チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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できること

全世界が、新手の登場にぽかんとしていた。

何が何やら分からない彼らを置いてけぼりにして、マリアは構える。

 

「来ると思っていたけど、本当に来るとはね」

 

烈槍の切っ先を突きつけられても、案の定涼しい顔をしているジャッジマン。

その戦意に応える様に、彼もまた両手に紫電を滾らせる。

 

「単刀直入に言おう、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 

緊張も高まる中、徐に口を開いた彼は。

 

「――――世界は、救わせない」

 

マリアどころか、全世界への宣戦布告とも言うべき言葉を、口にした。

 

「・・・・・随分過激な発言ね、どういうことか聞いても?」

「どうもこうも、そのままだ」

 

ジャッジマンも、たったそれだけで理解してもらえると思わなかったようで。

紫電を滾らせたまま、語り始めた。

 

「二年前、地獄のような日々を経験して悟った」

 

閉じた目を見開いて、マリアを強く睨みながら。

重々しく口を開く。

 

「人間は、余りにも浅すぎる。考えも、思いやりも、何もかも・・・・!!」

 

彼の感情に呼応して、稲妻が激しさを増した。

 

「日本だけに留まらない、世界を見ろ」

 

その怒りの矛先は、日本以外にも向いている。

 

「肌の色、生まれ故郷、信じる神、抱いた信念・・・・大衆と少しでも違えば、即座に切り捨て、排除しにかかるのが人間だ」

「・・・・故に滅ぼすと?」

「そうだ!」

 

紫電だけに留まらない。

今度は空気が渦巻き、風が吹き始めた。

 

「どれほど手を取り合おうと、歩み寄ろうと、結局は見せ掛けでしかない。こんなに救いようの無い生き物が、他のどこにいる!?」

 

応、と。

風が勢いを増していく。

 

「何より不憫なのは、それに気付かぬ愚鈍さだ!!忌々しい『一般論』を盲目に狂信し、やれ『正義』だなんだと言い抜かしては罪無き弱者を甚振り、挙句の果てに快感を得ると来た!!」

 

吹き荒れる暴風。

マリアは乾く眼球を庇いながら、敵から目を逸らさない。

 

「こんな生き物がのさばる世界に、何の価値がある?何の意味がある!?延命させればさせるだけ、崩れていくぞ!壊れていくぞ!!」

 

風が、止んだ。

正確には、空いた片手に纏わりついて、大人しくなった。

一呼吸、二呼吸。

ジャッジマンは、息を整える。

 

「お前達がどれほど罵ろうと、俺は省みないし、反論もしない。何故なら、俺が正しいからだ」

 

マリアを、いや、彼女の背後に見えるであろう、全世界を睨みつけて。

 

「そうだとも」

 

低く、低く、声を絞り出す。

 

「『生きているのが間違い』などと抜かす連中よりは、はるかにマシだ・・・・!!」

 

込められた怨念は、どれほどのものか。

決して軽いものではないというのは、ひりつく闘気で十二分に察することが出来た。

 

「・・・・そう」

 

秘めた怒り、譲らぬ決意。

しかし確固たる信念は、マリアも同じこと。

 

「けど、こちらも譲るわけには行かないわ。明日を生きて欲しい人がいる、明日を迎えて欲しい人がいる。だから」

 

言葉は無い。

代わりに両者は、互いの闘志を激突させた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

戦いは、一箇所だけではない。

フロンティア、『放送室』の外。

苦い顔をしたクリスが、受身を取って着地する。

それに続くように、翼や調、切歌が。

ふらついたり、苦い顔をしながら、それぞれ砂利を巻き上げた。

見上げる先には、二体の敵。

かつて立ちはだかった『龍』と『虎』が、歌姫達を阻むように、再び目の前にいた。

 

「あの世からとんぼ返りしたってデスか!?」

「なんであろうと変わらない。亡霊であるなら、遠慮も要らぬというものだ!」

「全くだ、違ぇねぇ!!」

 

ごしゃん、とガトリングを展開し、鉛玉を雨あられと放つクリス。

調も頭の格納庫から、小さな丸鋸を百に届く量でばら撒いていく。

そんな鉄の豪雨を背負い、翼と切歌が肉薄。

切歌が『龍』へ、翼が『虎』へ。

それぞれ疾風(はやて)より駆け抜ける。

放たれた一閃は、十分な殺傷力を秘めていたが。

奴等を仕留めるには届かない。

 

