――――響が繭に閉じ込められた、翌日。
S.O.N.G.本部。
司令部にて、難しい顔で腕を組む弦十郎へコーヒーが差し出された。
「風鳴司令、どうぞ」
「む、ありがとう」
気を使ってくれたのは、S.O.N.G.こと特異災害対策起動部二課が国連所属になってから配属された、海外出身のスタッフだ。
出身が外国ということもあって、最初期は警戒してしまったが。
現在は信頼できる仲間と断言出来る。
「・・・・昨日のことを、気にしておられるのですか?」
「ん?ああ・・・・」
あの繭が出現した直後、防人の本部である『鎌倉』から。
弦十郎の父、訃堂からの通信が即座に飛んできた。
『何が起こっている』と、半ば怒鳴りつけるような問いに。
弦十郎は努めて冷静に返そうとしたのだが。
「――――この愚鈍めが!!!」
「此度の争乱、すでに諸外国が知るところにある!!先の攻撃で軍事衛星を破壊された露国が、反応兵器の使用すら言及しておるのだぞ!!」
「仮に取り下げられたとて、国連の旗を振りながら、外つ国が武力介入をしてくることは明白!!!」
「無頼の輩どもに、八島を踏み荒らさせる気か!!?」
まくしたてられ、二の句を告げられぬまま。
一方的に切られてしまったのだった。
「・・・・親父の言うことも、一理あるんだ」
今は巨大な窓となっている司令部モニターを眺めて、コーヒーを口に含む弦十郎。
その目には、少しばかりの疲労が見えていた。
「翼やマリア君のおかげで一目置かれるようになったとはいえ、未だに日本は、抜きん出た聖遺物研究を狙われる立場にある。シンフォギアを始めとして、その威力は全世界が知るところにあるのだからな」
響達の、死に物狂いで奇跡を引き寄せた姿。
圧倒的な力、魅力的な力。
まさに『蘇った伝説』は、誰もが欲するところだろう。
今は比較的友好な関係を築いている米国ですら、いつ手のひらを返すか分からないのだ。
「『他国を警戒しろ』『外つ国全て敵と心得よ』・・・・・第二次大戦を乗り越えてきた親父の言葉には、確かな説得力がある・・・・それも事実なのは、間違いないんだ」
だが、と。
弦十郎の口元が食いしばられる。
「常に敵意を発していれば、出会う相手が全て臨戦体勢になるのは必然だ。相手が個人ではなく国家であるなら、なおのこと」
そして、戦争という最悪の事態になった場合。
血を流すのは、誰か。
涙するのは、誰か。
犠牲になるのは、誰か。
少なくとも。
国家や『鎌倉』を始めとしたありとあらゆる組織の、長に座している者ではないのは明白であった。
「・・・・流れなくていい血を、少しでも減らしたい。そう願うのは、弱さだろうか」
しみじみと、胸の内を吐き出し終えた弦十郎。
すぐ我に返り、困った笑みを浮かべた。
「すまない、すっかり愚痴になってしまったな!君もそろそろ持ち場に・・・・」
「――――もし!!」
努めて明るく振る舞う彼に、女性スタッフは溜まらず声を上げた。
部下の勢いに、弦十郎も圧されてしまう。
「もし、ここのボスが、あの御老公であったなら。私は迷わずデータをすっぱ抜いて、母国へ送っていました」
そして、告げられた独白に面食らった。
「確かにここは、近年活性化する異端技術に対する砦。他に対応出来る組織がない以上、我々に敗北は許されません」
だけど、と。
弦十郎の目を、まっすぐ見つめながら。
スタッフは続ける。
「だからと言って、ただ敵を討てばいいわけではないはずです。我々は、無機物を相手にしているんじゃないんですよ」
まごうことなき、断言。
「適合者然り、我々然り、あなたは『人』と向き合っている。そんなあなたのやり方に賛同したから、私はついて行ってるんです」
ここで。
言いようのない恥ずかしさを覚えてしまったらしい。
女性スタッフの顔が、気まずげに赤らんで来る。
