チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

108 / 199
八話・・・・八話・・・・八話・・・・。
また一週間またされるの・・・・?(ニコニコ勢)


届いたその手

「――――具合はどう?」

「ああ、もう少し入院しなきゃいけないけど、良好だって」

 

あれから五日、都内の病院。

まずはお父さんの病室へお見舞いに来ている。

腕や頭に包帯をぐるぐる巻かれていたけど、とても元気そうだ。

話によると、来月には退院できるらしい。

 

「もっとかかると思ったのに、都会の病院はすごいなぁ」

 

なんてのんびり言うのが、なんだかおかしくて。

思わず笑ってしまった。

 

「響こそ、怪我は大丈夫か?」

「それこそへいきへっちゃらだよ、打たれ強さが取り得です!」

 

心配してくれるお父さんに、得意げに胸を張って見せれば。

安心させることが出来たようだった。

だけど、すぐにまた心配そうな顔になってしまう。

 

「エルフナインちゃん、だっけか?その友達は、どうなんだ?」

 

・・・・ちょっと失敗した。

エルフナインちゃんの名前が出た途端、顔を渋らせてしまったから。

 

「・・・・素人が、軽々しく『大丈夫』だなんて言えないけど」

 

このままではいけないと、言葉を紡ぐ。

 

「でも、わたし達までへこんでたら、エルフナインちゃん気にするから」

 

何とか笑顔を作れば、どうにか雰囲気を持ち上げることは出来た。

エルフナインちゃんの方は、面会時間が限られているので。

お父さんのお見舞いを切り上げて、そっちに移動する。

 

 

 

 

 

 

 

――――薄々、分かっていることだった。

そもそも、伝わっている記録においても、たいていのホムンクルスは短命だ。

産まれた途端しゃべり始めたり、特殊能力を扱ったり。

突出した性能を持つ一方で。

ものの数時間で寿命を迎えたり、あるいはフラスコから出た瞬間に死亡したりと。

その命は、儚いというべき他ない。

そしてそれは、エルフナインちゃんも例外ではなくて。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ここだけの話、夏祭り会場でシンフォギアを纏うと、盆踊りの曲が流れるんデスよ」

 

エルフナインちゃんの病室。

ひょっと覗いてみると、切歌ちゃんがそんなことを言っていた。

夏祭りの話でもしてるのかな?

そういえば、近所の商店街でやるっていってたっけ。

 

「そうなんですか?」

「うん、特に翼さんのギアが、すごくノリノリ」

「お前達、天ノ羽々斬をどう見ているんだ・・・・」

 

調ちゃんも珍しく冗談に乗っていて。

翼さんが呆れた声を上げると、みんながどっと笑う。

 

「この世界には、ボクの知らないことがまだまだたくさんあるんですね・・・・」

 

ベッドに横たわったまま、ひとしきり笑ったエルフナインちゃんは。

やっぱり弱々しく、しんみりと寂しそうにしていた。

 

「いつか、世界のことを、もっともっと知ることが出来るでしょうか」

「っ出来るよ」

 

居ても立ってもいられなくなって、エルフナインちゃんの手を握る。

 

「元気になったら、いろんな所に行って、いろんな人と出会って・・・・そんな日常を送れるよ、だから・・・・」

 

笑顔を崩さないように、不安にさせないように。

歯を見せて、にかっとしてやれば。

エルフナインちゃんは、嬉しそうにはにかんでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

草木も眠る、丑三つ時。

なおもネオンが煌々と照らす中心部から離れた、人気のない暗闇の中。

見合わぬ小さな人影がさまよっている。

 

「・・・・ッ」

「あ?」

 

飲み込まんばかりの闇に疲れてしまったのか、足をもつれさせふらついた彼女。

傾いた体は、運悪く通行人にぶつかってしまった。

そのまま重力に従って倒れてしまう。

・・・・今の彼女における、最大の不幸は。

相手に非礼を詫びる体力もないほどに、疲弊していたことだろう。

 

「おい、コラ。ぶつかって詫びもなしか」

「碌なしつけもしない親だったんだな」

「俺らが言えた義理じゃないべ!」

「違ぇネェ!!」

 

下卑た、不快な笑い声。

髪を掴み上げられた彼女は、顔をしかめることも出来ない。

 

「おい、何とか言えよ」

 

