チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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ああ、ぼかぁ、今日が命日なんだなぁ・・・・(ツイッターのイケメン、男前、かわいこちゃんを見ながら)

毎度の閲覧、評価、ご感想も大変ありがとうございます。
誤字報告も感謝感謝です。


おやすみ

「――――正気?」

「本気ですよ」

 

『頼み事』をされたとき、思わずそう口走ったのを思い出す。

なのにあの子ったら、相変わらずのニコニコ顔で即答するんだもの。

 

「大事な人のために強くなれる、マリアさんだからお願いするんです」

 

それから笑顔に真面目さを付け加えて、そんなことをのたまって。

 

「調ちゃんや切歌ちゃんを、危ない目に遭わせたくないでしょ?」

「・・・・その言い方は、ずるいんじゃない?」

 

ねめつけてもなお、あの子は笑顔を崩さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう、ことだよ」

 

ふるふると、クリスが震える。

ノイズは未だ健在、民間人の避難もせねばならない。

分かっている。

分かって、いても。

立ち止まって震えずには、いられなかった。

 

「殺すって、どういうことだよッ!?」

「そのままの意味だ」

 

『竜』へ応戦し始めたマリアに代わり、翼が答えた。

 

「ネフィリム起動実験の直前、立花自身が頼み込んだらしい。『もし我を失い、小日向さえも危険に晒しかけたら、始末してくれ』と」

「何時の間に・・・・?」

「なんでそんな・・・・!」

 

響に思うところのある切歌と調も、動揺を隠すことは出来ず。

雄叫びを上げて立ち向かうマリアを、ただ見つめるしか出来なかった。

 

「小日向を守るという信念、マリアとの因縁。それをあの大馬鹿者なりに考えた結果なのだろう・・・・!」

 

翼も淡々と語っているように見えて、その実語気に力が篭る。

柄を握り締めた手が、やり場の無い感情を如実に表していた。

 

「それに、今は嘆いている場合ではない」

 

翼はまず、切歌が抱えている未来を見た。

わざわざ切り取られた街灯を、深々と腹に突き刺された彼女は、案の定虫の息。

そして、それをやってのけたジャッジマンに目をやる。

 

「――――あれは私が相手しよう。月読と雪音は残りの露払いを、暁は小日向を頼む」

「分かり、ました」

「ッ待ってろ、手っ取り早く終わらせるッ!!」

「任されたデス!」

 

それぞれの反応を受け取った翼は、一つ頷いて数歩前へ。

挑発するように両手を帯電させる、ジャッジマンと向き合った。

不敵に笑う彼を、翼は一切警戒を解かずに睨む。

未来との交戦中に見せた、風と雷を操る能力。

突き立てた街灯を切り取ったのも、この能力だ。

司令室にいる了子の見立てに寄れば、『大気に関係するものを操れるかもしれない』とのこと。

風や雷に限らず、雨や雪も扱ってくるやも知れぬと、静かに憶測を立てる。

 

「歴戦の防人が相手か・・・・是非も無し」

 

そして、彼は期待を裏切らなかった。

雷を治めるや否や、両手を互い違いに打ち合わせる。

ゆっくり広げる手の間で、まっさらな冷気が渦を巻き。

氷の剣を生み出した。

まるで決闘を申し込むように切っ先を向けて、翼を煽りにかかる。

一方の翼は、その程度で激情するような柔な精神ではない。

柔な精神ではないのだが、あわよくばここで決着をつける腹積りではあった。

故に刀を構え、戦意に応じる。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「――――ぅ」

「気がついたデスか?」

 

未来を託された切歌。

傷の具合と戦場の状況から考え、近くの防風林へ運び込んだところだった。

突き刺さった街灯に気をつけながらゆっくり横たえさせると、未来がうっすら目を開ける。

 

「こ、こは・・・・?」

「近くの林デス。動かないでください、傷が大変なことになるデス」

「きず・・・・?・・・・・ぁ、っぐ・・・・!」

 

呆然として、頭が追いついていない様子だったが。

自らの腹に突き刺さった物を見て、思い出したらしい。

痛みに顔を歪め、横になったままうずくまる。

身を案じる切歌の目下で、脂汗を浮かべて荒く呼吸を繰り返した。

少し落ち着いた頃、未来はもう一つ思い出して顔を上げる。

 

「ひびき、は?」

「ッ・・・・」

 

