チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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慟哭

現れた同級生は、未来の記憶と比べて変わり果てた姿だった。

白く脱色した髪、血の色に染まった瞳。

上半身にはタートルネックの黒いへそ出しルックを、下半身には無骨なズボンと腰布を揺らしている。

 

「響、ごめん。下がってて・・・・!」

 

即座にギアを纏い臨戦態勢となった未来は、響に一言告げてから前に出る。

硬直していた周囲の人々は、噂されている装者の格好が、未来のそれと該当しているのに気がついて。

連鎖的に突然現れた不審者の正体にも見当がつき、段々と恐怖におののく。

 

「に、逃げろッ!!街を二つも壊滅させやがった連中だ!!」

「まだ捕まってなかったの!?」

「こわいよぉ!おかーさん!」

 

パニックはじわじわ広範囲に広がり、人々は我先にと逃げ出した。

とにかく走るもの、我が子を抱えて駆けるもの。

様々な逃げ方で、人がどんどんまばらになっていく。

一般人がどうにか逃げていることにほっとしながら、未来ははっとなる。

 

(響は?響も逃がさなきゃ・・・・!)

 

首だけで振り向けば、先ほどから変わらない位置に座り込んでいる響の姿。

目が見えない上、声も失っている彼女は。

自分で逃げることはおろか、助けを呼ぶことすら出来ない。

発症から日が浅いことが災いし、未来はすっかり失念してしまっていた。

だが、増援が来るまでの間、目の前に現れた敵も放っておけない。

苦い顔で、向き直ったその時。

 

「君ッ、大丈夫かい!?」

 

後ろで、声。

思わず振り向けば、先ほど通りかかった露店商の青年が。

響の手を取り、立ち上がらせていた。

 

「ッすみません!その子をお願いします!目が見えないんですッ!!」

「お嬢ちゃん、さっきの!?ぁ、ああ、分かった!」

 

青年は未来の姿に驚いているようだったが、対峙している敵に気付いてからの行動は早かった。

しっかり頷くと、響の背中へ誘導するように手を回し、一緒になって逃げていく。

響は途中何度も振り返っていたようだが、急かされたこともあり、最終的に大きく離れていった。

 

「・・・・・さて、その仮初の善意が、どこまで保つのやら」

 

その様子を、敵はどこか軽蔑するように吐き捨てて。

未来は思わず視線を鋭くした。

 

「・・・・・ひとまず、名乗るか。知ってのとおり、本名は『武永鐘太(たけながしょうた)』だが、現在は『ジャッジマン』を名乗っている」

「どうして、こんな・・・・あなただけじゃない、リブラやアヴェンジャーも・・・・どうして人を傷つけるの!?」

 

せっかくのデートへ水を注されたこともあるのだろう。

しかし、これまでに傷つき、失い、涙する人々を目の当たりにしたこともあり。

それを上回る義憤を滾らせてもいた。

肩を怒らせて、未来は問いかける。

 

「語ったところで、理解されるのか?」

 

だが、ジャッジマンは回答拒否を答えて、徐に拳を握った。

間髪入れずに迸る殺意。

大気を揺さぶり、未来へ叩きつけられる。

肌がひりつくような気配に、未来は顔を歪めたものの。

それでも目だけは逸らさずに、鉄扇を握り締める。

じゃっ、と、砂がすれる音。

姿が消えたと思ったら、迫る拳が見えて。

 

「――――ッ!?」

 

間一髪。

未来は柄を割り込ませることで、顔への直撃を往なす。

が、直後、腹に衝撃。

痛みに怯みそうになるが、何とか追撃を避けるべく後退する。

距離を取れば案の定、ブーツの底がギリギリのところで止まった。

 

「・・・・ッ」

 

舐めてくれるなと、顔を引き締めた未来は打って出る。

喉を狙っていた足を鉄扇で打ち、また距離を取る。

接近しようとしたジャッジマンの足元へ、弾丸を撃ち込んで牽制。

 

――――閃光ッ!

 

鉄扇を展開して、無数の光を放つ。

避けられるのは想定内、接近されるのも想定内。

鉄扇を引き寄せて、拳を受け止める。

 

「・・・・はっ」

 

いつか翼に習った体捌きで、身を翻して流す。

無防備になった背中へ発砲。

ジャッジマンもまた身を翻して回避し、お返しといわんばかりに蹴り上げを放った。

未来は鉄扇を跳ね上げられた挙句、つま先が頬を掠める。

頬に砂汚れと擦り傷をつけてしまったが、怯まずまた発砲。

放った弾丸は、ジャッジマンの腕を掠めた。

・・・・アヴェンジャー戦にて、醜態をさらしたあの頃よりは動けている。

もとより、響が倒れて以来一層訓練に打ち込んだのだ。

成果が出てくれなければ困る。

しかしその一方で、懸念していることもあった。

 