睨まれても、髪を引っ張られる痛みに呻くだけ。

苛立たし気に舌打ちをした男だったが、やがて嫌な笑みを浮かべる。

 

「まあいい、せっかくだから憂さ晴らしの相手でもしてもらおうか?」

「いいねいいね!お布団に入らない悪い子はお仕置きだー!」

「恨むんなら、ほったらかしにした親を恨めよなー」

 

そうと決まれば、と。

更に暗く、奥まった路地裏へ連れ込もうとして。

 

「――――いや、普通に犯罪だからね?ソレ」

 

声が聞こえた、刹那。

一番最後尾にいた男の、『魂』が蹴り上げられた。

まるで風船が割れたような打撃音の後。

白目をむき、ぶくぶくと泡を吹きながら。

大柄の体が、どう、と倒れ込む。

 

「な、なんだお前は!?」

「サンタクロース」

「は、ふざけ、ぶべっ!?」

 

そのまま至極当然の様に、通学でもするようにもう一人に歩み寄ると。

唾を散らしながら怒鳴る顎を、盛大に打ち抜く。

 

「お、おい!止まれ!止まらないとこいつを・・・・!」

 

髪から首に掴み変え、護身用のナイフをか細い首に突き付ける。

突きつけようとしたナイフが、張り手で吹っ飛んで行った。

 

「なんでお前の言うこと聞かにゃならんの?」

 

呆ける間もなく、鼻っ柱を殴られてダウン。

気絶の瞬間、やけにきれいな星空が見えた。

 

「おっと」

 

解放され、倒れかけた少女を抱き止めて。

怪我がないか、確かめようとする。

そこへ、

 

「うわああああああああッ!」

 

まだ無事だった最後の一人が突っ込んできた。

仲間が次々倒されたからか、半ば錯乱している様だ。

普通ならよろけてしまうような勢いで、どん、とぶつかったが。

直後、『それで?』と言わんばかりの視線に射抜かれて。

 

「・・・・ッ」

 

血濡れた先ほどのナイフが、鋭く放たれる。

耳を掠めて飛んで行ったそれは、勢い余って青いゴミバケツを貫いた。

鈍い音を立てて穿たれた穴が、その威力を十二分に語っていて。

・・・・震えながら、ゴミバケツに向けていた視線を戻す。

そいつは、ただただ。

おいたをした子供を叱るように。

その実、唸りながら睨む竜のヴィジョンを背負っていて。

 

「――――いい子は帰れ、な?」

 

しゃべっただけだ。

叫ぶでもなく、怒鳴るでもなく。

ただしゃべっただけ。

それだけで、直近の雷鳴の如き咆哮を浴びた気分になって。

 

「ありゃ、気絶しちゃった」

「・・・・おい」

 

口から大切なものが漏れていそうな男を見下ろして、響がやりすぎたかなと頭をかいていると。

後ろから、か細い声。

振り向けば、探していた少女が。

キャロルが、おずおずと見上げてきている。

 

「どうして、助けてくれた?」

 

・・・・こちらのことを、すっかり忘れているらしい彼女に。

響は、柔く微笑んで。

 

「・・・・君を、護りに来た」

 

まるで騎士の様に、跪いた。

 

「・・・・オレが誰か、知っているのか?教えてくれ、オレはどこに行けばいい・・・・!?」

 

味方だと確信したからだろう。

辛いだろう体を動かして、キャロルは響に縋りつく。

 

「・・・・行くべき場所は、君が一番知っているはずだよ」

 

そんな彼女を抱き止め、頭を撫でながら語り掛ければ。

キャロルはどこか、はっとなった顔をした。

 

「君が何者なのか、どこへ行けばいいのか。わたしからは何も言えない・・・・でも、教えてくれる子のところへ、連れていくことは出来る」

 

まだ不安げなキャロルの手を握る。

 

「たどり着くまで、一緒に行ってあげるから」

 

『ね?』と、改めて笑いかければ。

キャロルは手を握り返しながら、こっくり頷いた。

 

 

 

 

 

――――夜の街を歩く。

心地よい夜風に包まれながら。

握った手の温もりを確かめながら。

相手の体調を気遣って、ゆっくりゆっくり。

一歩ずつ。

会話はない。

だが不思議と、歩みを進める度に。

抱いていた不安は、薄れていった。

 

