チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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先日なんとなーくツイッターを覗いたところ、なんと拙作をイラスト化してくださってる方がいらっしゃいました。
詳細は活動報告にて触れておりますので、こちらでは一つだけ。

も っ と 好 き に 描 け く だ さ い ! !

物書きとして、やはり好反応をいただけるのは大変ありがたいです。

もちろん、毎度閲覧、評価、お気に入り登録してくださる諸々の皆様にも、日頃よりお世話になっております。
今後とも、拙作『チョイワルビッキーと一途な393』を、どうぞよろしくお願いいたします。


燻る憎悪

火の手が上がる中を、駆け抜ける。

腕に抱えるは、決して軽くない傷を負った大切な人。

間に合わなかったことが悔しくて、こんな戦地においやった自分が恨めしくて。

顔が歪むのが分かった。

 

「響・・・・」

 

名前を呼ばれて、我に返る。

見下ろせば、未来が荒い呼吸でこちらを見上げていた。

 

「未来?」

「ごめんなさい・・・・!」

 

何事かと一度立ち止まると、未来は震えながら顔を埋めてきた。

 

「あんなに大丈夫って言っておいて、結局心配かけた・・・・!」

 

心底悔いているらしい未来の顔は、今にも泣き出しそうで。

束の間それを見下ろした響は、なお黙りこくっていたが。

ふと、未来の肩。

未だに血を流す傷口へ、唇を落とした。

 

「ひびっ!?ぃった!」

 

キスだけでなく、滲んだ血も舐め取られて。

未来は体を跳ね上げた。

勢いで、出そうになっていた涙がほろっと頬を伝う。

 

「ひびきぃ・・・・?」

「・・・・もう、いいから」

 

涙目で見上げると、何だか難しい顔をしている響が見えた。

絞り出すような声で告げると、今度は彼女が顔を埋めてくる。

 

「分かったから、今は治すことに専念して」

 

懇願するその想いに準じて、抱きとめている腕が震える。

・・・・未来には、それ以上何も言えなかった。

だって、今響が感じているものは、いつも自分が感じている怖さであって。

 

(――――ああ、そうか)

 

不意に、悟った。

未来自身が強くなるということは、『帰ってこないかもしれない』という恐怖を、響にも植え付けることでもあって。

だから、震えている彼女を、責める気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「そんで?歌姫サンは何を聞きたいってんだ?」

 

響達が去った後。

マリアを睨みつけながら、アヴェンジャーは問いかける。

対するマリアはもう少しだけ沈黙を保って、口を開いた。

 

「――――復讐を果たして、その後はどうしようというの?」

 

在り来たりで、しかし核心に踏み込むような問い。

目に見えてアヴェンジャーの顔が歪む。

すぐに元に戻ったものの、誤魔化すにはとっくに手遅れだった。

 

「アヴェンジャー、いえ、『阿賀野(あがの)孝仁(たかひと)』。悪いけれど、あなたの来歴はある程度調べさせてもらった」

 

手ごたえを感じながら、マリアは言葉を続ける。

 

「お母様の死が、あなたに計り知れない傷を与えたのは確かでしょう。下手な同情は不要であることも、同じく家族を失った身としては十分に共感できる、けれど」

 

マリアの手、ガングニールを握る力が強まる。

 

「こんな方法で、お母様が報われるとでも言うの?」

 

開いた片手を振り払う。

周囲の光景を見るように促す。

上がる黒煙、ちらつく炎、鼻をくすぐる生き物が焼ける臭い。

よっぽどの変わり者で無い限り、喜ぶことなど不可能な光景。

 

「暴力を以て報復することが、お母様の望みだとでも?」

 

アヴェンジャーは黙するだけだが、その顔は目に見えて険しくなっていく。

何も思わないわけではないらしい。

 

「絶対に違うわ、赤の他人だけど言い切れる。あなたは間違っている!」

「・・・・ッハ」

 

だが、そんなマリアへ、アヴェンジャーは嘲笑を向けた。

 

「よく言うぜ、いい子ぶりがヨォ?」

「・・・・どういうこと?」

 

アヴェンジャーは小高い瓦礫の上にしゃがみ込み、意地悪くマリアを見下ろす。

 

「お前さんだっているはずだろ?俺みたいに、復讐したい相手が」

「・・・・一体なんの」

「例えば、そう!立花響とかナァ?」

 

その時、アヴェンジャーは見た。

マリアの顔に、目に見えて動揺が走ったことを。

 

「相手のこと調べたのは、自分たちだけだと思わネェこった」

 