当然の問い。

しかし切歌は一瞬言葉を詰まらせる。

状況から考えても仕方の無いことだったが、未来が見せた不安な顔に罪悪感を抱いた。

 

「・・・・あいつ、は・・・・暴走してるデス。今、マリアが戦ってます」

「・・・・そ、か」

 

心当たりはあったのだろう。

未来は暴走の言葉を聞いて、一度顔を伏せる。

束の間沈黙を保ち、苦悶の呼吸を続けて。

やがて、身を起こした。

 

「・・・・・ッ」

「な、何してるデスか!?」

 

傷口から、僅かながらも新しい血が噴き出す。

切歌はぎょっとしながらも未来を支えて、動かないように押さえようとした。

 

「ひびきのとこ、いかなきゃ・・・・きっと、ないてる、から」

「いいから大人しくしてるデス!!死にますよ!?」

「このままじゃ、ひびきがしんじゃう・・・・!」

 

痛みを堪えるように、自らに言い聞かせるように。

無意味と分かっていても、溢れる血を押さえる未来は、なお立ち上がろうとした。

その様に唖然とした切歌は、しかし何度も首を横に振りながら、

 

「なんで・・・・!」

 

険しい顔をして、声を荒げる。

 

「なんで、あんなやつの為に!!そこまで出来るデスか!?」

 

大声に、単純に驚いたのだろう。

体を跳ね上げた未来は、ぽかんと切歌を見つめて。

ふと、笑みをたたえた。

 

「・・・・・小学生のころにね、いじめられてたことがあるの」

 

そして、視線を下に落としてとつとつ語り出す。

 

「単なる子どもの悪ふざけだったとしても、すごく怖かった。誰も助けてくれなくて、誰も味方になんてなってくれなくて」

 

その口調は、とても穏やかで。

一見、致命傷を負っているとは思えなくて。

 

「だけど、響だけは違った・・・・そもそもクラスが別だったのに、わざわざわたしのところに来てくれて」

 

傷口からは、未だに血が流れている。

砂時計の砂のように、ゆっくりゆっくり、下へ落ちて行く。

 

「ずっと、ずっと傍にいてくれた。一緒にからかわれたって、『へいき、へっちゃら』って、笑ってくれた」

 

震えながら、息を吐く。

呼吸の一つ一つでも、命を削っているような気がした。

 

「――――うれしかった」

 

眼を閉じる。

目蓋の間から、雫が零れる。

 

「わたしなんかにも、一緒にいたいって言ってくれる人がいるって、要らない子なんかじゃないって・・・・・すごく、すごく・・・・うれしかったの」

 

だから、と。

足に力を込める。

切歌の手を借りながら、満身の力で立ち上がる。

 

「だから・・・・今度はわたしの番だって、響が独りぼっちになりそうになったら、絶対に傍にいるんだって・・・・そう、決めたの、決めていたの」

 

そして、困った顔で切歌へ笑いかけた。

 

「あなたにとっては、マリアさんの仇かもしれない。だけどわたしにとっての響は、お日様なの・・・・・隣に寄り添って、元気をくれる・・・・大好きな人なの・・・・っぐ、ぶ」

 

咳き込む。

血反吐が地面に零れる。

 

「未来さん・・・・!」

「げほ、ぇほっ・・・・だから、響の傍にいたい、響のお願いを、叶えてあげたい・・・・」

 

口元の血を拭いながら、なお笑う。

 

「あの子ったら、我が侭らしい我が侭なんて言わないもの・・・・こういうときは、ちょっと助かるかな」

「ッ・・・・!」

 

笑みを目の当たりにした、切歌の胸はざわついた。

あまりにも無垢な献身が、とても眩しいものに思えた。

それが仇敵に向けられていることにも、どうしようもない何かを感じた。

しかしそのざわつきは、心に確かな変化をもたらして。

 

「・・・・大切、デスか」

「うん」

「死ぬかもしれないデスよ」

「大丈夫よ」

 

支えたまま問いかけても、未来の決意は変わらないようだった。

 

「・・・・・無理だけは、ダメデス。司令さん達に、怒られるデス」

「あはは・・・・うん」

 

ため息一つ、切歌の負けだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ぐ・・・・!」

 

迫る牙。

烈槍を盾にして受け止めれば、ずしんと重みがのしかかってくる。

陥没する足元。

マリアは歯を食いしばる。

響との約束を実行に移すと宣言したものの、一抹の希望を抱いて様子見をしていたが。

相変わらず暴走したままの『竜』(ひびき)は、一向に戻る気配が無い。

 

(呑気に戻るのを待っていられないか・・・・!)

