S.O.N.G.のデータベースにて。
あちらのマリアことマルタは、過去の事変の記録を閲覧していた。
響の様子はもちろん、生存している了子も目の当たりにして。
自分の世界との差異を、改めて確認するべきだと判断したのだ。
通常の異変なら先遣隊(この場合、ハナ、フウ、ユキである)がそれとなく聞き出しているところだが。
今回はそんな余裕はなかったようなので、許可を得て行動を起こした次第である。
「ルナアタックでのデュランダル奪取、フロンティア事変ではなく執行者事変・・・・やはり、大分違う歴史をたどっているのね」
資料から目を離して、ひと段落。
紙と言えど疲れを覚えたので、目頭を押さえた。
紙媒体と聞くと、どうしても前時代的なイメージを抱いてしまうが。
そもそもハッキングをされない、最高のハッキング対策なのである。
「はい」
「ん?ああ、ありがとう」
伸びもしているところへ、調がコーヒーを差し入れてくれた。
「事件の資料・・・・ですか?」
「ええ、こちらとの差異を知っておきたくて。あと、話しにくいなら、敬語をつけなくてもいいわよ」
「う、うん」
こっくり頷いた調は、ふと、マルタの手元をのぞき込んで。
きゅっと顔をしかめた。
何かあったのかとマルタは首を傾げながら、たった今読み終わった執行者事変の項目に目を落とした。
「・・・・どうしたの?」
「・・・・その、『執行者』の時は、最初のころ迷惑をかけちゃったから」
「そうなの?って、そういえば攻撃を仕掛けたって・・・・」
そう言われて、調は今度こそ喉を詰まらせた
報告書では、先んじて発生していた蟠りの所為でひと悶着した、と書かれていたが。
「・・・・その、ルナアタックよりも前に、響さんとマリアが戦ったことがあって・・・・それで、マリアが大怪我させられたから」
「突っかかってしまったのね」
「うう・・・・」
当時を思い出してしまったのか、調は恥ずかしそうに顔を覆ってしまった。
「でも、仲直りは出来たのでしょう?」
「仲直りというか・・・・戦意を削ぎ取られたというか・・・・」
再び遠い目をする調。
自分の知っている彼女とは違う様子に、マルタはなんだか微笑ましさを覚えてしまう。
だが、それも束の間だった。
「・・・・響さん、ずっと笑ってるの。傷ついても、傷つけられても、ずっとにこにこしてるの」
『マリアに重傷を負わせた』と、調と切歌に責められても。
味方を庇って生死の境を彷徨っても。
ただ『大丈夫』と微笑んで、心配すらさせない。
させてくれない
それが、こちらの世界の『立花響』なのだと言う。
「・・・・随分厄介な気質みたいね」
「その、否定はしない・・・・正直めんどくさいときもあるし」
ぶっちゃけてしまえるほど鍛えられた調の精神に、マルタは一周回って頼もしさすら感じてしまう。
「でも、うちの響さんには、それを踏まえてもありあまる頼りがいがある、から」
「ふふ、そう」
まるで自分の事の様に締めくくった姿を見て、また微笑みを零したマルタだった。
◆ ◆ ◆
わたしを庇った所為で、フウさんが怪我をしてしまったけど。
落ち込んでいる場合じゃない。
まだ香子も助けられてないのに、折れてる余裕もないんだし。
だからアイアム大丈夫。
大丈夫ったら、大丈夫なの!!
それに、こう強がらなきゃいけない状況でもあるんだから!
「仕掛けてきたか・・・・」
顔を上げる。
モニターには、懲りずに襲撃をかけてきたノアの姿。
前と違うところは、武器らしい短剣(多分儀式用のアゾット剣)を携えていること。
そして、背後に聳え立つ棺桶のような装置。
中身を見ることは出来ないけれど、ちょうど、小学生くらいが入りそうなサイズだ。
「ブラックドッグ、ならびにアルカノイズの反応多数!市街地へ侵攻を開始しています!」
「アルカノイズ?フレイムじゃなくてか?」
「ええ、間違いないわ」
思っていた疑問を、同じく抱いていたらしいユキちゃんの問いに。
あおいさんが答えてる。
いや、ロクなこと考えてないのは明白なんだけど。
一体何をしようと・・・・?
「どちらにせよ、首謀者の確保と252の救出は速い方が良い!行くわよ!」
考えようとしたところで、マルタさんがそう檄を飛ばしたものだから。
わたしもみんなに続いて指令室を後にする。
『奴に動き有り!』
『一体何を・・・・!?』
出撃用のミサイルに飛び乗ってからも、オペレーターさんのわちゃわちゃは聞こえていて。
なんかノアが行動を起こしているみたいね。
『フレイムノイズの出現ゲートも確認!?アルカノイズもいるのにどうして・・・・!?』
なんだなんだ?
もうミサイルに乗り込んでしまった今、音声でしか外の様子をうかがえない。
『開いたゲートに、アルカノイズを干渉させている・・・・!?』
『まさかあいつ、バビロニアを物理的、かつ永久的に開くつもり!?』
それやばいヤツゥ!?
「早く止めないと!」
「ああ、ノイズがあふれ出せば、日本のみならず、世界すらも滅びかねん!」
一緒に乗っていた翼さん、ハナちゃん達と騒いでいる間に。
ミサイルが現場に到着したらしい。
がしゃんと開いたのに気づいて、一気に空へ身を躍らせる。
ちらっと周りを伺えば、ほかの面々も問題なく到着してるらしいのが見えた。
「拙速を尊ぶぞ!敵の防衛ラインを突破したものから、順次本陣へ斬り込めッ!!」
翼さんがサーフィンしてる剣にお邪魔しながら、飛ばされた指示に頷いた。
そのまま剣から、ブラックドッグとノイズの群れにダーイブ!
