剣戟が響いている。
槍と剣が激突している。
強い踏み込み、翻る一閃。
翼が宙を舞い、マリアが地を駆ける。
シミュレーターによって再現された、仮想都市の中を。
二人は縦横無尽に駆け巡っていた。
研鑽された技術、蓄積された経験。
若いながらも確かな実力を持った二人の攻防も、やがて終わりが訪れる。
剣が槍を弾き飛ばす。
がら空きになる胴体。
肉薄する刃を、しかしマリアは傍観しない。
マントを翻す、剣を弾き返す。
手元を離れ吹っ飛んでいく剣。
次を取り出そうとすれば、迫る紫電。
静止する、絵画のように止まる。
翼の喉下に、烈槍の切っ先が突きつけられていた。
「・・・・参った」
「参らせました」
ブザーと同時にホログラムが消え、一緒に息を吐きながら二人は切り替えた。
ギアを解除して、汗を拭いつつ水分を取る。
・・・・響が倒れてから、もう一週間が経過した。
了子が施した異端技術の補助もあって、未来の怪我もほぼ完治状態になっている。
後は響が目覚めてくれれば、何も文句は無いのだが。
「・・・・なんとも、ままならないな」
「・・・・そうね」
翼のなんとなしの呟きを、マリアは静かに肯定する。
詳細は違えど、二人の胸に渦巻く思いは同じだった。
――――もっと、他にやりようがあったのではないか。
翼には、響が融合症例になるそもそもの原因を作った自覚があったし。
マリアにも、響に厄介な因縁を持ち込んだ罪悪感があった。
響本人が納得していたのもある、本人が証言していたのもある。
――――だとしても。
倒れた姿を、涙ながらに嘆く様を目の当たりにしてしまって。
それを頭の隅に押しやるような無神経さは、二人とも持ち合わせていなかった。
「・・・・ままならないな」
「・・・・そうね」
少し前とほぼ同じやり取り。
何かに没頭していないと、平常心を保っていられなかった。
「・・・・?」
ふと、翼の耳が音を拾う。
足音、しかもえらく慌しい。
「翼さんッ!マリアさんッ!」
シミュレーターに飛び込んできたのは、緒川。
「響さんがッ!!」
普段のスマートさからは想像もつかないほどの泡食った様子から、ただ事ではないと互いを見た。
◆ ◆ ◆
殺した。
殺した。
殺した。
たくさん、殺した。
敵を殺した、味方を殺した。
恩人を殺した、他人を殺した。
裏切ったから殺した、裏切られたから殺した。
たくさん、たくさん、たくさん。
両手が血でふやけるくらいに、たくさん殺した。
だから、わたしは、今。
この、暗くて、寒くて、息苦しい場所にいる。
耳元で声が聞こえる。
殺した人達の断末魔が聞こえる。
泣いていた、嘆いていた、怒っていた、憎んでいた。
その全てが、わたしに向けられていた。
寒い、寒い、寒い。
手足の指先が消えていくような感覚。
じわじわ闇に呑まれて、存在自体が消えていくような感覚。
光なんてない、希望なんてない。
望んではいけないし、持ってはいけない。
・・・・ああ、そうだ。
わたしはもはや生きてはいけない存在だ。
そもそも生まれたこと自体が間違っていた。
だって、そうだろう。
前世の記憶だなんてズルして、誰もが望む第二の人生を歩んでいて。
それなのに、こんなにたくさんの命を奪ってきて。
なんて、なんて、罪深い。
生きるべきでない分際で、生きるためだ何て言い訳して。
あまりにも多くを奪いすぎた。
・・・・・もう、いい。
もういい、十分だ。
生まれてはいけない存在として、生きてはいけない存在として。
十分すぎる時間を過ごしてしまった。
代わりならいる。
本来
だから、もう、いい。
・・・・ああ、そう考えると眠たくなってきた。
怒るのにも、嘆くのにも、考えることすら。
何もかもに、疲れを覚えてしまった。
体が呑まれていく、虚無へ消えていく。
寒さが、息苦しさが。
ますます侵食してくる。
