また別に特別なことも無く。
月の欠片も完全に破壊。
ただ帰還時の大気圏突入やらなんやらで、わたし達の疲労は限界を超えてしまって。
地上に足をつけるなり、そろって夢の中に入り込んでしまったらしい。
で、寝こけたわたし達を医療班に任せた弦十郎さん達は、早速後始末に奔走することになった。
まず二課スタッフじゃない未来と弓美ちゃんは、相手さんに顔を見られているからと、わたし達と一緒に謹慎状態に。
安全が確保できるまでの間、一緒に過ごすことになった。
リディアンもといカ=ディンギル周辺の地域住民に対しては、テロリストが化学兵器を使い、その残り香が残っていると説明。
拡散する心配は無いと何度も強調した上で、人を立ち入らせるわけには行かないので封鎖すると伝えたらしい。
もちろんリディアンも移転だ。
周辺の商店街なんかは少し寂しくなってしまうだろうけど、ほとんどの人が生活を変えずに済んだ。
で、本命である米国のことだけど。
そもそもの原因は、あちらさんの一部隊『アラン・スミシー(おっちゃんの本名だって)と愉快な仲間達』が暴走したことらしい。
好き勝手してたフィーネさんへの報復まではお偉いさんが決めたことだけど、その後の『二課訪問』やらは完全に独断だったとか。
けれども、自国民が他国に手を上げたのは事実。
さらにシンフォギアという国家機密が関わっていることもあって、事態を重く受け止めていたらしい。
なのでやっこさん方、生まれたての小鹿みたいにガタブルしていたんだとか。
いや、これは流石に比喩表現なんだけど。
でも小耳に挟んだ話によると、今回の件で交渉に来た向こうの外交官が『ハラキリ・・・・?ウチクビ・・・・?』と、いっそ同情を覚えるくらいに縮み上がっていたとか、何とか・・・・。
そんな向こうさんの事情も汲み取って交渉した結果。
『俺達はフィーネっつーアマに振り回されてたんだ!うちの政府組織を襲ったのは、奴の息がかかったテロリスト!オーケィ!?』
『イエス!オーライ!そんな感じッ!白人多いのはたまたまSA!』
と言った具合にまとまり、他にも櫻井理論の解析やらで協力関係を築くことを約束させた。
まあ、アメちゃんに関しても、やらかしたのはあくまで政府を始めとしたお偉いさん達であって、一般人じゃないものね。
その人達への影響を出来るだけ抑えた結果ともなれば、これくらいが妥当なのは素人にも分かる。
さすがに月の欠片云々は誤魔化せないため、シンフォギアやらの存在は露見することになってしまったけど。
原作であった『日本が兵器を持つだなんて云々』の議論はちょっと抑え目になっており。
むしろ『月をどうこうしちゃうテロリストが相手だから、そんなもん持ち出してもしょうがないよね』という風潮が出来上がっているようだった。
何はともあれ。
『ルナアタック』と呼ばれるようになったこの事件も、今度こそ終息に向かいつつある。
と、まあ。
ここ一月の出来事をざざざあああああっと振り返ると、だいたいこんな感じ。
原作より謹慎期間が長い以外は、概ね変わらないかな。
で、今現在何をしているかと言えば。
考えが一段落したところで、一度足を止める。
振り向けば、遠くに見える東京の街。
暗いところもぽつぽつあるけれど、だいたい半分くらいがネオンで輝いていて。
夜空を煌々と照らしていた。
対するわたしの周囲は、と見渡してみる。
都会の街並みとは対照的に、木々で囲まれた真っ暗な場所。
人工物と言えば、足元に敷かれた道路と、ぽつぽつ点在する最低限の街灯といったところか。
目を閉じると、聞こえる風の音。
木の葉と幹が揺れて、何とも心地いいBGMを奏でていた。
・・・・なーんてかっこつけてみたわけですけど。
ここで隣を見る、後ろも見る。
誰もいない。
夜遅く、一人でぽつんと。
東京の郊外の道に、わたしは立っていた。
・・・・うん、『マジかよこいつ』って思うのは当然だと思う。
でもまずは聞いて欲しい。
「・・・・」
満天の星空を見上げて、右目を手で覆う。
それだけで視界が真っ暗になった。
右目を覆ったまま瞬きをしても、目の前は相変わらず暗いまま。
左目は完全に失明して、もはや役に立たない状態。
残った右目も、油断すると焦点が合わずにぼんやりすることがある。
変化が起こったのは視界だけじゃない。
どうも、わたしの体から。
温もりが消えてしまったらしいのだ。
そういった寒暖が分からなくなった今は、自分では気付くことができなかったけど。
