チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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先んじて投稿した番外編を、ほんのり修正したものになります。


閑話:とある湯の街で

「はーあ!足湯気持ちよかったねぇ!」

「うん、何だかお肌もつるつるになった気分」

 

――――ごたごたが落ち着いてきたある日。

『たまにはゆっくりして来い』と、香子含めた一同から後押しをもらったわたしは。

未来とお泊りデートに出ていた。

場所は、とある温泉街。

夏休みシーズンというだけあって、結構な人だかりだけども。

久しぶりのゆったりとした時間に、羽を伸ばさずにはいられない。

 

「夏の温泉街も、なかなか乙なもんじゃないの」

「弦十郎さん達にも、お土産たくさん買っていこうね」

「うんうん!」

 

とはいえ、熱中症が心配になるほど暑いことに変わりはないので、水分補給でもと辺りを見回すと。

 

「飲める温泉?」

「あ、美肌効果があるって」

「へぇー」

 

ちょっと汲んで触ってみると、冷たいとは言えないけど死ぬほど熱くもない感じ。

なんだろう、ほんのり温かいぬるま湯的な・・・・。

とはいえ、せっかくなので飲んでみることに。

 

「んー、どうだろう。響はどう?」

「水道水じゃないことくらいしか分からないね。あ、でも、布で越した泥水よりはおいしい」

「もう、なんて冗談言ってるの」

 

とはいえ喉も潤ったし、これはこれでよかったのかも。

文面ではたしなめてる未来も、楽しそうにはにかんでいる。

うーん、かわいい!

 

「面白いものがあるもんだねぇ」

「ねぇ、温泉飲むなんてなかなかないよね」

 

後ろに並んでいた人に柄杓を渡して、また二人で当てもなく歩き出したところで。

そういえばお腹が減ってるのを思い出した。

 

「お腹が減って来たなぁ、未来は?」

「実は、わたしも。この辺、お蕎麦がおいしいみたいよ」

「へぇ、じゃあお蕎麦のお店探してみようか」

 

人込みを避けて、道端でスマホをぽちぽち。

よさげなお店を見つけたので、そちらに向かうことに。

はぐれないようにって、手を握ってきた未来にきゅんきゅんしながら歩くこと、しばし。

それらしいお店に到着、醤油とお出汁のいい香りが鼻をくすぐる。

これは期待できそうだ・・・・!

 

「いらっしゃいませー!」

「二人ですけど、入れます?」

「大丈夫ですよ、カウンターへお願いしまーす!」

 

大分混んでいたから心配になっちゃったけど、開いてるとこがあった。

よかった・・・・。

一緒にのぞき込んだお品書きから、かき揚げ蕎麦ときつね蕎麦を頼む。

ところで、こういう『和』な雰囲気のお店って、『メニュー』よりも『お品書き』って言いたくなるよね。

 

「未来はきつね蕎麦とかのお揚げって、先に食べる?それともとっとく?」

「うーん、考えたことなかったかなぁ。あ、でもてんぷらはサクサクのうちに食べたい」

「ああ、分かる」

 

なんてとりとめのないことを考えつつ、未来と何気ない会話をする。

聞こえそうで聞こえない有線と、厨房のせわしない物音をBGMに。

時間がゆったり流れていて。

はぁー、こう。

まったりした時間を過ごすのって、久々すぎる気がする。

前に過ごせたのはいつだったか・・・・。

・・・・大分昔な気がする。

ここの所、色々ありすぎたんだよなぁ・・・・。

 

「お待たせしましたー」

 

と、ネガティブになりかけたメンタルを打ち消すように、頼んだものが来た。

 

「お、ありがとうございまーす」

 

ほかほか湯気を立てている二杯のお蕎麦。

かき揚げがわたしで、きつねが未来。

いただきますして、早速てんぷらをがぶり。

うんうん、やっぱりてんぷらはサクサクがうまいよなぁ。

順番は気にしないと言っていた未来も、隣でお揚げをぱくり。

じゅわっとかすかに聞こえた音から、あの味が容易に想像できた。

 

「んん~!」

「うんまぁ~・・・・!」

 

もちろんメインのお蕎麦も最の高。

これは、本当にいいお店を当てたなぁ・・・・。

耳を澄ますと、揚げ油とはまた違うジューッという音。

漂ってきた香りから、『かけ』を作る過程の、熱した鉄を醤油に入れるあれだなと分かる。

なるほど、本格的。

 

「おいしいねぇ」

「うんうん!」

 

舌鼓を打ちながら、つゆまで飲み干してしまった。

 

