何故だ・・・・!?
※弓美ちゃんの名前を盛大に間違えててorz
報告ありがとうございます。
――――『アニメ的なミステリアス』。
それが『板場弓美』の持つ『小日向未来』へのイメージだった。
邂逅は、学校が始まって間もない頃。
家庭の事情で入学が遅れたとか何とかで、編入生として紹介された時だった。
背中に届くほどの黒い髪、日本人にしては焼けた肌。
そして全身から醸し出す、一種の色気のようなオーラ。
他のクラスメイト達も、何となく近寄りがたい雰囲気を感じていたのだろう。
始めこそ未来の周囲に出来ていた人だかりは、日を追うごとに目に見えて減った。
別に彼女が嫌われているというわけではない。
ただ、なんというか。
下手に手を出せば、一瞬で崩れ落ちてしまうような。
そんな儚さを持ち合わせていた。
なお、オーラの正体については、帰宅した弓美がいつも通りアニメを嗜んでいたとき。
未来と似た雰囲気のキャラクターを見かけたことで察した。
『あ、アレ未亡人だ』と。
さて。
そんな『高嶺の花』とお近づきになってしまったのは、やはりあの時だ。
学校に慣れてきて、『アニソン同好会』を設立するという野望を抱き始めた頃。
外国人に道端で声をかけられたのだ。
中国系の出身らしいその人は、なれない英語を四苦八苦しながら発音して、どうにか何かを伝えようとしていた。
弓美も弓美で、相手が困っているのが目に見えていたため、意図を読み取ろうと必死に耳を傾けていたのだが。
いかんせん英語が聞き取りにくい。
二人そろって、困ったなとおろおろし始めたとき、
「
助け舟を出してくれたのが、通りかかった未来だったのだ。
流暢な母国語に安堵を覚えたらしい相手は、ものすごいスピードで何が知りたいのかをまくしたてた。
あんまりにも早いので、大丈夫だろうかと心配する弓美を他所に。
未来は的確に相槌を打ち、時折ジョークを交えながら、見事対応しきって見せたのだ。
「あの人、映画館への道を聞きたかったみたい」
去っていく外国人を見送りながら、何事もなかったかのように日本語を話す未来。
「・・・・アニメみたい」
「えっ?」
ワケありげな帰国子女。
溢れる未亡人オーラ。
そして今見せたバイリンガル。
まるでブラウン管の向こうからやってきたような彼女に対し、弓美は思わずそう言ってしまった。
(――――思えばあれがきっかけだったのよねぇ)
ここ半月を思い出しながら弓美がくつろぐのは、未来が下宿しているアパート。
物が少なく、女子高生の部屋にしては聊か殺風景だが。
何だか未来に似合っているようで、不思議と悪いとは思わなかった。
「お待たせ弓美ちゃん」
「おかまいなくー」
用意を済ませた未来が、紅茶の入ったマグカップを運んでくる。
弓美が配膳を手伝うと、嬉しそうにはにかんだ。
――――あの日以来、ちょくちょく話をするようになった二人は、気付くと友人のような関係になっていた。
お昼然り、移動教室然り、休み時間然り。
何か余裕が出来ると、自然と二人がそろっていた。
割と遠慮なくものをいう弓美に、聞き上手の未来という組み合わせは、中々に相性が良かったのだ。
「そういえばさ」
「うん?」
今日もそんな『なんとなく』で始まった勉強会。
シャープペンを止めた弓美が、未来を見る。
「未来って海外行ってたって話だけど、どこに行ってたの?」
ちょっとした興味から湧いた、取りとめも無い質問。
「・・・・んー、何て言ったらいいのか」
「あー、もしかしてあんまり言えない感じ?」
「そうじゃなくて」
珍しく歯切れの悪い様子に身を乗り出せば、苦笑が返ってきた。
未来はすっかり温くなった紅茶を口にして、視線を落とす。
どこを見ているというわけではない、何かを思い出している様子だった。
「色んなところに行ったから、一概にここって言えないの」
「家族とあっちこっちしてたってこと?」
「ううん」
首を横に振られて、弓美はきょとんとなる。
未成年で海外と言われて、真っ先に思い浮かぶのは『親の海外転勤』だ。