「だから、その・・・・」
そっと目線をそらしながらも、
「どうか、落ち込まないでください」
しっかり、自分の意見を言ったのであった。
一瞬、沈黙が下りる。
――――ところでここは艦橋だ。
弦十郎や彼女以外にも、職員はいるわけで。
「お前もそこは自信持って言えよー」
「んなァッ!?」
椅子を倒すようにのけ反った、やせ型の男性スタッフが。
茶化すように野次った。
「じゃあ先輩は照れずに全部言えるんですか!?」
「できないから
「めっちゃ自信満々に情けないこと言う・・・・」
自信満々に自信のないことを言うやせ型スタッフに、隣の中肉中背の男性スタッフが思わずぼやいた。
「まあいいや、司令ー!俺達どこまでもついていきまーす!」
「確かにあのじいさんか司令かって言われたら、司令だよなぁ。じいさんについてったらメンタル壊れそう」
場の空気が明るく賑やかになる。
彼らの様に言葉にせずとも、頷いたり笑みを浮かべたり。
各々の方法で、同じ気持ちであることを示した。
「あのッ!」
そこへ、更にかかる声。
見ると、了子と共に来たらしい翼が、感情のままに口を開いたようだった。
「私も、あなたが司令でよかったと思っています」
視線が集まったことで、一度言葉が詰まったものの。
言いたいことを伝える翼。
「剣であろうとした私を、あなたはずっと人として扱ってくださった。だからこそ、今日まで歌い奏でることが出来たんです・・・・防人であることも、歌女であることも、出来たんです」
・・・・祖父との、生家との因縁。
19という若い美空に背負うには、あまりにも重すぎる宿命。
潰されない為の土台を共に作り上げてくれたのは、他でもない。
奏と弦十郎なのだ。
「モテモテね、弦十郎君?」
白衣と左袖を翻した了子が、タブレットを片手に笑いかけてくる。
「だいぶ落ち込んでいるかと思ったけど、杞憂だったかしら」
「・・・・はははッ、幸運にも部下に恵まれたものでね」
笑いながら、残りのコーヒーを一気に飲み干す弦十郎。
コップを置いて立ち上がったその顔は、晴れ晴れとしていた。
「気を遣わせてしまったな、おかげで持ち直せた。感謝する」
「い、いえ!お役に立てて何よりです!」
勢いよく頭を下げた女性スタッフは、今度こそ自身の持ち場に戻っていくのであった。
「さて、ここに来たということは、進展があったんだな」
「ええ、行きましょう。『彼女達』も交えて話さないと」
「ああ」
そうやって連れ立った三人が向かった、とある一室。
中に入ると、エージェント達に銃口を向けられ囲まれているサンジェルマン。
そして、収容所から連れ出されたイヨがいた。
「よせ、彼女達は敵ではない」
「し、しかし!」
「ギアの反動汚染浄化の目途が立ったのは、サンジェルマン君が持ち込んだ賢者の石のデータのおかげだ。イヨ君にもやってもらいたいことがある」
エージェント一人一人と目を合わせながら、強く断言する。
「責任なら俺がとる、銃口を降ろすんだ」
組織のトップに言われては、従うほかないエージェント達。
警戒は解かないままに、銃口は降ろしたのだった。
「・・・・・正気?」
「ああ、本気だぞ!」
それに怪訝な顔をしたのは、イヨだ。
今彼女を縛っているのは、腕の拘束具のみ。
手を使わずとも攻撃できる彼女にとっては、それすらもないに等しい。
だというのに、彼は銃口を下げさせ、自分達の安全を進んで脅かしている。
・・・・『風鳴弦十郎』という男を一方的に知っていてもなお、理解がし難い行動だった。
「未来君と決着がついたあの時、君は余力が残っているにも関わらず投降した。その決断に至った心を、信じたい」
いっそ浄化でもされそうなほどの、快活な笑み。
目の当たりにして、束の間言葉を失ったイヨは。
やがて、観念したようにがっくりうなだれて。
