チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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笑って、そっと

――――目の前が明るくなる。

はじめ何だか分からなかったけれど。

意識がはっきりしてきて、記憶の整理もついて。

そういえばドンパチの後倒れたんだなっていうのを思い出した。

全身が柔らかいものに包まれている。

多分ベッド、病院のものだろう。

手足・・・・は、特に拘束されていないみたいだったけど。

左手が動かないのが少し気になった。

 

「・・・・っ」

 

目が光に慣れてきたので、目蓋を開けてみる。

見えるのは当然知らない天井。

消毒液の臭いがさっきから鼻を突いているので、病院で間違いなさそうだ。

体を起こしてみる。

血が結構流れたにしては、だるさを感じなかった。

いや、むしろ中身が減ったから軽くなってるのかな?

なんてアホなこと考えながら、動かない左手に目をやれば。

 

「――――」

 

未来が、椅子に座った状態で、ベッドに体を預けていた。

わたしの左手をしっかり握って、目元をうっすら腫れさせて。

静かに寝息を立てている。

・・・・泣いてたのかな。

右腕を見てみると、点滴されていた。

中身は赤いので、多分輸血されてたんだろう。

なるほど、道理で体が軽いわけだ。

 

「・・・・ん・・・・・よ、と・・・・」

 

未来を起こさないように、そっと手を離してベッドから降りる。

点滴ももういらないので、ぶちっと引き抜いちゃう。

怪我したとこに包帯巻かれてたけど、こっちも治ってるから解いた。

ここで軽く柔軟。

うん、五体満足。

ちょうど枕元に着替えが置いてあったので、遠慮なくそっちに着替える。

カッターシャツと、ビジネススカート。

・・・・明らかに二課のものだった。

んー、こういうパターンか。

いや、予想できなかったわけじゃないけど、確率は低いと思ってただけに意外。

まあ、警察にとっつかまるよりはいい、かも?

ひとまず長居する理由はないのでとっととエスケープすることに。

愛用の仕込み籠手がないのは不安だけど、また作ればいいし。

日本なら、ちょっと山奥に入れば材料が集まるだろう。

・・・・まさか不法投棄をありがたがる日が来るなんて。

とにかくここからの脱出を優先しなきゃ。

 

「・・・・ばいばい」

 

去り際、小さくそれだけ呟いてから病室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――これほどとは」

 

ミーティングルーム。

モニターを見て、弦十郎は愕然とする。

表示されているのは響のレントゲン。

胴体に映る黒い影は、胸を塗りつぶし、肩を通り越し、顎や腕を侵食していた。

 

「このままだと全身を侵食しかねない勢いよ。既に痛覚や味覚、寒暖に影響が出ているみたいだし・・・・」

 

いずれ、また別の感覚が無くなる可能性もあり得るという。

了子と共に、難しい顔をする。

 

「ここから巻き返すのは、正直骨よ?」

「構わないさ」

 

試すような視線に、臆せず即答する。

 

「助けると約束したんだ、諦めてたまるか」

「・・・・それじゃあ私は、そんな危なっかしい上司に付き合ってあげますよ」

「ああ、頼むよ」

 

肩をすくめる了子へ、快活に微笑む弦十郎。

上司と部下ならではの心地よい信頼に、しばらく笑いあっていると。

 

『大変です!司令!』

「どうした?」

 

通信機に、オペレーターの一人『藤尭朔也』の焦った声が聞こえる。

 

『例の少女が、病室から脱走を・・・・!』

「・・・・やっぱり手だけでも拘束しとけばよかったんじゃない?」

「むぅ・・・・」

 

本日午後、ぼろぼろで倒れているところを保護された響。

咽び泣く未来や、響の境遇に配慮して、あえて拘束具をつけないという選択肢を取っていたのだが。

どうやら裏目に出てしまったようだ。

用意した着替えを着た彼女は、二課からの脱出を図っているらしい。

司令室から転送された映像には、慎重に廊下を進む響が映っていた。

 

「――――ねぇ、ちょーっと思いついたんだけど?」

 

どう引きとめようかと悩み始めた弦十郎に、了子がいたずらっぽく笑いながら提案する。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

曲がり角を警戒しながら、隠れられる場所には身を潜めて。

廊下を進んでいく、んだけど・・・・。

そういえばこの頃の二課って地下にあるんだよね?

となると出口は限られてくるだろうし、慎重にいかないと学校のど真ん中に出ることになる。

今のわたしは完全に不審者扱いだろうし、そんな間抜けな最後はいやだ。

もちろんアニメに出てきたとこ以外にも出入り口はあるだろうけど、国家組織だから簡単に出入り出来るはずがないし・・・・。

あれ?これもこれで意外と詰んでる・・・・?

い、いや!まだだ!まだ終わらんよッ!!

 

「――――でね、それから――――」

「おいおい、そりゃあ――――」

 

・・・・前の方から人の気配。

幸い近くに自販機があったので、その陰に隠れる。

近づく声と足音。

気のあう同僚らしい彼らは、わたしに気付くことなく去っていく。

気配が無くなってから、殺していた息を吐き出して整えた。

そっと顔を出してみれば、遠くに二つの後姿が見える。

ふと、彼らの格好がやけにカジュアルなことに気がついた。

・・・・もしかして、退勤時間だったりする?

