誠にありがとうございます。
街の惨事は、空の上からなおよく見えた。
あちこちにあがる火の手。
目を凝らせば、ノイズから逃げ惑う人々が見えた。
「くそっ・・・・!降下ポイントはまだか・・・・!?」
「おちつけ雪音・・・・急いては事を仕損じる、だ」
「んなこた分かってんだよ!」
翼が苛立ちを隠しきれないクリスを宥めるも、今の彼女には逆効果だった。
もっとも、翼の方も悔しさを堪え切れないらしいが。
と、ここで。
注意深く地上を見下ろしていた響は、弾かれたように顔を上げた。
「ッここで降りましょう!!」
「何?」
「貴女までどうしたの・・・・?」
クリスに続き、響までも焦燥を抑えきれないかと、年長者組みが案じる。
装者が乗っているヘリコプターの現在地は、街を囲むノイズの中間地点上空。
弦十郎が『バリケードを突破するのは困難』と判断した為、降下ポイントは群れを超えた先に指定されたのだが。
「いいから早く!このままだと・・・・!」
言い切る前に衝撃。
大きく揺れる機内で、何事かと翼が視線を巡らせれば。
今まさに運転席で飛び散る、炭の粉。
「――――こうなるからですよッッ!!」
もとよりノイズとは、人間を殺戮する存在。
更に制御されているともなれば、パイロットを狙い撃たれるのは必然だということだろう。
響とマリア、更に翼が咄嗟にギアを纏い、それぞれの得物をぶち当てる。
斬り裂かれ、貫かれ、全力で殴打され、内側から破裂するように壊れるヘリ。
黒煙を振り払って飛び出した装者達は、残りの者もギアを纏った。
(どうあがいても分散するか・・・・!)
パラシュート無しでのスカイダイビング。
休み無い強風で眼球を乾かされ、涙をボロボロ流す響は、周囲を見渡してそう判断。
ならばと一度加速して、近くにいた調を抱きとめる。
他の仲間たちも同じように判断したようで、マリアが切歌を、翼がクリスを確保しているのが見えた。
高速で迫る地面。
響は調を片手に抱えなおし、『手』を出現させて。
思いっきり、地面にぶち当てる。
大きく陥没する地面。
瓦礫と共に大量のノイズが吹き飛び、周囲にボトボト落ちて行く。
無事だった個体達が突撃しようとすれば、土煙から飛び出してきた無数の丸鋸に切り刻まれた。
「・・・・お礼は言う、上手く着地する手段が無いから」
「どーいたしまして」
薄くなった煙を払えば、二人を取り囲む予想以上のノイズ。
「マリアや切ちゃん達と離れちゃった」
「マリアさんなら、この数を馬鹿正直に相手しないっしょ」
LiNKERの効果時間も無限ではない。
突破のために相手はしても、大真面目に殲滅するとは思えなかった。
二課からの通信に寄れば、思ったとおり真っ直ぐ市内を目指しているとの事だ。
翼・クリスペアも同じ場所に向かっているらしい。
「わたし達も市内を目指そう、人命を優先させなきゃ」
「・・・・了解」
・・・・つい数日前に行った、夕食会が功を奏したらしい。
提案に変に噛み付くことなく、調は首を縦に振ってくれた。
響は手甲を変形させる。
市街地の方向は、落下中に確認済みだ。
「――――ほら、どけよ」
獰猛に笑って、突撃する。
◆ ◆ ◆
ノイズの群れを最初に突破したのは、翼・クリスペアだった。
ミサイルに飛び乗った二人は、ノイズを轢殺しながら進撃。
数の暴力から、現世に顕現した地獄へと、一番乗りを果たした。
刃を振るい、鉛玉をばら撒き。
煤と熱が蔓延する中を、ノイズを駆逐しながら駆け出す。
「くっそ!予想通りの地獄かよ!!」
「口より手を動かせッ!一匹でも多く閻魔殿へ突き出すんだッ!!」
「わぁーってらぁッ!!」
一気に飛び出した翼が、一閃を叩きつける。
一体を斬れば次を、次を斬ればそのまた次を。
すれ違うと同時に動きを止めるノイズ達。
そんな神速とも言うべき動きに合わせ、クリスはボウガンの矢を次々突き刺す。
瓦礫を撒き散らしクリスの隣に戻ってきた翼は、刀身についた炭を振り払った。
刹那、体を二つにずらすノイズ。
刺さった矢が爆ぜることで追い撃ちをくらい、次々爆散していく。
瓦礫を掻き分け、ノイズを殲滅し。
時には生存者を探しながら、二人は熱気の中を突き進む。
「――――きゃあああああああ!!」
そんな折聞こえた悲鳴。
一度足を止めた翼は、周囲を見渡す。
そして一点を見つけて、突撃。
間一髪の所で、腰を抜かした男女とノイズの間に割って入り、両断した。
「大丈夫か!?」
