チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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ネモフィラ

剣戟が響いている。

槍と剣が激突している。

強い踏み込み、翻る一閃。

翼が宙を舞い、マリアが地を駆ける。

シミュレーターによって再現された、仮想都市の中を。

二人は縦横無尽に駆け巡っていた。

研鑽された技術、蓄積された経験。

若いながらも確かな実力を持った二人の攻防も、やがて終わりが訪れる。

剣が槍を弾き飛ばす。

がら空きになる胴体。

肉薄する刃を、しかしマリアは傍観しない。

マントを翻す、剣を弾き返す。

手元を離れ吹っ飛んでいく剣。

次を取り出そうとすれば、迫る紫電。

静止する、絵画のように止まる。

翼の喉下に、烈槍の切っ先が突きつけられていた。

 

「・・・・参った」

「参らせました」

 

ブザーと同時にホログラムが消え、一緒に息を吐きながら二人は切り替えた。

ギアを解除して、汗を拭いつつ水分を取る。

・・・・響が倒れてから、もう一週間が経過した。

了子が施した異端技術の補助もあって、未来の怪我もほぼ完治状態になっている。

後は響が目覚めてくれれば、何も文句は無いのだが。

 

「・・・・なんとも、ままならないな」

「・・・・そうね」

 

翼のなんとなしの呟きを、マリアは静かに肯定する。

詳細は違えど、二人の胸に渦巻く思いは同じだった。

 

――――もっと、他にやりようがあったのではないか。

 

翼には、響が融合症例になるそもそもの原因を作った自覚があったし。

マリアにも、響に厄介な因縁を持ち込んだ罪悪感があった。

響本人が納得していたのもある、本人が証言していたのもある。

――――だとしても。

倒れた姿を、涙ながらに嘆く様を目の当たりにしてしまって。

それを頭の隅に押しやるような無神経さは、二人とも持ち合わせていなかった。

 

「・・・・ままならないな」

「・・・・そうね」

 

少し前とほぼ同じやり取り。

何かに没頭していないと、平常心を保っていられなかった。

 

「・・・・?」

 

ふと、翼の耳が音を拾う。

足音、しかもえらく慌しい。

 

「翼さんッ!マリアさんッ!」

 

シミュレーターに飛び込んできたのは、緒川。

 

「響さんがッ!!」

 

普段のスマートさからは想像もつかないほどの泡食った様子から、ただ事ではないと互いを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺した。

 

 

 

 

 

たくさん、殺した。

 

 

敵を殺した、味方を殺した。

恩人を殺した、他人を殺した。

裏切ったから殺した、裏切られたから殺した。

たくさん、たくさん、たくさん。

両手が血でふやけるくらいに、たくさん殺した。

だから、わたしは、今。

この、暗くて、寒くて、息苦しい場所にいる。

耳元で声が聞こえる。

殺した人達の断末魔が聞こえる。

泣いていた、嘆いていた、怒っていた、憎んでいた。

その全てが、わたしに向けられていた。

寒い、寒い、寒い。

手足の指先が消えていくような感覚。

じわじわ闇に呑まれて、存在自体が消えていくような感覚。

光なんてない、希望なんてない。

望んではいけないし、持ってはいけない。

・・・・ああ、そうだ。

わたしはもはや生きてはいけない存在だ。

そもそも生まれたこと自体が間違っていた。

だって、そうだろう。

前世の記憶だなんてズルして、誰もが望む第二の人生を歩んでいて。

それなのに、こんなにたくさんの命を奪ってきて。

なんて、なんて、罪深い。

生きるべきでない分際で、生きるためだ何て言い訳して。

あまりにも多くを奪いすぎた。

・・・・・もう、いい。

もういい、十分だ。

生まれてはいけない存在として、生きてはいけない存在として。

十分すぎる時間を過ごしてしまった。

代わりならいる。

本来『立花響』(わたし)となるべきだった子がいる。

だから、もう、いい。

・・・・ああ、そう考えると眠たくなってきた。

怒るのにも、嘆くのにも、考えることすら。

何もかもに、疲れを覚えてしまった。

体が呑まれていく、虚無へ消えていく。

寒さが、息苦しさが。

ますます侵食してくる。

消える、消える、消える。

わたしという異物が、わたしという汚物が。

この世界から、跡形もなく。

そうだ、良い。

これで良い。

奪ってばかり、殺してばかりのわたしなんて。

もう、いっそ。

 

