『とある一日』
「――――ん」
AM6:00
早番がない日は、だいたいこれくらいに起きる。
カーテンから漏れる朝日に目を細めて、ふと視線を下に落とすと。
先に起きていたらしい未来と、目が合う。
「おはよう、響」
「・・・・おはよー」
温もりを分けてもらうように抱き合って、挨拶を交わす。
「おいしい?」
「うん」
AM7:00
身支度含め、朝食の準備が出来ている。
最近料理を学び始めた、未来お手製の朝ごはん。
味覚は失っているものの、いつも幸せそうに食べてくれるので。
未来もやりがいを感じている。
「今日は夕方頃には帰れるから、そっちはいつも通り?」
「うん、委員会もなかったはずだから」
AM7:45
響は学校に通っていないので、必然とこの時点で未来と別行動になる。
互いの帰る時間帯を確認しながら、窓や玄関をしっかり施錠。
「それじゃあ」
「「いってきまーす」」
ちょっと子供っぽくハイタッチを交わして、それぞれの職場や学び舎へ。
「おはよーございまーす」
「おはよう」
「響ちゃんおはよー」
AM7:57
バスに揺られて十分前後の港に停泊している、二課の仮設本部へ出勤。
すれ違う職員と挨拶を交わしつつ、ロッカーで制服に着替える。
そして了子からメディカルチェックを受けた後。
朝礼で連絡事項を聞いて、業務へ。
「――――響ちゃん、向田君のところに行ってくれる?頼んでいた資料が出来上がっているはずだから」
「はーい」
「戻ったら、このデータを日付が新しい順に並べておいて」
「分かりました」
AM9:00
響の仕事は、主に了子の助手。
データ整理を始めとした雑用がメインだが、最近は簡単な文書作成も任されるようになっている。
当然ノイズが出現すれば、そちらが優先だ。
「コーヒー飲む人ー」
「くださいなー」
AM10:45
ここでちょっと一息。
自販機横の休憩スペースで、了子や友里を始めとした女性職員とおしゃべり。
「いつも思うんですけど、了子さんの髪さらっさらですよね」
「あ、同感です。わたしなんて、ちょっとでも湿気ってるとすぐもっさりしちゃって」
「ふふ、秘訣は日頃のお手入れよん」
何気ない話を、時間の許す限り展開させていく。
そしてほどよいタイミングでそれぞれの持ち場に戻り、業務を再開するのだ。
「――――いただきます」
PM00:00
食堂にて昼食を取る。
今日のランチは、再び登場『未来お手製』のサンドイッチ。
たまごが焦げていたり、形が不ぞろいなのがまた何とも愛らしい。
食べ終われば、一休みしたり、一眠りしたり。
時間まで自由に過ごす。
「そぉいッ!!」
『――――エネミーオールクリア、お疲れ様』
PM2:00
この日は、艦内に備えてある戦闘シミュレーターのテスト。
最後のノイズを討ち取れば、了子のアナウンスと共にバーチャル映像が消える。
『で、何か不具合とかは無かったかしら?』
「やってみた感じでは、目立つようなのはありませんでした。感触も現実に近いですし、すっごくよくなっています」
『ふむふむ・・・・他は?』
「そうですね、もうちょっと上の難易度が欲しいです。ハード以上の・・・・『装者死すべし』、みたいなノリのやつ」
『物騒すぎる名前ね・・・・けど、検討はしておきましょう』
殺風景な中、通信越しに了子とやり取りを繰り返す。
なお後日、『
「お疲れ様でしたー」
「はーい、また明日」
「おつかれー」
PM6:00
早番や遅番で無い限り、この時間には勤務が終わる。
二課の場合、ここへ更にノイズの出現も加わるが。
幸いなことに、今日の出動は無し。
何事もなく定時で上がることができた。
同じく帰宅する職員や、遅番の人々に挨拶しながら。
ロッカーで通勤服に着替え、帰路へ。
「たっだいまー」
「おかえりなさい」
PM6:15
帰宅すれば、笑顔の未来が出迎えてくれた。
ドアを閉めつつ、ハグを受け入れる。
「今日のごはんは?」
「カレーだよ」
「わぁお、やったね」
心から喜びを口にして、部屋の中へ。
ごはんを食べたり、未来と駄弁ったりして。
明日への英気を養う。
PM9:00
この頃にはそろって布団に入っている。
響の腕の中、未来は甘えるように身を寄せていた。
「それじゃあ」
「うん」
唇を浅く重ね、互いを抱きしめて。
「「――――おやすみなさい」」
――――これが、立花響の現在の一日。
日向へ戻って来た日陰者の。
眩しくてあったかい、愛しい日常。
『海の向こうへ』
