しばらくの間ユヅキの所から注文が続き、アカツキは毎日のように彼女の屋敷に花を届けに行った。
最初は店のホームページに乗っているテンプレートの中から好きな物を選んで注文してもらっていたのだが、それでは商品を受け取る時にサプライズ的な驚きがないというので、アカツキが置き場所に合わせて花をアレンジし、配達するという形になった。
玄関なら玄関に合うようなアレンジメントを、リビングならリビングに合うようなアレンジメントをアカツキが用意し、持参するのだ。
花は太陽の光を受けて育つものである。
太陽光に当たってはいけない体質の彼女は今まであまり草花と触れ合う機会がなかったらしく、新しい花を受け取るたびに新鮮に驚き、喜んでくれた。
いつしか彼女の屋敷は花で埋め尽くされるようになっていた。洗面台やお風呂場にまで飾っているのだ。この調子ではドラキュラ屋敷ではなく、お花屋敷と呼ばれる日も近いかもしれない。
身の回りに美しい草花が増えて、草ポケモンのチュリネも喜んでいた。愛おしそうに鑑賞したり、花の香りを嗅いだりしている。
花を配達するたびにアカツキは彼女の家でお茶をごちそうになり、おしゃべりの相手になっていた。
今日も今日とてユヅキの所に花を配達することになっていた。
しかし、お店にある花のほとんどは、すでに花束やアレンジメントにして使ってしまっていた。どうせならば同じようなアレンジメントは避け、彼女を驚かせるような物を持って行きたい。
どうしようかと呻って悩んでいると、ヒマナッツが声をかけてきた。
『ヒマ、ヒマー』
ぷくぅとほっぺたを風船のように膨らませるような動作をする。
それを見て、ヒマナッツが何を言わんとしているのか理解した。
「そうだね、それにしようか」
アカツキは早速花の準備を始めた。
夕方になるのを待ち、完成したものを自転車の荷台に収めて出発する。もちろんヒマナッツも一緒だ。
屋敷に到着し、老執事に出迎えられる。
二階からチュリネを連れたユヅキも降りてきた。
「いらっしゃい、アカツキくん。いつも配達お疲れ様です」
ユヅキはアカツキが持っているものを見下ろし、不思議そうに小首を傾げた。
「あら、今日はお花をお持ちじゃないんですの?」
アカツキはいつも花束やアレンジメントを持って屋敷を訪れていたのだが、今日は大きめの白いダンボールを抱えているのみだった。
「その中にお花が入っているのかしら?」
「まあ見ていてください」
アカツキは勿体つけるような口調で言い、ダンボールの上蓋を開けた。慎重な手付きで中身を取り出す。
中から出てきたのは、大きく卵型に膨らんだ透明な風船だった。
ただの風船ではなく、まるでボトルシップのように、風船の内部に綺麗に飾り付けられたアレンジメントがお行儀よく納まっていた。ピンク系の美しい花々を咲かせている。
ユヅキはそれを見て驚嘆し、子供のように瞳をキラキラと輝かせながら叫んだ。
「まあ、すごい! 何ですの、これは?」
「バルーンラッピングの一種です。中の花は、本物の生花を使っているんですよ」
これはうちのお店では現在試作運用中の代物なので、まだホームページには載っていない。ユヅキはこのサプライズ商品を知らないはずだ。
風船にはたくさんのハートマークやら星のマークやらが描かれており、赤いリボンで可愛らしくラッピングされていた。内部のアレンジメントをキュートに引き立てている。
そしてアレンジメントの中には、小さなチュリネのお人形も入っていた。風船の中、花々の間からちょこんと顔を出している。
バルーンラッピング自体初めて見たのか、彼女は花の風船を受け取って興奮したようにはしゃいでいた。
「すごく可愛らしいですわ! まるでお花の卵のよう……!」
「しばらくの間は風船に入れたままの姿で部屋に飾っておけるんですよ」
生花を使っているので最終的に風船は割らなければならないのだが、そこはそれ、それもまた演出の一部である。
ユヅキは感心したように風船に包まれたアレンジメントを眺めていた。足元のチュリネにも「とても素敵なものをいただきましたわ」と見せてあげている。
「世の中には色んなお花の魅せ方、飾り方があるのですね……。見事ですわ」
「気に入ってもらえましたか?」
そう尋ねると、彼女は満面の笑みで答えてくれた。
「ええ、とても!」
彼女の笑顔を見て、アカツキもほっと胸を撫で下ろして微笑んだ。喜んでもらえて何よりだ。
今日もユヅキの部屋に案内され、お茶を飲んでいくことになった。
風船の中に入っている花の種類や、どうやって風船の中に花を入れたのかなどを説明してあげる。
ユヅキは風船の中の可憐なアレンジメントを眺め、うっとりとした口調で漏らした。
「本当に可愛らしいですわ。わたくしも、一度でいいからこういったものを作ってみたいです」
「何なら僕が教えましょうか?」
アレンジメント教室ではないが、ここに切り花や道具などを持ち込めば、屋敷の中でも教えることは可能だ。何ならうちの両親に頼んで来てもらってもいい。
そう申し出ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「そう出来たら、きっととても楽しいでしょうね」
アカツキは紅茶を一口飲み、問いかけた。
「ユヅキさんは、ジムリーダーのエリカさんって人をご存知ですか?」
彼女は小首を傾げて聞き返した。
「ジムリーダーのエリカさん?」
