家族の話をして、少々空気が湿っぽくなってしまった。アカツキは気持ちを切り替えるように紅茶を飲み、別の話題を探して室内を見回した。
ナイトテーブルに置かれたアレンジメントの花が枯れかけているのに気がついた。
それは、以前アカツキが配達で持ってきたアレンジメントだった。かつては美しく咲き誇っていた花たちも、すっかり頭を垂れてしおれている。
「あの花、もう処分しなきゃ駄目ですね」
視線に釣られ、ユヅキもアレンジメントに目をやった。悲しそうな表情を浮かべる。
「アカツキくんに教えてもらった花を長持ちさせる方法など色々と試したんですが、枯れてしまいました」
「まあ、生花ですからね。こればっかりは仕方ありませんよ」
ユヅキの家は一日中カーテンを閉めきっている。切り花を直射日光に当てるのはまずいが、やはり完全に陽の光が入らない室内で飾られていると枯れるのも早いのだろうか?
そういえばと、ユヅキが不安げな口調で言葉を続けた。
「そういえば、最近チュリネも元気がないようなんです」
「そうなんですか?」
「はい。あまり活発に動かなくなったというか、葉っぱの艶なども、以前に比べると落ちているような感じがして……」
胸に抱いたチュリネの頭を心配そうに撫でている。
しばしの間チュリネの体を見詰め、アカツキは言った。
「……ちょっとチュリネの様子を診せてもらってもいいですか?」
「分かりました」
チュリネを手渡される。
今まで何度も顔を合わせているおかげで触れるくらいには慣れてくれたが、アカツキに抱かれたチュリネは緊張したように体を固くしていた。助けを求めるかのようにユヅキの方を向いて『チュリィ……』と心細げに鳴く。
「大丈夫だよ。ちょっと体を診せてね」
アカツキはリラックスさせるようにチュリネの体を優しく撫で、健康状態などをチェックした。
確かに、チュリネは少し具合いが悪いようだった。
全体的に元気がなく、肌にも張りがないように感じられる。
頭に生えている葉っぱをよく観察すると、葉の先端部分が少し傷んでしなびたようになっていた。
ユヅキは胸の前で手を組み、不安げな顔をした。
「何かの病気なのでしょうか?」
アカツキはすぐには答えず、逆にいくつか質問してみた。
「チュリネって日中はどう過ごしていますか?」
「日中ですか? わたくしに付き合って一緒に眠っていることが多いですわ」
「一緒に夜型の生活をしているってことですか?」
「はい、そうです」
「夜はどういう風に過ごしていますか?」
「特にどうということは……わたくしと一緒にお部屋の中で過ごしています」
アカツキは部屋の照明を見上げた。
天井からは高価そうなシャンデリアがぶら下がっていたが、照明自体は特に明るすぎるでもなく暗すぎるでもなく、ごく一般的な光量だった。
顎に手を当て、ふーむと考えこむ。
しばし沈黙した後、アカツキは自身の考えを口にした。
「……もしかしたらチュリネは、日照不足なのかもしれません」
ユヅキは小首を傾げながら聞き返した。
「日照不足、ですか?」
チュリネは”ねっこポケモン”である。ヒマナッツと同じで、動物というより植物に近いタイプのポケモンだ。成長に水や日光、二酸化炭素は欠かせない。
そして日陰や日当たりの悪い所に置かれた植物は、著しく成長が遅くなったり、枯れたりする。
ポケモンセンターのジョーイさんではないので確かなことは言えないが、しばらくの間太陽の下で草ポケモンらしい規則正しい生活をしていれば治るのではないだろうか?
