チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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初めての赤評価に舞い上がった結果(
深く考えてはダメです。
ダメったらダメ!


旅の終わり

日本、東京都。

春の少し冷たい風が吹く中。

わたし達は船から飛び降りる。

・・・・ああ、よかった。

やっとここまでこれた・・・・!

 

「――――それじゃあ達者でな!お二人さん!」

「うん、おじさんもありがとう」

「お元気で」

 

全身満遍なく日焼けした、まさに船乗りと言った出で立ちのおじさんに見送られて。

わたしと未来は、二年ぶりに日本の地に立っていた。

あの後無事に北米大陸にたどり着いたわたし達は、とあるマフィアにお世話になった。

これがまた『任侠魂』やら『仁義』やらに溢れた人達で、わたし達の里帰りにも快く協力してくれたよ。

お陰でとりあえずの目標を達成できて、ほっとしている。

 

「いい人達でよかったね」

「やってることはあくどいけどねー」

「それは言わない約束だよ」

 

笑い声が響く。

どうやらお互い、故郷に戻ってきたことではしゃいでいるらしい。

 

「はやいとこ宿探して、荷物預けちゃお。そしたら色々見て回ろうよ」

「うん!」

 

嬉しそうに笑って、ぎゅっと手を握り返してくる未来。

・・・・この笑顔を、少しの間曇らせてしまうまで。

もう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

小日向未来にとって立花響は、掛け替えの無い存在だ。

関係を言い表すのなら、『幼馴染』や『親友』で片付けられるが。

少なくとも今の未来にとっては、その程度で言い表せないほどに大きくなっている。

初めて会ったのは幼稚園のとき。

周りが知らない子ばっかりで、お母さんとも離れなきゃいけないのが怖くって、部屋の隅っこでめそめそ泣いていた。

 

「――――だいじょーぶ?いたいの?」

 

そこに声をかけてくれたのが響だ。

お姉さんみたいな落ち着きと、妹みたいな明るさを持った不思議な子。

変わってるなと思ったけど、何故か怖いとは思わなくて。

気がつけば一緒に帰るくらいの仲になっていた。

小学校に上がって別々のクラスになっても、クラスメイトより響といる時間が多かったくらいだ。

中学に上がって陸上部に入ってからも、それは概ね変わらなかった。

 

――――転機はやっぱり、自分がツヴァイウィングのライブに誘ってからだ。

 

あの頃の響は何かを考え込むことが多くなって、話しかけても気がつかないことがしばしばあった。

悩み事があるのかと聞いても、誤魔化すばっかりだった彼女。

相談してもらえない悔しさと、積もりに積もった心配。

今より子どもだった未来には、『何もしない』なんて選択肢を取れなかった。

だから気分転換になればと、頑張ってライブのチケットを手に入れて、響を誘って。

・・・・今となっては、当時の自分の浅はかさが恨めしい。

何故起こり得る悲劇を予想できなかったのか、考えるたびに自責の念で胸が疼く。

だけど今どれだけ後悔しようが、響があの会場で事故に巻き込まれたのは変えられない。

そして、その後に起こった『迫害』も。

 

「あんなにたくさん死んだから、皆悲しいのをどうにも出来ないんだよ」

 

だから、しょうがない。

『人を殺した』だなんて言いがかりを言われて、始めこそ響は気丈に振舞っていた。

だけど、クラスメイトが敵になり、ご近所さんが敵になり、仕舞いには未来の両親にさえ悪く言われるようになって。

止めになったのは、お父さんが失踪したことだろう。

会社で響の無事を喧伝してしまったことが、同じ事故で家族を亡くした取引先に知れてしまったらしい。

それが原因で、会社をクビになってしまって・・・・。

もう、響は限界だった。

元から責任感が強かった彼女は、『全部自分の所為なんだ』と自分を追い込んでしまった。

一人になるたびに『何でお前が生きているんだ』と、周りの怨念を染み込ませる様に呟いていた。

もちろん響は何も悪くない。

強いて言うのなら、あの日誘っておきながら結局行かず、危ない場所に置き去りにしてしまった未来が悪いのだ。

だから響は何も悪くないし、苦しいのなら今度こそ力になりたいと。

――――二年前のあの夜。

何やら荷物を抱えて走る響を窓から見つけたとき、これは運命だと思った。

きっとこのまま響を行かせてしまえば、小日向未来は一生後悔するとも。

だから行動も速かったと思う。

バッグに入れられるだけの最低限の荷物を入れて(着替えは無し、絆創膏とかライトとか、本当に最低限)、慌てて後を追いかけて。

結局響と合流できたのは、お隣の国についてからだったけど。

そこからの旅は、楽しかったけど過酷でもあった。

何より二人そろって不法入国なんてやらかしている身だから、まともな道をいけるはずも無く。

響は何度も『悪いこと』に手を染めた。

でも未来は責めなかった。

だって大本の原因は自分にあるのだし、自分も響も『そう』しなければ生き残れない環境にいることも十分に理解していた。

 