「次はどこ行く?」

「この近くに、安全祈願の神社があるらしいけど?」

「あー、行っておこうか・・・・職業的に」

「ふふ、そうね」

 

お腹も満たされたところで、次の目的地に行こうとした時だった。

 

「キャーッ!引ったくりーッ!」

 

喧騒を一時停止させる、布を裂くような悲鳴。

はっとなって見れば、人込みを猛然と進むそれらしい人物が。

走るルートを予測しつつ、ささっと移動。

 

「どけぇッ!!」

 

怒鳴りながら掴みかかって来る手を軽く弾いて、ひっつかむ。

そのままわたしの向きを変えて、

 

「どっせい!!」

「う、おおおッ!?」

 

派手に背負い投げを喰らわせてやった。

受け身もまともに取れない引ったくりは、背中を思いっきり打ち付けて。

きゅう、と意識を飛ばしてしまった。

 

「す、すみません。それ、私の・・・・!」

「ああ、どうぞ。念のため中身を確認してください」

 

引ったくりが持ってたバッグを拾い上げて、砂を払っていると。

持ち主らしい女の人がやってきたので、普通に渡した。

ごそごそまさぐったバッグの中身は、財布やスマホを始めとした貴重品共々無事だったらしい。

よかった。

 

「警察です!大丈夫ですか!?」

 

そんなこんなのうちに、お巡りさんが駆けつけてきた。

もうここにいる理由はないね。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「え、そんな。せめてお名前だけでも」

「ナナシノゴンベェ」

 

未来と合流して、引き留める警察とお姉さんを置いてけぼりに。

すたこらさっさと立ち去ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(ごちそうさまでした!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に茜色が残っているうちに、宿泊している旅館へ戻ってきた。

取っている部屋にはなんと、貸し切りの露天風呂が着いている。

今日のお風呂はもちろんそこで済ませちゃうことにした。

 

「あ、見て。星が」

「ほんとだ、天の川!」

 

体も頭も洗って、二人で湯船に浸かれば。

見上げた夜空に、満天の星。

時折吹いてくる夜風が、のぼせる心配も一緒に吹き飛ばしてくれていた。

 

「はあー、いーいお休みだぁ。ゆったり観光して、温泉にも入れて・・・・」

「ふふ、ここのところ忙しかったもんね」

「ねぇー・・・・」

 

口元までお湯に浸かって、ぶくぶく。

『行儀悪い』と怒られてしまったので、すぐにやめたけど。

あがるついでに、未来を抱き寄せたりしちゃったり。

 

「もう、人目がないからって・・・・」

「えへへー、未来分は補充できるときに補充しとかないとねー」

 

テンションのままにぎゅっぎゅしてると、ふと。

未来が悩まし気な顔をしていることに気付いた。

 

「未来?」

「っえ?う、ううん・・・・何でもない」

 

なんでもなくない感じなので、未来が見ていただろう場所を見てみて。

ああ、と納得した。

もうだいぶ薄くなっているけど、古傷や生傷で全身ボロボロだったからだ。

いや、後悔があるわけじゃないんだけども・・・・。

それでも、悲しそうな顔をした未来に、何も思わないわけじゃない。

思い出せば、この部屋を取ったのは未来だ。

こんなわたしを見られたくないと思ったのか、それともわたしがほんのり気にしているのを察してくれたのか。

・・・・どっちなんだろうなぁ。

 

「響こそ、どうしたの?ぼーっとしちゃって」

「んー、未来が愛しいなって」

「もう、調子のいいこと言って。誤魔化さ――――」

 

お小言を言いかけた唇を、遠慮なくふさいだ。

 

「――――誤魔化しって言われるのは、ちょっと寂しいかなぁ」

「・・・・ばか」

 

未来が愛しいのはもちろん、かわいいなとかは常日頃から思っている。

むしろ日々更新されていると言ってもいい具合で考えてるので、嘘じゃないもんね。

ってなわけで、かわいい反応に上がったテンションのまま、何度か食み続ける。

・・・・『トンネルと抜けると』で有名な本の中では。

薄明りに照らされた女性の唇を、『輪を描いたヒル』と表現するらしいのを。

ぼんやりと思い出した。

 

「ん・・・・ひ、びき、ここ外・・・・!」

「っは・・・・中ならいいの?」

「そういう話じゃない・・・・!まだ起きてる人だっているのに、誰に聞かれてるか・・・・!」

 

顔を真っ赤にして抗議してくる未来。

んー、まあ、はしゃぎすぎた自覚はあるから、このくらいでいいかも知れない。

ご飯だってまだ食べてない。

 

