チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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地獄の中で

街の惨事は、空の上からなおよく見えた。

あちこちにあがる火の手。

目を凝らせば、ノイズから逃げ惑う人々が見えた。

 

「くそっ・・・・!降下ポイントはまだか・・・・!?」

「おちつけ雪音・・・・急いては事を仕損じる、だ」

「んなこた分かってんだよ!」

 

翼が苛立ちを隠しきれないクリスを宥めるも、今の彼女には逆効果だった。

もっとも、翼の方も悔しさを堪え切れないらしいが。

と、ここで。

注意深く地上を見下ろしていた響は、弾かれたように顔を上げた。

 

「ッここで降りましょう!!」

「何?」

「貴女までどうしたの・・・・?」

 

クリスに続き、響までも焦燥を抑えきれないかと、年長者組みが案じる。

装者が乗っているヘリコプターの現在地は、街を囲むノイズの中間地点上空。

弦十郎が『バリケードを突破するのは困難』と判断した為、降下ポイントは群れを超えた先に指定されたのだが。

 

「いいから早く!このままだと・・・・!」

 

言い切る前に衝撃。

大きく揺れる機内で、何事かと翼が視線を巡らせれば。

今まさに運転席で飛び散る、炭の粉。

 

「――――こうなるからですよッッ!!」

 

もとよりノイズとは、人間を殺戮する存在。

更に制御されているともなれば、パイロットを狙い撃たれるのは必然だということだろう。

響とマリア、更に翼が咄嗟にギアを纏い、それぞれの得物をぶち当てる。

斬り裂かれ、貫かれ、全力で殴打され、内側から破裂するように壊れるヘリ。

黒煙を振り払って飛び出した装者達は、残りの者もギアを纏った。

 

(どうあがいても分散するか・・・・!)

 

パラシュート無しでのスカイダイビング。

休み無い強風で眼球を乾かされ、涙をボロボロ流す響は、周囲を見渡してそう判断。

ならばと一度加速して、近くにいた調を抱きとめる。

他の仲間たちも同じように判断したようで、マリアが切歌を、翼がクリスを確保しているのが見えた。

高速で迫る地面。

響は調を片手に抱えなおし、『手』を出現させて。

思いっきり、地面にぶち当てる。

大きく陥没する地面。

瓦礫と共に大量のノイズが吹き飛び、周囲にボトボト落ちて行く。

無事だった個体達が突撃しようとすれば、土煙から飛び出してきた無数の丸鋸に切り刻まれた。

 

「・・・・お礼は言う、上手く着地する手段が無いから」

「どーいたしまして」

 

薄くなった煙を払えば、二人を取り囲む予想以上のノイズ。

 

「マリアや切ちゃん達と離れちゃった」

「マリアさんなら、この数を馬鹿正直に相手しないっしょ」

 

LiNKERの効果時間も無限ではない。

突破のために相手はしても、大真面目に殲滅するとは思えなかった。

二課からの通信に寄れば、思ったとおり真っ直ぐ市内を目指しているとの事だ。

翼・クリスペアも同じ場所に向かっているらしい。

 

「わたし達も市内を目指そう、人命を優先させなきゃ」

「・・・・了解」

 

・・・・つい数日前に行った、夕食会が功を奏したらしい。

提案に変に噛み付くことなく、調は首を縦に振ってくれた。

響は手甲を変形させる。

市街地の方向は、落下中に確認済みだ。

 

「――――ほら、どけよ」

 

獰猛に笑って、突撃する。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

ノイズの群れを最初に突破したのは、翼・クリスペアだった。

ミサイルに飛び乗った二人は、ノイズを轢殺しながら進撃。

数の暴力から、現世に顕現した地獄へと、一番乗りを果たした。

刃を振るい、鉛玉をばら撒き。

煤と熱が蔓延する中を、ノイズを駆逐しながら駆け出す。

 

「くっそ!予想通りの地獄かよ!!」

「口より手を動かせッ!一匹でも多く閻魔殿へ突き出すんだッ!!」

「わぁーってらぁッ!!」

 

一気に飛び出した翼が、一閃を叩きつける。

一体を斬れば次を、次を斬ればそのまた次を。

すれ違うと同時に動きを止めるノイズ達。

そんな神速とも言うべき動きに合わせ、クリスはボウガンの矢を次々突き刺す。

瓦礫を撒き散らしクリスの隣に戻ってきた翼は、刀身についた炭を振り払った。

刹那、体を二つにずらすノイズ。

刺さった矢が爆ぜることで追い撃ちをくらい、次々爆散していく。

瓦礫を掻き分け、ノイズを殲滅し。

時には生存者を探しながら、二人は熱気の中を突き進む。

 

「――――きゃあああああああ!!」

 

そんな折聞こえた悲鳴。

一度足を止めた翼は、周囲を見渡す。

そして一点を見つけて、突撃。

間一髪の所で、腰を抜かした男女とノイズの間に割って入り、両断した。

 