二課の特性上、あの制服で通勤ってちょっと考えにくい。

少なくとも施設内に入るまでは、むしろ別の服装でいる可能性が高い。

っていうことは、あの人達についていったら出口にいける?

もちろん気付かれたり、見失ったりするリスクはあるわけだけど。

かといってそう都合よく次の手がかりがやってくるとも考えにくい。

 

「・・・・」

 

ここはついていくのが妥当だと判断して、もう一度顔を出す。

右良し、左良し。

オール良し!いけーっ!

足音を殺して、小走りで駆け抜ける。

壁に張り付いて様子を伺えば、あの二人は次の角を曲がっていくところだった。

曲がりきったのを確認してから、わたしもついていく。

くぅっ、こういうスニーキングミッションってすっごい心臓に悪いよ。

時折後ろも警戒しながら、二人を見失わないように廊下を歩いていって。

 

「――――ッ!?」

 

急に、肩を叩かれた。

振り向けば、ニコニコ笑う緒川さんが。

いつのまに・・・・!?

 

「注意は足りていましたが、まだまだですね」

 

おのれNINJA・・・・!

 

「監視カメラのこと、すっかり忘れていたでしょう?」

「・・・・ぁ」

 

しまったああー!!

そうだよ!政府の重要なお役所だから、監視カメラの百個や二百個あって当然じゃん!!

なぁんで忘れてたかなぁ!?

 

「お、本当に引っかかってた」

 

頭を抱えたくなっていたところへ、さっきまで向いていたほうからも声。

そっちを見れば、わたしが尾行していた二人が・・・・って。

この人ら!オペ子さんとオペ男さんやんけ!

っていうか引っかかったって!?

 

二課(うち)の制服、意外と似合、ぃっで!」

「『通勤するときの格好をすれば、出口があるって思ってついてくるかも』って、了子さん・・・・わたし達の仲間が考えたの」

 

軽口を言うオペ男さんに裏拳を叩き込みながら、オペ子さんが柔和に笑って説明してくれる。

う、ごごごごご・・・・。

これはあれか、この人らの作戦にわたしがまんまと『フィイイイッシュッ!!』されたパターンか。

ちょ、ちょっと。

ちょっと、待って。

これは、だいぶ。

間抜けすぎるううううううううう・・・・。

あれか、やっぱり寝起きの頭で考えたのがダメやったんか。

ちっくしょう、どっちにせよ間抜けさらしてるのに間違いはない。

どうする?どうする?

早くしないと――――

 

「――――響!」

 

体が強張るのが分かる。

緒川さんの方に目を向けると、駆け寄ってきた未来が肩で息をしていた。

その後ろからは、翼さんと弦十郎さんが。

・・・・完全に、囲まれた。

 

「・・・・」

「・・・・ッ」

 

一歩寄られる、一歩下がる。

手を伸ばされて、もっと後ずさる。

・・・・頼む、頼むよ。

ねえ、近づかないで。

だけど未来はお構い無しに歩み寄ってくる。

わたしの手を取ろうとして、わたしを逃がさないようにして。

ゆっくりゆっくり、距離を近づけて。

 

「・・・・ひびき」

「――――」

 

名前を、呼ばれて。

あんまり嬉しそうに、名前を言われて。

頭の中の、何かが弾ける。

 

「未来さん!」

「未来ちゃんッ!」

「小日向!」

 

『手』を出して、未来を引っつかむ。

 

「危ないものに近づくなって、習わなかった?」

 

真綿で首を絞めるように、じわじわ力を込めながら言う。

・・・・お願いだから、怖がって。

怖がって、恐れて、わたしを嫌いになって。

そしたら君は、わたしから離れてくれるでしょう?

ねえ、未来。

もう、これ以上。

怖い目にも、辛い目にも、遭わせたくない。

・・・・なの、に。

なんで。

 

「――――響ならいいよ」

 

なんで、そんな。

綺麗な顔で、笑って。

 

「怖がらなくていいから、ずっと傍にいるから」

 

『手』が、維持できない。

解放された未来が、近づいて。

背中へ、腕を回した。

 

「響の気がすむだけ、好きなだけ。ここにいていいよ」

 

肩口に顔を埋めた未来が、優しく囁いてくれる。

 

「――――大好き」

 

その一言がとどめだと分かったのは、ほっぺたを水滴がつたったから。

胸が苦しくて、息がし辛くて。

でも溢れている感情は、『悲しみ』じゃなくて『安心』で。

 

「・・・・?」

 

頭に何かが乗る。

大きな手だ。

弦十郎さんが、優しい顔して頭を撫でてくれてた。

見れば、周りの人達も。

頷いたり、笑いかけてくれたり。

・・・・誰も、誰も。

わたしに、敵意なんて向けてなくて。

何か害を成そうとしているわけでもなくて。

 

「・・・・ぁ」

 

ああ、何時以来だろう。

こんなに、こんなにあたたかい場所にいられるのは。

 

「ぁぁぁあああああああ・・・・・!」

 

涙なんて、もう出ないと思ってた。




『ツキノワグマ』という素敵すぎる曲に出会ってから、執筆がとんでもなく捗っている件について。
今回のタイトルも、歌詞の一部を拝借しています。

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