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「――――正気?」
「本気ですよ」
『頼み事』をされたとき、思わずそう口走ったのを思い出す。
なのにあの子ったら、相変わらずのニコニコ顔で即答するんだもの。
「大事な人のために強くなれる、マリアさんだからお願いするんです」
それから笑顔に真面目さを付け加えて、そんなことをのたまって。
「調ちゃんや切歌ちゃんを、危ない目に遭わせたくないでしょ?」
「・・・・その言い方は、ずるいんじゃない?」
ねめつけてもなお、あの子は笑顔を崩さなかった。
「どういう、ことだよ」
ふるふると、クリスが震える。
ノイズは未だ健在、民間人の避難もせねばならない。
分かっている。
分かって、いても。
立ち止まって震えずには、いられなかった。
「殺すって、どういうことだよッ!?」
「そのままの意味だ」
『竜』へ応戦し始めたマリアに代わり、翼が答えた。
「ネフィリム起動実験の直前、立花自身が頼み込んだらしい。『もし我を失い、小日向さえも危険に晒しかけたら、始末してくれ』と」
「何時の間に・・・・?」
「なんでそんな・・・・!」
響に思うところのある切歌と調も、動揺を隠すことは出来ず。
雄叫びを上げて立ち向かうマリアを、ただ見つめるしか出来なかった。
「小日向を守るという信念、マリアとの因縁。それをあの大馬鹿者なりに考えた結果なのだろう・・・・!」
翼も淡々と語っているように見えて、その実語気に力が篭る。
柄を握り締めた手が、やり場の無い感情を如実に表していた。
「それに、今は嘆いている場合ではない」
翼はまず、切歌が抱えている未来を見た。
わざわざ切り取られた街灯を、深々と腹に突き刺された彼女は、案の定虫の息。
そして、それをやってのけたジャッジマンに目をやる。
「――――あれは私が相手しよう。月読と雪音は残りの露払いを、暁は小日向を頼む」
「分かり、ました」
「ッ待ってろ、手っ取り早く終わらせるッ!!」
「任されたデス!」
それぞれの反応を受け取った翼は、一つ頷いて数歩前へ。
挑発するように両手を帯電させる、ジャッジマンと向き合った。
不敵に笑う彼を、翼は一切警戒を解かずに睨む。
未来との交戦中に見せた、風と雷を操る能力。
突き立てた街灯を切り取ったのも、この能力だ。
司令室にいる了子の見立てに寄れば、『大気に関係するものを操れるかもしれない』とのこと。
風や雷に限らず、雨や雪も扱ってくるやも知れぬと、静かに憶測を立てる。
「歴戦の防人が相手か・・・・是非も無し」
そして、彼は期待を裏切らなかった。
雷を治めるや否や、両手を互い違いに打ち合わせる。
ゆっくり広げる手の間で、まっさらな冷気が渦を巻き。
氷の剣を生み出した。
まるで決闘を申し込むように切っ先を向けて、翼を煽りにかかる。
一方の翼は、その程度で激情するような柔な精神ではない。
柔な精神ではないのだが、あわよくばここで決着をつける腹積りではあった。
故に刀を構え、戦意に応じる。
◆ ◆ ◆
「――――ぅ」
「気がついたデスか?」
未来を託された切歌。
傷の具合と戦場の状況から考え、近くの防風林へ運び込んだところだった。
突き刺さった街灯に気をつけながらゆっくり横たえさせると、未来がうっすら目を開ける。
「こ、こは・・・・?」
「近くの林デス。動かないでください、傷が大変なことになるデス」
「きず・・・・?・・・・・ぁ、っぐ・・・・!」
呆然として、頭が追いついていない様子だったが。
自らの腹に突き刺さった物を見て、思い出したらしい。
痛みに顔を歪め、横になったままうずくまる。
身を案じる切歌の目下で、脂汗を浮かべて荒く呼吸を繰り返した。
少し落ち着いた頃、未来はもう一つ思い出して顔を上げる。
「ひびき、は?」
「ッ・・・・」
当然の問い。
しかし切歌は一瞬言葉を詰まらせる。
状況から考えても仕方の無いことだったが、未来が見せた不安な顔に罪悪感を抱いた。
