ありがとうございます。
多分(?)誰もが(?)夢見た(?)
翼vs響です。
「な、何故・・・・!?」
柄にもなくわなわな震えながら。
まるで通せんぼするように立つ響へ、問う。
「何故『そちら』にいる!?」
「雇われました」
悲痛な叫びにも、あっけらかんと答える響。
気だるげにうなじをかく余裕すら見せている。
妨害があることは予想できていたが、まさか気にかけていた彼女が現れるとは・・・・。
翼は苦い思いを抱くと同時に、納得もしていた。
響にとって自分は、仇のような存在だ。
謂れのない暴力と悪意にさらされ、家族と離れ離れになり。
手にかけた者達の血で汚れた道を歩む、大本の原因なのだから。
(いずれ刃を交えるのも、必然と言うことか・・・・!)
密かに奥歯を噛んで、構える。
刃を向けられても、響は平然としている。
気楽な様でいて、隙のない佇まい。
元より諜報部の報告で、只者ではないのは分かっていたが。
実際に相対してみれば、それが真実なのだと思い知らされる。
(小日向、すまない・・・・!)
手を抜けばこちらが刈り取られる相手。
大事な友人に手を上げてしまうことを、彼女の待ち人に謝罪した。
「んじゃ、報酬分はお仕事しなきゃなんで――――」
尖る、闘気。
地面が強く踏みしめられる。
「少しお相手願います」
割り込ませた刀身に、重い一撃が叩き込まれた。
吹き飛びそうになるのをどうにか踏ん張って、一閃。
手甲で防いだ響は一歩引く。
そのまま両手を引けば、手甲が変化。
よく見かけた刺突刃とは違う、幅広で力強い刃。
(ジャマダハル・・・・!!)
その武器は刀剣の類であったため、翼も知っていた。
拳による一撃が、斬撃にも成り得る近接武器。
カタールとも呼ばれ、北インドで使用されていた。
挑発的に微笑んで、響はもう一度突撃してくる。
鋭い突きが、頬を掠めた。
刀を手甲に叩きつけて弾き飛ばし、斬り上げ。
振り上げた勢いで、もう一閃繰り出す。
油断なく開いた片手にもう一本刀を握り、今度はこちらが攻勢に。
一閃、二閃、三閃。
時に同時に斬り付け、時にタイミングをずらして放ち、時に右と左で攻撃防御を使い分け。
全ての技術を注ぎ込み、響へ連撃を叩き込む。
一方の響は、時折危なげな部分を見せながらも喰らいついている。
防御しきれず掠めながらも、攻撃をしっかり捌いていた。
「ふっ、はッ!!」
「ッ・・・・!」
翼の突き一閃。
ここが好機と眉をひそめた響は、腕を振るった。
目論見どおり弾かれた刀は宙を舞い、彼方へ飛んでいく。
もちろん、翼がこの程度で怯むなんて微塵も思わない。
「はぁッ!!」
『一本減っただけだ』と、距離を取った翼。
大剣に変化させると、斬撃を放ってくる。
響もまた上等だといわんばかりに刃にエネルギーを溜め、同じく斬撃を飛ばす。
それら二つは両者の相中で接触、爆発。
煙が晴れないうちに、互いに突っ込んでいった。
「おおぉッ!!」
「でぇりゃッ!!」
叩きつける、火花が散る。
ぎりぎりという音は、両者の食いしばった口元を表現していた。
「強いな」
「鍛えてますから」
「小日向の為か?」
「ご想像におまかせします」
打てば響くような会話を交わし、弾きあう。
砂利を散らして後退。
気付けば汗だくになっていた。
視界を遮りそうな目元だけを拭い、響は改めて前を見据える。
翼も響ほどではないが、雫が顎を伝うのが見えた。
と、こちらを射抜いていた目が、揺らぐ。
「・・・・雇えば、我々の側に来てくれるのか」
ぽつっと、呟くような問い。
「あ、それはいやです」
当然のように、にべもなく断られる。
「言ったじゃないですか、守るために手放すって」
「だが!それでは!!」
肩をすくめる響に、翼は食って掛かった。
脳裏に、過ぎる。
響を追い詰めたと自責して、怪我してないかと心配して。
隣に居ないのが寂しいと、人目を忍んで涙する。
どこまでも友達思いで、一途で、健気な。
折れそうな心を必死で堪える、一人の少女。
「それでは、小日向の心はどうなる・・・・!?」
そんな未来を、近くで見守ってきたからこその問い。
生半な回答は許さないと、肩を怒らせる。
響は未来の名前が出てきたところで、苦い顔。
何も思わないわけではないらしい。
「大切な人、親しい人の危機が怖いというのなら、私達が協力する!小日向のことも家族のことも!もう独りで悩まなくていい!!」
だって、君は。
「貴女は許されていい人間だ!!陽だまりにいていい人間だ!だから頼む!こちら側へ・・・・!!」
告げる言葉は、もはや懇願のそれだった。
彼女が『あちら側』にいる原因が、自分にあるからなお更だった。