「あはは、それじゃあ」

 

・・・・でも、『はい、わかりました』と引き下がるのも、何かなぁと思ったので。

耳元に口を寄せて、

 

「続きは『寝るとき』にね」

 

――――反撃の水飛沫は、甘んじて受け止めた。

 

 

 

 

閑話休題(ごめんってば)

 

 

 

 

ここの売りは、食堂で食べられるビュッフェ。

旬のお魚や、新線な野菜、普段は手を出しにくい良いお肉を。

凄腕のシェフが調理してるって話だ。

 

「だから、曲げたへそを戻してほしいなぁ、なんて」

「節操無しのお願いは、しばらく聞いてあげない」

「そこを何とか・・・・!」

 

お揃いの浴衣を着て、並んで廊下を歩きながら。

つーんとそっぽを向いてしまった未来を、なんとか宥めようとしていると。

 

「あれ?小日向?」

 

後ろから、声。

しかもなんかやな感じ。

振り向くと、心臓が一瞬だけ締まる。

・・・・中学の同級生達が、そこにいた。

防衛本能というやつなのか、名前はどう頑張っても思い出せない。

でも、顔だけはどうやっても忘れられないようだった。

 

「やっぱそうじゃん、何してんのこんなとこで?」

 

そのうちの一人、『高校デビュー』でもしたのか、髪を派手に染め上げている奴が。

見下しながら近寄って来る。

っていうか、わたしをわざと無視してるなこいつら。

 

「何って、旅行だけど」

「旅行ねぇ?」

 

ちらりと嫌な目をわたしに向けた、髪が派手な奴。

 

「援交の間違いじゃないか?」

 

案の定、そんなとんでもないことを口にした。

 

「ああ、二人とも家出したもんね。それくらいしか生きる道なさそう」

 

同調するように、一緒にいた女の子がにやにや嗤う。

・・・・いじめっ子って、反省も何もしないと聞いていたけど。

なるほど、これは救いようが無い。

いや、きちんと反省して改心する人もいるんだろうけど。

それをふまえても、これは酷い。

 

「・・・・こんな往来で、会うなりそんなこと言うなんて。マナーがなっていないんじゃない?」

「ははは!援交女にそんな言われても!なあ!?」

 

派手野郎に同調して、嫌な嗤い声が響く。

どうやら連中の中では、わたしと未来は援助交際をしているので確定しているらしい。

 

「どうせこの後そういうことすんだろ?どこの誰?」

「・・・・知ってどうするの?」

「俺達も混ぜてよ、一人二人増えたところで変わらねぇだろう?」

 

・・・・未来がからかわれているのに、さっきからイライラしている。

でもここは旅館で、ほかにお客もいるからと我慢していたんだけど。

これは、ちょっと、無理っぽい。

一緒にいた女子達の、『やぁだぁ』なんて口だけの態度もさらに助長して来て。

 

「金は払うからさぁ」

 

そうやって伸ばされた手が、トリガーになった。

未来を庇いながらばしんと打ち払って、顎をひっつかむ。

 

「なっ、がっ・・・・!」

「いじめっ子が反省も何もしないっていうのは聞いてたけど、品性も失うとはね」

 

顎を握り砕くつもりで力を入れながら、睨みを利かせる。

 

「援交だのなんだのと、そんな発想しか出来ないの?そんなことで笑えちゃうの?お前らの脳みその程度が知れるな」

「ご、ぉが・・・・」

「ああ、それとも新手の自己紹介だった?だったらごめんねぇ、流行りは分からん上にあんまりにも下品だったから、全ッ然気づかなかった」

 

殺気も当てながら、逃げたくってたまらないと言いたげな目を、逃がさないように見据えてやる。

 

「でも安心しなよ?わたしはお前らが思う以上に乱暴者じゃないし、っていうか、ちょうどいいから言っておくけど、あの頃お前らが言ってきたのは全部言いがかりだから」

「は、はあ!?じゃあ今のこれは何なの!?」

「お前は今まで何を見ていた?まさか、自分達がやったことをすっぱり忘れたと?こんな短時間のことを?なんとも都合のいい脳みそだ」

 

めり、とさらに力を籠めれば、くぐもった悲鳴が上がった。

すっかり怯え切っているのをみて、頃合いだなと判断。

 

「ぐ、うわッ!」

「ついでに、その貧相な脳みその叩き込んでおきな」

 

派手野郎を、物を放るように突き飛ばして。

未来をぎゅっと抱き寄せて。

 

「これ、わたしのだから。イカ臭い手で触んな」

 

