「存外、悪運の強い人ね」
「もう時間もない・・・・仕方がないか」
いや、意味ありげに電流走らせといてなんだけど。
残念ながらわたしは探偵ではないので、捕まえてひらめきに変えるなんて出来ないんだよなぁ・・・・。
頭を捻り続けながら、蘭ちゃん達がいるであろう食堂への道を歩いている。
爆弾だのなんだの騒がれてたのと、一応わたしの役割が子守だからね。
譲二おじさんはまだ治療中の様だから、邪魔するのは悪いし。
と、言うことで。
「響ちゃん!」
食堂に顔を出すと、すでにマリアさんが話していたようで。
鈴木相談役他、ひょっこり現れたわたしを心配げに見てきた。
「井出先生のことは聞いたよ、その、大変だったね・・・・」
「うん、ありがと。わたしは大丈夫だよ」
気遣ってくれる蘭ちゃんに笑いかけてから、マリアさん達の方を見ると。
鈴木相談役が話しかけてきた。
「まずは爆弾の解除、ご苦労だった。話を聞いた時は驚いたが、何はともあれ、助けられてしまったな」
「いやぁ、了子さんの教育の賜物ってことで、一つ・・・・」
まさか、『マフィアとつるんでたら覚えましたァ!!』なんて言えるはずもなし・・・・。
それに了子さんなら。
あれよりもはるかに複雑な爆弾を、研究の片手間に解除できそうだし。
多少はね?
「卜部さんも災難ね、二度も騒ぎに巻き込まれるなんて」
「うん、最初はどうかと思ったけど、ここまでとなるとさすがに・・・・」
なんて、園子ちゃんが肩をすくめて、蘭ちゃんが苦笑いを零していると。
「まったくだ、こっちとしちゃたまったもんじゃないぜ」
当の本人が、頭を掻きながら現れた。
事情聴取は終わったようだけど。
「今回の犯行、恨みの線が濃厚だな」
恨み?
「そうだろ?殺し方が尋常じゃねぇ、わざわざ声明まで出して俺達を閉じ込めて・・・・」
「そりゃあ、そうですけど」
「ターゲットだけじゃなくて、周りの人間を狙うってのも嫌らしいぜ」
ふむふむ、なんて耳を傾けていると。
卜部さんの目がこっちに向いて。
あっ、なんか嫌な予感。
「お前さん、身に覚えがあんじゃねぇか?おん?」
くぁーッ!やっぱりかァーッ!
ルポライターなんてメディア系の職業で、この性格だった時点で何となく予知してたんだよ!
ちっくしょう、さっきの仕返しか!?ええ!?
「それってどういうことですか?」
「なんだ、やっぱり言ってなかったのか」
そら、言うことじゃないしね!!
「こいつは、三年前のライブの生き残りなんだよ」
・・・・もはやそれだけで通じるらしい。
マリアさんは『なんちゅうこと言いやがる』って顔してくれてるけど。
それ以外のみんなは普通に驚いてる。
「人を踏みつけにしてまで生きのびたんだからな、百や二百は恨まれてるんじゃないのか?」
そう見下ろしてくる顔は、どうだとでも言わんばかり。
ちっともかっこよかねぇわ。
っていうか、卜部さんあんた。
子どもらの前でなんちゅー話題繰り出してんだ!
「・・・・だったら、それはあなたも同じでしょうね」
「あ?」
そんなところへ、一歩前に出てくれたのはマリアさん。
わたしを庇うように片手を横へやりながら。
ガン飛ばす卜部さんを、鋭く睨みつける。
「これほど品のないゴシップライターだもの。あることないこと騒がれて、いったいどれほどの人が迷惑被っていることか」
・・・・初対面の時の仕返しも兼ねているんだろう。
表情は同じくドヤ顔だけど、卜部さんのに比べたら段違いだ。
もう『たやマ』とか言ってられませんわ。
いよっ!アイドル大統領!輝いてるッ!
頼もしい!優しい!マリアさん!
略して『たやマ』ッ!
アレッ!?
「人のことを言う前に、まず自分を顧みてはいかがかしら?」
なんて思ってる間に、勝負はついたようだ。
卜部さんは恨めしそうにマリアさんを睨みつけると、食堂から出て行ってしまった。
「助かりました」
「だってあなた、このことに関しては強く言い返さないじゃない。危なっかしいったらありゃしない・・・・」
「たはは・・・・」
お礼を言うと、お小言をもらってしまった。
いや、だって。
わたしが否定したところで、遺族の悲しみが癒されるわけでも、死んだ人が生き返るわけでもなし。
下手になんか言って傷つけるよりも、黙ってサンドバッグになってた方がよくない?
だいじょぶだいじょぶ、さすがに直接的な手段を取られたらちゃんと自衛するんで!
「そういうところよ・・・・」
そういう旨の話をして胸を張ると、呆れた顔をされてしまった。
あっれー?