「お疲れ様、響」

「いつもありがとう」

「気にしないで、大好きよ」

 

だから、響が壊れきってしまわないように、優しい言葉をかけ続けた。

響がこれ以上自分を責めないように、自分に向かって『死ね』だなんて呪いを吐かない様に。

何より、血でふやけてしまった両手を包んであげることが、自分の使命(ばつ)だと思ったから。

実際どれほどの効果があったのかも、本当にこれが使命(ばつ)なのかどうかも分からなかったけれど。

だけど、

 

「――――未来!いこ!」

 

握った手が、暖かい。

久々の日本に浮かれているのか、響の顔はすこぶる明るい。

 

「・・・・うん」

 

この笑顔を支えられるのなら、何時までだって続けようと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ひっさびさの日本を時間の限り満喫しましたよ。

やっぱり時間が経っているだけあって、新しいもの、無くなっているものがちらほらあったけど。

むしろいい感じのアクセントになってて面白かったし。

・・・・まあ、平日の真昼間だったこともあって、『十代女子がこんなとこで何してんの?』みたいな目で見られたけど。

それ以外は特に問題も無かったので、良しとしよう。

で、今何をしているかと言えば。

 

「シェルターどこおおおおおおおおおッ!?」

 

シェルターを探して全力疾走中です。

後ろにはノイズの団体様。

ええそうです、普通にピンチです。

しかも右手に未来を、左手に女の子を抱えている状態。

両手に花やで!うらやましかろ!?

 

「うっひゃぁ!?」

 

後ろから飛び掛ってきた一体をどうにか回避。

サーセン、調子に乗りましたッス!

ぬぐぐぐ・・・・しっかし、この状況はいただけない。

いくらガングニール先生のお陰で人外に片足突っ込んでいるとは言え、走りっぱなしはさすがにきついべ。

 

「くっお、ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

火事場の馬鹿力で壁を駆け上がり、三角飛びで昇る。

一気に距離が離れるノイズ、飛び回るタイプは見当たらない。

上りきった空中で体勢を立て直して着地。

・・・・しようとして、思いっきり失敗した。

うぅ、かっこ悪い・・・・。

いや、女の子と未来はどうにか庇えたからよしとしよう。

 

「響、大丈夫?」

「おねえちゃん?」

「だいじょぶだいじょぶ、鍛えてますから!」

 

心配そうな二人に大丈夫をアピールしようとして、ふと気付く。

右手が、っていうか、腕全体が動かない。

・・・・ああ、何だ。

肩が外れただけか。

 

「響?」

「なんでもないよ、ちょっと待ってて」

 

どうにか立ち上がって、ちょうどよさそうな壁を発見。

うん、これならいけるね。

不思議そうな未来の視線を受けながら、勢いをつけて。

肩を、壁にぶち当てた。

着いた砂埃を払って動かしてみる。

よしよし、戻った。

 

「もしかして脱臼してたの!?本当に平気なの!?」

「いや、今治したから別に・・・・」

「こっちが良くないの!シェルターついたら、湿布貼ってあげるから!」

「あー、うん」

 

ぷりぷり怒ってた未来だけど、不安げな女の子に気がついてすぐにそっちを見る。

女の子を慰める未来を見ながら、思わず参ったなと頭をかいた。

――――つい二ヶ月前だったか。

とうとう痛覚が無くなった。

戦闘の時は痛みに怯まなくなったので便利だけど、痛みの一種である『辛味』を感じられなくなったのはちょっと寂しい。

真っ先に味覚を失くした身としては、辛いものみたいな刺激のある料理が楽しみだったからなぁ・・・・。

改めて人間やめてる自分にがっくり肩を落としながら、振り向いて。

ご丁寧に待機していたノイズと目が合う。

 

「―――――ッ!!」

 

って、(うせ)やろ!?

もう追いついてきた!?

 

「響!」

「その子と一緒に下がってな!」

 

二人を後ろに押しやりながら構える。

いつの間に『おかわり』がきたのか、さっきよりも数が多い。

・・・・ここはもう、やるしかないか。

息を、吸い込んで、

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...」

 

胸を中心に『火』が灯る。

肌の下を、筋肉の間を駆け巡る『熱』を御しながら、体を守る『鎧』と、連中を屠る『武器』をイメージして。

光が治まったころには、『ガングニール』を纏ったわたしが立っていた。

右腕の刺突刃を確認・・・・うん、動作不良はなし。

・・・・え?歌わないんじゃなかったかって?

逆に考えたんだ。

『手遅れなとこまで侵食されてんだから、歌っちゃえ』と考えたんだ。

と、ゆーわけで。

 

「さあ行くよ、お仲間はちゃんとそろえてるよね?」

 

挑発的に笑って、突撃ー!