「ッ翼さんもマリアも、こんなに硬い奴を倒したデスか!?」

「いや、少なくとも一太刀で裂けたはずだッ!!」

 

かすかな擦り傷が刻まれただけの体表を睨みながら、二人は離脱。

クリスと調の下に戻ってくる。

お返しだといわんばかりに、頭髪を撓らせた鞭と、研ぎ澄ませた爪で襲い掛かる二体。

装者達はそれぞれ防御するなり、回避するなりしてやり過ごすも。

その表情は優れなかった。

 

「ッ・・・・!」

「そうまでして、復讐を成し遂げたいか?世界を滅ぼしたいか・・・・!?」

 

搾り出すような問いかけは、咆哮にかき消される。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

横に振りぬけば、衝撃。

相手の構える剣と激突する。

弾いて一度引き、突きを繰り出す。

切っ先は相手の鼻を掠めて外れた。

お返しに斬り払いが飛んできて、迎撃。

振り抜いてがら空きになった胴体に、蹴りが突き刺さった。

 

「っぐ・・・・!」

 

直撃した胸を押さえながらも、マリアはジャッジマンから目を離さない。

ジャッジマンもまた、マリアの戦意が衰えていないことを察したのだろう。

真っ向から見据えて、睨みつけていた。

 

「ッはあああああ!」

 

再び接近。

烈槍とマントの連撃を駆使し、ジャッジマンを攻め立てる。

対するジャッジマンも負けてはいない。

一歩間違えればざっくり斬れる攻撃達を、見切り、かわし、防ぎ、弾く。

一進一退、手に汗握る攻防は、激しさを増していく。

すれ違う連撃、飛び交う斬撃。

耳に残響をこびりつかせる剣戟は、佳境を迎えて。

 

「っふん!」

「ああああッ!!」

 

一瞬の隙を突き、ジャッジマンが拳を叩き込む。

雷光を纏ったソレは、マリアに直撃。

ついでといわんばかりに、体を痺れさせる。

 

「あ、っぐ・・・・!」

 

烈槍を支えに何とか踏ん張るも、すぐ膝を突いてしまうマリア。

チャンスといわんばかりに、ジャッジマンは片手を上げて。

 

「――――ッ」

 

降臨したのは、雷光。

まさに雷/神成/神鳴り(かみなり)と言うべき極光。

余剰エネルギーが彼の周囲で渦巻き、その荘厳さを表している。

マリアもまた、しびれる体を叱咤して、槍を構える。

刀身を開いて、エネルギーを充填。

増していく目の前の極光に、早く、早くと焦りを募らせていく。

先に準備を済ませたのは、ジャッジマン。

タッチの差で、マリアも終わる。

手を振り下ろす、切っ先を突き出す。

雷と歌の光が、『放送室』全体に溢れ帰って―――――

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「うわああああああッ!!」

「ッウェル博士!」

 

爆発の衝撃は、『駆動炉』にも及んだ。

まず炉心にネフィリムの心臓を取り付け、次に左腕にネフィリムの一部を打ち込み、それを以ってフロンティアを制御していたウェル。

しかし、いかんせん裏方一辺倒だったのが災いして、耐え切れずに転げ落ちる。

危うく頭を打つところを、緒川が何とか受け止めた。

 

「た、助かります」

「お気になさらず」

 

礼を言うのも束の間、早く定位置に戻ろうとしたウェル。

だが、顔を上げた目の前に見えたのは、

 

「な、何故、フロンティアを食っている、ネフィリムッ!?」

「そんな、どうして!?」

 

赤黒いネフィリムに侵食されている様だった。

緒川も珍しく焦燥を露にし、少なからず狼狽している。

 

「腹ペコにも限度が・・・・ッ!!」

 

それの倍はうろたえていたウェルだったが。

LiNKERの改良版を生み出すほどの頭脳は、伊達ではなかった。

心当たりを思いついた彼の頭は、一気に冴え渡る。

 

「ウェル博士?」

「・・・・まったく、僕としたことがッ」

 

引きつった自嘲の笑みを浮かべて、ウェルは頭を抱えた。

 

「・・・・先ほど制御端末から振り下ろされたとき、ちらと『離脱』を考えてしまったんです。ネフィリムの腕を持つ僕は、念じただけでフロンティアに指示を出せます」

「っ、まさか・・・・!?」

「ええ、そのまさかですよ」

 

