また一週間またされるの・・・・?(ニコニコ勢)
「――――具合はどう?」
「ああ、もう少し入院しなきゃいけないけど、良好だって」
あれから五日、都内の病院。
まずはお父さんの病室へお見舞いに来ている。
腕や頭に包帯をぐるぐる巻かれていたけど、とても元気そうだ。
話によると、来月には退院できるらしい。
「もっとかかると思ったのに、都会の病院はすごいなぁ」
なんてのんびり言うのが、なんだかおかしくて。
思わず笑ってしまった。
「響こそ、怪我は大丈夫か?」
「それこそへいきへっちゃらだよ、打たれ強さが取り得です!」
心配してくれるお父さんに、得意げに胸を張って見せれば。
安心させることが出来たようだった。
だけど、すぐにまた心配そうな顔になってしまう。
「エルフナインちゃん、だっけか?その友達は、どうなんだ?」
・・・・ちょっと失敗した。
エルフナインちゃんの名前が出た途端、顔を渋らせてしまったから。
「・・・・素人が、軽々しく『大丈夫』だなんて言えないけど」
このままではいけないと、言葉を紡ぐ。
「でも、わたし達までへこんでたら、エルフナインちゃん気にするから」
何とか笑顔を作れば、どうにか雰囲気を持ち上げることは出来た。
エルフナインちゃんの方は、面会時間が限られているので。
お父さんのお見舞いを切り上げて、そっちに移動する。
――――薄々、分かっていることだった。
そもそも、伝わっている記録においても、たいていのホムンクルスは短命だ。
産まれた途端しゃべり始めたり、特殊能力を扱ったり。
突出した性能を持つ一方で。
ものの数時間で寿命を迎えたり、あるいはフラスコから出た瞬間に死亡したりと。
その命は、儚いというべき他ない。
そしてそれは、エルフナインちゃんも例外ではなくて。
「――――ここだけの話、夏祭り会場でシンフォギアを纏うと、盆踊りの曲が流れるんデスよ」
エルフナインちゃんの病室。
ひょっと覗いてみると、切歌ちゃんがそんなことを言っていた。
夏祭りの話でもしてるのかな?
そういえば、近所の商店街でやるっていってたっけ。
「そうなんですか?」
「うん、特に翼さんのギアが、すごくノリノリ」
「お前達、天ノ羽々斬をどう見ているんだ・・・・」
調ちゃんも珍しく冗談に乗っていて。
翼さんが呆れた声を上げると、みんながどっと笑う。
「この世界には、ボクの知らないことがまだまだたくさんあるんですね・・・・」
ベッドに横たわったまま、ひとしきり笑ったエルフナインちゃんは。
やっぱり弱々しく、しんみりと寂しそうにしていた。
「いつか、世界のことを、もっともっと知ることが出来るでしょうか」
「っ出来るよ」
居ても立ってもいられなくなって、エルフナインちゃんの手を握る。
「元気になったら、いろんな所に行って、いろんな人と出会って・・・・そんな日常を送れるよ、だから・・・・」
笑顔を崩さないように、不安にさせないように。
歯を見せて、にかっとしてやれば。
エルフナインちゃんは、嬉しそうにはにかんでくれた。
◆ ◆ ◆
草木も眠る、丑三つ時。
なおもネオンが煌々と照らす中心部から離れた、人気のない暗闇の中。
見合わぬ小さな人影がさまよっている。
「・・・・ッ」
「あ?」
飲み込まんばかりの闇に疲れてしまったのか、足をもつれさせふらついた彼女。
傾いた体は、運悪く通行人にぶつかってしまった。
そのまま重力に従って倒れてしまう。
・・・・今の彼女における、最大の不幸は。
相手に非礼を詫びる体力もないほどに、疲弊していたことだろう。
「おい、コラ。ぶつかって詫びもなしか」
「碌なしつけもしない親だったんだな」
「俺らが言えた義理じゃないべ!」
「違ぇネェ!!」
下卑た、不快な笑い声。
髪を掴み上げられた彼女は、顔をしかめることも出来ない。