たった一つ、たった一つだけでも。
自分が壊してしまったものを、取り戻したいと願った。
壊れた破片は、目の前にある。
掴み損ねたくなかった。
翼の必死ぶりに驚いたのか、響の目は見開かれていたが。
やがて、静かに、穏やかに笑みを浮かべて。
「――――ありがとうございます。でもごめんなさい」
口にしたのは、拒絶の言葉。
「どうしてもわたしは、傍にいられません」
「――――ッ」
その絶句が、勝敗を分ける。
足音三つ、我に返れば目の前に琥珀の瞳。
「――――
荒ぶることなく、淡々と告げて。
「げぁッ!?」
無防備な喉元へ、蹴りを一発。
急所の一つに衝撃を加えられ、血を吐くと錯覚するほどの痛みが走る。
思わず怯んだその隙を、響は見逃さなかった。
即座に鳩尾へ、続けてアッパーカット。
胴をド突かれ、頭を揺さぶられた翼は、木の葉のように吹き飛んだ。
「は――――ぁ、ご――――!!」
地面に叩きつけられてもなお、意識はあったようだが。
虚ろな目から読み取るに、ギリギリと言ったところだろう。
まあ、動けたとしてもご自慢の歌は封じた。
油断も慢心も抜きに、負けるとは思えなかった。
「ったく、勝ってやんの」
当初の目的どおり、殺さずに無力化できたことを安堵していると、そんな悪態が聞こえてくる。
振り向けば、面白くなさそうに舌打ちするネフシュタン。
その手には、金属製の無骨なケースが握られていた。
「負けたら負けたで面倒だよ?」
「うっせぇ!ブツは回収した、ずらかるぞ!」
「はいはい」
響は『おお、怖い怖い』なんて肩をすくめながら。
去り際にふと、振り返る。
翼はこちらを引き止めるように、手を伸ばしていた。
「・・・・・未来を、どうかお願いしますね」
自分を暗がりから連れ出そうとした、優しい防人へ。
それだけを告げて、踵を返す。
◆ ◆ ◆
デュランダルの移送作戦は失敗に終わった。
薬品工場に逃げ込んだはいいものの、それこそが敵の狙いだったのだ。
ネフシュタンに直接攻撃された車は、耐え切れずに横転。
揺さぶられた了子が気を失ってしまっては、奪われるのは時間の問題だった。
もちろん、そうならないために翼を配置していたのだが。
二課の最大戦力たる彼女の前に立ちふさがったのは、響だった。
互角の戦いを繰り広げた響は、最終的に翼を無力化。
デュランダルを奪ったネフシュタン共々、まんまと逃げおおせたのである。
幸いなのは、了子や翼を含めたエージェント達に、死人が出なかったことだろう。
それでも、翼はしばらくの休業をやむなくされたが。
「――――そうか、響くんが」
二課の息がかかった病院。
手当てを終えた翼の筆談で報告を聞いた弦十郎は、難しい顔をする。
その胸中は、決して穏やかではなかった。
デュランダルを守りきれなかったという不甲斐なさも当然あるが、何より気になっているのは、やはり響。
守りたいと、助けたいと願っていた彼女が敵対したことに、少しどころではない動揺を覚えていた。
『申し訳ありません、私が鈍らだったばかりに』
「バカいうんじゃない。人々の為に
眉をひそめて肩を落とす翼の頭を撫で回しながら、弦十郎はそのネガティブな言葉を否定する。
「使い続ければ切れ味だって鈍るさ、今はしっかり
『はい、お気遣い痛み入ります』
失態を攻めることなく、むしろ激励を送ってくれた叔父へ。
翼は照れくさそうにはにかむのだった。
「それで司令、響さんのことはどうしましょう。こうやってはっきり敵対された以上、放っておくわけにも・・・・」
微笑みあいが一段落したのを見計らい、翼のマネージャー兼護衛である『緒川慎二』が神妙に問いかける。
確かに彼の言うとおり、事情があるとは言え、二課の人員に手出しをされたのだ。
私情を抜きにしても、このまま見逃すわけには行かない案件である。
「それに、未来さんには・・・・」
加えて、二課で保護している未来のこともあった。
響の帰りを待ち続けている彼女とは、何か有力な情報があれば教えると伝えてある。
だがこのことは伝えて良いものか、悩むところだ。
元はと言えば、『響が道を外れたのは自分の所為だ』と追い込みがちな部分がある彼女のことだ。
もし、今回のことを知らせたとして、果たして冷静にいられるのかどうか・・・・。
『風鳴弦十郎』個人として、『特異災害対策機動部二課』の司令官として。
持ち合わせている信念と、冷たい現実を吟味して。
翼と緒川が気遣わしげに見守る中。
腕を組み、黙り込み、眉間に皺を寄せて。
悩みに悩んで、悩みぬいて。
「――――」
やがて彼は、閉じていた目を開いた。
今の今まで、『歌うこと自体を不可能にする』ような敵って出てきてませんよね。