チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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お約束

――――響から一通りの推理を聞いたっきり、黙り込んでしまった。

コナンと平次の様子を見て、一抹の不安を覚えてくる響。

浮かべた笑みが、ひきつりそうになって来た頃。

コナンの口が、ゆっくり動いた。

 

「――――まず言うと、驚いてる」

「せやな、大分突飛やし、『そんなん有りかい!』って気分やし」

「だよねぇ・・・・」

「だけど」

 

一度肩を落とした響を、コナンはまっすぐに見つめて。

 

「悔しいけど、その考えなら筋が通るんだ。バラバラだったピースが、びっくりするほどきれいに纏まった」

 

『悔しい』、というのは。

探偵を名乗ってからの今まで、魔法のようなトリックを暴いてきた自信が。

あっさりと覆されてしまったから。

しかしその上で、納得がいった旨を述べる。

 

「確かに、本物のオカルトなんて出されちゃ、トリックだのなんだのはもはや考えようも証明の仕様もなくなる。でも、響さんの言うその『一点』に目を当てれば、ちゃんと立ち向かえる」

 

現に、響はそれをやってのけた。

受け入れた上で、清々しく笑いながら宣言する。

 

「さすがは本職、といったところだね。今回ばかりは、完敗だ」

「いやいや、それは言い過ぎじゃぁ・・・・」

 

あんまりの称賛っぷりにいたたまれなくなった響は、せめてもの抵抗にやんわり突っ込みを入れようとしたが。

 

「それこそ『いやいや』や」

 

コナンと響の間に、割って入るように乗り出した平次が。

『冗談はおよし』と首を振る。

 

「危うく迷宮入りになるとこやったんを、あんたは見事にひっくり返した。そこは胸張ってくれへんと、謎解きやっとる身としちゃあ辛いもんあるで」

 

・・・・現役の高校生探偵に、そこまで言わせてしまっては。

さすがに無下にできないと考えたようだ。

響は、やや観念した笑みで『ありがとう』を告げた。

 

「そうと決まれば、目暮警部達にも話さなきゃ」

「櫻井センセにも言うてみるんもありやな、もっと詳しゅう教えてくれるかもしれん」

「そうかもね、了子さんならきっとやってくれるよ」

 

コナンと平次と共に、推理をまとめていく中で。

響は、『でも』と切り出す。

 

「思った通りのことが起こるなら、毛利探偵には眠らないでほしいかな」

「そ、そうなの!?」

 

十八番をつぶされかねない提案に、コナンは思わず上ずった声を上げてしまう。

はっとなって口元を押さえたが、響は気づいていないようだった。

呆れる平次の視線を受けながら、反省するコナンの横で。

響は真剣な様子で続ける。

 

「犯人がもろとも消しに来る、なんて事態もあり得るから。なるべくすぐ逃げられる状態でいてほしいんだ」

「な、なるほど・・・・」

 

その上で、言い分を聞いて納得した。

 

「――――ま、今回はあのねーちゃんにまかせよか」

「そうだな・・・・」

 

わざと歩調を遅らせてた平次の耳打ちに、全面的に同意して。

まずは他の面々と合流しようとした時だった。

 

「あっ!みんなここにいたのね!」

「佐藤刑事?」

 

駆け寄てくる佐藤の様子は、だいぶ泡を食っているように見える。

三人が首を傾げたタイミングで、息を整えた佐藤はそれぞれを見渡して。

 

「自首よ、乾船長が『自分が犯人だ』って・・・・!」

「なんやと!?」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

最初に集まったラウンジへ慌ただしく駆けつけると、ただ事じゃない空気。

 

「じゃ、じゃあ、あんたがこの騒ぎを起こした動機は!?」

「ええ、そうです」

 

毛利探偵が問いかければ、向かい合った乾船長がこっくり頷いた。

 

「父が、綾部辰波が興した『綾部造船』。それを奪った龍臣義彦に、何とか泥を塗ってやろうと思ったんです」

 

そう、どこか決意した表情で話す乾船長。

コナン君と哀ちゃんのこそこそ話から、『乾』は母方の姓で。

元々は『綾部』という名前だということが聞こえた。

 