アカツキはチュリネを抱えたまま、ユヅキに一つ提案した。
「しばらくの間、僕がチュリネを預かってみてもいいですか?」
「アカツキくんが、ですか?」
「うちは花屋さんだし、僕自身ヒマナッツを育てています。草ポケモンの世話をするのは結構得意なんですよ。きっと良くしてみせます」
「わたくしはもちろん構いませんが……」
ユヅキは屈み込み、チュリネを見詰めた。
「チュリネ、あなたもそれでいいかしら?」
チュリネは不安そうな顔をして寂しげに鳴いたが、そんなチュリネの頭を、彼女は母親のような優しい手付きで撫でた。
「あなたが元気じゃないと、わたくしも心配で元気がなくなってしまいますわ。だから早く良くなって、戻ってきてくださいね」
そう言われ、チュリネは決意したように頷いた。
『チュリ!』
アカツキはチュリネを顔の高さまで持ち上げ、改めて挨拶した。
「これからしばらくの間よろしくね、チュリネ」
その時、あることに気がついた。
「あれ……?」
チュリネの顔をまじまじと覗きこむ。
「どうしました?」
「もしかしてこのチュリネ……色違いじゃないですか?」
一般的なチュリネに比べてユヅキのチュリネは心持ち体の色が濃く、瞳の色も、通常の個体とは異なっているように見えた。
ユヅキはパソコンを持っていたので、検索して確認してみた。
通常のチュリネの目は赤色だが、ユヅキのチュリネは澄んだ青色をしていた。
間違いない、この子は世にも珍しい、色違いのチュリネだったのだ。
ユヅキも初めて知ったのか、驚いたように目を丸くしていた。
「まあ、あなた色違いだったのですね! ごめんなさい、今まで気付かなくて」
「チュリネの色違いは、他の色違いのポケモンと比べて分かりにくいですからね」
コイキングの色違いは体の色が金色になるので非常に分かりやすく、おめでたい。
ユヅキは小首を傾げながら尋ねた。
「ええと、色違いだからといって何か問題があったりするのかしら?」
「いや、特にないと思いますよ」
野生の色違いのポケモンは敵から見つかりやすくなったり仲間から疎外されてされたりして早死する者も多いらしいが、基本的には色違いだからといって他の個体よりも優れているだとか劣っているだとかの優劣はなかったはずだ。
一方、色違いのポケモンはその希少性の高さから、コレクターの間では人気だった。一度発見されると高値で取引されたり、所有権をかけて奪い合いになったりすることもあるらしい。
最も、ユヅキならば希少性や付加価値などに関係なく、今まで通りチュリネに愛情を注ぎ、大切に育てていってくれるだろうが。
「ドレディアに進化したら、もっと色の違いがはっきりすると思いますよ。確か頭の花がピンクがかっていて、とても綺麗なんです」
「そうなんですか? 進化した姿もぜひ見てみたいですわ」
ユヅキはにっこりとチュリネに微笑みかけていた。
「でも今は、体調を戻すことだけを考えてくださいね」
仲睦まじく触れ合っているユヅキとチュリネを眺めながら、アカツキは内心複雑な思いに駆られていた。
このチュリネは、両親が贈ってくれたと言っていた。
たまたま選んだチュリネが色違いの個体だったのか、あるいは色違いだと知っていて贈ったのか……。
おそらく、後者だろう。
珍しい色違いのポケモンの方が娘も喜ぶに違いない、とでも思ったのかもしれない。
しかし、そんな気を回すより、もっと娘に会いに来てあげればいいのにと思った。
* * * * *
アカツキはモンスターボールごとチュリネを預かり、自宅兼お花屋さんの我が家に連れて帰った。
お店の中でボールから出す。
「しばらくの間この家で暮らすことになるよ。よろしくね」
店内にはたくさんの草花や鉢植えが並んでおり、チュリネは半ば不安げに、半ば物珍しげにキョロキョロと辺りを見回していた。
ちなみにチュリネが入っていたボールは普通のモンスターボールではなく、ゴージャスボールだった。シックでハイセンスな意匠が施された高級なボールである。
翌日からチュリネの生活改善が始まった。
長いこと日の当たらない室内で生活していたということなので、いきなり直射日光にさらすのもまずいと思い、まずは日陰ぼっこから。日陰でも植物に必要なエネルギーはある程度降り注いでいるのだ。