「海外オファー来てたんですか?」
「ああ、春先にはすでに」
ある日の休憩スペース。
本部へ足を運んでいた翼からオファーの話を聞き、響は目を見開く。
「ちなみにお返事は?」
「断りはしたのだが、相手方も中々熱心でな・・・・」
加えてこのごろは、響やクリスといった新戦力が加わったこともあり。
味方に余裕が出来たこともあって。
つい先日、ころっと折れてしまったらしい。
「すまない、特にお前は体のこともあると言うに」
「わたしは別にいいんですよ。それよりもスクープですね!『風鳴翼、海外デビュー!』」
申し訳なさそうな翼を元気付けるように、響は人差し指を突き上げて笑った。
「それに翼さんって、お仕事抜きに歌うの大好きみたいですし、別に悪くないと思います」
「・・・・は?」
「へ?」
思っても見なかった言葉に、翼は間抜けな声。
響も響で気付いていないのが意外だったのか、同じく気の抜けた顔をする。
「あれ?違うんですか?営業スマイルって表情でもないし、てっきり・・・・」
「ああ、いや。違うんだ、ただ・・・・」
束の間黙りこくる翼。
やがて神妙な面持ちで近寄る。
「・・・・そんなに楽しそうなのか?」
「そりゃあ、もう」
「そう、か・・・・」
別に否定するようなことでもないので、響が素直に頷けば。
翼は何か考え込んで、また黙ってしまった。
「・・・・なんと言うか、個人的な意見ですけど」
そんな彼女へ、響はぽつぽつ語りだす。
「あのライブで入院してたとき、楽しみは翼さんの曲だったんです。奏さんを失っても、歌を届けているのがかっこいいなって思って」
翼の視線を受けながら、続ける。
「だから当時の目標は、リハビリ頑張って日常に戻って、また翼さんの歌を聞くことでした」
退院後どうなったかは、あえて語らなかったし。
翼も何も追及しなかった。
「えっと、だから。翼さんの歌は、ただ敵を倒すだけじゃなくて、誰かを元気にする力も持っているってことです」
「・・・・ッ」
その言葉に、今度は面食らった顔。
何か天啓を受けたような、澄み渡った表情をした。
「だから、そんな翼さんが海外に羽ばたいたら、きっとすっごいことになるんだろうなって思うんですよ」
そんな先輩の変化を知ってか知らずか。
響は人懐こく笑いながら、そう締めくくったのだった。
一方の翼は、また少し考え込んでから。
「・・・・立花は、私が海外にいくのに賛成か?」
「一ファンとしては、実にめでたいことだと思います!」
問いかけに対し、響はニコニコ笑って答えた。
「・・・・そうか」
「そうですとも」
その返事を聞いた翼は、どこか吹っ切れた顔で微笑んだのだった。
『プレゼント』
「響くん!誕生日おめでとう!」
夕方、二課本部。
帰路についていた響へ、弦十郎は笑顔と共にビニール袋を差し出す。
「中は桃だ、傷がつかないよう注意してくれ」
「おお、ありがとうございます」
桃と聞いて、心做し慎重に受け取った響は。
嬉しそうにはにかんだ。
「響さん、僕と翼さんからも」
隣に控えていた緒川も、『温州みかん』とシールが貼られた段ボールをくれた。
「わぁ、しばらくおやつに困りませんなぁ。ありがとーございます!」
ビニールを乗せた段ボールを抱え、得した気分になる響。
「あ、響ちゃん。おめでとー」
「これ、俺と友里さんからね」
「うっわ、ふわっふわ!どーもー!」
それから廊下を歩いていると、今度は友里・藤尭のオペレーターコンビが。
鶴のキーホルダーと、亀のぬいぐるみを。
手荷物の整理を手伝いながら手渡してくれた。
「ああ、よかった。まだいたわね」
そこへ了子もやってきて、響の手に袋をかける。
「誕生日おめでとう、千歳飴よ。クリスからは桃味ののど飴ね」
「おぉー!了子さんの千歳飴ってご利益ありそう!クリスちゃんにもよろしく言っといてください!」
本人が数千年も生きているので、なお更である。
のど飴も、歌って喉を使用する身としては大変ありがたい。
誕生日とは言え、今日はもらい物が多いなと考えたところで。
はたと気付いたことがあった。
桃。
みかん。
鶴。
亀。
千歳飴。
ここまでそろえば、嫌でも気付く。
「・・・・・そんなにころっと逝きそうなんですかね、わたし」
呟くように問いかけると、了子達はさっと目を逸らし。
その気付きが的中していることを、雄弁に語ったのだった。
これで今回分のストックはおしまいです。
また次の書き溜めをお待ちくださいませ。