「・・・・あいつ、は・・・・暴走してるデス。今、マリアが戦ってます」
「・・・・そ、か」
心当たりはあったのだろう。
未来は暴走の言葉を聞いて、一度顔を伏せる。
束の間沈黙を保ち、苦悶の呼吸を続けて。
やがて、身を起こした。
「・・・・・ッ」
「な、何してるデスか!?」
傷口から、僅かながらも新しい血が噴き出す。
切歌はぎょっとしながらも未来を支えて、動かないように押さえようとした。
「ひびきのとこ、いかなきゃ・・・・きっと、ないてる、から」
「いいから大人しくしてるデス!!死にますよ!?」
「このままじゃ、ひびきがしんじゃう・・・・!」
痛みを堪えるように、自らに言い聞かせるように。
無意味と分かっていても、溢れる血を押さえる未来は、なお立ち上がろうとした。
その様に唖然とした切歌は、しかし何度も首を横に振りながら、
「なんで・・・・!」
険しい顔をして、声を荒げる。
「なんで、あんなやつの為に!!そこまで出来るデスか!?」
大声に、単純に驚いたのだろう。
体を跳ね上げた未来は、ぽかんと切歌を見つめて。
ふと、笑みをたたえた。
「・・・・・小学生のころにね、いじめられてたことがあるの」
そして、視線を下に落としてとつとつ語り出す。
「単なる子どもの悪ふざけだったとしても、すごく怖かった。誰も助けてくれなくて、誰も味方になんてなってくれなくて」
その口調は、とても穏やかで。
一見、致命傷を負っているとは思えなくて。
「だけど、響だけは違った・・・・そもそもクラスが別だったのに、わざわざわたしのところに来てくれて」
傷口からは、未だに血が流れている。
砂時計の砂のように、ゆっくりゆっくり、下へ落ちて行く。
「ずっと、ずっと傍にいてくれた。一緒にからかわれたって、『へいき、へっちゃら』って、笑ってくれた」
震えながら、息を吐く。
呼吸の一つ一つでも、命を削っているような気がした。
「――――うれしかった」
眼を閉じる。
目蓋の間から、雫が零れる。
「わたしなんかにも、一緒にいたいって言ってくれる人がいるって、要らない子なんかじゃないって・・・・・すごく、すごく・・・・うれしかったの」
だから、と。
足に力を込める。
切歌の手を借りながら、満身の力で立ち上がる。
「だから・・・・今度はわたしの番だって、響が独りぼっちになりそうになったら、絶対に傍にいるんだって・・・・そう、決めたの、決めていたの」
そして、困った顔で切歌へ笑いかけた。
「あなたにとっては、マリアさんの仇かもしれない。だけどわたしにとっての響は、お日様なの・・・・・隣に寄り添って、元気をくれる・・・・大好きな人なの・・・・っぐ、ぶ」
咳き込む。
血反吐が地面に零れる。
「未来さん・・・・!」
「げほ、ぇほっ・・・・だから、響の傍にいたい、響のお願いを、叶えてあげたい・・・・」
口元の血を拭いながら、なお笑う。
「あの子ったら、我が侭らしい我が侭なんて言わないもの・・・・こういうときは、ちょっと助かるかな」
「ッ・・・・!」
笑みを目の当たりにした、切歌の胸はざわついた。
あまりにも無垢な献身が、とても眩しいものに思えた。
それが仇敵に向けられていることにも、どうしようもない何かを感じた。
しかしそのざわつきは、心に確かな変化をもたらして。
「・・・・大切、デスか」
「うん」
「死ぬかもしれないデスよ」
「大丈夫よ」
支えたまま問いかけても、未来の決意は変わらないようだった。
「・・・・・無理だけは、ダメデス。司令さん達に、怒られるデス」
「あはは・・・・うん」
ため息一つ、切歌の負けだった。
◆ ◆ ◆
「ぐ・・・・!」
迫る牙。
烈槍を盾にして受け止めれば、ずしんと重みがのしかかってくる。
陥没する足元。
マリアは歯を食いしばる。
響との約束を実行に移すと宣言したものの、一抹の希望を抱いて様子見をしていたが。
相変わらず暴走したままの
(呑気に戻るのを待っていられないか・・・・!)
