チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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『痛み』

それは、何回目かの検査のときだった。

機器から解放された響は、その時に限って何やら考え込んでいて。

検査用の薄着のまま、手のひらをゆっくり閉じたり開いたり。

時折指先や手のひらの縁を摘んだりして、その様子をじぃっと観察していた。

 

「どうしたの?何かお悩み?」

「え、ああ・・・・その」

 

了子が問いかけてみれば、現実に引き戻されたようで。

我に返った彼女は、苦笑いを取り繕う。

 

「愚痴くらいなら聞けるわよ?二課(ここ)って大分ハードな職場だもの」

 

毎日のように出動している観察対象(ひびき)を慮り、人懐っこい笑顔を浮かべる。

実際、彼女は貴重な個体。

だから、簡単に潰れてもらったら困るというのは、紛れもない本音だった。

話しかけられた響は、大分長い間口ごもっていたが。

やがて了子の粘り強さに負けたのか、観念したように小さく息を吐いた。

 

「――――知り合いが言っていたことを、思い出して」

「知り合い?」

「はい」

 

こっくり頷いた響は、再び自分の手に目を落とす。

 

「『痛みだけが、人を繋ぐ』って、その人はそれを信念にしていて」

「・・・・そう」

 

覚えしかないワードに、了子の胸が跳ねた。

声に動揺が出ていないか心配になり、同時にこんな当て付けの様な話題を振る響に恨めしい思いを抱く。

 

「――――確かに一理あるわね」

 

違和感の出ない程度に、一呼吸置いて。

了子は口火を切る。

 

「乱暴な言い方してしまえば、人間だって所詮は獣。言葉で分かり合うのはもちろん人間のいいところだけど、時には暴力で教え込んだ方がいいときもあるもの」

「あはは、それはよく分かります」

 

了子の言葉にしっかり頷く響。

『暗がり』を歩いてきただけあって、『力尽く』には覚えがあるらしい。

 

「それで、響ちゃんはその言葉のどこが気になっているのかしら?」

「いや、そのですね・・・・」

 

『フィーネ』を意識しながら、見下ろす。

監視カメラは天井のみ、この目は見上げる響にしか見えていない。

目の前の少女は、そんな鋭い視線を真っ向から見つめ返しながら、また苦く笑った。

 

「人間が痛みでしか繋がれないのなら、『痛み』を感じないわたしは、誰とも一生分かり合えないのかなって・・・・ふと、そう思っちゃいまして」

「――――」

 

また、胸が跳ねた。

動揺ではない。

試験の答案が帰ってきた時、完璧だと思っていた回答に綻びを見つけたような。

そんな感覚。

 

「さすがに考えすぎですかねぇ?ちょっと前ならともかく、今は違いますし」

「・・・・ええ、そうね」

 

そう呑気に頭に手をやって、誤魔化すように笑う響。

了子もまた、目を伏せて。

努めて柔和に微笑みながら、響の頭を撫でる。

 

「それ、弦十郎君や未来ちゃんの前で言わないようにね?きっと怒られちゃうから」

「わーい、怖い顔が想像出来ちゃうやー」

 

フィーネの基準からすれば。

どこまでも他人を思いやれる、そこそこ好感を持てる連中のことだ。

きっと鬼気迫る顔で、『そんな寂しいこと言うな』と怒鳴りつけることだろう。

響もその様が容易に想像できたらしく、どこか遠い目をしていた。

そんな様子が面白くて、先ほど浮かんだ恨めしい思いに関しては、これで手打ちにしようと結論付けた。

 

「それで、今日この後は?」

「訓練もお手伝い(なんちゃってデスクワーク)も終わってますし、出動まで待機ですね。午後は未来が来てくれるので、多分休憩スペースにいると思います」

「はーい、了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――報いとは、こういうことを言うのだろう。

あちこちで自己主張する鉛玉を感じながら、彼女はほくそ笑む。

血の海に沈むこの身は、すでに満身創痍。

指の一本すら動かせない。

『手前勝手が過ぎたな』と、屈強な男達が乗り込んできたのがほんの十分ほど前。

何も備えていなかった体は、あっというまに蜂の巣にされてしまった。

女性が受ける最大の『暴力』を施されなかっただけマシだが、それでも痛いものは痛い。

飼い猫(クリス)をどうにか逃がせたのは、不幸中の幸いだったろう。

追っ手がかかっていようがいまいが、後は二課の連中が勝手に構って連れて行くに違いない。

そして青二才(アンクルサム)共の企みを、ヒーローよろしく止めてくれるはずだ。

 

(・・・・どう、して)

 

状況を整理した次に思うのは、これまで。

『どうして、何故』という疑問が、頭から離れない。

・・・・ただ一つ。

人間が生きていくうえで、当たり前の感情を。

『あなたが大好き』という想いを抱いただけだ。

相手は余りにも遠い場所にいた、だから至れるように塔を作り上げた。

塔を砕かれ、罰として言語を引き裂かれた時はさすがに参ってしまって。

言葉に頼らぬ意思疎通方法を、いくつも研究して編み出して、人々に提供した。

そうすれば『あの御方』も許してくれると信じていた。

――――なのに人間達は、与えた技術で相手を攻撃(ころ)した。

想いを伝えられたあの頃へ、人々が分かり合えたあの頃へ戻したいだけだったのに。

一度『分からない』という恐怖を覚えた人間達は、当たり前のように戦いを繰り返した。

永い永い年月の中で、『あの御方』に届くのは統一言語のみだと知った。

それでも想いを止められなかった。

 

(どうしてっ・・・・!)

 

ただ一言、たった一言を伝えたいだけなのに。

どうして、こんな。

失敗ばかり。

邪魔、ばかり・・・・!

 

『――――まだ生きていたのか』

 

足音。

目だけで見上げれば、集団のリーダーが誇らしげにデュランダルを担いでいた。

 

『案ずるな。カ=ディンギルに統一言語・・・・世界の統合は我等が果たす』

 

盗品で何をと思いかけたが。

そういえば元々盗品だったなと、場違いなことを考えた。

相当弱っている自分に、内心苦笑を零す。

 

『全ては祖国の恩恵を受け、そして祖国のために動くのだ』

 

実質世界征服じゃないかとか、絶対反乱が起きるなとか。

そんなことが頭を過ぎったが。

黒光りする先端を向けられて、思考が嫌でも区切られた。

 

()()()、ここまでか・・・・)

 

目を伏せる。

次に期待するしかないが、連中の好き勝手が成就していることを考えると、気落ちする一方だ。

 

『さらば、老いさらばえた巫女よ』

 

引き金に、指がかかる。




上げて落とすスタイル。

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