自陣の人間が他にいないこともあったのだろう。

すぐに平静を取り戻したが、十分な手ごたえだった。

 

「去年の暮れだったか、あいつにボロ負けしたんだろ?で、妹分二人がブチ切れて、復讐の鬼になったと来た!」

 

入れ替わるように険しい顔をしたマリアへ、にやにや笑いかけながら。

アヴェンジャーは止めを刺す。

 

「優等生ぶって目立った波は立ててないようだが、腹に何も燻らせてないたぁ言わせネェぞ。てめーも所詮は人間だ」

『マリア、しっかりなさい。今ここで狼狽しては、相手の思う壺です・・・・!』

 

愕然としたマリアは俯いてしまい、それっきり黙りこくった。

心配げに名前を呼んでくれるナスターシャの声を耳に聞きながら、なお沈黙を貫いて。

それでも、熱を燈した感情を、抑えきることは叶わず。

 

「・・・・なに、も」

 

マリアの口が開く。

おっ、っと興味深げに目を開いたアヴェンジャーを、勢い良く睨みつけて。

 

「何も思わないわけ・・・・ないじゃないっ!!!」

 

彼女にしては珍しい、感情をむき出しにした顔。

 

「言うとおり原因は立花響よッ!!あの子に負けたばかりに、切歌と調が憎しみに囚われたッ!悪魔になりかけた、立花響が融合症例でなかったら、今頃殺していたッ、あの子達が人殺しになってしまっていたッ!!」

 

轟々と、その心をぶちまける。

 

「だけどそれはッ!私が弱かったことにも原因があって、あの時勝てなかった私にも非があって!だから何よりも自分が情けなくて、悔しくてぇッ!!」

 

マリアが抱えていたものは、周囲の予想よりもはるかに『重く』、そして『大きい』ものらしい。

半年と少しという期間は、それだけ膨らませるのに十分すぎたのだろう。

 

「でもッ、そうやって折れてしまったら、屈してしまったらッ・・・・今度、こそ・・・・今度こそ、あの子達は、私の家族が、悪魔になってしまうッ、人間に戻れなくなってしまうッ・・・・!!だから、だから、だからァッ・・・・・!!!」

 

だから、ずっと耐えてきた。

罪悪感と後悔で、泣き喚きそうになるのを。

家族の為、ただそれだけの為に。

一年に届きそうな間、憎しみに溺れそうになる家族を目の当たりにしながら。

ずっと、ずっと、ずっと。

 

「だから、あなたを認めるわけには、いかない・・・・!!」

 

呼吸が整う。

腕を握り締めた手をゆっくり解いて、いつの間にか俯いていた顔を上げて。

涙に濡れながら、強い意志を秘めた瞳で。

まっすぐアヴェンジャーを見据える。

 

「感情のままに報復する悪魔を、放置するわけには、いかない!!」

 

毅然と突きつける、ガングニールの切っ先。

笑みを消し、眉をひくつかせるアヴェンジャーの心臓を意識しながら、目を逸らさない。

 

「・・・・憎しみを認めてもなお、戦うってか」

 

目を伏せたアヴェンジャーは、ぬらりと立ち上がる。

担いだ大剣を地面に振り下ろして、敵意と殺意をマリアへぶつける。

 

「あなたと、あなたのお母様は、私達によく似ている。少しでもどこかを違えていたら、私も同じように死んでいた、そして、切歌達があなたと同じように悪魔になっていた・・・・!」

「だから止めるってか?ッハ!」

 

重々しく、力強く振りかざされる刃。

戦意が、最高潮に達する。

 

「余計なお世話だッ!クソアマアアアアアァッ!!!」

 

土煙が吹き上げるほど、強く、強く、踏み込む。

マリアもまた、ガングニールを防御の形に構えて。

 

「シィアアアアアアアアアアアッ!!」

「ぐうぅ・・・・!」

 

接触、衝撃。

マリアの足元が大きく陥没し、より多くの瓦礫が舞い上がる。

歯を食いしばって耐え抜いたマリアは、マントを飛ばして牽制。

アヴェンジャーを弾いて宙に放り出し、無防備な土手っ腹へ一閃。

大剣で受け止めたアヴェンジャーは、着地と同時に再び飛び掛る。

豪快な縦一閃へ、ガングニールの切っ先を突きつけて迎撃。

数瞬火花を散らした後、数度打ち合う。

刃同士が衝突し、迫り合い。

一瞬の隙を見出したマリアが、ガングニールを上に滑らせると。

つられてアヴェンジャーの大剣も持ち上げられ、体勢が大きく崩れる。

間髪いれず手首を捻って突き放すと、がら空きの胴体へ蹴りを突き刺した。

防御もままならず、吹っ飛ぶアヴェンジャー。

瓦礫に埋もれて、土煙の中で沈黙するも。

 