だけど、複数のブラックドッグが放電したことで、出鼻を挫かれた。
空中で姿勢を崩してしまったところに、噛みつきが襲い掛かってくる。
ただでさえでっかい口と牙で噛みつかれちゃ、こっちもたまったもんじゃない。
何とか体を捻って回避。
すれすれのところでがちんと閉じた顎に、冷や汗を流しながら。
飛んできた雷をマフラーで何とかいなして、再び迫ってきたブラックドッグを蹴り飛ばす。
叩きつけをバックステップで避けて、足払い。
こけたのを踏みつけて、一気に跳躍。
体を捻りながら雷を避けつつ、ブラックドッグを足場にして前身。
・・・・香子、香子。
香子!!!!
あの子は、あんな目にあっていい子じゃない。
こんな、血生臭い場所に巻き込まれていい子じゃない!
十分辛い目にあったから、恐ろしい目にあったから。
だから、だから、だから・・・・!
絶対に、助け出すッッッ!!!
「ッデヤアアアアアアアアア!!!!」
「ギャッ!」
目の前に現れたブラックドッグに、鉄拳一発。
衝撃波が後ろにいた連中も吹っ飛ばす。
よし、これで一気に・・・・!
「ッ・・・・!」
出来た一本道を駆け抜ける。
地面が皹入るくらいに踏みしめて、足元の爆発をそのまま加速に変える。
走って、走って、走って。
だけど、犬どもも立ちん坊というわけじゃない。
四方、八方、六方。
殺意が、気配が、蠢いてる。
だけど、構うもんか、気にするもんか。
一秒でも、一瞬でも早くしないと。
今度こそ、香子が手遅れになるのかもしれないのだから・・・・!
例え、その爪に穿たれようとも、その牙が体に食い込もうとも。
この駆け足を、止めるわけには・・・・!
「っせぇい!!」
あと少しで食いちぎられるというところで、殺意が遠ざかるのが分かった。
隣を見ると、ハナちゃんが満面の笑みを向けてくる。
「行こう!」
「ッうん」
たった一言、それだけを告げられて。
わたしは、また前を見た。
「っだぁ!!」
「そいやァッ!」
入れ替わり立ち代わり。
飛び掛かってくるブラックドッグを迎撃する。
ハナちゃんの拳が、ちょっと迷いがちかな?
まあ、連中の成り立ちを知ってしまっているわけだし。
多少はしょうがないのかも?
今は別に差しさわりはないから、気にしないことにする。
わたし?
可哀そうと言えば可哀そうだけど、向かってくるなら叩くだけだよ。
なんて考えてる間に、開けた場所。
三階建てくらいの、こじんまりとしたビルの屋上から。
ノアが見下ろしてきていた。
よっぽど夢中になって進撃していたらしい。
「・・・・投降する気はないんですか?」
「当たり前だろう?ここに来て『やーめた』っていう方が困らないか?」
拳を握り直して、ひとまず聞いてみれば。
すぐに返って来る『NO』。
分かっていたこととはいえ、やっぱり力ずくじゃなきゃ止められない事実に口元を噛み締める。
主に、一筋縄じゃいかないのを予想して。
「この短時間でここまで駆けつけるなんて、これもまた姉妹愛というやつかな?大変麗しいじゃないか」
「そのノリで降参してくれるとなお嬉しい」
「さすがにお断りだね」
「で、でも!世界中がノイズで溢れちゃったら、あなただって無事じゃすまないですよね!?」
「別にそれでもかまわないさ、むしろそうなってくれた方がありがたいね」
「そんな・・・・!」
にべもなく突き放されたハナちゃんを横目に、改めて上を見上げる。
「じゃあ、殴られても文句はないですよね?」
「出来るものならね」
「ほざけ」
これ以上付き合う義理もない。
まだ諦めきれないらしいハナちゃんが、引き留める前に。
踏み込んで、飛び出して。
「――――ふふっ」
突き出した拳が、何かに阻まれた。
「わたしッ!?」
ハナちゃんの心配してくれる声を聴きながら着地。
ぐう、右手がビリビリして・・・・。
「・・・・やる気は結構だが、こちらもそうはいかないんだ」
今になって見えるようになった、バリアのようなもの。
その向こう側で、ノアは何かを取り出している。
「私を裁けるのは神ただ一人・・・・只人には触れてほしくないなぁ」
「ッ触れるような距離にいて何を抜かしてんだか・・・・!」
「そうだね、この距離でないとブラックドッグも各種ノイズも制御できないし、そこは私の実力不足さ・・・・でも効果的だろう?」
言いながらノアは、さっき取り出した何かを。
犬笛のようなものを、口にした。
瞬間、空が暗くなる。
太陽が隠れたんじゃなくて。
「こいつも加えれば、盤石というものだ」
ずしん、と降り立ったのは。
散々見てきたブラックドッグ。
はっきり言って、どれもこれも同じ顔にしか見えなかったんだけど。
だけど『この子』だけは、何故か見分けがついた。
確かな根拠はなく、直観としか言いようがないけども。
確信を以って、問いかける。
「・・・・何やってんのさ、クロ!」
轟いたのは、雷鳴か、咆哮か。
あと3・4話で終わらせて、AXZ行きたいです。