――――忘れないで欲しいのは、神獣鏡は最弱のギアであるということ

 

――――聖遺物相手なら、絶大な切り札ともなりうるけど

 

――――それでも、ガングニールや天ノ羽々斬に比べると、スペックはどうしても劣ってしまうわ

 

――――だから、決して無茶をしないで

 

脳裏。

ギアに適合したあの日、了子から告げられた忠告が蘇る。

 

「・・・・ふぅっ」

 

一呼吸。

濁りかけていた頭がクリアになる。

――――確かに、この身に纏うシンフォギアは。

二課が保有する中では最弱だろう。

それでも、退く気は毛頭無かった。

だってここで退いたら、今度は響に襲い掛かるだろう。

根拠は無いが、何故だかそう確信出来た。

それに、響はいつも傷つきながら守ってくれた。

命がけで、戦ってくれていた。

 

(だから、わたしだって・・・・!!)

 

最弱だからなんだ、スペックが劣るからなんだ。

それよりもずっとずっと酷い環境で、響は戦ってきたんだ・・・・!!!

 

「・・・・正直、予想外だな」

 

一方のジャッジマンは、何やら考え事。

険しい顔をする未来と対照的に、余裕すら見せている。

 

「では、こうしよう」

 

結論が出たらしい次の瞬間。

大気を引き裂く轟音と、まばゆい光が炸裂して。

 

「――――ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もーちょいだ、がんばれ!」

 

露店のおにーさんに手を引かれながら、わたしはまだ逃げ続けていた。

目が見えないばっかりに、数え切れないくらい転んで。

何度も何度も、おにーさんを足止めしてしまった。

 

「――――」

 

もう構わない、置いてってほしい。

そう伝えたいのに、声が出なくてもどかしい。

その一方で、わたしを決して見捨てないおにーさんの優しさが嬉しくて。

・・・・わたしは、まだ。

赤の他人に、優しくしてもらえる価値が、あるんだなって。

何となく、嬉しくて。

 

「――――ッ」

 

その過ぎった考えを、振り払う。

違う、油断しちゃいけない。

確かに親切はありがたいけど。

何かあれば、この人だって・・・・!

胸で燻る二つの感情が重たくて、気が滅入ってしまったところへ。

何か、聞こえた。

――――音。

何かがぶつかって、木が圧し折れる音。

いや、それだけじゃない。

誰かの短い悲鳴、何かがバリバリ避ける音。

 

「な、何だ!?」

 

防風林の中だからか、おにーさんの視界も悪いらしい。

一緒になってきょろきょろする中、音は段々近づいて。

 

 

 

 

 

 

 

意識が、飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

ブラックアウトから起き上がる。

何が起こっていると、意識を外に向ければ。

 

「きゃあああああああああああ!!」

「何でこっちに来るんだよ!?」

「何をしているの!?早く倒してよぉ!!」

 

周囲が、阿鼻叫喚だった。

悲鳴、怒鳴り声、泣き喚く声。

色んな音が一気に押し寄せてきて、耳が痛くて、頭がパンクしそうだ。

くらくらする頭を思わず抑える。

この騒音から逃げ出したくて、意味がないと分かっていても目を閉じる。

 

「・・・・・ぁ、ぐ」

 

その中でも、未来の声ははっきり聞こえた。

顔を跳ね上げる、耳を済ませる。

間違いない、未来の声だ。

どうして、何で。

こんな、人の多いところで・・・・!?

 

「――――さて、では見せてもらおう」

 

武永の声が聞こえる。

続けて、何か固いものが切れる音。

それから、多分切ったそれを掴み取る音が聞こえる。

何だ、何をして・・・・。

 

「ッ響!!!!!」

 

未来の声がした、次の瞬間に突き飛ばされて。

間を置かずに、何かが生ものに突き刺さる、鈍い音。

――――音が、無くなった。

比喩じゃなくて、本当に静まり返った。

さっきまでとのギャップに、戸惑うことしか出来ない。

どうしたの?何があったの?

未来は?

未来はどうなったの?

どこにいるの?

 

「――――げ、ほ」

 

目の前、咳き込む声。

未来だ。

だけど、様子がおかしい。

まるで何かを吐き出しているような、液体が零れる音がして。

 

「――――」

 

――――不意に。

鼻を、鉄の臭いがくすぐった。

 

「~~~~~~~~きゃあああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」

「人が、ひとが、ひとがああああああああ!?」

 

さっき以上の勢いで、また阿鼻叫喚が始まる。

人?人がどうしたの?

 

「――――ひびき」

 

未来が名前を呼んでくれる。

ああ、未来。

大丈夫なの?