「た、たつ坊・・・・お前・・・・!?」

 

さすがの龍臣社長も動揺を隠しきれないようで。

完全になまった口元から、だいぶ親し気な呼び方が零れたのが聞こえる。

 

「――――それでは、今回の容疑を全面的に認めるということですな」

「はい」

 

真偽はともかくとして、有力な情報をほっとくわけにはいかないらしい。

目暮警部に、また頷いて答える乾船長。

――――もちろん、犯人はこの人じゃないと分かり切っている。

服部君に目を向ければ、分かっていると言わんばかりに応えてくれた。

そうとくれば、と、『乾船長犯人説』を否定しようとして。

 

「――――バカな真似はよせ!たつ坊!」

「うわっと!」

 

声を張り上げたのは、滝本さん。

大声にびっくりして肩を跳ね上げた間に、乾船長と、それに近づこうとした高木刑事の間に飛び込んでしまった。

 

「何を考えとるんや!お前、自分が何やっとるか分かってへんようやな!!」

「た、滝本さん、落ち着いて!!」

「どうしたんだ、滝本!」

 

複数人係で抑え込もうとするけど、滝本さんの勢いはものすごい。

 

「ッアホ!落ち着け滝本!何があったんや!」

 

龍臣社長の声も届いていないようだ。

 

「ッ滝本さん!冷静に!」

 

例え犯人が分かっていなくても、これはいかんよね、と。

わたしも抑え込みに加勢しようとして。

 

「んにゃッ!?」

 

――――首元の、ちくっとした痛み。

次いで襲ってくる強烈な眠気。

えっ、と思いながら、心当たりに目を向けると。

あの麻酔銃を構えたコナンくんが、『やべぇ』と言わんばかりに目を見開いていて。

 

(おのれ、クドー・・・・!)

 

その思考を最後に、意識がふっつり途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

――――やっちまったあああああああああッ!

それが、真っ先に思ったことだった。

念のために言っておくが、コナンに悪気があったわけではないし。

先ほど響が話していた、『迅速に逃げなければならない事態』も十分に理解していた。

では、何故。

と、考える間でもなく。

尋常ではない様子の滝本を諫める手段として、いつもの行動をとったに過ぎないのである。

あれ以上暴れることになってしまっては、推理どころではなくなるというのもあった。

だが、いざ行動を起こせば。

射線上に割り込んできた響のうなじに、吸い込まれるように針が刺さって。

この結果である。

 

「響ちゃん?」

「響?ちょっと、どうしたのよ」

 

平次の機転で、咄嗟に受け止めた椅子で寝たままの響。

いぶかしんだ了子やマリアが、彼女を案じて寄ってくる。

いよいよ以って『まずい』と感じたコナンは、ええいままよとばかりにテーブルの陰に隠れた。

 

(まさか、ここでやるんか!?)

(やらなきゃいけねーだろ!)

 

響の口調と、語ってくれた推理を必死に思い出しながら。

コナンは、持っていた『蝶ネクタイ型変声機』を手にして。

 

「『あー、大丈夫です』」

 

確認のために声を出せば、全く別人の声。

 

「えっ、歩美ちゃん!?」

「う、ううん!歩美じゃないよ!」

 

当の本人である歩美は、ぎょっとした視線を向けられて。

必死に首を振って否定していた。

 

(悪い、歩美!)

 

しかし今はコナンとして謝る余裕がない。

 

「『いやあ、失礼。倒れた衝撃で喉が変になってたみたい』」

 

必死にダイヤルを調整して、再び声を出してみれば。

なんとか響の声になった。

『ごめんね』と、歩美への謝罪も済ませ、改めて口を開く。

 

「『みなさん、まずは落ち着いてください。乾船長と、滝本さんもです』」

 

ふらついたことで、意識が切り替わったこともあるのだろう。

揉み合いの中にいた面々は、やっと落ち着きを取り戻した。

 

「『乾船長、今回の犯人はあなたではありません。あなたが誰かを庇っているのは、明白ですよ』」

 

『あまり、場を乱さないで下さい』と、諫めれば。

乾は申し訳なさそうに、そして無念そうに肩を落とした。

 

