チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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限界

「んぉがッ!?」

「響!?」

 

瓦礫が額にクリーンヒットし、大きく仰け反る響。

皮膚を破ったのか、顔の片面が一気に赤く濡れる。

衝撃で頭がくらくら揺れ、きちんと立てているかおぼつかなくなる。

そんな隙だらけの『獲物』を、『奴』は見逃さなかった。

 

「――――ッ!?」

 

揺れる土煙。

飛び出してきたのは太く頑強な腕。

避けること叶わない響は、その一撃をまともに受けた。

 

「響!!」

 

吹っ飛んでいく大切な人を、悲鳴のような声で呼びながら手を伸ばす未来。

当然間に合うはずもなく、結局見送る形になる。

伸ばした手も、無駄になった。

 

「こいつ、またデスか・・・・!」

「性懲りも無く・・・・!」

 

切歌と調が気配を尖らせる。

邂逅したライブ会場で、響に向けたものと同等かそれ以上の敵意。

二人に釣られて、翼とクリスも元の方を向く。

そしてほどなく、『そいつ』は現れた。

 

「グオオオオオォォォォォォッ!!!!」

 

引き裂かれるように震える大気。

陽光を受けて滑らかに光る表皮。

体のあちこちは、脈打つように点滅している。

 

『ネフィリム起動!同時に暴走を開始!』

『束ねた絶唱の威力が、こっちの予想を軽く超えてしまうなんて・・・・!』

 

オペレーターや学者達の緊迫した声の中から、一際強く語りかけるのはウェル。

 

『聞こえますか!?ご覧のとおり緊急事態です!心臓さえ残っていればどうとでも出来るので、遠慮なく排除してくださいッ!!』

「言われなくともッ!!」

 

その言葉に、いの一番に反応したのはクリス。

ガトリングを重々しく構え、引き金を全開に引く。

ネフィリムへ喰らいつく無数の鉛玉、だがその分厚い皮膚の前では牽制になれているかどうかも怪しい。

しかしそうやって標的が注意を逸らしているところへ、翼が一飛びで背後に。

刃と瞳をぎらつかせ、その太い首を刈り取らんと太刀を振るう。

だがまたしても皮膚に阻まれ、刃を埋めるのみに留まった。

 

「・・・・ッ」

 

翼は舌を打ちながら刀を手繰り寄せ、振り向き様に襲い掛かってくる腕を回避。

闘志を滾らせたまま着地した敵を、ネフィリムは唸りながら睨む。

と、そうやってまた注意を逸らしているところへ、また別の銃撃。

上手く首の傷に当てられ、痛みに咆えながらギロリと目を向ければ。

少し怖気ながらも鉄扇から銃撃する未来が。

次から次へ来る邪魔者達に苛立ったネフィリムが咆哮を上げれば、

 

「いや、うるさいって」

 

先ほど吹き飛ばした響が、瞬く間に懐へ接近。

がら空きの胴体へ、重厚な一撃を打ち込んだ。

 

「こればっかりは褒めてやるデスッ!!」

「やああああああッ!!」

 

怯んだネフィリムが大きな隙を見せれば、すかさず切歌と調が連携で攻める。

比較的細く、斬り易い四肢を重点的に攻め、ネフィリムの動きを鈍らせていく。

 

「これでッ、刈り取るッ!」

「マストッ!ッダアアァーイッ!!」

 

上と下から、刈り取る刃が唸りを上げて。

その首へ、直撃を叩き込んだ。

潰れるような悲鳴を上げ、首から血液らしき液体を噴き出しながら倒れるネフィリム。

体液を払いながら着地した切歌、調も交えて、装者達は身を固める。

緊迫した空気、一分とも十分とも取れる、濃密な時間の流れ。

そんな中で、低く細く鳴き声を上げていたネフィリムは。

やがて、サイレンが治まる様に静かになり、沈黙したのだった。

 

――――鎮まったか?

 

ふと、誰かが一抹の期待を抱いて。

 

『――――ダメ、まだ終わってないッ!!』

 

友里の、悲鳴のような声がして。

瞬間、轟音。

 

「ぐぁっ!?」

「わあああっ!!」

 

熱気と共に、少女達は木の葉のように吹っ飛ぶ。

再び土煙に包まれる現場。

文字通り首の皮一枚繋がったネフィリムは、忌々しそうに痛みに悶えていた。

 

――――この疼きを治めるには、どうすべきか

 

考えるまでもない。

一番の特効薬は、幸い()()()()()

最初はどいつからだと、獲物を探すネフィリムのすぐ足元。

かすかな物音が聞こえた。

 

「――――ひ」

 

ゆらりと見下ろせば、未来が絞るような短い悲鳴を上げる。

機材の一部が左腕に突き刺さり、隆起した岩盤に縫いとめていた。

 

「あ、あぁ・・・・いっづ・・・・!」

 

