全世界が、新手の登場にぽかんとしていた。
何が何やら分からない彼らを置いてけぼりにして、マリアは構える。
「来ると思っていたけど、本当に来るとはね」
烈槍の切っ先を突きつけられても、案の定涼しい顔をしているジャッジマン。
その戦意に応える様に、彼もまた両手に紫電を滾らせる。
「単刀直入に言おう、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」
緊張も高まる中、徐に口を開いた彼は。
「――――世界は、救わせない」
マリアどころか、全世界への宣戦布告とも言うべき言葉を、口にした。
「・・・・・随分過激な発言ね、どういうことか聞いても?」
「どうもこうも、そのままだ」
ジャッジマンも、たったそれだけで理解してもらえると思わなかったようで。
紫電を滾らせたまま、語り始めた。
「二年前、地獄のような日々を経験して悟った」
閉じた目を見開いて、マリアを強く睨みながら。
重々しく口を開く。
「人間は、余りにも浅すぎる。考えも、思いやりも、何もかも・・・・!!」
彼の感情に呼応して、稲妻が激しさを増した。
「日本だけに留まらない、世界を見ろ」
その怒りの矛先は、日本以外にも向いている。
「肌の色、生まれ故郷、信じる神、抱いた信念・・・・大衆と少しでも違えば、即座に切り捨て、排除しにかかるのが人間だ」
「・・・・故に滅ぼすと?」
「そうだ!」
紫電だけに留まらない。
今度は空気が渦巻き、風が吹き始めた。
「どれほど手を取り合おうと、歩み寄ろうと、結局は見せ掛けでしかない。こんなに救いようの無い生き物が、他のどこにいる!?」
応、と。
風が勢いを増していく。
「何より不憫なのは、それに気付かぬ愚鈍さだ!!忌々しい『一般論』を盲目に狂信し、やれ『正義』だなんだと言い抜かしては罪無き弱者を甚振り、挙句の果てに快感を得ると来た!!」
吹き荒れる暴風。
マリアは乾く眼球を庇いながら、敵から目を逸らさない。
「こんな生き物がのさばる世界に、何の価値がある?何の意味がある!?延命させればさせるだけ、崩れていくぞ!壊れていくぞ!!」
風が、止んだ。
正確には、空いた片手に纏わりついて、大人しくなった。
一呼吸、二呼吸。
ジャッジマンは、息を整える。
「お前達がどれほど罵ろうと、俺は省みないし、反論もしない。何故なら、俺が正しいからだ」
マリアを、いや、彼女の背後に見えるであろう、全世界を睨みつけて。
「そうだとも」
低く、低く、声を絞り出す。
「『生きているのが間違い』などと抜かす連中よりは、はるかにマシだ・・・・!!」
込められた怨念は、どれほどのものか。
決して軽いものではないというのは、ひりつく闘気で十二分に察することが出来た。
「・・・・そう」
秘めた怒り、譲らぬ決意。
しかし確固たる信念は、マリアも同じこと。
「けど、こちらも譲るわけには行かないわ。明日を生きて欲しい人がいる、明日を迎えて欲しい人がいる。だから」
言葉は無い。
代わりに両者は、互いの闘志を激突させた。
◆ ◆ ◆
「――――ッ」
戦いは、一箇所だけではない。
フロンティア、『放送室』の外。
苦い顔をしたクリスが、受身を取って着地する。
それに続くように、翼や調、切歌が。
ふらついたり、苦い顔をしながら、それぞれ砂利を巻き上げた。
見上げる先には、二体の敵。
かつて立ちはだかった『龍』と『虎』が、歌姫達を阻むように、再び目の前にいた。
「あの世からとんぼ返りしたってデスか!?」
「なんであろうと変わらない。亡霊であるなら、遠慮も要らぬというものだ!」
「全くだ、違ぇねぇ!!」
ごしゃん、とガトリングを展開し、鉛玉を雨あられと放つクリス。
調も頭の格納庫から、小さな丸鋸を百に届く量でばら撒いていく。
そんな鉄の豪雨を背負い、翼と切歌が肉薄。
切歌が『龍』へ、翼が『虎』へ。
それぞれ
放たれた一閃は、十分な殺傷力を秘めていたが。
奴等を仕留めるには届かない。
「ッ翼さんもマリアも、こんなに硬い奴を倒したデスか!?」
「いや、少なくとも一太刀で裂けたはずだッ!!」
かすかな擦り傷が刻まれただけの体表を睨みながら、二人は離脱。
クリスと調の下に戻ってくる。
お返しだといわんばかりに、頭髪を撓らせた鞭と、研ぎ澄ませた爪で襲い掛かる二体。