 

 

 

 

 

「――――ここ?」

 

とある病院、その一室の前。

足が止まったのはそこだった。

響が確認のために目を向けると、キャロルは自信なさげながら、また黙って頷く。

 

「そっか、じゃあ、ここまでだ」

「あ・・・・」

 

自分の役目は、ここまでだと。

握っていた手を離すと。

キャロルは不安げな、そして名残惜しそうな目を向けてくる。

 

「・・・・オレ一人でないと、ダメなのか?」

「うん、君一人で行かないと」

「・・・・そう、か」

 

ついさっきまで繋いでいた手を、顔を曇らせて見つめるキャロル。

やがて目を伏せると、顔を上げて扉を見つめる。

腹は、決まったらしい。

その前に。

 

「・・・・その、なんだ」

「なぁに?」

 

キャロルは口火を切って、少し間をおいて。

 

「・・・・ありがとう」

「・・・・どういたしまして」

 

照れくさそうに告げられた言葉を受け取って、響は今度こそ見送った。

 

「・・・・ッ」

 

扉が閉じた、直後。

響の体がぐらついて、壁にぶつかる。

途中手すりに引っかかりながら、ずるずると座り込む。

背中の、血で濡れた湿気を感じながら。

静かに、まぶたを下ろした。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――こんなのは、ただの自己満足だ。

三日で来るはずのキャロルちゃんが、五日経っても来ないから。

勝手に不安になって、焦って、飛び出した結果だ。

そもそもわたし一人が足掻いたところで何になる。

立花響(わたし)』は『立花響(かのじょ)』じゃない。

世界に何か影響を及ぼせるような、だいそれた人間じゃない。

分かり切っていることなのに、理解しているはずなのに。

それでも動かずにはいられないのは、きっと。

立花響(わたし)』が段違いに劣っている証拠でもあって。

だから、そう。

今回わたしがやったことも、きっとただのお節介で。

・・・・だけど。

だけど、やっぱり。

気になったから。

確かめたかったから。

わたしの、この手が。

壊さずに、繋ぎ止められるかどうか。

ルナアタックでも、執行者事変でも、結局殺して解決したわたしが。

胸を張って、『立花響』を名乗れるのか、名乗っていいのか。

来たる、わたしにとっては未知の。

『四期』と『五期』を、前にして。

どうしても、不安になって、たまらなくて。

 

「響ッ!!!!」

 

・・・・未来の声で、意識が浮き上がった。

何とか目を開けて前を見ると、泣きそうな顔でこちらを見ている未来が。

 

「・・・・おはよう、みく」

「『おはよう』じゃない!あなた、なんで、どこでこんな・・・・!」

 

きっと怪我を心配してくれてるんだろう。

未来の慌てようから察するに、壁に付いた血は相当な量らしい。

病院の人たちにも悪いことしたなぁ、と。

いっそ他人事みたいに、のんびり思っていると。

 

「――――響さん」

 

誰かが、歩み寄ってきた。

いや、本当は分かっている。

でも、『どちら』なのか、確信が持てない。

目を向ける、さっきまで一緒だった姿が見える。

 

「・・・・大丈夫ですか?響さん」

「・・・・うん、」

 

まだふらつくらしい体をしゃがませて、心配そうにのぞき込んできたのは。

今回、後に『魔法少女事変』と呼ばれる事件を、一緒に乗り越えた。

エルフナインちゃんだった。

一見キャロルちゃんと見間違える姿。

でも、少し垂れた目尻が、違うと教えてくれている。

 

「・・・・ねえ、エルフナインちゃん」

 

予想通りになったから。

何となく、気になっていたことを聞いてみた。

 

「・・・・わたしの手は、キャロルちゃんに届いたかな?」

 

『救う』だの、『助ける』だのは、なんだか烏滸がましいような気がして。

そんな言い方になってしまう。

 

「――――はい」

 

だけど、エルフナインちゃんは。

間を置かず、確信めいた明るい声で。

 

「届いたはずです」

 

はっきり、言い切ってくれた。

・・・・ああ、我ながらなんて単純なんだろう。

たったそれだけで、こんなにも安心している。

 

「そっか・・・・よかったぁ・・・・」

 

また遠のく意識の中。

最後に見たのは、あの子の笑顔だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。