今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
「――――マリア」
「マム」
出撃直前。
ガングニールを纏ったマリアへ、ナスターシャが声を掛けた。
「いよいよですね」
「ええ、任せて!私の歌で、世界を―――」
フロンティアの機能と二課の技術を組み合わせ、全世界へ生中継してフォニックゲインを集める。
その歌姫役として抜擢されたマリアは、やる気十分といわんばかりに拳を握っていたが。
そんな彼女の頬へ、ナスターシャは優しく手を添えた。
「そんなに気を張らなくとも良いのです、マリア」
「マム?」
まるで制止するような仕草に、マリアは手を握り返しながらも戸惑っている。
「・・・・今まで貴女には、いえ、調と切歌にも、たくさん無理を強いてきました」
「けど、マムはそんな中でも慮ってくれた。強いたって言う無理だって、必要なことだったわ」
「それでも、です」
強く言い切るナスターシャに、まるで懺悔する信者のような印象を受けたマリアは。
遮ってはいけない話だと判断して、聞き手に徹した。
「この作戦が成功すれば、貴女は自由です。少なくとも、F.I.S.からは解放されることでしょう」
穏やかに、まるで実母のような視線を送るナスターシャ。
零れる言葉も、温もりに溢れている。
「あなたは、ただの優しいマリアなのです。だから、生まれたままの優しさで、思うが侭に、歌いなさい」
「・・・・ええ」
温かい言葉に、すっかりほぐされたのか。
どこか張り詰めていた表情をしていたマリアは、打って変わって柔和な笑みを浮かべていた。
「マーリアさん、ナスターシャ
「分かりました」
「今行くわ」
響に呼ばれた二人は、顔を引き締めて返事。
マントを靡かせて歩き出したマリアは、ふと立ち止まって。
響を見据える。
「・・・・どーしました?」
凝視された響が、こてんと首をかしげていた。
そんな彼女へ、マリアは短く。
「・・・・マムを、お願い」
静かで、力強い言葉で。
そう告げたのだった。
一方の響はきょとんとした後で、にやっとニヒルな笑みを浮かべる。
「そりゃあ、もちろん。おまかせくださいな」
自信たっぷりのそれへ、マリアも不敵に笑い返したのだった。
◆ ◆ ◆
さーて。
やーっとフロンティア起動ですよ。
何か色々忙しかった所為か、『ようやくか』って気持ちが込み上げてくる。
わたしはナスターシャ教授と一緒に『
多分今頃、ウェル博士は自分の腕に注射して、『静まれ、俺の左腕ッ・・・・!』みたいなことになっているんだろーな。
「きょーじゅ、ここの調整はこんなもんですか?」
「少し待ってください・・・・ええ、十分です」
『
普段使っているのとはまた違ったキーボードでの作業だったけど、なんとか上手くやれている。
オーケーも貰ったので、ぽちっと押して確定。
わたしが見ていた項目で、最後だったみたい。
ナスターシャ教授が、もう一つ操作。
するとモニターが現れて、マリアさんが『放送室』に立っているのが見えた。
『突然の電波ジャック、まずは侘びを入れさせて欲しい!けれども、この世界の行く末について、非常に重要な話がある!』
マリアさんはまずそう切り出して、語りだした。
月の落下が迫っていること、そのためには歌の力が必要なこと。
一人だけではダメ、世界中の人々が協力しなければダメ。
マリアさんは語りかける。
拒絶されるかもしれないと知りながら、それでも懸命に話を続ける。
『大変情けない話ではあるが、みんなの協力なしではとても成しえない。大きな事柄でもある』
一区切りしたマリアさんは、ふと。
引き締めていた顔に、ふわっと笑顔を浮かべて。
『難しいことではない、ただ、みんなの歌を、分けて欲しい』
今までとは打って変わって、優しい顔で、語りかけて。
『歌えなくともいい。これから歌う歌に、何かを感じてもらったら、共感を覚えてくれたのなら』
目を閉じて、胸に手を当てて。
『その生まれたままの感情を、一部だけ、ほんの一部だけでいい。私に、分けてください、託してください』
―――――歌が、響く。
それは、誰もが抱いていただろう、不敵で勇ましい印象とは正反対の。
穏やかで、優しくて、温かい歌声。
多分、ほとんどの人が、同じ印象を抱いていると思う。
昔からずっといる、あるいは寂しかったところに出会う。
心の底から、ほっとする存在。
「――――お母さん、みたいですね」
「ええ、慈悲に溢れた、自慢の『娘』です」
思わず零れた呟きに、ナスターシャ教授が自慢げにしている。
それが何だか微笑ましくて、作戦中にも関わらず笑ってしまった。
もちろん何時までもそうしているわけにはいかないから、仕事に戻る。
フォニックゲインは順調に溜まっている。
というか、予想より上なくらい。
原因は多分、マリアさん自身だろう。
揺れに揺れていた『原作』と違って、割と安定してるし。
それに出発前、ナスターシャ教授と話していたとき。
発破か何かをかけられたんだろう。
だったら、あれだけの吹っ切れ具合も納得が行く。
・・・・・いろんな国が、いろんな人が。
マリアさんの歌に、想いに。
応えてくれている。
「――――ッ」
ふと、いいなと思った。
目の前のこの光景が、尊いものに見えた。
・・・・かつてわたしは、人間に振り回された。
だけど、光をくれたのも同じ人間だった。
その人間達が、今度は世界の為に動いている。
マリアさんの声に、共感している。
・・・・ああ、やっぱりわたしは、甘いのかもしれない。
心のどこかでは、武永達みたいな『怨みきれる人』が羨ましいと思っていた。
敵対する人を、何もしてくれない人達を。
敵だと断定できてしまえたのなら、どれだけ楽だったろうと。
でも、やっぱり。
この光景を目の当たりにしてしまうと、思ってしまうんだ。
――――みんなが、未来が。
いてくれて、よかった。
『陽だまりにいていいよ』って、言ってくれる人達がいてくれて。
本当に、よかったって。
だから、わたしは、止まらない。
エゴだっていい、わがままだっていい。
だけど、『優しい人達』を、守るためなら。
いくらだって・・・・!!
(だから)
さっきから感じている、嫌な気配。
それは、胸に抱いていた予感に、確信を与えてくれていた。
睨むモニター。
あの日も聞いた、ぐぅんという音。
マリアさんの傍で、空間が裂けて。
あの、サイケな風景が広がっていて。
「彼は・・・・!?」
ナスターシャ教授が驚いた瞬間、広がる冷気。
あっという間に『放送室』を侵食した氷は、一部槍となってマリアさんに襲い掛かる。
『ッ・・・・!』
マリアさんは何の苦もなく弾き飛ばしたけど、表情は優れない。
・・・・当然か。
だって、そこにいるのは。
『ジャッジマン・・・・!』
―――――お前が。
お前の結論が、『そう』だというのなら。
わたしは。