「響お姉さん、大丈夫?」
首を傾げていると、歩美ちゃんが話しかけてきた。
「卜部さんはあんなこと言ってましたけど、僕達は信じてますからね!」
「そうだぞ!ヤイバーみたいな人に、悪い奴はいないんだからな!」
続けて、光彦君と元太君が声をかけてくれてっ・・・・!
グワーッ!優しさが身に染みるーッ!
いい子・・・・みんないい子・・・・。
「おじ様、なんであんな人を呼んだの?陰口みたいで情けないけど、あんまりだよ!」
「私も、園子と同じ気持ちです!マリアさんにも響ちゃんにも、あんな言い方・・・・!」
純粋さに浄化されている横で、蘭ちゃんと園子さんが鈴木相談役に詰め寄っているのが見えた。
一方の相談役は、少し難しい顔をしてから。
「実は、儂も彼についてはあまりいい話は聞いておらなんだ」
そう、口火を切った。
「だが、出版社もこのイベントを報じない訳にはいかなかったんじゃろう。彼を紹介された時、えらく謝られたのを覚えておる」
「もしかして、この前のテロが原因で?」
「ああ、警察と同じく、人手不足でな」
まぁじか。
こりゃあ、わたし達も原因に一枚かんでるよなぁ。
思わずちらっとマリアさんを見ると、やっぱり渋い顔。
「身から出た錆、かしらね・・・・」
物憂げなため息が、なんだか色っぽかった。
◆ ◆ ◆
「ったく、どいつもこいつもなんなんだ・・・・」
苛立ちを隠そうともしないまま、船内を歩き回る卜部。
その足音は、いら立ちを隠そうともしない。
「こっちが出す情報をありがたがるくせして・・・・いちいち目くじら立てやがって・・・・!」
喫煙スペースでないにも関わらず、たばこを取り出そうとして。
「・・・・あ?」
前方から歩み寄ってくる人影。
「お、お前・・・・!?」
彼女を目の当たりにした卜部は。
驚愕のあまり、咥えたたばこを取り落とした。
「――――お久しぶりですネ」
◆ ◆ ◆
「――――なるほどなぁ、あの人らにそんな過去が」
人目を忍んだ一角。
哀に教えられた情報を、平次と共有していたコナン。
「それで、犯人に目星はついとるか?」
「一応・・・・だけど、この事件、変なんだよ」
「変?」
コナンから出た新一らしからぬ発言に、平次も首を傾げる。
「ああ、誰を犯人と仮定しても、必ずどこかで破綻する・・・・推理がつながらなくなるんだ」
「まだピースが足りとらんっていうことか」
「そうなんだけど、隠れ方が尋常じゃねぇ。しっぽすらつかめないってどういうことなんだ・・・・?」
眉間にしわを寄せ、口元に手を当てて頭を捻る。
「さすがの工藤も、謎に雲隠れされちゃ。お手上げみたいやな」
『かくいう俺もさっぱりや』と、平次は苦笑いしてコナンを慰めた。
「最後のピースさえ見つかれば、あるいは・・・・」
思考で濁った頭を掻きまわしたコナンは、ため息を一つ。
脳内を一区切りしたときだった。
「――――こっちだ!早く!」
「急げ!!」
慌ただしく走り回る船員と警官達。
同じ予想をして、互いを見合った平次とコナン。
頷きあって、駆け出す。
「何があったんや!?」
「また例のワイヤートラップだ!今度は従業員がやられてるらしい!」
「なんだって!?」
トラップも三度目ともくれば、コナンも平次も、驚愕より気構えが勝る。
警備員に紛れて駆け抜ければ、客室の一つにたどり着いた。
だが、様子がおかしい。
トラップが、そして被害者がいるであろう部屋の前には人がおらず。
代わりに、反対側の廊下に人だかりができている。
「動くなッ!おとなしくしろッ!」
「くそ、なんて力・・・・うわッ!?」
怒号が激しく飛び交っている中から、飛び出してきたのは。
「あけさせろおおおおおおおおおおおおッ!」
「ぅ、卜部さん!?」
鍛えているはずの警官複数人の体を、軽々跳ねのけながら。
血走らせるその目は、明らかに正気のそれではない。
「そこに!そこに!そこに!犯人が!スクープが!」
「だめだ、抑えきれん!」
「警部どのはまだかッ!?」
「毛利探偵でも、その娘さんでもいい!殴ってでも止めさせろッ!」
協力して抑え込んでいる警官や船員たちが劣勢に立っている。
どうみても一人で対抗できない人数相手に、善戦どころか圧倒している卜部。
自分達も加勢しようと、コナンと平次が進みだしたところで。
つかつかと歩み寄ってくる人物。
了子だ。
彼女は卜部の頬を両側から掴むと、じぃっと両目をのぞき込んで。
何かを、確信したように頷いて。
次の瞬間。
「――――ふんッ!」
スパーン!と、いっそすがすがしい位の勢いで。
