「――――悪かったな」
マリア一派との話が終わった後。
弦十郎からのありがたい話を聞くべく立ち上がった響を、クリスの言葉が呼び止める。
「何の話?」
「ライブ会場のことだよ。理屈じゃねぇってかっこつけたばっかりに、お前が・・・・」
「私からも、すまなかった立花。雪音の諫言を無視してでも、加勢するべきだった」
「あー、そのことかぁ」
クリスと並んだ翼からも、申し訳なさそうに頭を下げられた響。
どこか戸惑った様子で、頭をかいてから。
「好きにやらせてくれたし、むしろこっちがお礼言う方だよ。翼さんも、踏みとどまってくれてありがとうございます」
「けどよ・・・・!」
話題に似つかわしくないほけほけした笑みへ、クリスはなお食って掛かったが。
「理屈じゃないんでしょう?憎いって感情は」
「・・・・ッ」
言い聞かせるように諭されては、二の句が咄嗟に出てこなかった。
「・・・・だが、あの二人に関しては、何らかの対策を打つべきだ。このままでは、お前が」
もう一度、響の命を守るための策を立てることを進言する翼。
理由としてはやはり、ガングニールを扱う仲間であることが大きいのだろう。
かつて天羽奏という半身を失った経験は、たった二年で雪ぎきれるほど軽いものではない。
もちろん付き合いが長くなった今としては、それ以外の根拠もあるにはあるのだろうが。
現時点で響がぱっと思いつく要因といえば、それくらいなものだった。
だから、響も再び首を振る。
「いいんです。正当防衛とはいえ、あの子達の大事な『家族』を傷つけたのは、間違いなくわたしですから」
「だから殺されたとて、恨み言を言わないと?立花はそれでいいかもしれないが、小日向は・・・・!?」
今度は翼が食って掛かる。
どちらかと言えば、未来との付き合いが長い翼。
特に、響がおらず、寂しい想いをしていた頃の姿を目の当たりにしたからだろう。
後少し枷が外れれば、胸倉を掴んでしまいそうな勢いで詰め寄る。
「・・・・わたしと未来だけじゃない。翼さんやクリスちゃんだって、『
だが、どこか迫力のあるそんな姿にも、響は『否』を示す。
「わたしは今まで、『誰か』の『大事な人』を、傷つけて、殺して、奪ってきましたから。これは正しいことなんです、汚れに汚れた罪人に相応しい災難なんです」
過去を想起しているのだろう。
俯いて虚空を見つめる響に、翼もクリスも何も言えなくなってしまった。
そんな、妙な沈黙が降りてきたところで、
「こーのー子ーはーもぉー!!」
「ふぁーっ!?ちょっと待ってナニコレ意外と強いぞりょーこさああああああ!?」
「全く油断も隙もありゃしないな、響くん」
突然、後ろから響の頭が引っつかまれた。
そのままアイアンクローをかますのは了子。
弦十郎と違って
ぎりぎりと手に力を込める了子の隣で、弦十郎が腕を組んで立っていた。
「いっぺん、自愛についても説いた方がよさそうだな?」
「あらいいわね。私も一緒させて頂戴、弦十郎くん」
「じーざすッ!」
OTONA、いや、大人としてしっかりしている弦十郎に加えて、彼以上に口先に長けている了子も参加するとあってはたまったものじゃない。
しかし、響が悲鳴を上げたところで決定を覆せるはずも無く。
結果、翼とクリスに苦い顔で見送られながら、『ドナドナー』と連行されてしまったのだった。
◆ ◆ ◆
い、いのち、だいじに・・・・!