消える、消える、消える。
わたしという異物が、わたしという汚物が。
この世界から、跡形もなく。
そうだ、良い。
これで良い。
奪ってばかり、殺してばかりのわたしなんて。
もう、いっそ。
「それだけじゃないだろ」
なにか、聞こえた。
誰かの、こえ。
叫び声でも、だんまつ魔でも、ない。
「お前がやってきたことは、それだけじゃないだろ」
だれ、だっけ。
しって、る、はず、なのに。
おもい、だせ、な。
「守ってきたじゃないか、助けてきたじゃないか」
て、なにか、ある。
あお、い。
「それだって、揺るがない事実だろ」
―――――何かが、割れる音がした。
瞬間、視界が開ける。
黒が吹き飛ぶ、闇が吹き飛ぶ。
強い強い風が、痛みも、呪いも、何もかも。
吹き飛ばして、吹き飛ばして、吹き飛ばして。
「―――――」
広がる、あお、青、蒼。
どこまでもどこまでも続いている、青い空。
ふと、手が何かに触れる。
目線を下げると、空と同じ色の花が一面に咲いていた。
空も、花も、綺麗だった。
泣くことが出来たのなら、泣いてしまいそうなくらいに。
澄み切って、綺麗で、温かくて。
そんな蒼穹の中、笑いかけてくれる人がいて。
「死んだ方がいいなんて、そんな寂しいこというなよ」
夕焼けみたいな髪を揺らした、その人は。
こんなわたしに、笑顔を向けてくれた。
「無駄なんかじゃない、無意味なんかじゃない」
頭を、撫でられる。
温かい、手。
「差し出した手は、伸ばし続けた手は、確かに繋がっているんだ」
ああ、なんで。
なんで、そんな。
「お前に生きてて欲しい人は、たくさんいるよ」
こんな、わたしに。
「お前が生きてて嬉しい人は、たくさんいるよ」
優しく、出来るの。
「あたしだって、その一人なんだぞ。生きるのを諦めてほしくない、一人なんだぞ」
笑って、くれるの。
「だからさ、生きるのを諦めるな」
抱き寄せられる。
あったかい。
・・・・だけど。
「・・・・・いいんですか」
「ん?」
だけど、やっぱり怖くて、不安で。
「まだ、みんなといて、いいんですか」
聞いてしまう。
否定されるかもと思いながら、やっぱり聞いてしまう。
「みくといて、いいんですか」
なのに。
ちょっと驚きながらも。
嫌がることなく、お世辞でもなく。
花を一輪摘んで、耳に飾ってくれながら。
「バカだなぁ、当たり前だろ?」
――――目が、覚めた。
目蓋を開けて、すぐ閉じる。
久しぶりの景色に、目が痛い。
しばらくの間、ぎゅーっと瞑っていると。
「ひびき」
声がした。
大切な人の、声。
もう一度目を開ける。
まだ痛いけど、何とか我慢する。
目線をずらす。
未来が手を握ってくれていた。
・・・・ああ、また。
傍に、いてくれたんだね。
「――――っ」
起き上がろうとすると、節々が痛んだ。
あーあ、大分鈍ってるなこりゃ。
年寄りになった気分だ。
「ひび、き?」
どこかぼんやりしている未来へ、何とか笑顔を浮かべて。
「おはよ、みく」
そう、ちょっと呑気に言ってみれば。
「・・・・ぁぁ」
一瞬硬直した未来は、堰を切ったようにたくさんの涙を零す。
脱水症状起こしちゃうんじゃないかってくらいに、たくさん。
束の間、何かを堪えるように顔をぎゅっとさせた未来は。
だけど次の瞬間、わたしの体を引き寄せて。
「――――ひびきいぃッ!!!!」
縋りつかれる。
胸ぐらに飛び込んできた未来は、見たこと無いくらい大声で泣いた。
嬉しいんだって言うのは分かるけど、泣いているのに変わりはないから。
なんだか心配になって。
「ひびき、ひびき、ひびき、ひびきぃ・・・・!!!」
「待たせて、ごめんね」
わんわん泣き続ける頭を、出来るだけ優しく撫でてあげる。
服があっという間に涙で濡れたけど、それ以上に温もりを感じて。
――――ああ、生きている。