。ある日ある時、前触れも無く現れた怪人の群が人々に襲いかかったのだ。
群と言ってもそれほど数がいたわけではないらしい。それでも武装した警官隊が太刀打ちできないような化け物が、一度に十数体も現れればシャレにならない脅威だろう。
魚のようなヌメった鱗に覆われた者。
タコを思わせる幾多の触手を持つ者。
深海族を名乗る彼等のほとんどは、ヒーロー達によって討伐されたそうだ。しかし最後に残った奴等の王、深海王の強さは桁が違っていた。
そいつが弾道ミサイルの直撃にすら耐えるというシェルターの壁を破壊して乗り込んできた時はさすがに終わりかと思った。目の前でヒーロー達が次々に返り討ちに合っていくのを見て思ったのは『ここに小町が居なくて良かった』だったよ。
後で聞いた話だが、深海王に倒されたヒーローの中には人類の最高戦力であるS級が二人も含まれていたらしい。つまりはそれほどの危機だったわけだから、助かった時の皆の喜びようも半端ではなかった。
「すげえええええええ!!!!」
「どうなってんだ誰だあれ!?」
「見たか!?ワンパンだぜワンパン!!」
「あの頭なんか見覚えあるぞ!」
S級の大型新人ジェノスが敗北し、シェルターの皆が最後の希望を託した無免ライダーも倒されてしまった後。本当に何の脈絡も無く現れたそのハゲは、ただの一撃で深海王を倒してしまった。つうか拳圧で雨雲まで吹っ飛んだように見えたけどさすがに気のせいだろうか?
当然ながら皆の話題はその男の事一色に染まっていた。その特徴的な頭から知っている者もいくらか居たようだが、基本的には無名の新人ヒーローらしい。
そうして死の危機から解放された人々が、謎のヒーローの強さに沸き立ち、怪人達の恐怖を思って震え上がり、隣人と互いの無事を確かめ合う。無論俺もだ。
そんな中で不意に上がったその一言は、不思議なほど良く通った。
「実はあんまり強い怪人じゃなかったんじゃね?」
場の空気に水を差すようなそのセリフに、周りの人々がそれこそ水を打ったかのように静まり返る。
「い、いや、でも色んなヒーローが負けてるぞ……」
「負けたヒーローが弱かったんじゃね?」
「それは……」
なんだかやたらとムカつく見た目のそいつが自信たっぷりにほざくせいか、諌めようとした隣のあんちゃんの方が言い淀む。いやそれだと逆にそいつが正しいみたいになっちゃうだろ。
実際に周りの連中にも動揺が広がり、それに調子付いたかそいつはさらに言葉を連ねる。
「そこにいるC級ヒーローが一発で倒しちゃったんだぜ(笑) 負けたヒーローってどんだけ(笑)」
「確かに今の見ると敵が弱く見えたけど……」
「A級とかS級とか、ぶっちゃけ肩書きだけで大した事ないんだな(笑)」
「おいやめろよ。一応命張ってくれたんだぜ」
「命張るだけなら誰でもできるじゃん。やっぱ怪人を倒してくれないとヒーローとは呼べないっしょ(笑) 今回たくさんヒーローに重傷者が出たらしいじゃん?そんな人たちを今後も頼りにできるかっつーと疑問だよね」
まあこのクソニー……無s……カスの言う事も分からなくはない。確かに状況だけ見ればこいつの言う通りではあるのだろう。勿論それとこいつの人間性がクソなのは別問題だが。
「ま、結果的に助かったからいいんだけどさ。ほとんど一般人と変わらないみたいな弱いヒーローは助けに来られても困惑するだけだからできれば辞めてほしいかな」
しっかし命助けられといてよくこんだけ言えるなこのゴミ。
まあ多分ネットに掃いて捨てるほどいる『他人と違うオレkakkeee!』な低脳なんだろうけど、顔晒したまま実行できるのは評価できなくもないか?いやまあただ頭悪いだけなんだろうけど。
周りの奴等もさすがに腹を立てたのか、そのニートの襟首をひっ掴んでいた。そいつはそれでもなお「なんで?なんで俺が怒られないといけないの?」とかほざいている
「ヒーロー協会の活動資金は皆の募金が元になってるんだよ?お金払ってるからにはちゃんと守ってもらわないと困るよね」
「お前いい加減にしろよ!」
募金ってのは見返りを求めてするもんじゃないんですが。それ以前にお前が金払ってるかが疑問だけどさ。しかしこの状況でもスタンス崩さないとか、こいつもしかして根性あるのか?