『グオゥワアアアアアアアアアアッッ!!』

 

今度は巨大な『虎』となって牙を剥き、マリアへ飛び掛る。

 

「っ・・・・!」

 

直撃は避けたものの、恐竜のように全身から生えた刃が引っかかり。

その思ったよりも深い傷に、マリアは顔をしかめる。

怯んでいる暇はもらえない。

痛みを耐えながら、前足の一撃を回避。

続く牙も弾き飛ばして、跳躍する。

 

「はぁっ!」

 

背中の上、すれ違い様に一閃。

刻まれた決定打にもがく『虎』を後ろに、マリアは瓦礫を散らして着地した。

 

『ガアアアアアアアアアッ!!』

 

もちろん『虎』も、この程度で怯まない。

足を踏ん張って溜め込むと、再び飛び掛る。

振りかざした前足を力めば、爪が伸びて複数の『剣』へ。

マリアが大振りの薙ぎ払いを避けたところへ、もう片方の爪を伸ばす。

まんまとはめられたマリアは咄嗟に身をよじり、爪と爪の間に体を滑らせて回避。

だが無傷というわけにも行かず、腹と背中を掠めた。

そうやって捉えたところで、叩きつけ。

マリアは一度しゃがんで抜け出し、飛び出す。

それを追いかけるように、また叩きつけを繰り出す。

地面が揺れるたびに瓦礫も飛んでくる。

 

「ッはぁ!!」

 

どうやら意図的に飛ばしているらしく、マリアは迫るそれらを斬り伏せていった。

しかし微かでも気をとられたことにより、『虎』の接近に対応できなかった。

マリアの死角、その巨体を瓦礫に隠しながら突撃する。

 

「っな、っぐ!」

 

両手の爪をガングニールで受け止めるものの、動けなくなったところをこれ幸いといわんばかりに。

『虎』が牙を剥いたのが見えて。

 

「あああああああああッ!」

 

左肩、牙が深く食い込む。

血が噴き出し、マリアは苦悶の声を上げる。

膝を折って地面に着き、屈してしまいそうになる痛み。

血を大量に失い、眩暈がする。

意識を手放しそうになって、

 

(それ、でも・・・・!)

 

それでも、彼女は耐え抜く。

切歌と調(いもうとたち)が、悪魔になってしまわないよう。

見守る義務が、自分にはあるのだから・・・・!

 

「っだあああああああああああ!」

『ゴル・・・・!?』

 

肩を食わせたまま爪を弾く。

自由になったガングニールを、その喉元へ、突きつけて。

刀身が割れる、エネルギーが充填される。

『虎』が意図に気付いたときには、もう遅く。

 

 

――――HORIZON†SPEAR !!!

 

 

瞬間。

極太の極光が、空へ向かって伸びていった。

閃光の発射点にいたマリアは、いよいよ以て意識が暗転しそうになる。

明らかな直撃とは言え、敵がコレで倒れてくれたとは限らない。

 

「――――分かってんだよ」

 

何とか気力で持ちこたえていると、声が聞こえた。

回復した視界で見ると、胸に大穴を明けたアヴェンジャーが。

地面にへたり込むようにして、項垂れている。

 

「こんなんじゃ弔いにならないことくらい、分かってんだよ」

 

荒々しい先ほどまでとは打って変わって、どこか弱い声。

 

「だけど、じゃあ、どうすりゃよかったんだよ・・・・!」

 

泣きそうな声で、縋るように。

それでいて、節々に恨みを滲ませて。

 

「どうすりゃよかったんだよ・・・・なぁ・・・・!?」

 

ぐずり、と。

大穴から侵食するように、黒が広がっていく。

その体が、塵へ変わっていく。

 

「母さん・・・・どうしたら・・・・つぐない、が―――――」

 

そこから先は、言えなかった。

炭と崩れたことで、叶わなかった。

吹いていた風に尽くさらわれ、跡形もなく消え去る。

 

「っはあ!は・・・・は・・・・・は・・・・!」

 

緊張の糸が途切れ、マリアもまた膝を突いた。

肩を押さえ、地面に崩れ落ちる。

 

「・・・・は・・・・はぁ・・・・は・・・・は・・・・・っく・・・・!」

 

敵は消えた。

だけど。

胸に燻ってしまった思いは、消えてくれなかった。




前書きでふれたとおり、思わぬところから燃料をいただいたので。
後半は割とサクサク仕上がりました。

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