チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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pixivでもこっそり活動を始めました。
こちらの作品も投稿するかは未定ですが、適度に気にかけていただけると幸いです。



願い

関東郊外、海が見える町。

とある小学校のロータリーは、生徒達でざわついていた。

首都圏における大規模テロ事件を受け、鈍行電車で一時間足らずという距離にあるこの地域では。

万一に備え、集団登校、および下校が実施されているのだった。

 

「――――」

 

そんな中、一人の少女は手持ち無沙汰な気持ちを持て余していた。

ある学年の『帰りの会』が遅れているらしく、未だ出発できない状況なのだ。

とはいえ、それは他の地区にも言える事なのだが。

意味無く足で地面をこすったり、肌寒くなったことを思い出して、ほっほっと白くならない息を吐き出してみたり。

ゲームもテレビもない場所で、思いつく限りの行動をとって暇を潰していく。

すると、靴箱付近が騒がしくなった。

件の学年がやっと来たらしい。

同じ地区の友達や先輩に、遅くなったことを謝りながら、次々合流していく子ども達。

それは、少女の地区も同様だった。

 

「それじゃあ、いこうか」

「はーい、いくってさー!」

 

人数を確認した教師の言葉を受け、まとめ役の六年生が声をかける。

一人、また一人と、ぞろぞろ歩き出す子ども達。

少女もまた、例に漏れず歩き出そうとして。

ふと、視界の隅に何かが写って。

 

「――――ぇ」

 

目を見開く、絶句する。

視線の先、だだっ広い校庭の中で、比較的校舎に近い場所に設置された鉄棒のところに。

自分と同じ癖っ毛と琥珀の瞳を持った、覚えしかない人が。

穏やかに、本当に穏やかに笑いながら、手を振っていて。

 

「――――ッ!!!」

「え、ちょ!?」

「どーした!?」

 

なりふり構わず、走り出す。

同級生達に呼ばれたが、聞き入れている暇はない。

速く、速く、速く。

もっと動け、たどり着け。

だって、あそこにいるのは――――!!

 

「おねえちゃ――――!!」

 

眼前。

伸ばした手は、空を切る。

足が止まって、呆気に取られる。

呆然とした後、あちこちを探し始める。

鉄棒をくぐって視点を変える、植え込みの間を漁る、周囲をぐるっと見渡す。

なのに、人っ子一人、見当たらなくて。

 

「どーしたんだよ!?」

「何かあったの!?」

「ぇ、ぁ、ぅ、ううん!なんでもない、ごめん!」

 

混乱に陥りかけた頭を、同級生の声が引き戻してくれた。

かぶりを振って、元の位置にとんぼ返りする。

びっくりしたと口々に言う同級生達へ平謝りしながら、こっそり振り返る。

もう、誰の姿も見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ジャッジマンとの戦闘から、既に四日が経過している。

本来ならフロンティア起動への最終調整を行っているところだったが、要である未来が重傷を負った今ではそうも行かなくなった。

各国には国連を通じて事情を説明し、月の軌道修正が先延ばしになることを何とか了承してもらっている。

 

「――――未来?」

 

さて、ここは二課の息がかかった病院。

見舞いに来た弓美がひょっこり病室を覗いてみると、眠っているはずの未来が見当たらない。

目が覚めたのだろうかと考えたが、それにしても病室にいないというのは気になった。

 

「どうかしたんですか?」

「あ、あのッ!」

 

ちょうどよいタイミングで看護師が来てくれたので、もぬけの殻の病室を見せて事情を説明する。

当然驚いた看護師は、院内用の携帯電話で連絡を取ってくれた。

弓美もまた、一旦荷物を置いて院内をあちこち探し始めた。

休憩スペース、屋上、トイレ。

思いつく限りの場所をあちこち回ってみるが、見つけることが出来ない。

困ったぞ、と頭を抱えた弓美はふと、通常とは違う区画にきていることに気付いた。

――――偶然か、たまたまか。

見上げた扉には、『立花』の字がある。

あつらえたように、扉が半開きになっていて。

 

「・・・・っ」

 

意を決した弓美が、扉を開ければ。

案の定、未来がいた。

未だ衣服の下に包帯を巻いたまま、座り込んでいる。

 

「未来」

「ぇ、ぁ・・・・ゆみ、ちゃん」

 

気付いた未来が振り返って、握り締めているものが見える。

響の手だった。

弓美は部屋を見渡す。

所狭しと並んだ機器や点滴。

全てのコードやチューブは、中央のベッドに横たわった響へ繋がっている。

その響は、目を閉じたまま。

時折うっすら曇る酸素マスクが、まだ生きていることを証明している。

素人の弓美でも、植物状態であることがよく分かる光景だった。

 

「・・・・ひびき、ね」

 

未来が、口を開く。

 

「あったかいの・・・・温度、戻ってるの」

 

驚いた弓美は、一言断ってから響の手首に触れてみる。

確かに、温もりが戻っていた。

鉄のように冷たかった今までが異常だったのだが、それでも弓美は驚愕を禁じえなかった。

 

「了子さんが教えてくれたんだ。あの時の神獣鏡の光が、ガングニールを全部無くしたって・・・・ひびき、人間に戻れたって」

 