右頬を張り飛ばした。
「ぐへぇっ」
思いっきり床に叩きつけられ、束の間呻いた卜部。
やがて、寝起きのような、焦点のおぼつかない目で辺りを見渡しながら起き上がった。
「あ、れ?俺、どうしてここに?」
『いてて』と頬をさすりながら起き上がった顔は、すっかり正気を取り戻していた。
そろって自分を凝視する面々に気圧され、びくっと肩を跳ね上げて後ずさっていた。
誰もかれもが困惑する中で、了子だけが鋭い目線を解くことはなかった。
「な、何があったの!?誰かそこにいるの!?助けてッ!助けてッ!」
動きを止めていた面々だったが、客室の中でとらわれていた女性従業員の声で我に返った。
「僕がやる!」
すぐに行動を起こしたのはコナン。
阿笠製のベルトからボールを吐き出させると、同じく阿笠製のシューズでキック力を増強。
「いっけえええっ!!」
思いっきり蹴りつければ、ボールがドアを粉砕した。
こうなっては、中に仕掛けられていたワイヤーも締め上げるどころではない。
結果、女性従業員は床にたたきつけられたものの、何とか救出された。
「すごいね、さっきの。必殺技みたいだった」
怪我がないかを診るために、医務室へ連れていかれる彼女を見送っていると。
響が話しかけてくる。
「あ、うん。知り合いの博士が作ってくれたんだ。このベルトがボールを作って、こっちのシューズでキック力をあげるの」
「へぇー」
「それ抜きにしても、たいしたボウズやろ?」
「あはは、うん」
(そうと明かせないが)ライバルを自慢する平次にも、笑いながら頷いていると。
「響ちゃん!」
「はい?」
了子の、どこか芯の通った声。
一緒に振り向いたところへ、何かが投げられる。
響が難なく受け取ったそれは、分厚いスマートフォンの様なものだった。
「異端技術の『残り香』を検知するためのものよ。試作品だけど、性能は保証するわ」
――――信じられないことを、聞いた気がする。
ぎょっとなったコナンと平次が、了子を改めて見てみれば。
彼女の顔は、何かを確信している表情だった。
「それを持って、最初の事件現場に行ってちょうだい。スイッチを押しながら一回りすれば、後は勝手にやってくれるから」
「・・・・りょーかいです」
そんなコナンと平次を他所に、響は特に疑問を抱く様子もなく機器をひらひら振って返事。
そのまま軽い足取りで去ってしまう。
ワンテンポ遅れて、コナンと平次も走り出した。
これを逃せば、謎を解く手がかりが永遠に失われる。
二人の脳内には、同じ予感が閃いていた。
「――――おっと、ここだ」
やがてたどり着いた、最初の事件現場。
まだ濃く残っている血の臭いに、顔をしかめずにはいられない。
だが、響は平然と部屋に入ると、さっそく機器を掲げて。
その場でぐるっと一回転。
コナンと平次が見守る中、数瞬の沈黙を保った機器は。
やがて、けたたましいアラートと共に赤いランプを点滅し始めた。
それを見て、顔を引き締めた響。
コナンが、幾度となく見てきた。
守る者の、戦う者の顔だった。
「――――あんたは、何なんだ」
だからこそ、口をついて疑問が出てきた。
「何者なんだ?何を知っているんだ?今ので何が分かったんだ?」
焦りを理性で何とか抑え込みながら、問いを投げ続ける。
平次は、自分より狼狽えているコナンを見て、幾分か冷静でいられているようだったが。
しかし、抱いた疑問は同じだったようで。
遺骸が散乱する中に立つ響を、まっすぐ見据えていた。
対する響は、少し困った顔で沈黙を保っていたが。
ふと、笑みを浮かべて。
「・・・・何者かについては、多分、君達と同じだといいな」
そう、口火を切る。
「わたしには、守りたい人がいるから」
いっそすがすがしいまでの笑みは、二人の警戒を削ぐのに十分だった。
「で、何を知っているかだっけ」
切り替えるように、明るい声を張り上げる響。
ステップを踏みながら、部屋の外に出ていくので、コナンと平次もついていく。
「話してもいいけど、その前に」
打ち合わせた手を、指だけつけたまま広げて。
得意げな顔に、何を言われるのかと身構えた二人は。
「――――耳掃除は済ませてる?」
「「――――へッ?」」
思いもよらない言葉に、抜けた声を上げた。
「頭をよーっくこねて、柔らかぁーくして聞いてね」
そんな二人を面白そうに見守りながら、響はくすくす笑って。
「――――ここから先は、オカルトの時間だ」
不敵に、口角を上げたのだった。
次回、いよいよ謎解き(予定)・・・・!