眠っている間手を握ってくれていた未来によれば、まるで死んだように冷たかったとのことだった。
――――理由はいうまでもなく、ガングニールだ。
限定解除を行ったからなのか、『カンッ!』って勢いで侵食率が上がってしまったようで。
月の欠片を壊して気を失った後、目覚めたときにはこうなっていた。
検査に寄れば、体の大部分が侵されきっているらしく。
年が明ける頃には、聴覚や触覚・・・・声すらも失くすだろうと診断された。
・・・・ショックと言えば、ショック。
けどこれくらいなら、今までやってきたことへの罰なんだって思えば、多少は飲み込める。
じゃあ、何でこんなところにいるのかと言えば。
単純な話。
信頼できる仲間や頼もしい大人達を目の当たりにしたことで、わたし一人いなくても大丈夫だろうと思ったからである。
何より、こんな爆弾を抱えた状態で、確実に世話をかける状態で一緒にいるなんて。
今は大丈夫でも、いつか罪悪感でどうにかなってしまいそうだったから。
だからこうして、独りで道を歩いている。
「・・・・さよなら」
ぽつっと呟いて、また歩き出す。
周囲は相変わらず暗いまま、むしろ闇が濃くなったように錯覚する。
服は今までとがらっと変えたし、街中の監視カメラはむしろ逆手にとってフェイクを仕掛けておいた。
きっと二課の人達は、わたしが北陸方面に向かったと思っていることだろう。
もちろん早めに気付くだろうから、急がなきゃいけないのに変わりはないんだけど。
「・・・・――――」
ふと、脳内にメロディーが流れて。
何となく歌を口ずさむ。
この曲は確か、そうだ。
猫の男爵さんが初登場した、アニメ映画の主題歌だ。
みんながいる場所に背中を向けて歩いている今のシチュエーションは、まさにぴったりだった。
・・・・何とも思わないわけが無い、寂しくないわけがない。
だけど、わたしの所為でみんなが辛い思いをするのは、何よりも嫌だから。
笑顔を奪ってしまうくらいなら、独りで朽ち果てた方が何倍もマシだ。
あ、やばい。
みんなのこと考えたら、色々思い出してきた。
翼さんのこととか、クリスちゃんのこととか、未来のこととか。
褒められたり、じゃれあったり、抱き合ったりした思い出が。
次々脳裏に浮かんでは消えていく。
あかんあかん、また揺らぎそうになってる。
ちっくしょう。
クリスちゃんと抱き合って『ギャーッ!出たーッ!!』なんて悲鳴を上げたのが昨日の事みたいだよぉ・・・・。
今日起こったことなのにさぁ・・・・。
心なしか、歌のとおり歩調が速くなってきている。
多分、思い出を振り払うため。
『帰れない』を、言い聞かせるように強く歌う。
迷うな、揺らぐな、振り払え。
わたしは、もう。
人間じゃない・・・・!!
「――――ッ?」
と、後ろから光。
一瞬びっくりしたけど、ただの車だと分かってほっとする。
だけどそのまま通り過ぎると思った車は、少し進んだ先で急ブレーキ。
わたしの進路を塞ぐように、路肩にはみ出して停止した。
何事かと立ち止まってしまった目の前で、ドアが勢いよく開いて。
「ゎ、た・・・・!?」
飛び出してきたその人を、避けたり拒んだり出来なかった。
倒れそうになるのを何とか堪えて、見下ろす。
未来は顔を埋めたまま、しばらく小刻みに震えていた。
・・・・そうだよね。
今までずっと一緒にいたから、癖やらなんやらはお見通しだもんね。
「――――ない」
引き剥がすのを諦めて、しばらく未来の好きにさせていると。
何か呟いたのが聞こえる。
「かんけい、ない・・・・!」
ぎゅう、と。
生地が伸びるくらいに、わたしの服を握り締めて。
「関係ない!痛みを感じないのも!あったかくないのも!何も関係ない!!!」
「・・・・君や、みんなはそうでも。周りはそうじゃないよ」
「そんなの知らないッ!!勝手に思っていればいいッ!!」
言い聞かせてみるけど、効果は薄いらしい。
向けられた目元には、案の定涙が溢れていた。
「だいたい響はどう思っているの!?どこの誰ともつかないような赤の他人ばっかり優先させて!!あなたの願いはどうなるのッ!?」
ぼろぼろ零れる雫は、未来が吐き出す言葉のよう。
「いつも、いっつもそうじゃない!本音を飲み込んで、痛いのも怖いのも我慢して!独りで抱えてばっかりで、ぜんぜん頼ってくれないじゃないッ!!」
「・・・・ッ」
サーセン、耳が痛いっす。
「ねぇ、もういいでしょ?もう十分でしょ!?一回くらい頼ってよ!何をしたいかちゃんと言ってよぉ!!」