仕上げの一押しに、また殺気を当てれば。

連中は押し黙ってしまった。

が、面の皮だけは厚い連中だ。

顔を真っ赤にして、目を吊り上げて。

 

「ふざけんな!!」

「家出女の癖してかっこつけてんじゃないよ!!」

 

大声で口々にまくしたて始めた。

もういっそ清々しいくらいの態度に、強風を受けている心持になる。

騒ぎを聞きつけて、ほかの宿泊客も集まってきた。

どうしたもんかと、考え始めた時。

 

「もうやめてください!」

 

横合いから、そんな声。

見ると、昼間引ったくりにあっていた大学生くらいの女の人が。

お友達なのか、後ろに同い年くらいの2・3人の男女がいる。

 

「この人は、ひったくられたバッグを取り返してくれました!あなた達との間に何があったかは分かりませんが、恩人を悪く言わないで!!」

「ずっと見てたぞ!酷い言いがかりつけやがって!」

「あんたら、早く行きな。ここは俺達が引き受けるから」

「昼間はありがとうね、友達を助けてくれて」

 

同級生達との間に、あっという間に割り込んだ彼らは。

連中を抑え込みながら、わたしと未来を遠ざけるべく向きを変えられて、背中を押された。

・・・・こっちの面倒ごとを押し付けるようで、申し訳なかったけど。

奴らから離れられる絶好の機会なので、遠慮なく離脱することに。

 

「すみません、頼みます」

「ありがとうございました!」

「うんにゃ、こっちこそー」

 

大学生さん達に手を振りながら、そそくさと廊下を歩いて行っちゃう。

 

「助けられちゃったね」

「うん、大丈夫かなあの人達」

「大学生だし、やばくなったら旅館の人呼ぶくらいはするでしょ」

「そうだといいけど・・・・」

 

角を曲がったところで息を整えていると、未来が手を握ってきた。

指が振れたことでやっと、わたしの手が震えていたことに気付く。

 

「大丈夫?」

「今は少し・・・・ご飯食べて、ぐっすり寝たら収まるかも」

「・・・・そう」

 

気遣うように撫でてくれる手が、すごく温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ん?」

 

まどろみから目覚めた未来は、なおもぼんやりとした後で。

朝の澄んだ空気を感じ取り、ゆっくり身を起こす。

気怠い身体と乱れた布団、そして、はだけた浴衣から覗くキスマークが。

昨晩の出来事を、如実に物語っていて。

今度こそ覚醒した未来は、ぽっと顔を染めた。

羞恥から逃げようと、姿の見えない響を探すと。

露天風呂の方から、水の音。

どうやら、乱れた体を清めている様だった。

望んで合意したとはいえ、未来の体も負けないくらいにどろどろだったので。

布団は後で整えようと考えながら、風呂に入ってしまうことにした。

 

「・・・・やっぱりここにいた」

 

浴場に入ってみれば、まだ日は登っていない様だ。

大分白んだ空の下、右手を見つめる響がぼんやりとしていたが。

 

「・・・・ん?ああ、未来」

「おはよう、響」

 

ほどなくこちらに気付くと、『おはよう』と笑いかけてくれた。

響は手抜きしてかけ湯だけにしたということなので、未来も倣って、主だった汚れを洗い流すだけにとどめた。

浴槽に入ると、なんとなく響に寄りかかる。

 

「どうしたの?」

「ふふ、なんとなく」

「そっかぁ」

 

肩に頭をのせると、水面から出てきた手が撫でてくれる。

優しい指使いに愛しさを募らせながら、さらに頭を摺り寄せれば。

そっと抱き寄せられた。

近くなった唇にそっと自分のを重ねると、驚きながらも受け入れてくれた。

 

「は・・・・珍しいね、本当にどうしたの?」

「・・・・なんとなくよ、本当に、なんとなく」

 

嘘だ。

本当は、さっき浴室へ入った時に見た。

痛みを堪えるような表情を、自分の罪悪感を掘り返してしまっている姿を。

どうしても放っておくことは出来なくなって。

だから、せめて独りにしないように。

過去に呑まれないでと、伝えるために。

 

「お、日の出かな?」

 

響の声に空を見ると、塀の向こうからまばゆい光が一条。

朝焼けをまっすぐ両断している。

 

「今日もいい日になるといいねぇ」

「・・・・そうね」

 

嗚呼、願わくば。

この人が、くすぶる罪悪感で焼き尽くされませんように。




もうのんびりする機会はこなさそうですからね。
存分にいちゃついてもらいました。

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