普通の人間にとっては大分昔、寿命を超越した錬金術師にとってはつい最近のこと。
幼い自分には、友人がいた。
同世代に比べても頭の悪い子だったが、彼女から湧き上がる疑問は目を見張るものばかり。
『どうしてお月さまはついてくるの?』
『どうして食べ物は茶色くなって出てくるの?』
どう答えるか、どう説明するか。
考えながらの会話が、とても楽しかったのを覚えている。
だけど、ずっと続いてほしかった世界は、無情な終わりを告げてしまった。
きっかけは些細な事、頭の悪さをバカにした悪ガキたちが、友人を執拗に追い回して川に落とした挙句。
持っていたデッキブラシやモップで、何度も水面に押し込んだらしい。
浮かんでこなくなったところで、やっとしでかしたことを理解したバカ共。
大わらわで呼ばれた大人達が引き上げた頃には、もう手遅れだったそうだ。
・・・・奴らのやったことは、言うまでもなく『人殺し』。
直ちに縛り首にするべき大罪だったが、大人達は『子供のやることだから』と強く戒めるだけにとどめてしまった。
自分自身、両親に『悪いことはしないように、必ず自分に返ってくる』と言い聞かせられて育ったので。
奴らにはとんでもない悪いことが起こるんだと、何とか我慢出来た。
――――しかし。
ハイスクールへ通う頃にはすっかり忘れてしまった奴らは、また手ごろなターゲットを見つけていじめだした。
人の命を無惨に奪い去ったのに、あれだけ大人達に怒号と大目玉を浴びせられたのに。
また、同じことを、過ちを繰り返し始めた。
それを知った途端、『怒り』では表し足りぬ感情が湧きあがったのを覚えている。
奴らの腐り切った思考回路もそうだったが、何より神への憤りが収まらなかった。
いつまで奴らをのさばらせる?いつまで奴らを見逃し続ける?
あんな、人を殺したことをあっさり忘れるような連中を、許すとでも言うのなら。
だったら、何故。
友人の『たすけて』という声に、応えてくださらなかった!?
・・・・認めるか、認めてなるものか。
あの子の命が、ただ玩具になるためだけに産まれたことなど。
認めてなるものか!!!!!!!!!
「全く、運が良いやら悪いやら」
避難指示により人のいない街を、ノアはふらつきながら歩いていた。
響の一撃で昏倒していた彼女だが、幸か不幸か、ノイズの襲来で回収が滞った隙をついて逃げ出せたのである。
「それにしても・・・・」
考えるのは、今回の顛末の事。
結局目的だった天罰は下らなかったわけだし、今度もまた失敗に終わったようだ。
「まあ、取られちゃった実験体ほどの手ごたえも感じなかったし・・・・仕方がないか」
つい最近、まんまと持っていかれてしまった実験体。
確か『執行者団』なんて名乗って騒ぎを起こしたようだったが、結局彼らが『駆除』されただけで終わってしまった。
「やっぱり私自身が指揮を執るくらいじゃないと、主も反応してくれないんだろうなぁ」
ため息一つ。
一緒に止めてしまった足を、また動かし始める。
「それにしても」
次に考えるのは、防壁が打ち破られた時のこと。
あの時、『火事場の馬鹿力』などで済まされないことが確かに起きていた。
発生装置としてタリスマンを利用していたこと、それに対抗する条件。
――――ワイヤーが悲鳴を上げる。
「・・・・まさか、あれが?」
いや、あり得なくはないと口にする。
シンフォギアに使われる聖遺物ともなれば、その製造がとびっきりの昔であることは言うまでもないだろう。
それこそ、『世界一有名な奇跡』が『最近』に分類されるであろうことも。
「鶏が先か卵が先か・・・・ふふふ、どちらにせよ、面白いものが見れた」
――――今回の騒ぎが始まった大わらわで、やむを得ずぞんざいに扱われた部分が千切れていく。
「とはいえ、今回ばかりは私の抜かりが大きい。今後は『あれ』が本物だと仮定した作戦を練るべきだな」
小躍りしそうなステップで歩いていた、その時。
――――甲高い音がした。
弾かれたように見上げれば、降り注ぐ無数の鉄骨。
がらんがらんと、まるで鐘楼のような音が。
脳を揺さぶるように響き渡った。
意識が、飛ぶ。
「――――は」
暗い世界からは、意外と一瞬で戻ってこれた。
だが、体に強烈な違和感。
何だ、何が起こったと、視線を巡らせる最中。
喉の奥からこみあげたものが、地面を真っ赤に濡らした。
――――嗚呼、と。
納得しながら、振り向けば。
背中の中央から、鉄骨に貫かれているのが見えた。
・・・・現代医療はもちろん、錬金術で以てしても手遅れだろう。
いや、仮に助かったとしても、彼女はそれを拒んだに違いない。
(・・・・ああ、よかった)
何故なら、これこそ求めて止まなかったものだから。