カントー地方のタマムシシティに住んでいる女性なのだが、草ポケモンの使い手であると同時に草花に対する造詣も深く、生け花やアレンジメントの技術も高く評価されている人物である。
おっとりしていて少々天然な所もあるようだが、エリカはアカツキの憧れの人物だった。
いつかあの人のように、自分も人々を感動させられるような作品を作るのが夢である。
「草タイプのポケモンを扱っているジムは他にも色々ありますけど、あそこは一度行ってみたいなぁ。ジムの中は植物園のようになっていて、そこの草花はエリカさんが手入れをしているらしいんですよ」
弾んだ声でエリカのことを語り続けるアカツキを見て、ユヅキは微笑ましげに目を細めた。
「本当にその方のことがお好きですのね」
「今はまだ、雲の上の存在って感じですけどね」
「アカツキくんのことをそんなにも夢中にさせるだなんて……ちょっぴりその方に嫉妬しちゃいますわ」
ぷくぅと可愛らしく頬を膨らませるユヅキ。
「え?」
聞き返すと、彼女はふふっと意味深に微笑していた。
ユヅキは一息つくように伸びをし、椅子の背もたれに大きくもたれかかった。
「それにしてもアカツキくんとおしゃべりが出来て楽しいですわ。何だか弟が出来たみたい」
彼女は日中外に出られないから町に知り合いらしい知り合いもほとんどいないし、アカツキと色々とおしゃべりをするのが最近の楽しみになっているようだった。
それは全然構わないし、そう思ってくれているのは光栄だが……一つ、前々から気になっていることがあった。
家族の話が出てきたことだし、思い切ってその話題を振ってみることにした。
「そういえばユヅキさんってご兄弟はいるんですか? 他の家族は、どうしてるんですか?」
この家にはユヅキと老執事のじいやの二人しか住んでいないと聞いている。
もしかしたらと思い、心持ち体を固くするアカツキ。
質問を受けたユヅキの表情が、少し曇った。
「家族……家族ですか?」
「ええ」
彼女は無言ですっと椅子から立ち上がり、こちらに背を向けた。
棚の方に歩み寄る。
「わたくしは一人っ子で、他の家族は……今は、別の所で暮らしておりますわ」
あ、なんだ、生きていたのか。
今まで全く家族の話が出て来なかったし、てっきり死別して一人きりになってしまったのかと思っていた。
ユヅキは静かな口調で説明した。
「わたくしはこんな体質ですから……。わたくしは一日中カーテンを締め切った生活、夜型の生活を送らなければならないから、それでは一緒に暮らすのは何かと不都合があると、両親とは離れて生活しているんです」
両親は都会で仕事を抱えており、ユヅキだけが長年家に仕えてくれた執事と共にこの町によこされたらしい。
アカツキは複雑な表情を浮かべながら答えた。
「家族と離れ離れで暮らさなきゃいけないなんて、寂しいですね」
「ええ……。でも色々と物を送ってくれますから」
「物?」
「本とかお洋服とか……。そうそう、このチュリネも、両親からの贈り物なんですよ」
ユヅキは足元について来たチュリネの体を抱き上げた。
「知っていますか? チュリネの頭の葉っぱは、とても苦いけれど疲れた体を元気にしてくれる効果があるそうです。少しでもわたくしの病気に効けばいいと思って、贈ってくれたのでしょう」
「へえ……」
「最も、最後に会いに来てくれたのは、もう五年も前になるんですけどね」
「え……?」
両親はユヅキにこの広い屋敷やチュリネを与え、他にも必要な物があれば何でも用意してくれるらしいが……最近はほとんど会いに来てくれていないらしかった。
やれ仕事が忙しいだの、休みが取れないだのと理由をつけて。
最後に家族と一緒に過ごしたのは、五年前のクリスマスだという。
以来ずっと、老執事のじいやと二人きりで過ごしてきた。この広すぎるお屋敷で。
ユヅキは寂しそうに苦笑しながら、自虐的に言った。
「もしかしたらわたくしは、もうあの方たちには家族と思われていないのかもしれません」
ユヅキが歩み寄った棚には、彼女の家族写真が飾られてあった。
しかし写真立てには大分昔に撮られたもの……小学生くらいまでの家族写真しかなかった。最近撮られたものが一枚もない。
そんな彼女の悲しげな横顔を見て、アカツキは反射的に「そんなこと!」と言って立ち上がっていた。
思った以上にその声は大きく、ユヅキはびっくりしたようにこちらを見て立ちすくんでいた。ヒマナッツやチュリネも驚いた顔をしてこちらを見ている。
「アカツキくん……?」
「き、きっとそんなことないですよ。仕事が忙しくてなかなか会いに来られないだけで……きっと向こうも、ユヅキさんに会えなくて寂しい思いをしているに決まっていますよ!」
事情も知らないくせに分かったようなことをまくし立てる。
自分の言葉などただの気休めくらいにしかならないとは分かっていたが、それでも何かを言わずにはいられなかった。
……だって、そんなのあまりにも悲しいじゃないか。
家族がいるのに、家族ではないと思われているなんて。
そう感じてしまうくらい、心が寂しがっているだなんて。
アカツキは若干どもり気味に言葉を続けた。
「ぼ、僕もユヅキさんのこと……」
「え……?」
「僕もユヅキさんのこと、お姉さんが出来たみたいで嬉しいと思っていますよ」
彼女は驚いたように目を丸くしていたが、アカツキの気遣いを感じ取ってか、ふっと肩の力を抜いて笑ってみせた。
「……そうですね。そう思ってくれるなら、わたくしも嬉しいですわ」
視線を伏せながら、ひとり言のような小さな声でぽつりと呟く。
「……ありがとうございます、アカツキくん」