「・・・・・敵であっても心配になるほどのお人好しは、健在ということね」
「ああ!世界が変わっても、俺は変わらないつもりだ!」
弦十郎に返事に、今度こそ完全に毒を抜かれたようだ。
もう何も言わなかった。
「さて、改めて協力感謝する」
「礼は結構よ、本来は彼らの対応が正しいのだから」
気を取り直して、サンジェルマンと向き合う弦十郎。
エージェント達を一瞥して、彼女は首を横に振る。
「とはいえ、アダムを止めるための協力は、私も望むところ。微力は尽くす所存だ」
「ああ、よろしく頼む」
軽く、握手を交わしたその時だった。
『――――果敢無き哉』
シミュレーションルームのウィンドウが起動し、訃堂の顔が表示される。
『夷狄と手を取り合うとは、そこまで腑抜けたか』
「違うな、最善を選んだんだ」
『小童が抜かしおる、よもや善悪の区別もままならぬとは』
「守るために手段を選んでいられないだけだ、あんたと同じだよ」
毅然と言い返す息子に面食らった訃堂だが、すぐに平静を取り戻す。
『・・・・いずれにせよ、護国災害派遣法を適用した。聖遺物起因の災害を、圧倒的火力で焼き払う!』
「ッまさか、立花を特異災害に認定したのですか!?」
『護国災害派遣法』。
頻発する聖遺物起因の災害に対する抑止力として制定された法律。
日本国内で発生した災害に、聖遺物を始めとした異端技術が関わっているのであれば、自衛隊を動かせる法律だ。
ありとあらゆる事態に対応するために、多少の過大解釈が許されている。
その成立と施行には相当な強引と無理を押し通されたこともあり、今もなお野党の攻撃材料となっている。
「救出の手段はほぼ確立している、余計なことして場を乱さないでもらえるかしら?」
『こちらの対応が遅々とすれば、待ち受けるのは反応兵器の使用。国を燃やすつもりか』
「合理的観点から見ても、響ちゃんは希少な戦力の一つよ!失うわけにはいかない!」
了子が食って掛かっても、歯牙にかける様子がない。
「・・・・国を守るのが風鳴ならば、私は友を、命を防人ります!」
『愚か者めが、己が身に流れる血を知らぬか!?』
「知るものかッ!!この身に流るは、天羽奏という一人の少女の生き様だけだッ!!」
辛抱溜まらんと声を荒げのは、翼だ。
歯を剥き、大声を上げて訃堂に反発する。
「国など所詮、人を守るための枠組み!私の歌と剣は、人を守るためにある!!」
『貴様・・・・!!』
訃堂の顔には、明らかに青筋が浮かんでいた。
後継と定めた者が、己と同じ鬼にならぬのが気に食わないのだろう。
憤怒に震えながら、二の句を告げようとして。
――――始めは、何かの違和感だった。
やがて、びりびりとした感覚を認識する。
その時だった。
「――――ッ!?」
巨大な何かに、踏みつけられているようだと思った。
体が前のめりに傾いた翼は、動揺してしまう。
何が起こっていると、顔を上げる。
「――――」
イヨだった。
目を見開き、口元を結んで。
ひたすら一点を、訃堂を睨みつけている。
いや、もはや睨んでいると言っていいものか。
恨みという恨み、憎しみという憎しみ。
己の中にあるどす黒い感情をむき出しにするその様は。
未来を前にした時よりも、重く、鋭く、激しい気配を放っていた。
「――――イヨ」
弦十郎すら圧倒される中、果敢に動いたのはサンジェルマン。
イヨを引き戻そうと、彼女の肩へ手を差し出して。
「――――ッ」
ほとんど反射だったのだろう。
伸ばしかけた手が、叩き落とされる。
サンジェルマンは気にすることなく、イヨを真っ向から見つめて。
「しっかりしなさい」
・・・・圧力が、解けていく。
息を、重く、重く、吐き出して。
その場の全てが、威圧から解放された。
「・・・・・ッは・・・・は・・・・は・・・・は・・・・・」