見知らぬ場所に連れてこられたチュリネは最初は心細げに所在無げにしていたが、安心させるようにヒマナッツが常に側に寄り添っていた。一緒に日陰ぼっこに興じてあげている。
ヒマナッツはチュリネよりも年上だし、オスだった。可愛い妹が出来たとでも思って優しくしてあげているのかもしれない。アカツキが学校に行っている間や店の手伝いで離れている間は、よく面倒を見てくれていた。
最初は緊張気味に体を固くしていたチュリネだが、次第にヒマナッツやアカツキに心を開くようになっていった。
今では向こうからアカツキの膝に飛び乗ったり、ヒマナッツの頭の葉っぱにじゃれついたりするようになっていた。
しかし、やはり本物のご主人様と離れて暮らすのは寂しいのだろう。
時折り遠くを見るような目をして空の彼方を見上げていた。
「早く元気になってユヅキさんの所に戻ろうな」
そう言って励まし、頭を撫でてやる。
念のためポケモンセンターに連れて行ってジョーイさんにも診てもらったが、やはり原因は日照不足だと診断された。今の調子で日光に慣らしていけば、徐々に回復していくだろうとのことである。
しばらく経ち、チュリネの体調も大分良くなってきた。頭の葉っぱにも生命力が戻り、張りも出てきた。青々としてピンと立っている。
「もう少ししたらユヅキさんのところに帰れるぞ」
言いながらじょうろで水浴びをさせてあげると、チュリネは飛び上がって喜んだ。
『チュリー!』
と、店内に男性客が入ってきた。
両親は店の奥にいたので、アカツキが挨拶をする。
「いらっしゃいませー」
男は頑丈そうな無骨なブーツを履き、ポケットがたくさんついたサファリジャケットのような服を身にまとっていた。なんとなく町の花屋さんより、鬱蒼としたジャングルの方が似合うような格好である。
男はしばらくの間見るとはなしにプラプラと店内の植物を見て回っていたが、チュリネの存在に気付いて目を見張って大声を上げた。
「こ、これは色違いのチュリネじゃないか!?」
ガバッと勢い込んで接近し、まじまじと観察する。
突然迫られたチュリネは驚いたように飛び上がり、側にいたヒマナッツの後ろに隠れた。
男が興奮気味にアカツキに話しかけてきた。
「君は店の人か? こいつをどこで手に入れた!?」
「え、チュリネのことですか?」
「い、いや、そんな話はどうでもいい。どうかこのチュリネを売ってくれっ!」
ドンッ! と叩きつけるようにテーブルに何かを置いた。
何かと思えば、それは百万円の札束だった。
突然町の花屋さんには不釣り合いな大金を持ちだされ、アカツキは目を丸くして変な声を出してしまった。
「……は?」
男は、自分はプラントハンターだと名乗った。
何でも世界中を回り、珍しい草花や植物系のポケモンを集める仕事をしているらしい。
「チュリネの進化系のドレディアは、美しい花を咲かせるということで世のセレブにも人気のポケモンなんだ。それの色違いとなったら、どれほどの希少価値があるか……。こんな所で出会えるなんて僥倖だ! 頼む、こいつを売ってくれっ!」
あまりにも勢いよく早口でまくし立てられ、アカツキは少々尻込みをしてしまった。
若干どもり気味に応える。
「だ、駄目ですよ。無理です」
「じゃあ倍払おう!」
男はさらにドンッと百万円の束を机に置いた。交渉事には慣れているようで、強気にガンガン攻めてくる。
最初は勢いに押されて怯んでしまったが、アカツキはふぅと一度深呼吸をして呼吸を整え、きっぱりとした口調で答えた。
「……うちは花屋であって、ポケモンの販売はしていません。それにこの子は人から預かっている大切なポケモンなんです。いくらお金を積まれても売ることは出来ません」
「しかし……!」
「話は以上です。花を買うつもりがないならお引き取りください」
ぴしゃりと言い切る。
お店に他の客が入ってきて声をかけられたので、アカツキはチュリネを守るように抱っこしてそちらの接客に向かった。
男はしばらくの間まだ何か言いたげに店内で佇んでいたが、チッと舌打ちをして乱暴に札束をつかみ、店から出て行った。
チュリネを抱えているアカツキの姿をガラス越しに見詰め、その場から去っていく。
アカツキは接客をしながら、その後ろ姿を注意深く見送った。
……アカツキからは見えなかったが、去っていく男は、全く諦めた顔をしていなかった。