「おい、何とか言えよ」
睨まれても、髪を引っ張られる痛みに呻くだけ。
苛立たし気に舌打ちをした男だったが、やがて嫌な笑みを浮かべる。
「まあいい、せっかくだから憂さ晴らしの相手でもしてもらおうか?」
「いいねいいね!お布団に入らない悪い子はお仕置きだー!」
「恨むんなら、ほったらかしにした親を恨めよなー」
そうと決まれば、と。
更に暗く、奥まった路地裏へ連れ込もうとして。
「――――いや、普通に犯罪だからね?ソレ」
声が聞こえた、刹那。
一番最後尾にいた男の、『魂』が蹴り上げられた。
まるで風船が割れたような打撃音の後。
白目をむき、ぶくぶくと泡を吹きながら。
大柄の体が、どう、と倒れ込む。
「な、なんだお前は!?」
「サンタクロース」
「は、ふざけ、ぶべっ!?」
そのまま至極当然の様に、通学でもするようにもう一人に歩み寄ると。
唾を散らしながら怒鳴る顎を、盛大に打ち抜く。
「お、おい!止まれ!止まらないとこいつを・・・・!」
髪から首に掴み変え、護身用のナイフをか細い首に突き付ける。
突きつけようとしたナイフが、張り手で吹っ飛んで行った。
「なんでお前の言うこと聞かにゃならんの?」
呆ける間もなく、鼻っ柱を殴られてダウン。
気絶の瞬間、やけにきれいな星空が見えた。
「おっと」
解放され、倒れかけた少女を抱き止めて。
怪我がないか、確かめようとする。
そこへ、
「うわああああああああッ!」
まだ無事だった最後の一人が突っ込んできた。
仲間が次々倒されたからか、半ば錯乱している様だ。
普通ならよろけてしまうような勢いで、どん、とぶつかったが。
直後、『それで?』と言わんばかりの視線に射抜かれて。
「・・・・ッ」
血濡れた先ほどのナイフが、鋭く放たれる。
耳を掠めて飛んで行ったそれは、勢い余って青いゴミバケツを貫いた。
鈍い音を立てて穿たれた穴が、その威力を十二分に語っていて。
・・・・震えながら、ゴミバケツに向けていた視線を戻す。
そいつは、ただただ。
おいたをした子供を叱るように。
その実、唸りながら睨む竜のヴィジョンを背負っていて。
「――――いい子は帰れ、な?」
しゃべっただけだ。
叫ぶでもなく、怒鳴るでもなく。
ただしゃべっただけ。
それだけで、直近の雷鳴の如き咆哮を浴びた気分になって。
「ありゃ、気絶しちゃった」
「・・・・おい」
口から大切なものが漏れていそうな男を見下ろして、響がやりすぎたかなと頭をかいていると。
後ろから、か細い声。
振り向けば、探していた少女が。
キャロルが、おずおずと見上げてきている。
「どうして、助けてくれた?」
・・・・こちらのことを、すっかり忘れているらしい彼女に。
響は、柔く微笑んで。
「・・・・君を、護りに来た」
まるで騎士の様に、跪いた。
「・・・・オレが誰か、知っているのか?教えてくれ、オレはどこに行けばいい・・・・!?」
味方だと確信したからだろう。
辛いだろう体を動かして、キャロルは響に縋りつく。
「・・・・行くべき場所は、君が一番知っているはずだよ」
そんな彼女を抱き止め、頭を撫でながら語り掛ければ。
キャロルはどこか、はっとなった顔をした。
「君が何者なのか、どこへ行けばいいのか。わたしからは何も言えない・・・・でも、教えてくれる子のところへ、連れていくことは出来る」
まだ不安げなキャロルの手を握る。
「たどり着くまで、一緒に行ってあげるから」
『ね?』と、改めて笑いかければ。
キャロルは手を握り返しながら、こっくり頷いた。
――――夜の街を歩く。
心地よい夜風に包まれながら。
握った手の温もりを確かめながら。
相手の体調を気遣って、ゆっくりゆっくり。
一歩ずつ。
会話はない。
だが不思議と、歩みを進める度に。
抱いていた不安は、薄れていった。
「――――ここ?」