一番憔悴しているのは、圧力を放っていた本人。
疲弊した呼吸を繰り返して、放心していた。
『・・・・作戦開始は二時間後・・・・儂もまた、己のやり方を貫くのみよ』
先に気を取り直したのは、訃堂。
一方的に宣言したっきり、通信は途切れてしまった。
「・・・・あれもまた、支配を強要する者か」
一つ、呟いたサンジェルマン。
もともと、他者を平然と踏みつぶして君臨する者を否定したくて行動を起こした彼女だ。
訃堂の言動には、思うところがあるようだった。
一度目を伏せて、弦十郎達と見合う。
「プランはあるのだろう?教えてくれ」
「アンチリンカー?」
「そそ、エルフナインちゃん」
「はい!」
ミーティングに集められた装者達。
告げたキーワードをオウム返しするクリスに、了子はウィンク一つ。
指名されたエルフナインも頷きを一つ返して、説明を始める。
「ウェル博士のチップの中に入っていたデータの一つです。もしも、シンフォギアを悪用する勢力、あるいは一個人が現れた時、抑止力の一つとして提案されていました」
「抑止力、ね」
その言葉に、マリアは並行世界と関わった時のことを思い出していた。
向こうの彼女達は、一度二課の陣営と敵対したことがあるという。
その際、同じく敵だったウェルが響達に一服盛ったのが確かそんな名前だったはずだ。
「響さんの反応は、あの繭の中に健在です。調べてみたところ、あの光の粒子は響さんのギアに干渉しているようだと判明しました」
「つまり、あれもある種のギアであると?」
「ざっくり言えばそういうことになります」
問いかけにエルフナインはしっかり頷く。
「つまり、そいつをあの繭にぶち込んで、バカをぽんぽんすーにするってわけか」
「そうそう、もうまいっちんぐにひん剥いちゃうのよ」
クリスの解釈に、了子も肯定しながら。
モニターを指し示す。
「今、技術班総出でアンチリンカーを作っているから、必要量が完成次第作戦を開始するわよ」
『とはいえ』、と。
立てた人差し指を、物憂げに頬に充てて。
「それだけではまだ足りないから、もう一押しするわ」
「もう一押し?」
「ええ」
また首肯した了子は、すい、と視線を滑らせて。
サンジェルマンと並び立つイヨを見た。
「早速、あなたをあてにさせてもらうわよ」
「・・・・と、言うと?」
まだ腕を拘束されたままの彼女は、戸惑いというより確認の問い返しをする。
「知っているかもしれないけど・・・・あなたの、『小日向未来』の呼びかけで、響ちゃんを内側から覚醒させてほしいの」
「・・・・なるほど、そういうこと」
つまり、外からはアンチリンカーで、内からは響自身の覚醒を促して。
二方向からのアプローチで、響を救出しようということだった。
現在、未来はイヨから受けたダメージで、絶対安静の状態にある。
作戦の理屈は通っている。
しかし、イヨは納得出来ていない様だった。
「・・・・そういうことなら、私ではなく小日向未来にするべきよ。あれ以上の適任はいないわ」
「で、でも!未来さんは負傷が・・・・!」
「――――私に」
反論を述べようとするエルフナインを、語気を強めて制して。
「私に、響は、救えない」
一つ、一つ。
絞り出すように。
事実を口にしたのだった。
「・・・・許可さえ貰えるのなら、錬金術で応急処置をするわ。作戦開始までは、まだかかるのでしょう?」
「・・・・そうね、どうかしら?弦十郎君」
イヨが梃でも動かないと判断したサンジェルマンが提案すれば、同じく察した了子も飲み込む。
「本当に、いいのか?」
「・・・・・ええ、構わない」
彼女の正体も鑑みて、弦十郎が最後の確認として問いかける。
イヨは、静かに首肯して。
「最初から、分かり切っていたことだもの」
諦めた笑みを浮かべたのだった。
チョイワル「( ˘ω˘)スヤァ」