「実際今回はあのハゲてる人が一人で解決しちゃったわけだし他のヒーローは無駄死にだったよね!」
「やめろって!」
「時間稼ぐなんて工夫すれば誰でもできるしさ、他のヒーローって結局ヒーローらしい活躍してなくね!?」
「とにかく助かったんだ!それで良いじゃないか!」
「そうよそうよ!確かに他のヒーローは活躍できなかったけどそこを突っ込むなんて性格悪いわよ!」
それにしてもこいつ本当に頭悪いなあ。
そう思うならお前がやれよとかその時間稼ぎが無かったら絶対犠牲者出てただろとか、言いたい事は色々あるんだがとりあえず、
「なああんた」
俺は一歩前に出てそいつに声をかける。タイミングが良かったのか、周りも一気に静まり返った。
「あの怪人って弱かったの?」
「は?だからそう言ってんじゃん。つうかC級ヒーローが勝てちゃうような怪人が強いわけないっしょ(笑)」
「あれでも?」
「へ?」
大体予想通りの返事に俺がある方を指差すと、そいつは間抜けな顔でーーいや元からアホ面だったけどーー言葉を失った。
俺が指したのは、深海王が乗り込んできたところ。奴が『ミサイルすら弾き返すシェルターの壁』に開けた大穴だった。
「……そういやあの怪人って壁に穴開けて入ってきたんだよな?」
「シェルターの強度ってどのくらいだっけ?」
「分からんけどそんな事できる化け物が弱いわけなくね?」
周囲からそんなざわめきが聞こえてくる。そいつは分かりやすく狼狽えると、慌てて誤魔化すように喚き出した。
「い……いや、たまたまあそこだけ脆かったんだよきっと!欠陥工事か何かで!」
なんだそりゃ。言い訳にしたってもうちょいマシなのがあるだろ?
俺はこぼれそうになったため息を無理矢理呑み込むと、また別の箇所を指す。
「なるほど。じゃああれも欠陥なわけだ?」
「……っ!」
そっちはS級ヒーローのジェノスが深海王を吹っ飛ばした際に開けた穴。こちらは穴の外、遥か先のビルまでがジェノスの攻撃の余波で破損していた。
そいつは顔をひきつらせ、言い訳を探すようにあうあうと呻く。やがて開き直ったのか、ヤケクソ気味に声を荒げた。
「そうだよ!そうに決まってんだろ!そうでもなけりゃC級が怪人に勝てるわけなくね!?」
「あのさ、怪人が弱くてヒーローはもっと弱くて工事は手抜きでって、どんだけ偶然が重なりゃそんな状況が生まれんだよ?あのハゲが異常に強いって考える方がまだ自然だろ」
「はぁ!?そんなわけねーだろC級なのに!つうかさっきから人の揚げ足ばっかとってるけどオタク何様!?自分はどんだけ偉いわけ!?」
なんつうかセリフのすべてに突っ込み所しかないってのもすげえな。自分の言動に疑問を持った事が無いんだろうかこいつは。
「周りの奴等もさ!大勢で一人を突つき回して恥ずかしくないわけ!?人としてやって良い事と悪い事の区別もつかね-のかよ!」
「お前どの口が」
「テメーら一人残らずクズだな!人としてサイテーだわ!つうかむしろ人間じゃねーわ!さっさと退治されてくれば!?迷惑だから!」
まあようするにあれだ。何がなんでも自分の間違いを認めないタイプの人間なんだな。と言うかなんだ、うん、ムカつくわこいつ。
「……あっそ。んじゃ怪人で良いわ俺」
「はぁ?何言ってぴぎゃあっ!?」
ニートのセリフは当人の悲鳴で遮られた。周囲のざわめきが消え去り代わりに緊張が走る。
周りの連中にはこいつを殴りたいと思っている奴も少なくなかったろう。
こいつ自身も殴られるかもしれないくらいは考えていただろう。
それでも本当に手が出るとは誰も考えていなかったはずだ。だからこそのこの静寂。
「は……ははははは!」
突然の笑い声は、今しがた俺が殴り飛ばしたニートのものだった。俺は冷めた目で次の言葉を待つ。
