チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。


求める歌、応える声

「――――マリア」

「マム」

 

出撃直前。

ガングニールを纏ったマリアへ、ナスターシャが声を掛けた。

 

「いよいよですね」

「ええ、任せて!私の歌で、世界を―――」

 

フロンティアの機能と二課の技術を組み合わせ、全世界へ生中継してフォニックゲインを集める。

その歌姫役として抜擢されたマリアは、やる気十分といわんばかりに拳を握っていたが。

そんな彼女の頬へ、ナスターシャは優しく手を添えた。

 

「そんなに気を張らなくとも良いのです、マリア」

「マム?」

 

まるで制止するような仕草に、マリアは手を握り返しながらも戸惑っている。

 

「・・・・今まで貴女には、いえ、調と切歌にも、たくさん無理を強いてきました」

「けど、マムはそんな中でも慮ってくれた。強いたって言う無理だって、必要なことだったわ」

「それでも、です」

 

強く言い切るナスターシャに、まるで懺悔する信者のような印象を受けたマリアは。

遮ってはいけない話だと判断して、聞き手に徹した。

 

「この作戦が成功すれば、貴女は自由です。少なくとも、F.I.S.からは解放されることでしょう」

 

穏やかに、まるで実母のような視線を送るナスターシャ。

零れる言葉も、温もりに溢れている。

 

「あなたは、ただの優しいマリアなのです。だから、生まれたままの優しさで、思うが侭に、歌いなさい」

「・・・・ええ」

 

温かい言葉に、すっかりほぐされたのか。

どこか張り詰めていた表情をしていたマリアは、打って変わって柔和な笑みを浮かべていた。

 

「マーリアさん、ナスターシャ教授(きょーじゅ)、そろそろお時間ですよー?」

「分かりました」

「今行くわ」

 

響に呼ばれた二人は、顔を引き締めて返事。

マントを靡かせて歩き出したマリアは、ふと立ち止まって。

響を見据える。

 

「・・・・どーしました?」

 

凝視された響が、こてんと首をかしげていた。

そんな彼女へ、マリアは短く。

 

「・・・・マムを、お願い」

 

静かで、力強い言葉で。

そう告げたのだった。

一方の響はきょとんとした後で、にやっとニヒルな笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ、もちろん。おまかせくださいな」

 

自信たっぷりのそれへ、マリアも不敵に笑い返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

さーて。

やーっとフロンティア起動ですよ。

何か色々忙しかった所為か、『ようやくか』って気持ちが込み上げてくる。

わたしはナスターシャ教授と一緒に『艦橋(ブリッジ)』へ、ウェル博士は緒川さんと一緒に『駆動炉』へ向かった。

多分今頃、ウェル博士は自分の腕に注射して、『静まれ、俺の左腕ッ・・・・!』みたいなことになっているんだろーな。

 

「きょーじゅ、ここの調整はこんなもんですか?」

「少し待ってください・・・・ええ、十分です」

 

艦橋(ブリッジ)』での最終確認。

普段使っているのとはまた違ったキーボードでの作業だったけど、なんとか上手くやれている。

オーケーも貰ったので、ぽちっと押して確定。

わたしが見ていた項目で、最後だったみたい。

ナスターシャ教授が、もう一つ操作。

するとモニターが現れて、マリアさんが『放送室』に立っているのが見えた。

 

『突然の電波ジャック、まずは侘びを入れさせて欲しい!けれども、この世界の行く末について、非常に重要な話がある!』

 

マリアさんはまずそう切り出して、語りだした。

月の落下が迫っていること、そのためには歌の力が必要なこと。

一人だけではダメ、世界中の人々が協力しなければダメ。

マリアさんは語りかける。

拒絶されるかもしれないと知りながら、それでも懸命に話を続ける。

 

『大変情けない話ではあるが、みんなの協力なしではとても成しえない。大きな事柄でもある』

 

一区切りしたマリアさんは、ふと。

引き締めていた顔に、ふわっと笑顔を浮かべて。

 

『難しいことではない、ただ、みんなの歌を、分けて欲しい』

 

今までとは打って変わって、優しい顔で、語りかけて。

 

『歌えなくともいい。これから歌う歌に、何かを感じてもらったら、共感を覚えてくれたのなら』

 

目を閉じて、胸に手を当てて。

 

『その生まれたままの感情を、一部だけ、ほんの一部だけでいい。私に、分けてください、託してください』

 

―――――歌が、響く。

それは、誰もが抱いていただろう、不敵で勇ましい印象とは正反対の。

穏やかで、優しくて、温かい歌声。

多分、ほとんどの人が、同じ印象を抱いていると思う。

昔からずっといる、あるいは寂しかったところに出会う。

心の底から、ほっとする存在。

 

「――――お母さん、みたいですね」

「ええ、慈悲に溢れた、自慢の『娘』です」

 

思わず零れた呟きに、ナスターシャ教授が自慢げにしている。

それが何だか微笑ましくて、作戦中にも関わらず笑ってしまった。

もちろん何時までもそうしているわけにはいかないから、仕事に戻る。

フォニックゲインは順調に溜まっている。

というか、予想より上なくらい。

原因は多分、マリアさん自身だろう。

揺れに揺れていた『原作』と違って、割と安定してるし。

それに出発前、ナスターシャ教授と話していたとき。

発破か何かをかけられたんだろう。

だったら、あれだけの吹っ切れ具合も納得が行く。

・・・・・いろんな国が、いろんな人が。

マリアさんの歌に、想いに。

応えてくれている。

 

「――――ッ」

 

ふと、いいなと思った。

目の前のこの光景が、尊いものに見えた。

・・・・かつてわたしは、人間に振り回された。

だけど、光をくれたのも同じ人間だった。

その人間達が、今度は世界の為に動いている。

マリアさんの声に、共感している。

・・・・ああ、やっぱりわたしは、甘いのかもしれない。

心のどこかでは、武永達みたいな『怨みきれる人』が羨ましいと思っていた。

敵対する人を、何もしてくれない人達を。

敵だと断定できてしまえたのなら、どれだけ楽だったろうと。

でも、やっぱり。

この光景を目の当たりにしてしまうと、思ってしまうんだ。

――――みんなが、未来が。

いてくれて、よかった。

『陽だまりにいていいよ』って、言ってくれる人達がいてくれて。

本当に、よかったって。

だから、わたしは、止まらない。

エゴだっていい、わがままだっていい。

だけど、『優しい人達』を、守るためなら。

いくらだって・・・・!!

 

(だから)

 

さっきから感じている、嫌な気配。

それは、胸に抱いていた予感に、確信を与えてくれていた。

睨むモニター。

あの日も聞いた、ぐぅんという音。

マリアさんの傍で、空間が裂けて。

あの、サイケな風景が広がっていて。

 

「彼は・・・・!?」

 

ナスターシャ教授が驚いた瞬間、広がる冷気。

あっという間に『放送室』を侵食した氷は、一部槍となってマリアさんに襲い掛かる。

 

『ッ・・・・!』

 

マリアさんは何の苦もなく弾き飛ばしたけど、表情は優れない。

・・・・当然か。

だって、そこにいるのは。

 

『ジャッジマン・・・・!』

 

―――――お前が。

お前の結論が、『そう』だというのなら。

わたしは。


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