翌朝。
事前連絡の場で、調ちゃん切歌ちゃんの処分が公表された。
まあ、わたしが死ななかったとは言え、きりしらちゃんがあの程度で許してもらえるはずも無く。
了子さんとの二人掛かりでがっつりお説教を終えた後、弦十郎さんとナスターシャ教授で話し合ったらしい。
結果、以下のような処分が発表された。
一つ、大前提として二課の職員には手をかけないこと。
マリアさんやナスターシャ教授だけではなく、大人達の言うことをきちんと聞くこと。
この中には
一つ、
ただし殺しはダメゼッタイ。
『被害者』たるマリアさんが生きているので、殺すのはやりすぎだということ。
一つ、今日から一週間の間、二人のギアは弦十郎さんが没収すること。
出撃時や訓練時には返すけど、それ以外でのギア使用は全面的に禁止。
生命的な危機に関しては、二課のエージェントでそれとなくカバーするとのこと。
以上、三つの処分が二人に課せられた。
「響くん本人が気にしていないことと、クリスくんの『憎しみは理屈ではない』という意見に納得が行っているから、あまり責めていないが、それでも仲間に手を出されて思うところがあるのも本音だ」
腕を組み、少し怖い顔で二人を見下ろす弦十郎さん。
「厳しいことを言うが、協力関係になったとはいえ、君達はあくまで外部組織。していいことと悪いことは、数多く存在する」
二人とも、弦十郎さんの話を黙ってきちんと聞いている。
相手がわたしじゃないなら、普通に話を聞けるみたい。
ちょっと感情が優先しちゃうだけで、根はいい子達みたいだしね。
「君達の行動が、ナスターシャ教授やマリアくんの信頼失墜に直結することを、肝に良く命じておいて欲しい。分かったな?」
「・・・・はい」
「・・・・デス」
弦十郎さんの確認に対し、調ちゃんと切歌ちゃんはしっかり頷いた。
・・・・こうやって皆の目がある場所で処分を下すのは、二課の職員達が、二人と同じように私情でちょっかいを出すのを避けるためだろう。
いくら司令官が出来た人だからと言って、その部下まで綺麗さっぱりな人たちとも限らないしね。
実に残念な話だけど。
いまや調ちゃんと切歌ちゃんは、二課にとって重要な戦力。
その辺も考慮した結果なんだろうと、一人で結論付けておく。
と、いうのが。
五日くらい前のお話。
あのライブ以来『パニッシャーズ』の音沙汰は無く、わたし個人としてはそれが不気味に思えたりする。
緒川さん率いる諜報部の皆さんがあっちこっち駆け回って情報を集めているらしいけど、どの程度集まるのか想像がつかない。
世間があまり混乱していないのは、ある種の救いだったりするけど。
この後どうなるか分からない以上、警戒するに越したことはない。
「――――立花響ッ!お前に聞きたいことがあるッ!!」
「なんでしょ」
まあ、五日もあれば怪我なんてだいたい治るよね。
と言うわけで、了子さんを筆頭にした技術班に、ウェル博士が合流。
挨拶も済ませた早々に、わたしに向けて指を突きつけてきた。
「お前にとっての英雄とはッ!?」
「大衆のおもちゃ」
「ひねくれ過ぎィッ!」
文書を作成する傍ら、博士の質問に即答。
いやぁ、前世で必死こいて取得したワープロの知識が、まだ生きてて良かった。
忘れてる部分もあるけど、実際にやってみると次々思い出すし。
うん、これは思ったよりいけるかもしれない。
一方の博士は、まるで昭和のおじさんみたいに『かぁーッ!』と頭を抱えた。
「君くらいの青少年なら、もうちょっと夢を見るべきではないか!?」
「夢見てばかりの大人もどうかと思いますけどね。了子さん、実験申請の文書出来ました」
「送ってちょうだい、確認するから」
「はーい」
カタカタポチポチとパソコンを操作して、データを了子さんの端末に送る。
「だいたい自分が半ば英雄みたいな扱い受けてるくせに!こないだポカしたボクへの嫌味かッ!?」
「まさか、誰が好き好んで毛嫌いしてる存在になるもんですか。わたしの理想は縁側で緑茶を啜ることです」
「渋い、そしてささやか過ぎる・・・・」
――――いくら情報を規制しようとも、人の口に戸は立てられない。
ルナアタックの頃から、わたし含めたシンフォギア装者の噂はまことしやかに囁かれていたわけだけど。
あの『QUEENofMUSIC』の会場でわたしとマリアさんが生中継されたことから、実在がほぼ確信されてしまった。
一応『日本とアメリカが共同開発したパワードスーツ、仔細は秘密』と公式発表はしているものの。
たまに街中で、赤の他人から話しかけられるようになった。
その度に『人違いです』と訂正するのは、正直面倒くさい。
中にはしつこい人もいるから、なおさらっすよ・・・・。
で、わたしの持つ将来のヴィジョンの一つをカミングアウトすると、ナスターシャ教授を手伝ってたマリアさんが呟いていた。
「しかし、実際に『こいつ』を利用して、月を正常な軌道に戻すとはね」
『フロンティア』こと、『鳥之石楠船神』。
正式名称長ったらしすぎて、覚えるのを諦めた人は結構多いはず。
クリスちゃんと緒川さんが駆けつけたことで守られた完全聖遺物『ネフィリム』の力で制御し、月遺跡へアクセスすることで元の位置に戻すという作戦。
そのためのフォニックゲインの用意やら、やることはたくさんあるんだけど。
「だがネフィリムはとてつもない『大喰らい』、装者が六人いたとしても、一回の歌では起動しないでしょうね」
「だから早いうちからフォニックゲインをコツコツ溜めて、フロンティア起動に備えておくんでしょ?」
もちろん、
フロンティアを起こす『鍵』だって必要だ。
(――――『鍵』)
そこまで考えて、思考が立ち止まる。
・・・・『鍵』、『鍵』かぁ。
・・・・・やっぱり、『そう』するしかないんだろうか。
ああ、いかんいかん。
朝っぱらから思考が欝ってた。
『パニッシャーズ』という不確定要素がある今、足踏みしている暇なんてない。
「あ、響ちゃん。そろそろ偵察用の設備が届くはずだから、チェックお願いね」
「りょーかいです」
まずは、目の前のお仕事を片付けることにしよう。
ザババコンビに関するアレコレと、ウェル博士ログインの話でした。