装者達はそれぞれ防御するなり、回避するなりしてやり過ごすも。
その表情は優れなかった。
「ッ・・・・!」
「そうまでして、復讐を成し遂げたいか?世界を滅ぼしたいか・・・・!?」
搾り出すような問いかけは、咆哮にかき消される。
◆ ◆ ◆
横に振りぬけば、衝撃。
相手の構える剣と激突する。
弾いて一度引き、突きを繰り出す。
切っ先は相手の鼻を掠めて外れた。
お返しに斬り払いが飛んできて、迎撃。
振り抜いてがら空きになった胴体に、蹴りが突き刺さった。
「っぐ・・・・!」
直撃した胸を押さえながらも、マリアはジャッジマンから目を離さない。
ジャッジマンもまた、マリアの戦意が衰えていないことを察したのだろう。
真っ向から見据えて、睨みつけていた。
「ッはあああああ!」
再び接近。
烈槍とマントの連撃を駆使し、ジャッジマンを攻め立てる。
対するジャッジマンも負けてはいない。
一歩間違えればざっくり斬れる攻撃達を、見切り、かわし、防ぎ、弾く。
一進一退、手に汗握る攻防は、激しさを増していく。
すれ違う連撃、飛び交う斬撃。
耳に残響をこびりつかせる剣戟は、佳境を迎えて。
「っふん!」
「ああああッ!!」
一瞬の隙を突き、ジャッジマンが拳を叩き込む。
雷光を纏ったソレは、マリアに直撃。
ついでといわんばかりに、体を痺れさせる。
「あ、っぐ・・・・!」
烈槍を支えに何とか踏ん張るも、すぐ膝を突いてしまうマリア。
チャンスといわんばかりに、ジャッジマンは片手を上げて。
「――――ッ」
降臨したのは、雷光。
まさに
余剰エネルギーが彼の周囲で渦巻き、その荘厳さを表している。
マリアもまた、しびれる体を叱咤して、槍を構える。
刀身を開いて、エネルギーを充填。
増していく目の前の極光に、早く、早くと焦りを募らせていく。
先に準備を済ませたのは、ジャッジマン。
タッチの差で、マリアも終わる。
手を振り下ろす、切っ先を突き出す。
雷と歌の光が、『放送室』全体に溢れ帰って―――――
◆ ◆ ◆
「うわああああああッ!!」
「ッウェル博士!」
爆発の衝撃は、『駆動炉』にも及んだ。
まず炉心にネフィリムの心臓を取り付け、次に左腕にネフィリムの一部を打ち込み、それを以ってフロンティアを制御していたウェル。
しかし、いかんせん裏方一辺倒だったのが災いして、耐え切れずに転げ落ちる。
危うく頭を打つところを、緒川が何とか受け止めた。
「た、助かります」
「お気になさらず」
礼を言うのも束の間、早く定位置に戻ろうとしたウェル。
だが、顔を上げた目の前に見えたのは、
「な、何故、フロンティアを食っている、ネフィリムッ!?」
「そんな、どうして!?」
赤黒いネフィリムに侵食されている様だった。
緒川も珍しく焦燥を露にし、少なからず狼狽している。
「腹ペコにも限度が・・・・ッ!!」
それの倍はうろたえていたウェルだったが。
LiNKERの改良版を生み出すほどの頭脳は、伊達ではなかった。
心当たりを思いついた彼の頭は、一気に冴え渡る。
「ウェル博士?」
「・・・・まったく、僕としたことがッ」
引きつった自嘲の笑みを浮かべて、ウェルは頭を抱えた。
「・・・・先ほど制御端末から振り下ろされたとき、ちらと『離脱』を考えてしまったんです。ネフィリムの腕を持つ僕は、念じただけでフロンティアに指示を出せます」
「っ、まさか・・・・!?」
「ええ、そのまさかですよ」
ネフィリムに侵食されているからか、それとも罪悪感からか。
顔に血管を浮かべながら、ウェルは続ける。
「ちらとでも考えてしまった『離脱』を、フロンティアは受諾してしまったのですよ。『切り離せ』という、ただ一言の命令として・・・・!!」
嘆いている間にも、ネフィリムは駆動炉を呑み続けている。
このままではフロンティア全体を食い尽くされ、せっかく溜めたフォニックゲインを、月へ照射できなくなる。
すぐにでも対処しなければならない。
『ネフィリムの侵食スピード、こちらの予想をはるかに超えています!』
『久しぶりの《飯》だもんなぁ、そりゃがっつくさ!チクショウ!!』
二課のオペレーター達も、何とか打開策を探しているようだったが。
成果は芳しくないようだった。
