過去に類を見ない、大量のノイズの出現に伴い。
リディアン音楽院を中心とした地域の一般人に、避難勧告がなされた。
それは未来も例外ではなく、自宅にて避難の準備を進めていた。
といっても、今までの旅のお陰で逃げる準備をする習慣が出来ていたので。
やることと言えば戸締りくらいだったのだが。
「――――よし」
鍵はもちろんのこと、ガスの元栓も確かめた未来は、これで終わりだと頷いた。
未来が一人暮らしなのを気遣った弓美の申し出により、板場家と一緒にシェルターへ向かう約束をしている。
早いとこ待ち合わせ場所に向かわねば。
家を出て、扉の鍵を閉めたところで。
バタバタと忙しない足音。
顔を向ければ、白人男性が銃を振り上げて――――
◆ ◆ ◆
「弓美の友達、遅いな」
「・・・・うん」
シェルターへ急ぐ人々で、街のそこかしこが普段とは違う騒がしさに包まれている。
そんな中、弓美を含めた板場家の面々は人通りを避けて道端に立ち。
一緒に行こうと約束した未来の合流を待っていた。
しかし未来は中々現れず、ただ時間だけが過ぎていく。
正直、待ち人が来ないじれったさはある。
だが未来を、親がいない一人暮らしの学生を置いていくには・・・・という良心が働き。
ギリギリまで待っている次第だった。
されど今は非常事態、板場家の安全確保も重要なこと。
いつまでも待っていられない。
「・・・・あたし、未来の家に行って来る」
「弓美?」
「ちょっと!?」
大人ではないが、もう子供と言うわけではない。
非常事態なりの難しい事情を理解していた弓美は、それでも友人の無事を取った。
「大丈夫!こっから近いし、見るだけだから!ママ達は先に行ってて!」
「弓美!?危ないわ!待ちなさい!!」
母親の制止を振り切り、弓美は人ごみの中へ飛び込んだ。
途中焦って走る人にぶつかり、罵声を浴びながらも。
どうにか無事に未来の自宅付近へたどり着く弓美。
「未来、どうしちゃったのよ・・・・」
友達の安否を気遣いながら、曲がり角に差し掛かった弓美の足は。
「――――Hurry!! Make it early!!」
「――――!?」
突然聞こえた異国の言葉に止められた。
バタバタと聞こえてくる足音に、何ともいえない危機感を覚えた弓美は。
咄嗟に近くのゴミ収拾スペースに身を隠した。
近づく喧騒。
危ないと分かっていながらも、好奇心を抑えられなかった弓美がそっと顔を出すと。
掘りが深かったり、肌が黒かったり白かったり。
とにかくどう見ても日本人じゃない連中が、騒がしく走り去っていく。
――――未来を、荷物か何かのように、無骨に担いで。
「・・・・・ぁッ!」
抑えたものの、かすかに声があがった。
間違いない、今連中は未来を攫っていた・・・・!
「大変だ・・・・!」
一応背後を確認してから、弓美は物陰から立ち上がる。
連中の狙いが何かはっきり見当はつかないが、未来をよからぬことに利用しようとする魂胆は容易に想像できた。
どこかに通報をと考える。
警察はダメだ、二課の事情を話すわけにはいかない。
自衛隊も同様な上に、連絡先を知らない。
一番動いてくれそうな響も、同じくどう連絡すれば言いか分からない。
と、来れば、残っているのは。
「・・・・ッ」
体が震える、足が笑う。
怖い、怖い、怖い。
だけど。
仲がいい友達がいなくなるのだって、すごく怖い。
だから・・・・!
「・・・・行かなきゃ」
唇を噛んで、恐怖を押し殺して。
弓美は踵を返して走り出す。
二課本部がある、リディアン音楽院へ。
◆ ◆ ◆
「泥まで喰らえッ!!」
振り上げた左手を地面に叩きつければ、周囲のノイズが塵になる。
そのままアスファルトを巻き込みつつ振り回せば、暴風で生き残った連中が吹き飛んだ。
「それッ!」
『手』で引っつかんで手繰り寄せ、思いっきり叩きつける。
周囲が開けたところで、体をちぢ込める。
刺突刃を意識しながら、フォニックゲインを流し込む。
溜めて、溜めて、溜めて・・・・。
――――今ッ!!!
「うぉるあぁッ!」
交差した斬撃を飛ばせば、前方のノイズが細切れになりながらまた吹き飛んでいった。
んんん~~!一方的ですぞー!
「つっかまーえたッ!」
人型をまた手繰り寄せて、腰をホールド。
仰け反ってジャーマンスープレックス、一回転してもう一撃。
もう一回転してさらにおかわり。
最後に宙に飛び上がって、脳天を地面に叩きつけてやった。
逆立ちから立ち上がれば、周囲は閑散としていた。
んー、これでこの辺は終わりかな?
「そちらも終わったようだな」
「随分派手に暴れたじゃねぇか」
翼さんとクリスちゃん、どっちに合流しようか考えていたら向こうからやってきた。
どうやら二人のほうも終わったらしい。
「では本部に戻るぞ、先ほどから通信が通じない」
翼さんは淡々としているように見えて、その実凄みがあった。
わたしとしても、二課のみなさんにはお世話になっている。
助けになれるのなら、喜んで力になろう。
・・・・・ファフニールの『宝』に手を出したこと。
骨の髄まで後悔させてやろうじゃないか。
今回の文字数、ちょうど2017だったんですよ(