 

額と頬を伝う汗が、戦いの激しさと、マリアの余裕の無さを物語っていた。

 

「ゴルルァッ!!!」

「なっ、きゃあッ!?」

 

痺れを切らした『竜』(ひびき)は、諦めてガングニールへ喰らいつく。

そのまま首をもたげて思いっきり振れば、マリアごと投げ飛ばされる。

身を翻して着地したところへ、息を吸い込んで吐き出せば。

熱気と呪いを帯びたブレスが襲い掛かった。

マリアは咄嗟にマントで防ぐものの、じわじわと侵食してくる熱と瘴気に押されそうになる。

半歩、また半歩と後退していくマリア。

効いていると気付くや否や、『竜』(ひびき)はブレスを押し込むように前進し始めた。

思惑通り、勢いを増して肉薄するブレス。

呼吸すれば喉がひりついた。

眼球もあっという間に乾き、マリアは溜まらず目を閉じる。

一瞬真っ暗になった後、炎に照らされて赤くなる視界。

何も見えない中、耳がふと、音を拾った。

何かが射出される音。

クリスかと思ったが、それにしては音の質が火薬のものと違う。

続けて、レーザーが放たれる音。

それだけで誰が何をしているのか理解したマリアは、思わず目を見開いて。

ブレスをやめた『竜』(ひびき)と同じタイミングで、振り向く。

 

「ッ未来!?」

 

そこに立っていたのは、案の定未来だった。

腹に街灯を突き刺したままふらふらになっている未来は、取り落とすように鉄扇を下げた後。

あろう事か、街灯に手を掛けて。

 

「何をしているの!?」

 

泡を食ったように怒鳴るマリアの前で、引き抜いた。

流れ出る血潮。

当然未来は全身の力が抜けて崩れ落ち、視界も真っ暗になる。

 

「――――ひびき」

 

それでも、飛びそうな意識をなんとか繋ぎとめた彼女は。

両手をめいいっぱい広げて、場に似つかわしくない笑みを浮かべて。

 

「おいで」

 

瞬間、雄叫びが上がる。

マリアが止める間もなく飛び出した『竜』(ひびき)は、無防備な未来へ突進。

その大口を、遠慮なくかっ開いて。

 

「――――――――!!」

 

――――プレス機に、押しつぶされているようだった。

喉のひりつきで、悲鳴を上げたと自覚した未来は、そう感じた。

右半分、『竜』(ひびき)の口の中に納まってしまっている。

痛い、痛い、痛い、痛い。

今度こそ飛んでしまいそうな意識を、必死に握り締める。

湧き上がる悲鳴を、血反吐と一緒に飲み込む。

体が寒い、血がさらに抜けた所為だ。

だとしても、それでも、自我を保った未来は。

噛み締めていた奥歯が、ばきりと割れたのを合図に。

『竜』(ひびき)の顔へ、手を添えた。

 

「――――ひびき」

 

額を寄せる。

『竜』(ひびき)はなお顎を閉じて、食いちぎろうとしている。

 

「怖かったね、辛かったね、苦しかったね」

 

脳の警鐘を無視する、体の悲鳴を無視する。

『竜』(ひびき)が不安がらないように、優しく語り掛ける。

 

「だけど、もういいんだよ、頑張らなくていいんだよ」

 

努力の甲斐あってか、出てくる声は一切震えていなかった。

 

「ひびき、もう、休んでいいんだよ」

 

語りかける傍で感じる、頭上の極光。

牽制に撃ったレーザーが、前もって射出したミラーデバイスに反射して。

光が収束しているのが分かる。

 

「わたしも、一緒だから・・・・・傍にいて、いいから」

 

『竜』(ひびき)の噛む力が、弱まったように感じたのは。

言葉が届いたからなのか。

今の未来には、判断が着かなかった。

瞳を閉じる。

体をもっと寄せる。

 

「―――――おやすみ、ひびき」

 

最後の、言葉は。

安らかに、静かに。

直後、視界がまっさらに染まる。

光が、何もかもを飲み込んでいく。

この体を焼いているのは、痛みなのか、それとも熱なのか。

疑問を抱く前に、とうとう限界を向かえて。

意識が、ブツリと、途切れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが、泣いていた。


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