「・・・・こうなったら」
ちら、と。
ウェルは自らの左腕を見る。
ほんの一部とは言え、これもまた聖遺物。
これで何とか、ネフィリムの気をそらせれば。
生まれた恐怖を抑えるように、握り締めたとき。
『ドクター、まだ希望はあります』
「ナスターシャ教授!?」
フロンティアに備わっている、通信システムを使ったのだろう。
部屋全体に、ナスターシャの声が響く。
『こちらで平行して調査を進めていたところ、この《船橋》だけでもフォニックゲインを放つことが出来るようです』
「それなら・・・・!」
『ですが、今のままでは、ネフィリムの方が早いでしょう』
気落ちするようなことを告げるナスターシャだが、その語気は決して衰えていない。
『しかし、私が今いるこの区画を切り離せば、あるいは』
「それは・・・・しかしそれでは、ナスターシャ教授が!!」
緒川が反論の声を上げる。
『自分を犠牲にしろ』と申告しているも同然な提案。
彼の反応も、当たり前だ。
『・・・・・私はもう、長くありません。延命したところで、精々数ヶ月程度でしょう』
そんな緒川を、ひいては二課の面々を諭すように。
ナスターシャの声が、柔らかくなる。
『ならばせめて、私よりも《先》があるあの子達の為に、世界を残したいのです』
決意は、固いようだった。
『・・・・・マリア君達は任せて下さい。彼女達の今後は、我々が見守ります』
『ありがとうございます、それが聞けただけでも、行幸です』
弦十郎の宣言に、心底安心した声で答えるナスターシャ。
その会話を聞いていたウェルもまた、腹を決める。
制御端末に駆けつけ、左腕を翳す。
「――――ナスターシャ教授」
ネフィリムが荒ぶる隣で、指令を出す。
その傍らで、語りかける。
「貴女の英雄譚に関われること、僕の誇りです」
『――――ふふっ。私は、そんな大それたものではありませんよ』
◆ ◆ ◆
「―――――ぁ、が」
今度こそ。
膝を折り、地に伏してしまったマリア。
砲撃を押しのけた雷光をもろに受け、指一本動かせないほど麻痺してしまった。
ギアも解除され、敵の前に無防備な様を晒すこの状況。
もう一度纏おうにも、肝心のマイクユニットがどこかに飛んでいってしまうという始末。
『ピンチ』以外の、何者でもなかった。
そんな彼女を、ジャッジマンは文字通り見下す。
体は動かずとも、心はまだ折れていない。
目は口ほどにものを言うと言われるが、意志が燃え盛る目に見据えられた今では、納得出来た。
もっとも、それで何か変わるというわけではないが。
「そういうことだ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」
見せしめとするため、わざとゆっくり動く。
掲げた手には、巨大な剣。
肉厚な刃は、まるでギロチンのようだった。
「――――お前の、
自らの勝利を、相手の敗北を宣言し。
その首を、希望を絶とうと、振り下ろして。
駆け抜けた風に、蹴り飛ばされる。
蹴りが突き刺さった手元。
弾かれるように振り向けば、刃が迫っていて。
「――――ッ」
首を傾けて避け、飛びのく。
着地してから前を見れば、コートが翻ったのが見えた。
「・・・・生身で突っ込んでくるとは、そこまで無鉄砲だとは思わなかったよ」
幾ばくかの驚愕と、少し多めの呆れを込めて言う。
「立花」
対する響は答えないまま、徐に手を掲げた。
その手に下がっていたのは、シンフォギアのマイクユニット。
マリアのものであろうことは、容易に想像がついた。
「・・・・他人のギアで、何が出来る?」
響は問いに対して、不敵な笑みと、吸い込む息。
そして、
「Balwisyall Nescell Gungnir tron...」
――――歌で、答える。
その、刹那。
轟、と吹き荒れる光。
今度こそ驚愕したジャッジマンが周囲を見渡せば、暖かな光が渦を巻いている。
これが何か、彼には嫌と言うほど分かった。
ノイズに近いこの体を唯一傷つける、忌々しい力。
「―――――何が出来るかって?」
ジャッジマンの動揺を察してか。
この現象を引き起こしている本人は、不敵な態度を崩さない。
光が彼女に収束する。
彼女の戦意に応え、鎧を与える。
「お前を、殴れる」
そして響は、再び『歌』を纏った。