そのことを、弓美は素直に『よかった』と口に出来なかった。

固く目を閉じたままの響の前で、とても言えなかった。

 

「はやく、おきないかなぁ・・・・」

 

握った手を、額に寄せる。

シーツの上に、雫が零れる。

 

「おきて、ほしいなぁ・・・・!」

 

それっきり、黙りこくった。

いや、かすかにすすり泣く声がする。

ぽろぽろと、大粒の涙を零しながら。

未来は必死に声を押し殺して、泣いていた。

そんな彼女へ、弓美は何もいえない。

『起きるといいね』も『大丈夫』も、今の未来に掛けるには、あまりにも軽率すぎる気がして。

だけどこのままなんて、どうしても出来なくて。

 

「・・・・ッ」

 

悩んだ末、弓美は行動を起こす。

すすり泣く未来に歩み寄り、その肩を抱きしめた。

それから傷を労わるように、何度も何度も撫でてやる。

擦り切れてボロボロになった心に、寄り添うように。

優しく、丁寧に。

未来の涙が止まるまで、探し回る看護師が迎えにくるまで。

傍にいることしか、弓美に出来ることは無かった。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「マム、ここでいいデスか?」

「ええ、ありがとう」

 

二課、技術班室。

車椅子で自由の利かないナスターシャへ、切歌は高めの棚から取った資料を手渡す。

その後ろでは、調がコーヒーを職員達に配っていた。

 

「ありがと、けど、どういう心境?」

 

素直に受け取りつつ、了子が問いかける。

今まで壁を作っていた二人が、少しずつながらも歩み寄ろうとしているのが気になっていたらしい。

それは他の職員も同じ事だったらしく、きっちり仕事をする傍ら、耳を傾ける。

 

「どう、というか・・・・」

 

問いかけられた調は、お盆を抱いて、少し考え込んで。

 

「・・・・・あの人は、まだ、嫌い・・・・」

 

とつとつ、語りだす。

当初より懸念されていた、響への憎悪はまだ燻っているらしい。

だが、表情を観察していた了子は、その変化に目を細める。

 

「でも、色んなことが、あって・・・・わたしも、きりちゃんも・・・・・何も思わないほど、子どもじゃ、ない、つもり・・・・」

 

力が篭る、指が白くなる。

・・・・芽生えた黒い思いと、接していくうちに深まった理解が。

胸の中で、せめぎあっているようだった。

調くらいの年、さらにまともではない環境で育ってきたとあっては、多少のコントロールは利かなくて当然だ。

それに比べて調や切歌は、弦十郎や二課スタッフの言うこともきちんと聞き、無闇に暴れたりしない。

それは偏に、ナスターシャのような人格者と接していたことが影響しているようだと。

密かに視線をずらした了子は、ナスターシャへの評価を上方へ更新した。

 

「それじゃあ、これからはどうするつもり?」

「これから?」

「そう、これから」

 

首をかしげた調へ、了子はコーヒーを飲みながら続ける。

 

「響ちゃんへの憎しみを燃え上がらせるか、それとも抑え込んで昇華させるか」

「・・・・・ッ」

 

目に見えて、強張った。

それは、切歌も同じ事で。

了子は特に急かすことなく、またコーヒーを一口。

 

「・・・・分からない、けど」

 

ぽつ、と、言葉が漏れる。

 

「勝手に、手は出さない・・・・そっちの司令と、約束、したから」

 

切歌に目を滑らせると、彼女もまた、びくっとした後で何度も頷く。

イガリマとシュルシャガナ、同じく女神ザババが振るった刃。

その装者ともなれば、何かしら通じるものがあるらしい。

 

「・・・・そう」

 

了子はカップを机に置き、作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日も、未来は響の病室にいた。

生きていることを確かめるように、温もりが戻った手を握り締める。

周りに繋がれている機器と比べて意味はないのは分かっていたが、何かしていないと気が狂いそうなのも事実だった。

 

「・・・・ひびき」

 

名前を呼んでも、返事は無い。

どうして、もうガングニールはないのに。

色んな感覚を奪っていた元凶は、きれいさっぱり無くなっているのに。

どうして。

 

「・・・・ッ」

 

――――いつも。

いつもこうだ。

響のためにと起こした行動は、全て裏目に出てしまう。

二年前のライブも、家出についていったときも。

そして、神獣鏡を纏ったときも。

その全てが響を追い詰めた、響を苦しめた。

挙句の果てには、心すら奪ってしまった。

 

「・・・・・ひびき、ひびき・・・・ひびきぃ・・・・!」

 

これはきっと罰なのだろう。

思い上がってばかりの自分に、神様が下した天罰だ。

だからこうやって、目の前に最悪の結果があって。

 

「・・・・ひっぐ、ぐすっ・・・・ひびき、ひびき・・・・!」

 

ああ、神様。

どうか、どうか。

もう何も願わない、何も望まない。

わがままは、一つも言わないから。

だから、ねえ、一つだけ。

 

 

ひびきを、ころさないで。

 

 

堪えきれない涙が、また零れる。

落ちた雫はシーツに染みていく。

響はまだ、眠ったまま。




冒頭についてはもう何も言いません。
皆さんの考察を薄ら笑いで見物することにします(

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