後からついてきたクリスが安否を確かめるも、呆然とした男女は翼に釘付けになっていた。
「・・・・お怪我は?」
「あ、その、大丈夫です」
「ありがとうございます・・・・風鳴翼、さん」
座り込んだままの女性に手を貸し、起こしてやる。
男性は自力で立っていた。
「あの、私達はどうなるんでしょうか?今、何が起こっているんでしょうか?」
テレビでよく見る、ある種の『偶像』が目の前にいるからだろう。
拠り所を求め、女性は矢継ぎ早に質問する。
「私達は、助かるんでしょうか・・・・!?」
「・・・・ッ」
どこか縋るような視線に、一種の『重たさ』を感じてしまって。
翼は思わず目を伏せて逸らす。
・・・・この地獄を作り出しているのは、十中八九パニッシャーズだろう。
彼らは二年前の迫害を切欠に行方を暗ました。
ではその大元である迫害の原因を生み出したのは、誰か。
間違いなく己自身であることを、翼は自覚していた。
「それ、は・・・・・」
だからこそ、普段は即答できる『大丈夫』を簡単に言えなくなってしまっていた。
どう答えるべきか、悩んでしまったが故に言いよどみ、その様が彼らの不安を助長させる。
自分の至らなさに嫌気が刺しながら、それでも何とか言わねばと顔を上げて。
「――――今、いい情報が入った」
本部と通信を取っていたらしいクリスが、口を開いた。
「さっきまでこの街全体を、ノイズの団体がぐるっと囲んでいたわけだが、その包囲網に綻びが出来たらしい」
「ほ、本当ですか!?」
「仲間が派手に暴れてくれたお陰でな」
詰め寄った男性に、クリスはどこか得意げに笑いかける。
「場所はここから南西にまっすぐ行ったところだ。うちのスタッフがいるはずだから、保護してもらえ」
「ッ分かりました・・・・それで、その、お二人は?」
不安が残った中、どこか期待するように問いかけてくる男性。
ノイズを倒せる二人、あるいはどちらかについてきて欲しいようだ。
もちろんクリスも、当然翼だって、つきっきりで守ってやりたいのは山々だが。
クリスは申し訳なさそうに首を横に振った。
「悪いが一緒に行ってやれねぇ。こんな大騒ぎを起こした元凶を、とっちめなきゃなんないんでね」
「・・・・・申し訳ございません、期待させておきながら」
翼も一緒になって頭を下げると、男女はあたふたしながら『しょうがない』と許してくれる。
「ちょっと、希望が見えてきました。もうちょっと頑張ってみます」
「ありがとうございます!」
逆に感謝した二人は一礼すると、足早にクリスが示した場所を目指し始めた。
「らしくねーな、いつもなら声かける奴がさ」
「・・・・すまない」
クリスに肩を叩かれる。
対する翼は、蚊の鳴くような声で返事をした。
普段滅多に見せないしおらしい姿に、クリスは内心で『重傷だ』と呟く。
うなじに手をあて、少し考えて。
「・・・・別に、あんたの所為ってわけでもないだろーに。仮にそうだとしても、真面目に防人やってんだ。償いも十分してると思うけど?」
翼は顔を上げる。
目には未だ罪悪感やら自嘲やらがたっぷり宿っていたが。
口元に浮かべた笑みから、ちょっとは持ち直したとクリスは判断した。
「しっかりしろよ、センパイさん?」
「・・・・ああ、すまない」
クリスへ、不甲斐なさいっぱいに感謝を伝える。
と、女性の方がこちらを振り返る。
「翼さーん!頑張ってくださいねー!」
そうどこか無邪気に手を振って、声援を送ってくれた。
「――――ッ」
その姿を見て、翼はどこかはっとなったようだった。
心に巣食っていた、鬱屈とした思いが。
全快とは言い難くも、晴れたことに気がついた。
知らないということもあるだろう。
だがこの地獄の元凶に、彼らは笑ってくれた。
感謝してくれた。
――――あたしらでさ、歌手やらねーか?
奏から歌手活動に誘われた日の事を思い出す。
理由として彼女は、『《歌に元気を貰った》と言ってもらえて、嬉しかった』と話していた。
聞けば、話を持ち出される前にあった出撃で、自衛隊員にそう言われたらしい。
(・・・・奏も、こんな気持ちだったのかな)
宿った清々しさを守るように、胸元を握り締めた。
その時、
「――――あら、奇遇ねぇ?」
挑発的な、嘲る声。
クリスと共に振り向けば、忘れもしないにやけ顔。
「自分から殺されに来るなんて、殊勝だこと」
嘲笑う声に対し、翼は剣を突きつけることで応えた。
この頃圧倒的なひびみく不足・・・・!