右腕を振るい、左腕を突き出し。

時々連中の突撃が当たるけど、痛みを感じない今は何とも無い。

引っつかんで叩きつけ、真正面から殴り飛ばし、足元を踏みつけて。

蹂躙する側の連中を、逆に蹂躙し返す。

攻撃さえ効かなきゃノイズなんてただの的だよね!

あーはー!たーのしー!

 

「わー!おねーちゃんすごいすごーい!!」

 

うん、声援ありがとうお嬢さん!

だけど良い子は真似しちゃダメだぞー?

なんて呑気に考えている間にも、ノイズは次々塵になっていく。

暴れに暴れて、体感だと五分くらい?

地面を這う小型を踏み潰してあたりを見渡せば、もう敵の姿は見えなかった。

・・・・わーい、我ながらとんでもないジェノサイドっぷり。

とはいえ当面の危機は去ったので、申し訳程度に注意しようと思いながら。

未来達のとこに行こうとして。

 

「――――ッ!」

 

斬撃が振ってきた。

一番始めの感覚はそれだった。

炭を撒き散らしながら後ずさって前を見れば、ありったけの敵意と威圧。

・・・・街中のポスターでも見かけた、人々を魅了する歌姫。

『風鳴翼』その人が、修羅のような顔で睨みつけていた。

・・・・えっ、やだ。

何コレ怖い。

これ、『原作』(ぜんせのきおく)にあるよりヤル気満々じゃないですか。

覚えがあるような無いような、半分ずつの気持ちで構えを取る一方で。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

未来達の方に目をやる。

翼さんと一緒に来たのか、『二課』のエージェントらしきおにーさん達が、二人を連れて行こうとしているのが見えた。

未来はわたしを心配してくれているのか、あっさり連れてかれる女の子と違って、ものすごい抵抗していた。

 

「やめて!その人は助けてくれたんです!何にもやってない!」

「それは私達も分かっているから、まずは一緒に離れよう。ここは危険だから」

「っいやだ!響ッ!!」

 

あんまり暴れるもんだから、おにーさん達が数人掛かりで押さえ込んでいる。

・・・・今までなら、すぐにでも『滅っ』ってやる状況だけど。

今回ばかりは違った。

散々悪い人達と関わってきたお陰で、第六感でも鍛えられたのかな。

目の前の翼さんもおにーさん達も、『裏』に関わっているのは分かったけど。

何ていったらいいのか、マフィアとかヤクザとかに見られる、ドロっとした嫌な感じはしなかった。

澄み渡った夜の空気みたいな、同じ空間にいて心地よくなるような気配。

 

「・・・・ふ」

 

息を吐く。

『ここだ』と思った。

未来と離れるには、絶好の機会だと。

 

「翼さん」

 

名前を呼べば、威圧が濃くなる。

大好きな奏さんのガングニールを扱っているわたしが、とんでもない大悪党に見えて仕方が無いんだろう。

それでもすぐに切りかかってこないのは、『防人』の矜持ゆえか。

 

「わたしには、守りたいものがあるんです。何に代えてもいい、命だって差し出したっていいって思えるものが」

「・・・・何が言いたい」

 

返事代わりに右腕に力を込める。

出てきたのは、一回り大きな腕型のエネルギー。

つい二ヶ月前、痛覚と引き換えに手に入れた。

新しい力。

 

「守るためならわたしは、躊躇い無く手放します」

 

翼さんの返事は待たない。

『爪』を地面に突き立てて、抉るように引っ掻く。

アスファルトが削られて砂利が飛び散り、翼さんやおにーさん達に降り注ぐ。

続けて往復するようにもう一度引っ掻けば、あたりを土煙が覆った。

・・・・今だ。

今なら誰にも邪魔されず、後ろ髪を引かれることなく。

未来をわたしから、解放できる・・・・!

煙幕はほどなく晴れるだろう、グズグズしていられない。

踵を返して、離脱しようとして。

 

「――――響ぃッ!!!!」

 

ありったけの、声。

思わず振り向けば、煙に巻かれて咳き込む未来の姿が。

その目は確実にこっちを見つけている。

 

「・・・・ッ」

 

身を案じて駆け寄りそうになって。

ぐ、と奥歯を噛み締める。

ダメだ。

今のわたしは、もはや人としての機能を手放したわたしは。

あの子の傍に、いちゃいけない・・・・!

 

「げほ、げっほ!・・・・っ響!待って!置いてかないでぇ!!」

 

心も体も鬼にして、背を向ける。

思いっきり走り出す。

 

「いやだ!響いいいいいいいい――――ッ!!!!」

 

ああ、ごめんなさい。

泣かせてしまってごめんなさい。

だけど、もう大丈夫だから。

ここなら、君を守ってくれる人がたくさんいるから。

・・・・もう、わたしは必要ないから。

だから、だから。

どうか、かみさま。

 

「――――ぅ、っぐ」

 

どうしても溢れてしまう涙を、どうかお見逃しください。




実は考えていたお別れシーンでした。
も、もう続かないんだからね!?←

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