額と頬を伝う汗が、戦いの激しさと、マリアの余裕の無さを物語っていた。
「ゴルルァッ!!!」
「なっ、きゃあッ!?」
痺れを切らした
そのまま首をもたげて思いっきり振れば、マリアごと投げ飛ばされる。
身を翻して着地したところへ、息を吸い込んで吐き出せば。
熱気と呪いを帯びたブレスが襲い掛かった。
マリアは咄嗟にマントで防ぐものの、じわじわと侵食してくる熱と瘴気に押されそうになる。
半歩、また半歩と後退していくマリア。
効いていると気付くや否や、
思惑通り、勢いを増して肉薄するブレス。
呼吸すれば喉がひりついた。
眼球もあっという間に乾き、マリアは溜まらず目を閉じる。
一瞬真っ暗になった後、炎に照らされて赤くなる視界。
何も見えない中、耳がふと、音を拾った。
何かが射出される音。
クリスかと思ったが、それにしては音の質が火薬のものと違う。
続けて、レーザーが放たれる音。
それだけで誰が何をしているのか理解したマリアは、思わず目を見開いて。
ブレスをやめた
「ッ未来!?」
そこに立っていたのは、案の定未来だった。
腹に街灯を突き刺したままふらふらになっている未来は、取り落とすように鉄扇を下げた後。
あろう事か、街灯に手を掛けて。
「何をしているの!?」
泡を食ったように怒鳴るマリアの前で、引き抜いた。
流れ出る血潮。
当然未来は全身の力が抜けて崩れ落ち、視界も真っ暗になる。
「――――ひびき」
それでも、飛びそうな意識をなんとか繋ぎとめた彼女は。
両手をめいいっぱい広げて、場に似つかわしくない笑みを浮かべて。
「おいで」
瞬間、雄叫びが上がる。
マリアが止める間もなく飛び出した
その大口を、遠慮なくかっ開いて。
「――――――――!!」
――――プレス機に、押しつぶされているようだった。
喉のひりつきで、悲鳴を上げたと自覚した未来は、そう感じた。
右半分、
痛い、痛い、痛い、痛い。
今度こそ飛んでしまいそうな意識を、必死に握り締める。
湧き上がる悲鳴を、血反吐と一緒に飲み込む。
体が寒い、血がさらに抜けた所為だ。
だとしても、それでも、自我を保った未来は。
噛み締めていた奥歯が、ばきりと割れたのを合図に。
「――――ひびき」
額を寄せる。
「怖かったね、辛かったね、苦しかったね」
脳の警鐘を無視する、体の悲鳴を無視する。
「だけど、もういいんだよ、頑張らなくていいんだよ」
努力の甲斐あってか、出てくる声は一切震えていなかった。
「ひびき、もう、休んでいいんだよ」
語りかける傍で感じる、頭上の極光。
牽制に撃ったレーザーが、前もって射出したミラーデバイスに反射して。
光が収束しているのが分かる。
「わたしも、一緒だから・・・・・傍にいて、いいから」
言葉が届いたからなのか。
今の未来には、判断が着かなかった。
瞳を閉じる。
体をもっと寄せる。
「―――――おやすみ、ひびき」
最後の、言葉は。
安らかに、静かに。
直後、視界がまっさらに染まる。
光が、何もかもを飲み込んでいく。
この体を焼いているのは、痛みなのか、それとも熱なのか。
疑問を抱く前に、とうとう限界を向かえて。
意識が、ブツリと、途切れて。
「みく」
誰かが、泣いていた。