チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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『平行世界からこんにちは編』、スタートです。


雷鳴に咆える影狼
始まりの混乱


――――鎮座するは、翡翠の法螺貝。

まるで何かを訴えるような様は、言葉足らずな幼児の如し。

 

「留守は任せた」

「ええ、武運を」

「お前らも、無茶すんじゃねーぞ」

「クリス先輩こそ!」

「気を付けてくださいね」

 

その前に立つは、三人の『歌姫』。

仲間達の激励を受けながら、装備を纏って進んでいく。

 

「――――いってらっしゃい」

「うん、いってきます!」

 

最後の一人が、駆け寄って。

()()()()()の三人は、空間に開いたゲートをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

さてさて。

アレクサンドリア号の事件から二週間。

後始末の終わりも見えてきて、S.O.N.G.にはいつも通りの雰囲気が戻りつつある。

ついでにわたしの顔面噴火も落ち着いてきた。

あれ以来大きな事件もないので、平和かと思うけど。

割とそうでもないのです。

と、いうもの。

 

「了子さーん、響ちゃんのご家族に出すお菓子。これでいいですかー?」

「あら、それとっておきのサブレじゃなかった?」

「お客には出し惜しみしない主義でしてー」

 

了子さんとスタッフさんの会話で、『もうそんな時間か』と顔を上げる。

パソコンで疲れてきた目頭をぎゅっと押さえてから、さらに伸びもする。

――――めでたく退院したお父さんから、『相談がある』と連絡があったのは二日前の事。

なんでも、香子が変なものを拾ったとか何とかで。

わたし達に調べてほしい、ということだ。

見た目は犬っぽいんだけど、影から出たり入ったりできるらしい。

ばっちり目撃した家族みんなは、十中八九こっちの案件だろうと考えたそうな。

専門家のわたし達ですら『出たり入ったりってなんだ・・・・?』ってなるのに、そっち方面に明るくないお父さん達の困惑は相当だったと思う。

なお、例の犬モドキは、今のところ敵対するようなそぶりは見せていないらしい。

むしろ、疑うのがバカらしくなるほど、香子にがっつり懐いているんだとか、何とか・・・・。

・・・・お姉ちゃん的には、すぐに死ぬみたいな緊急性のない案件でほっとしているかな?

いや、それはそれとして、何か変なことに巻き込まれてないかって心配はあるんだけどもね?

 

「響ちゃんも、そろそろデスクワーク上がっていいわよ。無いと考えたいけど、万が一に備えて頂戴」

「りょーかいでーす、あ、出来た書類そっちに送りました」

「確認しました」

 

エンターキーをタンッと押して、終わらせたかった分を送信。

ちゃんと届いたのを確認してから、待機に移った。

とはいえ、さすがにまだ時間はあるようなので、もはや恒例となった休憩スペースでお茶でも飲んでいることに。

てなわけで、足を運んでみれば。

 

「あ、響!お疲れ様!」

「おや、響さん」

「未来・・・・と、緒川さん?」

 

談笑していたらしい未来と緒川さん。

未来の格好は、装者に支給されているトレーニングウェアだ。

もういくらか動いた後なのか、汗でしっとりした肌が艶っぽい。

・・・・いや、どこ見てんのわたし。

なんて自分に突っ込みいれつつ、自分の分の飲み物を取って座った。

 

「もうお仕事は終わったんですか?」

「いやぁ、この後香子達が来るんで、念のための待機です」

「そっか、相談事なんだっけ」

「うん」

 

会話の傍ら、最近緒川さんにあれこれ教わり始めたんだっけというのを、『そういえば』と思い出す。

攻撃よりも足さばきを主に習っているらしいけど、被弾が確実に減っているとか。

その辺はわたしも確認しているし、何より未来の怪我が減るのは嬉しい。

せっかくきれいな肌してるもんね、傷が付いちゃもったいないってもんよ。

 

「・・・・変な事考えてない?」

「うーんにゃ、何にも」

 

危うくバレそうになったので、何とか誤魔化した。

と思ってたら緒川さんには見抜かれていたようで、微笑ましいような、たしなめているような目を向けられてしまった。

サーセン、気を付けるッス。

なんて、未来から見えないところで舌をペロっとしたタイミングだった。

けたたましいアラートが響いたのは。

 

「――――ッ!!!」

「えっ・・・・!?」

 

ぶわっと全身に緊張が走って、体を飛び出させていた。

未来がワンテンポ遅れて来てるのを背中に感じながら、艦橋へ駆けつければ。

案の定慌ただしく動いている面々が。

 

「来たか、二人とも!」

「状況は!?」

「何が起こっているんですか!?」

「市街地に未知の反応を確認!」

「加えて、反応地点にて火災が発生!規模の拡大スピードが著しく、消防から応援要請が来ています!」

 