手を、伸ばして。

――――ぬるりとした感触で、全てを察してしまった。

 

「・・・・・ッ!?」

 

背筋が凍る。

胸がざわつく。

まさか、そんな。

だって、嘘だ。

 

「――――ああ」

 

そんなわたしに、とどめを刺すように。

 

「よかったぁ・・・・」

 

重たいものが、倒れる音がした。

・・・・恐る恐る、触る。

未来の体に、ありえない無機物の感触を感じる。

ぬめりの主な出所もそこで。

・・・・未来。

未来、未来、未来。

ああ、大変だ。

未来が大怪我してる・・・・!!

助けなきゃ、早くどうにかしなきゃ死んじゃう。

わたしじゃ、無理だ。

目が見えないんじゃ、どうしようもない。

・・・・・誰か。

そうだ、誰か。

これだけの大騒ぎだ、人がいるのは確実だ。

騒ぎが大きいほうを振り向く、多分人がいるのはこっち。

誰か、誰か。

未来を、助けて・・・・!!

 

「ぎゃああああああ!血ィ!血いいいいい!!」

「こわいよぉ、こわいよぉ、こわいよおおおおお!」

 

耳を済ませる。

大騒ぎしている中から、どうにか助けてくれる人を探し出そうとする。

 

「何こっちむいてんだよ!?お前の所為だろう!?」

「何してんだ!?早く何とかしろよッ!!」

 

なのに。

返ってくるのは、悲鳴と罵倒だけだった。

・・・・いないの?

未来を助けてくれる人、誰もいないの?

 

「――――ッ」

 

なん、で。

なんで。

だって、おかしいじゃないか。

わたしと違って、未来は何もしてないじゃないか。

それどころか、お前達を守ろうとして、だからこんなにボロボロになって・・・・!

なんで、そんな。

冷たい言葉を、吐けるんだ!!?

わたしはまだいい、散々殺してきたわたしならまだいい!!

だけど、だけど未来はッ!

ずっとずっと、味方でいてくれた未来はッ!

こんな罵詈雑言を浴びていい存在じゃないッ!!

未来がどれだけ優しいか!未来がどれほど尽くしてくれたか!

知らないくせにッ、知ろうともしないくせにッ!

未来がどれだけ辛い目にあってきたか、何にも分からないくせにッ!!

 

「――――ぁあ」

 

・・・・そんな。

そんな、ひどいことしか言えないのなら。

こんな、ひどいことしか起きないのなら。

 

「――――あああああ」

 

罵る奴も、見捨てる奴も。

何もかも。

 

「■ ■ ■ あ あ あ ■ ■ ■ ■ あ あ ■ ■ あ あ ア ア ■ ■ ■ ア ア ■ ■ ■ ■ あ" あ" あ" あ" あ" あ" ッ ッ ッ !!!!!」

 

砕けて、壊れて。

―――――消えてしまえばいいんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――二課の面々が、何もしていないわけが無かった。

むしろ反応が出た直後から、行動を開始していた。

だが現場に着いた装者達が見たのは、いつかリブラがやっていたような、ノイズの防衛ライン。

数が少ない分、大型を中心に構成された群れは、装者達を効果的に足止めしてしまった。

埒が明かないと判断した彼女達は、トップクラスである翼とマリアを優先的に突破させることを決定。

即座に実行された作戦により、翼とマリアは風のように響達の下へと駆けつけた。

 

「立花・・・・!!」

 

直前に聞こえたのは、傷つき果てた仲間の悲痛な叫び。

両者ともに苦い顔をしながら、人垣を飛び越えてみれば。

目と、口と、胸から、黒い泥のようなものを零す響が見えて。

直後、爆発。

雷が落ちたように地面が揺れ、響が土煙に包まれる。

マリアが現れた敵を、翼が仲間の安否を確認しようと、それぞれ視線をめぐらせていると。

 

―――――グルルル

 

唸り声。

耳が捉えた、刹那。

両翼が広がる、砂埃が張れる。

歌姫二人と、有象無象を見下ろす。

涙のような赤い液体を零しながら、爛々と輝く双眸。

口元から湯気を発し、人から大きくかけ離れた姿のそいつは。

ただただ殺気を滾らせて、足元の虫けら共を見下ろしていて。

 

「――――こうなることを、予見していたというのなら」

 

呆然から復帰したマリアが、徐に前に出る。

 

「嫌な的中率ね」

 

マントを靡かせ、アームドギアを握り締めた彼女は、毅然と『竜』と向き合った。

 

「いいでしょう、約束は果たすわ」

 

切っ先を突きつける。

宣戦布告と受け取った『竜』は、まずマリアを獲物に定める。

 

「貴女は、私が

 

 

 

――――殺してあげる」

 

 

 

上がる、咆哮。

大気どころか、空間そのものを揺さぶるその声は。

しかしてどこか、泣き叫んでいるようにも聞こえて。




>闇落ちしない
暴走しないとは言ってない。

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