だからてっきり、家族一緒だと思っていたのだが。
「じゃあ、誰と?」
疑問をぶつけると、未来は少し考え込む。
程なく、『弓美ちゃんならいいかな』と呟くのが聞こえた。
「友達と、実は家出してたの」
「えっ?・・・・・えぇッ!?」
ぎょっと、今度は身を引く。
いや、だって。
そんなアグレッシブな理由で海を渡るなんて、思っても見なかったからだ。
「正確には、あの子にわたしが付いてったんだけどね。中国にネパール、スペインにメキシコ・・・・」
指折り数えていくのは、国の数だけではないのだろう。
思い出が蘇ったのか、いつになく楽しそうだ。
「っていうか、パスポートとかは」
「持ってたと思う?」
つまり、不法入国。
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
ここまで聞いたところで、中々デンジャラスな話であることに気付いたのだが。
いつも以上に顔をほころばせている未来を見ると、何となく遮るのは憚られた。
それに、滅多に自分のことを話さない彼女の、貴重な思い出話。
今の弓美は、好奇心の方が強かった。
「すっごく大変だったの、わたしが熱出したり、響が、友達が大怪我したり」
だけど。
「親切にしてくれる人に出会えたり、綺麗な景色を見つけたり・・・・楽しかった・・・・そう、楽しかったの」
そう結論付ける顔は晴れやかで、道中にあったであろう苦労を偲ばせないものだった。
だからこそ、弓美は浮かんだ疑問を口にする。
「それあたしに話してよかったの?」
「え?」
「いや、だって・・・・」
意外にもきょとんとした未来に、何となく怖気づいてしまうが。
吐いた唾は飲み込めないので、続ける。
「友達、と思ってるけど、知り合ってまだ一月もないじゃん?そんな大事なこと、簡単に言ってよかったのかなって」
言っている途中で段々バツが悪くなってきて、視線が泳いでしまう。
胸の中で気まずさが渦巻いて、もやもやして、嫌な気分。
そんな心情に気付かない未来は、口元に手を当てて呑気に考える。
自分を取り巻く微妙な空気にいたたまれなくなった弓美が、無かったことにしようかと思い立った頃に納得したように頷く。
「多分、知って欲しかったんだと思う。友達の、響のことを、一人でも多くの人に」
そう言って、また頷く。
「無かったことにしたくないの。あの子がいたことを、全部否定させたくないの」
――――この話、中々『深そう』だぞ。
微妙な顔になった弓美は、胸中でそんな結論を出す。
「で、その友達は?ヒビキ、だっけ?どうしてんのかな」
あんまり突っ込んで地雷を踏み抜くのはごめんだったので、在り来たりな質問でもして終わらせようと思った。
部屋を見る限り、住んでいるのは未来一人。
一緒に海外を回るほど仲が良い友人が、訪ねてきている様子も見えなかった。
「・・・・さて、ね。今頃どうしているのか」
質問をぶつけられた未来は、途端に笑みを浮かべた。
自分自身を軽蔑するような、嘲るような表情。
いっそ綺麗なくらいの笑顔に、弓美は体を強張らせる。
「昔からそうなの、気付くとふらっといなくなって、みんなに散々心配かけさせて・・・・けど、最後にはちゃんと帰ってきてくれるの」
窓の外に、視線を滑らせる。
日没の近い街並みが、茜に染まっている。
「・・・・・うん、そうだよ・・・・きっと帰ってくるよ」
それっきり、未来は黙りこくってしまった。
目の前の友達から知れた、思っても見なかった事実の数々。
そのどれもが強烈過ぎて、弓美はもうおなかいっぱいだった。
お昼以外では紅茶しかいれていないはずのおなかをさすりながら、ふと思う。
(こんな可愛い子に、こんだけ心配させるなんて・・・・ヒビキって子は果報者ね)
何となく、紅茶を一口。
すっかり冷めたそれは、熱った頭によく効いた。
「――――へっちゅん!」
「あれ?寒くないハズなんだけどなぁ・・・・?」
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