「絶対訴えてやるからな。ここの奴等全員が証人だ!おいお前ら!さっさとこの犯罪者を取り押さえぎょ!?」
這いつくばったままのそいつの顔面に爪先をぶちこみ黙らせる。と、さすがに不味いと思ったのか、横から肩を掴まれた。
「お、おい、やりすぎだ」
「言っとくが、止めに入る奴はまとめてぶん殴る」
その手を払って睨み着けてやると、その兄ちゃんはたじろいで一歩下がった。
それはそうだろう。良識では止めに入るべきだと思っていても、心情的には俺に近いはずだ。
それに加えて……
「なあ、これからお前のことボコるけど別に良いよな?これだけ人が居るんだ、誰かしら助けてくれるだろ。そのくらい誰でもできるんだろ?」
指を鳴らしながらの俺の言葉に、ニートは恐怖に顔をひきつらせた。これが自分自身の言葉を皮肉ったものだと気付いてしまったのだ。
周りの者達もまた、こいつが口走った内容を思い出したようだ。俺はそれを確認して仕上げにかかる。
「居ると良いな?お前を助けてくれるヒーローがよ」
酷薄に言い放って一歩踏み出すと、そいつはしりもちを着いたままずり下がる。青ざめた顔で助けを求めるように周りを見回すが、皆気まずげに顔を反らすばかり。
それはそうだろう。
俺が特別危険な奴に見えるわけではない。実際ケンカが強いわけでもないしな。二、三人に飛びかかられたらろくに抵抗もできずに無力化されるだろう。
それでも『殴られるかもしれない』という危険を冒してまでこのニートを助けたいと考える奴はそうそう居ないだろう。要はこいつの自業自得だ。
無論、内心がどうあれこういった事態を止めに入らざるを得ない立場の人間というのも存在する。例えば警察とかーー
(プロのヒーローとかな)
あとはあのハゲが止めに入れば万事解決。
ヒーロー達は栄誉を汚されることなく、このニートもただの被害者としてこの場を去れる。考え過ぎだとは思うが不必要にヘイトを稼いだせいでリンチなんてことにはならないだろう。
俺はまああれだ。未成年だし最悪でも補導で済むだろ。…………スッキリしたし。
さて、あのC級が来るまでどのくらいかかるか分からないが、それまで何もしないというわけにもいかんだろう。だからもう一、二発小突いとくかと踏み出した、その時だった。
「……何のつもりだ?」
俺は戸惑いを隠せずに尋ねる。そうするしかなかった。
こんな奴を助けたいと思う奴は居ない。それは自信を持って言える。しかしそれでも尚助けに入る[[rb:バカ > お人好し]]は居るかもしれない。だから俺とニートの間に立ち塞がる者が現れた事、それ自体を驚きはしなかった。
だけど、それがまだ小学生にもなってない男の子というのはさすがに想定外だ。
男の子は目に涙をいっぱい貯めて、しかし決してそれをこぼすことなく両手を広げている。
「お兄ちゃんなら」
きっと俺の言葉に対する答えだったのだろう。男の子はたどたどしく、それでもハッキリと俺に告げる。
「自転車のお兄ちゃんなら、きっとこうするもん」
ああ、そういうことか。
俺は思い出した。
深海王の絶望。その絶対的とすら思える力の前に次々と倒れるヒーロー達。
その中で最後に残ったその男は、傷付き倒れ、その度に立ち上がり、勝てないと解っていてそれでも深海王に立ち向かい続けた。
そのズタボロに輝く魂に心打たれたのは俺だけではない。だからこそ皆は、勝てるはずがないと思っていて、それでも彼を信じたのだ。
そんな彼に最初に声援をかけたのがこの男の子だった。俺達は、この子の声があったからこそ彼を信じることができたのだ。
この子はもうただの子供じゃない。
誰かのために立ち上がれる人間、ヒーローなのだ。
なあ、聞こえたか、無免ライダー?