「大丈夫か!?」

 

後からついてきたクリスが安否を確かめるも、呆然とした男女は翼に釘付けになっていた。

 

「・・・・お怪我は?」

「あ、その、大丈夫です」

「ありがとうございます・・・・風鳴翼、さん」

 

座り込んだままの女性に手を貸し、起こしてやる。

男性は自力で立っていた。

 

「あの、私達はどうなるんでしょうか?今、何が起こっているんでしょうか?」

 

テレビでよく見る、ある種の『偶像』が目の前にいるからだろう。

拠り所を求め、女性は矢継ぎ早に質問する。

 

「私達は、助かるんでしょうか・・・・!?」

「・・・・ッ」

 

どこか縋るような視線に、一種の『重たさ』を感じてしまって。

翼は思わず目を伏せて逸らす。

・・・・この地獄を作り出しているのは、十中八九パニッシャーズだろう。

彼らは二年前の迫害を切欠に行方を暗ました。

ではその大元である迫害の原因を生み出したのは、誰か。

間違いなく己自身であることを、翼は自覚していた。

 

「それ、は・・・・・」

 

だからこそ、普段は即答できる『大丈夫』を簡単に言えなくなってしまっていた。

どう答えるべきか、悩んでしまったが故に言いよどみ、その様が彼らの不安を助長させる。

自分の至らなさに嫌気が刺しながら、それでも何とか言わねばと顔を上げて。

 

「――――今、いい情報が入った」

 

本部と通信を取っていたらしいクリスが、口を開いた。

 

「さっきまでこの街全体を、ノイズの団体がぐるっと囲んでいたわけだが、その包囲網に綻びが出来たらしい」

「ほ、本当ですか!?」

「仲間が派手に暴れてくれたお陰でな」

 

詰め寄った男性に、クリスはどこか得意げに笑いかける。

 

「場所はここから南西にまっすぐ行ったところだ。うちのスタッフがいるはずだから、保護してもらえ」

「ッ分かりました・・・・それで、その、お二人は?」

 

不安が残った中、どこか期待するように問いかけてくる男性。

ノイズを倒せる二人、あるいはどちらかについてきて欲しいようだ。

もちろんクリスも、当然翼だって、つきっきりで守ってやりたいのは山々だが。

クリスは申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「悪いが一緒に行ってやれねぇ。こんな大騒ぎを起こした元凶を、とっちめなきゃなんないんでね」

「・・・・・申し訳ございません、期待させておきながら」

 

翼も一緒になって頭を下げると、男女はあたふたしながら『しょうがない』と許してくれる。

 

「ちょっと、希望が見えてきました。もうちょっと頑張ってみます」

「ありがとうございます!」

 

逆に感謝した二人は一礼すると、足早にクリスが示した場所を目指し始めた。

 

「らしくねーな、いつもなら声かける奴がさ」

「・・・・すまない」

 

クリスに肩を叩かれる。

対する翼は、蚊の鳴くような声で返事をした。

普段滅多に見せないしおらしい姿に、クリスは内心で『重傷だ』と呟く。

うなじに手をあて、少し考えて。

 

「・・・・別に、あんたの所為ってわけでもないだろーに。仮にそうだとしても、真面目に防人やってんだ。償いも十分してると思うけど?」

 

翼は顔を上げる。

目には未だ罪悪感やら自嘲やらがたっぷり宿っていたが。

口元に浮かべた笑みから、ちょっとは持ち直したとクリスは判断した。

 

「しっかりしろよ、センパイさん?」

「・・・・ああ、すまない」

 

クリスへ、不甲斐なさいっぱいに感謝を伝える。

と、女性の方がこちらを振り返る。

 

「翼さーん!頑張ってくださいねー!」

 

そうどこか無邪気に手を振って、声援を送ってくれた。

 

「――――ッ」

 

その姿を見て、翼はどこかはっとなったようだった。

心に巣食っていた、鬱屈とした思いが。

全快とは言い難くも、晴れたことに気がついた。

知らないということもあるだろう。

だがこの地獄の元凶に、彼らは笑ってくれた。

感謝してくれた。

 

 

 

――――あたしらでさ、歌手やらねーか?

 

 

 

奏から歌手活動に誘われた日の事を思い出す。

理由として彼女は、『《歌に元気を貰った》と言ってもらえて、嬉しかった』と話していた。

聞けば、話を持ち出される前にあった出撃で、自衛隊員にそう言われたらしい。

 

(・・・・奏も、こんな気持ちだったのかな)

 

宿った清々しさを守るように、胸元を握り締めた。

その時、

 

「――――あら、奇遇ねぇ?」

 

挑発的な、嘲る声。

クリスと共に振り向けば、忘れもしないにやけ顔。

 

「自分から殺されに来るなんて、殊勝だこと」

 

嘲笑う声に対し、翼は剣を突きつけることで応えた。




この頃圧倒的なひびみく不足・・・・!

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