「その言い方をするということは、君には犯人が分かっていると?」

「『ええ、もちろん。服部君やコナン君の助力もあってこそですが』」

「むう、さすがは学者の内弟子ってところか。この毛利小五郎の先を越すとは・・・・」

 

小五郎のぼやきを横目に、目暮の質問をしっかり肯定してから。

『その前に』と、一つ前置き。

 

「『コナン君、例のものを了子さんに渡してもらえる?』」

「はーい!」

 

一度演技を止めたコナンは、響の胸ポケットからあの機械を取り出した。

 

「はい、どーぞ!」

「ありがとう、コナン君」

 

コナンから機械を受け取った了子。

何やら履歴を調べると、納得の頷きをした。

 

「なるほど・・・・今回の事件、やっぱり異端技術が絡んでいた様ね」

「『ええ、その通りです』」

「い、異端技術ぅ!?」

 

高木を始めとした警察の面々に、小五郎や蘭、園子も驚きを隠せない。

 

「こちら、試作品ではありますが、近々警察の皆様へ配布予定の、異端技術の測定器になります」

 

そんな一同に、了子は説明を始めた。

 

「何事も初動が肝心ですから、日頃より市民の平和を守る皆々様に、お力をお借りできればと」

「そういえば、そんな話が来てたわね・・・・」

 

佐藤も肯定したことで、今度は耳を傾ける一同が納得したのだった。

了子も満足そうに笑いながら、指を立てて続ける。

 

「響ちゃんに、これを使った調査を指示していたんです。最初の事件現場、そして先ほどの卜部さん。この事件は、我々の分野のようですから」

 

そう、どこか得意げな顔は。

しかして、どこか逆らい難いものをにおわせていて。

誰ともなく、息を吞んだのが分かった。

 

「とはいえ、ここは教育の一環として、かわいい内弟子ちゃんに解いてもらいましょう」

 

『出来るでしょう?』と向けられた目に、コナンはぎょっとした。

だって、まるで全てを見透かされているように錯覚したのだから。

 

「『・・・・もちろんですとも、了子さん』」

 

だが、探偵として怯むわけにもいかない。

――――金色に見えたような目を、気にしないようにしながら。

コナンは再び響として話し始めた。

 

「『まず語っておくのは、異端技術がらみの事件において、《誰がやったか》《どうやったか》を考えるのは非常に困難。はっきり言って無駄であるということです』」

「確かに、壁抜けやトリックなしでの密室みたいな、『不可能犯罪』を実現できる手段だからね」

「でも、だったらどうやって推理するの?」

 

園子の疑問も最もである。

そんな何でもありの技術を、一体どうやって・・・・?

 

「『それこそが今回の肝であり、根幹にあたる考え方なのです』」

 

そんな彼らを安心させるように、強い口調で断言するコナン。

そして、自身も大いに納得した、響の推理を展開し始めた。

 

「『《誰がやったか》も《どんな手段か》も無意味、ですが』」

 

 

 

「『《何故やったか》、つまり、動機だけは、例え異端技術であっても隠すことは出来ないのですよ』」

 

 

 

「『例えばマリアさん』』

「私?何かしら」

 

それだけでは足りないことは、探偵でなくても分かることだ。

ゆえに、コナンは徐にマリアを指名した。

 

「『何もない原っぱで、死体が発見されたとします。指紋はおろか、足跡や毛髪などの証拠が異端技術で消されています。そんな状況で、被害者の財布が空だったら?』」

「・・・・金銭目的の、強盗殺人だと考えるわね。なるほど、そういうこと」

 

一件はてなを浮かべていた面々も、例え話があれば分かりやすいらしい。

 

「『今回の事件もまた、この考え方に当てはめることができます』」

 

全員が理解したのを確認して、コナンは続けていく。

 

「『この場合は、三つ』」

 

一つ、何故卜部ばかりが狙われたのか。

二つ、何故遺体はバラバラだったのか。

三つ、何故今日この時、この場所なのか。

 

「『一つ、一つ、順番に紐解いて行きましょう。そうすれば必ず、犯人は見えてくるのですから』」

 

――――さあ、始まる。

分厚い『謎』のベールに包まれた。

とてもとても、初歩的な話が。




コナンと言えば、これでしょう。

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