文句はない、異論もない。
そうするべく、そしてそうなるべく行動を取ってきたのだから。
「が、ぼ・・・・」
自らの血だまりに崩れ落ちる。
容体とは裏腹に、歓喜に満ちていた胸中だが。
しかし、次第に陰っていく。
そうだ、悪人をきちんと裁いてくれるのなら。
この世から排除し、只人に平穏をもたらしてくれるのなら。
(どうして、パティ・・・・)
走馬灯の、親友の笑顔を最期に。
ぶつりと、暗転した。
◆ ◆ ◆
フレイムノイズやブラックドッグを中心とした騒ぎ、『影狼事件』は。
並行世界のみんなの協力もあって無事解決。
世間様には、『S.O.N.G.のみんなが大活躍やったで!』ということで押し通すみたい。
並行世界のアレコレも、元々ひた隠しにしていたのが功を奏して。
上手くごまかせそうだという話だ。
・・・・主犯であるノアは、あの後遺体で発見された。
ビルの建設現場の真下で、鉄骨に貫かれていたらしい。
後日行われた、建設会社への聴取によれば。
初めてフレイムノイズが観測された日、現場の作業員はだいぶ大慌てして、諸々の後片付けがおろそかになってしまっていたそうだ。
その後避難勧告が出て近づけない状態だったから、直そうにも直せず。
結果として・・・・ということだった。
ちなみにその作業員たち、お偉いさんから、『安全対策を怠ったのはよくないことだ』『二度と起こすな』と強く戒められた上で。
『今回ばかりはしょうがないから見逃してあげる』と言われたとか、何とか。
まあ、相手が悪いとしか言い様が無いしね・・・・。
・・・・もう一つあったか。
あの日、自爆特攻をしかけたクロ。
お陰でアルカノイズと、開きそうになっていた裂け目が元に戻ったんだけど。
代償が何もないわけじゃなくて。
「――――と、言うことで。しばらくの間、皆さんの言動を監視させていただくことになります」
事件の終息から、一週間。
響と祖母を除いた立花一家は、応接室で了子に説明を受けていた。
両親に間に座る香子の顔は、ずっと陰ったまま。
・・・・事件終了直後に比べれば、随分マシな顔色だった。
「まあ、監視と言いますが、我々の活動内容やシンフォギア装者の正体について言いふらさなければそれで構いませんので」
『監視も、どちらかと言うと警護の側面がある』、と付け加えて。
話をひと段落させた。
「ここまでで、何かご質問等はございますか?」
「えっと、俺はこれで・・・・母さんは?」
「私も、大丈夫です。ありがとうございます」
互いを見あって頷く立花夫妻。
その間で、香子も首を揺らして了解を伝える。
「ふふ、こちらこそ、ご理解の程ありがとうございます」
対する了子も笑って受け止めたが、ふと、悩ましげに眉をひそめて。
「それで早速で恐縮なのですが、皆さん・・・・正確には、香子ちゃんにお願いがありまして」
「お願い?」
「わたしに、ですか?」
首を傾げる香子へ、微笑まし気に目を細める了子。
すると、ちょうどよいタイミングでドアがノックされて。
「失礼する」
「ああ、いいタイミングよ。レイア」
「それは派手に僥倖」
入ってきたレイアの手には、バスケットが抱えられていた。
念を入れるように腕時計を見て、時刻を確認した了子は。
こっくり頷く。
「実は、クロ君が突撃した裂け目の跡地で、新たな生体型聖遺物が確認されまして。調査の結果、ブラックドッグの進化体であることが判明しました」
「それって・・・・」
テーブルに置かれたバスケットから、目が離せない。
釘付けになっている香子の目の前で、封が開けられて。
「我々が、便宜上『フェンリル』と名付けたこれは、幸い、危険性が確認されなかったので。護衛も兼ねて、飼育経験のある香子ちゃんに預けたいのですが・・・・どうかしら?」
恐る恐る出てきた、ちょっと恥ずかしそうな、申し訳なさそうな顔が。
何だかおかしくって。
涙と一緒に、我慢できなかった笑顔がこぼれる。
「はい、やります!引き受けます!」
その小さな体を、めいいっぱい抱きしめた。
並行世界編、これにて閉幕です。
あまりギャラルホルン要素を取り込めなかった気がしますが、書きたいものは書けたので(白目)
この後はいつもの如く、小話をちょこちょこ上げます。
オリキャラ紹介
ノア
実は錬金術師としてはだいぶ若い人、キャロルちゃんより年下。
元は信心深い錬金術師の家系で、幼い頃から様々な知識を吸収。
一時は神童と呼ばれたこともある。
だが、友達をいじめ殺されたショックで、いろんなものをこじらせた。
過去にとらわれ、時間が幼女で止まっていることは、本人も自覚していない。
いじめっ子には、それはそれはむごい仕打ちをしたとか、何とか・・・・。