とある病院、その一室の前。
足が止まったのはそこだった。
響が確認のために目を向けると、キャロルは自信なさげながら、また黙って頷く。
「そっか、じゃあ、ここまでだ」
「あ・・・・」
自分の役目は、ここまでだと。
握っていた手を離すと。
キャロルは不安げな、そして名残惜しそうな目を向けてくる。
「・・・・オレ一人でないと、ダメなのか?」
「うん、君一人で行かないと」
「・・・・そう、か」
ついさっきまで繋いでいた手を、顔を曇らせて見つめるキャロル。
やがて目を伏せると、顔を上げて扉を見つめる。
腹は、決まったらしい。
その前に。
「・・・・その、なんだ」
「なぁに?」
キャロルは口火を切って、少し間をおいて。
「・・・・ありがとう」
「・・・・どういたしまして」
照れくさそうに告げられた言葉を受け取って、響は今度こそ見送った。
「・・・・ッ」
扉が閉じた、直後。
響の体がぐらついて、壁にぶつかる。
途中手すりに引っかかりながら、ずるずると座り込む。
背中の、血で濡れた湿気を感じながら。
静かに、まぶたを下ろした。
◆ ◆ ◆
――――こんなのは、ただの自己満足だ。
三日で来るはずのキャロルちゃんが、五日経っても来ないから。
勝手に不安になって、焦って、飛び出した結果だ。
そもそもわたし一人が足掻いたところで何になる。
『
世界に何か影響を及ぼせるような、だいそれた人間じゃない。
分かり切っていることなのに、理解しているはずなのに。
それでも動かずにはいられないのは、きっと。
『
だから、そう。
今回わたしがやったことも、きっとただのお節介で。
・・・・だけど。
だけど、やっぱり。
気になったから。
確かめたかったから。
わたしの、この手が。
壊さずに、繋ぎ止められるかどうか。
ルナアタックでも、執行者事変でも、結局殺して解決したわたしが。
胸を張って、『立花響』を名乗れるのか、名乗っていいのか。
来たる、わたしにとっては未知の。
『四期』と『五期』を、前にして。
どうしても、不安になって、たまらなくて。
「響ッ!!!!」
・・・・未来の声で、意識が浮き上がった。
何とか目を開けて前を見ると、泣きそうな顔でこちらを見ている未来が。
「・・・・おはよう、みく」
「『おはよう』じゃない!あなた、なんで、どこでこんな・・・・!」
きっと怪我を心配してくれてるんだろう。
未来の慌てようから察するに、壁に付いた血は相当な量らしい。
病院の人たちにも悪いことしたなぁ、と。
いっそ他人事みたいに、のんびり思っていると。
「――――響さん」
誰かが、歩み寄ってきた。
いや、本当は分かっている。
でも、『どちら』なのか、確信が持てない。
目を向ける、さっきまで一緒だった姿が見える。
「・・・・大丈夫ですか?響さん」
「・・・・うん、」
まだふらつくらしい体をしゃがませて、心配そうにのぞき込んできたのは。
今回、後に『魔法少女事変』と呼ばれる事件を、一緒に乗り越えた。
エルフナインちゃんだった。
一見キャロルちゃんと見間違える姿。
でも、少し垂れた目尻が、違うと教えてくれている。
「・・・・ねえ、エルフナインちゃん」
予想通りになったから。
何となく、気になっていたことを聞いてみた。
「・・・・わたしの手は、キャロルちゃんに届いたかな?」
『救う』だの、『助ける』だのは、なんだか烏滸がましいような気がして。
そんな言い方になってしまう。
「――――はい」
だけど、エルフナインちゃんは。
間を置かず、確信めいた明るい声で。
「届いたはずです」
はっきり、言い切ってくれた。
・・・・ああ、我ながらなんて単純なんだろう。
たったそれだけで、こんなにも安心している。
「そっか・・・・よかったぁ・・・・」
また遠のく意識の中。
最後に見たのは、あの子の笑顔だった。