「それだけじゃないだろ」

 

なにか、聞こえた。

誰かの、こえ。

叫び声でも、だんまつ魔でも、ない。

 

「お前がやってきたことは、それだけじゃないだろ」

 

だれ、だっけ。

しって、る、はず、なのに。

おもい、だせ、な。

 

「守ってきたじゃないか、助けてきたじゃないか」

 

て、なにか、ある。

あお、い。

 

「それだって、揺るがない事実だろ」

 

―――――何かが、割れる音がした。

瞬間、視界が開ける。

黒が吹き飛ぶ、闇が吹き飛ぶ。

強い強い風が、痛みも、呪いも、何もかも。

吹き飛ばして、吹き飛ばして、吹き飛ばして。

 

「―――――」

 

広がる、あお、青、蒼。

どこまでもどこまでも続いている、青い空。

ふと、手が何かに触れる。

目線を下げると、空と同じ色の花が一面に咲いていた。

空も、花も、綺麗だった。

泣くことが出来たのなら、泣いてしまいそうなくらいに。

澄み切って、綺麗で、温かくて。

そんな蒼穹の中、笑いかけてくれる人がいて。

 

「死んだ方がいいなんて、そんな寂しいこというなよ」

 

夕焼けみたいな髪を揺らした、その人は。

こんなわたしに、笑顔を向けてくれた。

 

「無駄なんかじゃない、無意味なんかじゃない」

 

頭を、撫でられる。

温かい、手。

 

「差し出した手は、伸ばし続けた手は、確かに繋がっているんだ」

 

ああ、なんで。

なんで、そんな。

 

「お前に生きてて欲しい人は、たくさんいるよ」

 

こんな、わたしに。

 

「お前が生きてて嬉しい人は、たくさんいるよ」

 

優しく、出来るの。

 

「あたしだって、その一人なんだぞ。生きるのを諦めてほしくない、一人なんだぞ」

 

笑って、くれるの。

 

「だからさ、生きるのを諦めるな」

 

抱き寄せられる。

あったかい。

・・・・だけど。

 

「・・・・・いいんですか」

「ん?」

 

だけど、やっぱり怖くて、不安で。

 

「まだ、みんなといて、いいんですか」

 

聞いてしまう。

否定されるかもと思いながら、やっぱり聞いてしまう。

 

「みくといて、いいんですか」

 

なのに。

ちょっと驚きながらも。

嫌がることなく、お世辞でもなく。

花を一輪摘んで、耳に飾ってくれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカだなぁ、当たり前だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――目が、覚めた。

目蓋を開けて、すぐ閉じる。

久しぶりの景色に、目が痛い。

しばらくの間、ぎゅーっと瞑っていると。

 

「ひびき」

 

声がした。

大切な人の、声。

もう一度目を開ける。

まだ痛いけど、何とか我慢する。

目線をずらす。

未来が手を握ってくれていた。

・・・・ああ、また。

傍に、いてくれたんだね。

 

「――――っ」

 

起き上がろうとすると、節々が痛んだ。

あーあ、大分鈍ってるなこりゃ。

年寄りになった気分だ。

 

「ひび、き?」

 

どこかぼんやりしている未来へ、何とか笑顔を浮かべて。

 

「おはよ、みく」

 

そう、ちょっと呑気に言ってみれば。

 

「・・・・ぁぁ」

 

一瞬硬直した未来は、堰を切ったようにたくさんの涙を零す。

脱水症状起こしちゃうんじゃないかってくらいに、たくさん。

束の間、何かを堪えるように顔をぎゅっとさせた未来は。

だけど次の瞬間、わたしの体を引き寄せて。

 

「――――ひびきいぃッ!!!!」

 

縋りつかれる。

胸ぐらに飛び込んできた未来は、見たこと無いくらい大声で泣いた。

嬉しいんだって言うのは分かるけど、泣いているのに変わりはないから。

なんだか心配になって。

 

「ひびき、ひびき、ひびき、ひびきぃ・・・・!!!」

「待たせて、ごめんね」

 

わんわん泣き続ける頭を、出来るだけ優しく撫でてあげる。

服があっという間に涙で濡れたけど、それ以上に温もりを感じて。

――――ああ、生きている。


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