あんたに宿る熱は、間違いなく誰かの心に火を灯したぜ。
その燃え出したばかりの種火に、俺は怪人として向かい合う。きっとそれが礼儀だ。
俺は男の子に向かって手を伸ばす。男の子は身動ぎもしなかった。そしてーー
「ーーっ!」
べちんっ、という地味な音が響く。
やはりというか、男の子は俺のデコピンにも泣き出すことなく、歯を喰い縛って俺を睨み着ける。
俺はそれに賞賛の笑みを浮かべ
「何子供に手ぇ出してんだテメェ!?」
直後に左頬を襲った衝撃に、俺は思い切り吹き飛ぶ。
見上げれば先ほど俺を止めようとした金髪の兄ちゃんが、拳を振り抜いた姿勢で立っていた。自分が倒れていることを認識してから痛みではなく熱さがやってきて、ようやく殴られたと理解する。
「大丈夫かボウズ?」
「よく頑張ったな!」
「偉いわねぇ!」
周りの大人達が男の子を護るように群がりしきりに褒め称える。近寄れない者はその周りで俺に睨みを利かせていた。
それで良い。これで正しい。
あのクソニートはともかく、子供に手を挙げるような悪を許してはいけない。
俺はノロノロと立ち上がり、未だ興奮冷めやらぬシェルターを後にした。
「おー痛て」
殴られたところは大したこともなく、痛みはあるが腫れたり痣になったりはしないだろう。せいぜい口の中を少し切ったくらいか。
痛む頬をさすりつつ人気の無い街を歩く。
怪人警報で避難済みの街は完全に無人で、先ほどまでの雨で湿気を含んだコンクリートの森はいっそ幻想的ですらある。その雨も冗談のようにすっかり上がっており、突き抜けるような青空が広がっていた。
水溜まりに映った蒼の中にマッ缶のロゴによく似た雲を発見し、無性に飲みたくなった。丁度よく自販機を発見し、サイフを探してポケットをまさぐる。と、
「ありがとな。カッコよかったぜ」
唐突に後ろから聞こえたそんな言葉とともに、アホ毛を押し潰す冷たくて固い感触。
いきなり頭に置かれた缶コーヒーを手に取り後ろを振り返る、が、誰もいない。慌てて辺りを見回すと、前方の道のかなり先に見覚えのある白マントが揺れていた。
……いや、どう見ても500メートルはあるよな?コーヒー渡されてから5秒もなかったはずなんだが。
日の光を反射して輝く後ろ頭を眺めつつ缶を開け、中味を口に含む。
「……苦、ブラックじゃねーか」
慣れない味に顔をしかめる。
俺はマッ缶が好きだ。否、愛してると言って良い。小町や戸塚と比べても……い、いかん!?絶対に答えの出ない問題を思い浮かべてしまった!?
ともかく俺はマッ缶を愛飲しているわけだが、それはコーヒー好きとイコールという事にはならない。というかコーヒーとマッ缶は別物と考えるべき。一緒にするとコーヒー好きが怒る。むしろ俺が怒る。
つまり何が言いたいかというと、俺はコーヒーが苦手なのだ。正直言ってこんなクソ苦い物を好んで飲む奴の気が知れない。
だけど、まあ、
「……あいつのヒーローネーム、絶対ハゲマントだよな」
そんなことを思いながら飲み干したブラックコーヒーは、不思議と不味いとは思わなかった。