ここで言葉を区切った未来は、震えながら呼吸をして。
また、顔を埋めてきた。
「おねがい、だから・・・・しんじてよ・・・・こわがらないでよ・・・・わたしは、ちゃんと、みかただからぁ・・・・!」
言いたいことは、粗方言い終えたんだろう。
未来はそのまま泣き出してしまった。
――――本気で。
本心から、よかれと思っていたんだ。
仲良しな誰かが傷つくのが嫌で、泣いてほしくもなくて。
だから、ずっと、距離を取ることを選んできたのに。
そうやって、独りよがりの選択を続けてきたから、こうなっている。
一番笑って欲しい人を傷つけて、泣かせて。
わたしの選択が、考えが、根本からひっくり返された気分だった。
そんなんなっても残っているのは、『優しくしなきゃ』という浅はかさだけ。
染み付いた癖で、未来を抱き返す。
「―――――一個だけ」
耳元で囁く。
未来が反応したのが分かる。
「一個だけ、すっごいこと言っていい?」
「・・・・ぐ、っす・・・・んっ、なぁに?」
悲しくて仕方が無いだろうに、甘やかすように返してくれる。
「――――死ぬまで、未来の傍にいたい」
「・・・・うん」
我が侭を、否定することなく。
未来は静かに頷いてくれる。
「やらかしてきたことはちゃんと償う、必要なら泥だってなんだってかぶって、いくらでも汚れる」
「・・・・うん」
「だからせめて、死に場所だけは、自由にさせてほしい・・・・・あったかくて優しい、君の傍で、眠らせてほしい」
――――これは、罰だ。
独りよがりに陶酔して、周りの人達の気遣いを無下にし続けて。
その結果、一途で優しいこの子をぶっ壊したわたしが。
地獄に落ちるその瞬間まで、息の続く限り背負っていく。
とてつもなく大きくて重たい、断罪の十字架。
「他は何もいらない、何も欲しがらないから・・・・この一個だけは、どうか」
断られたって、それもしょうがない。
こんなに重たいもの、背負わされるだけで迷惑なんだから。
未来にはその権利が十分にある。
いい機会だからと、こんな重罪人との縁をすっぱり切ったっていい。
それはそれで、味方がいないという罰になりえるから。
だから、断ったっていいはずなのに。
「――――いいよ」
未来は嗤いもせず、拒絶もせず。
ただただ静かに、肯定してくれた。
重たい十字架ごと受け入れるように、優しく抱きしめてくれた。
「・・・・いいの?」
「いいの。滅多にない我が侭なんだから、特別」
・・・・・胸の奥が、暖かい。
きっと、未来が暖めてくれているんだ。
ああ。
とてもほっとして、温かくて、安心できて。
――――守らなきゃ。
人をこんなに癒せる、健気なこの子を。
わたしの全てを賭けてでも、守らなきゃダメだ。
◆ ◆ ◆
「ふぅ・・・・」
危なっかしいことだと、独りため息をつく。
未来が乗ってきた車を運転していた弦十郎は、縋るように抱き合う少女達を見守っていた。
実に危うく、当たり所が悪ければあっという間に崩壊してしまいそうな彼女達。
当然見捨てるなんて以ての外だし、これからも助力は惜しまないつもりだった。
「――――一応確認なのだけど」
と、ここで。
一緒にやってきた
そう。
シンフォギアを製造し、フィーネの魂を宿した今回の下手人。
『櫻井了子』その人である。
彼女の技術の有用性と、弦十郎が持ちえる生来の甘さから、風鳴を始めとした様々なコネを駆使して。
虫の息から一命を取り留めさせたのだった。
先に行われた米国との取引には、彼女の身柄についても含まれており。
『フィーネによって傀儡となっていた被害者』として、書類に記録されることになっている。
「ここから巻き返すのは、本当に骨よ?さすがの私にも手に負えない部分が多すぎるわ」
「諦めるのか?」
「まさか」
少し意地の悪い返しをすれば、了子は肩をすくめた。
「正義の味方なんて柄じゃないけど、拾われた以上義務は果たすわ。安心なさい」
「ああ、こちらもサポートは惜しまん!よろしく頼むよ!」
「はいはい」
ある意味厄介な上司だと思いながら、了子は改めて少女達を見る。
一方は相手の涙を拭いながら、もう一方はその手を愛しそうに握り締めながら。
先ほどまでとは打って変わった、穏やかな表情をしている。
――――正義の味方は柄じゃない。
柄じゃないが、悪くはなさそうだ。
密かに息を吐き出した彼女は、しょうがないなと微笑んだ。
死んだなんて、一言も言うてへんで?>了子さん
これにて一期分はおしまい。
このあとは閑話を更新していこうかと思います。