表示されたマップには、観測されたっていう反応の大まかな位置と。

火災の発生ポイントが映し出されている。

・・・・もしかしなくても、その出てきた輩が放火魔やってるように思えるんだけど。

 

「現場のカメラに接続完了!映像出ます!」

 

すっ飛んでいきたいのはやまやま何だけど、先に現場がどうなっているかだけでもチラ見しようと考えて。

同じ結論に至ったらしい未来と一緒に、モニターを改めてみてみれば。

 

「――――えっ」

 

――――瞬きを、忘れた。

だって、そこに映っていたのは。

肩や、手、あるいは尻尾から、炎を噴き出している。

 

「燃えるノイズだとォッ!?」

 

さらに連中が通った後には、いっそ懐かしさを覚える真っ黒な塵の山が。

 

「ま、さか・・・・分解ではなく、本当に燃やして・・・・!?」

 

そんな、オペレーターさんの震える声が聞こえた。

 

「ッ未来、行くよ!!」

「ぅ、うん!」

 

いつまでも突っ立っているわけにはいかない。

思いっきり怒鳴りつける形になったけど、未来はしっかり頷いてくれた。

本部から飛び出して、待機していたヘリコプターに乗り込む。

オペレーターさんの声はちゃんと聞こえる状態だ。

 

『ノイズの中に混じって、高エネルギーの反応を確認!』

『これは、アウフヴァッヘン波形!?』

『ッ波形パターン、照合します!』

 

飛び上がるヘリの中で、ずっと報告に耳を澄ませていると。

指令室に駆けつけたらしい了子さんの声。

・・・・このやりとり、どっかで聞いた気が。

いやいや、まさかそんなこと・・・・。

 

『天ノ羽々斬に、イチイバル!?』

『そして、ガングニールだとォっ!?』

 

―――――あったぁ!!!?!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう・・・・!」

 

熱気の中を走り回る。

時折足がもつれそうになりながらも、懸命に膝を上げて、つま先で地を蹴った。

 

「くぅーん・・・・」

「ッ大丈夫だよ、きっとお姉ちゃんが助けてくれるよ」

 

腕の中、『相談事』である黒い子犬を見下ろして。

怖がる自分の心を、何とか鼓舞しながら。

せめて火の手が少ないところを目指した。

伝う汗をおざなりに拭って、ひとまず海を目指そうと進路を定めたところで。

 

「ぐるるるる・・・・」

「クロ、どうしたの?」

 

『クロ』と名付けた子犬が、牙を剥いて唸りだした。

尋常ではない様子に、香子も倣って視線を追うと。

――――巨大な『黒』がいた。

熱にやられてしまったかと目をこするも、風景は変わらない。

大型トラックもかくやというサイズの、巨大な『犬』が。

まばたき一つせず、ただただ害意を以って睨みつけていた。

 

「がるるッ!がうっ!がうっ!がうっ!」

「く、クロ、だめ、逃げよ・・・・ぅわ・・・・!」

 

飛び出したクロを引き留めようとすると。

大型にもほどがある動物に、目に見えた敵意を向けられた腰が。

呆気なくあさっての方向に飛んで行ってしまった。

熱されたアスファルトの上に、力なくへたり込んでしまえば。

獲物の無力化を悟った『犬』が、ゆっくり歩いてくる。

軽く開かれた大きな顎は、剣のような牙がずらりと並んでいて。

香子の小さな体など、一噛みで仕留められるだろうことは。

想像に易かった。

 

「がうっ!がうがうがうっ!」

 

クロの懸命な吠え声も何のその。

とうとう『犬』が、香子の目の前にやってくる。

近づいたことで、奴の体に電気が走っているのが見えた。

いや、見えたところで何になる。

どうせこのままでは、自分はおろか、子犬まで死んでしまう。

 

「あ、う・・・・ぁあ・・・・!」

 

だというのに、この体は動いてくれない。

立ち上がってくれない、走ってくれない。

声を張り上げるべき喉は、情けない音を漏れさせるだけ。

 

「ぐるるるるるるうぅ!!」

 

パニックに陥りかけた思考を繋いだのは、効かぬと分かってもなお懸命に吠える声。

ひゅっ、と音を立てた喉に、力が戻ったのが分かって。

だから、ここぞとばかりに叫ぶ。

 

「――――たすけて」

 

「――――助けてッ!お姉ちゃんッ!!!!」

 

『犬』が飛び出したのは同時。

立ち向かうクロごと飲み込もうと、その大あごを存分にかっぴらいて。

 

 

 

 

「ッだああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

人の咆哮、何かの衝撃。

吹き飛ばされ、頭を打った香子が見たのは。

今まさに呼んだ、『お姉ちゃん』の背中だった。




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