逃げようともがくも、いたずらに血を流して痛みに怯むだけ。

だが、動かなければ死ぬ。

掴んで引き抜こうとするが、残酷にもネフィリムはこれ見よがしに大口を開ける。

 

「・・・・ぃ、ぃゃ」

 

口内に備えたご自慢の牙が、その柔肌を引き裂こうとして。

 

 

 

 

 

 

阻むように、割り込む人影。

 

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

肉が裂ける音、骨が圧し折れる音。

噴き出した血が鉄の臭いを撒き散らしながら、地面を赤黒く濡らす。

目の前の光景を呆然と見つめる未来は、ただ。

 

「響いぃッ!!!!!」

 

喉が破れるほどの大声で、大切な人を呼ぶしか出来なくて。

響の右肩に喰らいついたネフィリムは、なお口を閉じ続ける。

 

「ぁ、ぐ・・・・!」

 

肉が切られ、骨が断たれ、さらに血が流れて。

ネフィリムは欲張りにも、肩ごと右腕を持っていった。

瞳から光を失った響は、頭から倒れこむ。

そんな彼女の体は、溢れた自らの血に沈んでいく。

 

「響!!響!!響!!そんな!!やだ!!響!!ねぇ!!」

 

左腕の痛みなんてすっかり彼方へ吹き飛んだ未来。

半ば狂乱したように響の名前を呼びながら、届かない手をめいいっぱい伸ばす。

その目の前で、右腕を飲み込んだネフィリムがまた喰らいつく。

牙を突きたて、今度は背中側から胴体を齧った。

 

「いやあぁ!!もう止めて!!響!!響!!響!!」

 

未来がどれだけ叫ぼうとも、捕食は無情に続く。

肉を齧り裂き、髄を呑み啜り、人体と齧った聖遺物を己の中に吸収していくネフィリム。

響が物理的に小さくなる度、代わりに巨大化する。

 

「やめて!!死んじゃう!!響が死んじゃう!!」

 

いやだ、いやだ、いやだ。

未来の頭の中は、その言葉で溢れ返っていた。

もはや出来ることは、泣き叫びながら無意味な制止を吐くことだけ。

 

「響!!響いいぃ――――ッ!!!」

 

伸ばした手のひらにすっぽり治まる響。

ネフィリムはなお『食事』を続けようとして、

 

「ぅ雄おおおおおおおおおおおおお―――――ッッッッ!!!!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!?」

 

飛び込んできた弦十郎に、力の限り殴り飛ばされた。

響の血と自らの涎を撒き散らし、悲鳴を上げながらきりもみして吹っ飛んでいく。

 

「ッ立花ァ!!小日向ァッ!!」

「しっかりしろッ!!おいッ!!」

 

気絶から復帰した翼とクリスが駆けつけ、未来を磔から解放する。

 

「響ッ!!」

 

怪我なんてお構いなしに未来が縋り寄れば、体の半分近くを失った、無残な姿の響が。

あんまりな光景に、呆然とした未来は顔を歪めて新たな涙を溢れさせた。

 

「ガルルルアァァッッ!!」

 

一方のネフィリムが、たかが人間が与えた予想以上のダメージに怒りを覚えながら身を起こせば。

次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

翼が後ろを見れば、了子が一切の表情をそぎ落として手を翳している。

ネフィリムを、まるで尽くの価値が無いようなものを見る目で凝視し続けて。

徐に空いた片手に橙の陣を展開して、ネフィリムを押さえつけている障壁に付与させて。

 

「―――――ひれ伏せ、畜生」

 

一拍の間を置いた、刹那。

スイカか何かが潰れるように、ネフィリムの頭部がひしゃげて爆ぜた。

胴体を一瞬跳ね上げたっきり、沈黙するネフィリム。

さすがに頭を失えば、大人しくなるようだった。

 

「医療班収容急げッッ!!響くんを運ぶんだッッ!!」

 

危機は去ったが、問題がなくなったわけではない。

闘志を滾らせ昂った状態のまま、弦十郎は次々スタッフへ指示を飛ばす。

――――今回の起動実験。

要となるネフィリムの心臓は手に入れることはできたものの、決して僥倖とはいえない結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――意識がはっきりしてくる。

頭がぼんやりして、整理がつかなかったけれど。

そういえば、起動実験中にネフィリムが暴走したことを思い出して。

 

「――――、ッ!?」

 

がばっと身を起こして、違和感。

世界が、暗い。

 

「・・・・ひびき」

 

横から、未来の声。

振り向くけど、何も見えない。

 

「ひびき、ひびき、ひびき・・・・ああ、よかった・・・・ひびき、ひびきぃ・・・・!」

 

泣きながら無事を喜んでくれる未来に、何とか返事をしようと口を開く。

 

「――――」

 

喉は震えず、言葉が出なかった。




Q.ガングニールさん暴走しなかったね?

A.ガングニール「だってこの娘、死にかけるとか日常茶飯事ですしおすし」

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