ネフィリムに侵食されているからか、それとも罪悪感からか。

顔に血管を浮かべながら、ウェルは続ける。

 

「ちらとでも考えてしまった『離脱』を、フロンティアは受諾してしまったのですよ。『切り離せ』という、ただ一言の命令として・・・・!!」

 

嘆いている間にも、ネフィリムは駆動炉を呑み続けている。

このままではフロンティア全体を食い尽くされ、せっかく溜めたフォニックゲインを、月へ照射できなくなる。

すぐにでも対処しなければならない。

 

『ネフィリムの侵食スピード、こちらの予想をはるかに超えています!』

『久しぶりの《飯》だもんなぁ、そりゃがっつくさ!チクショウ!!』

 

二課のオペレーター達も、何とか打開策を探しているようだったが。

成果は芳しくないようだった。

 

「・・・・こうなったら」

 

ちら、と。

ウェルは自らの左腕を見る。

ほんの一部とは言え、これもまた聖遺物。

これで何とか、ネフィリムの気をそらせれば。

生まれた恐怖を抑えるように、握り締めたとき。

 

『ドクター、まだ希望はあります』

「ナスターシャ教授!?」

 

フロンティアに備わっている、通信システムを使ったのだろう。

部屋全体に、ナスターシャの声が響く。

 

『こちらで平行して調査を進めていたところ、この《船橋》だけでもフォニックゲインを放つことが出来るようです』

「それなら・・・・!」

『ですが、今のままでは、ネフィリムの方が早いでしょう』

 

気落ちするようなことを告げるナスターシャだが、その語気は決して衰えていない。

 

『しかし、私が今いるこの区画を切り離せば、あるいは』

「それは・・・・しかしそれでは、ナスターシャ教授が!!」

 

緒川が反論の声を上げる。

『自分を犠牲にしろ』と申告しているも同然な提案。

彼の反応も、当たり前だ。

 

『・・・・・私はもう、長くありません。延命したところで、精々数ヶ月程度でしょう』

 

そんな緒川を、ひいては二課の面々を諭すように。

ナスターシャの声が、柔らかくなる。

 

『ならばせめて、私よりも《先》があるあの子達の為に、世界を残したいのです』

 

決意は、固いようだった。

 

『・・・・・マリア君達は任せて下さい。彼女達の今後は、我々が見守ります』

『ありがとうございます、それが聞けただけでも、行幸です』

 

弦十郎の宣言に、心底安心した声で答えるナスターシャ。

その会話を聞いていたウェルもまた、腹を決める。

制御端末に駆けつけ、左腕を翳す。

 

「――――ナスターシャ教授」

 

ネフィリムが荒ぶる隣で、指令を出す。

その傍らで、語りかける。

 

「貴女の英雄譚に関われること、僕の誇りです」

『――――ふふっ。私は、そんな大それたものではありませんよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ぁ、が」

 

今度こそ。

膝を折り、地に伏してしまったマリア。

砲撃を押しのけた雷光をもろに受け、指一本動かせないほど麻痺してしまった。

ギアも解除され、敵の前に無防備な様を晒すこの状況。

もう一度纏おうにも、肝心のマイクユニットがどこかに飛んでいってしまうという始末。

『ピンチ』以外の、何者でもなかった。

そんな彼女を、ジャッジマンは文字通り見下す。

体は動かずとも、心はまだ折れていない。

目は口ほどにものを言うと言われるが、意志が燃え盛る目に見据えられた今では、納得出来た。

もっとも、それで何か変わるというわけではないが。

 

「そういうことだ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 

見せしめとするため、わざとゆっくり動く。

掲げた手には、巨大な剣。

肉厚な刃は、まるでギロチンのようだった。

 

「――――お前の、世界(おまえたち)の、敗北だ」

 

自らの勝利を、相手の敗北を宣言し。

その首を、希望を絶とうと、振り下ろして。

 

 

 

 

 

駆け抜けた風に、蹴り飛ばされる。

 

 

 

 

蹴りが突き刺さった手元。

弾かれるように振り向けば、刃が迫っていて。

 

「――――ッ」

 

首を傾けて避け、飛びのく。

着地してから前を見れば、コートが翻ったのが見えた。

 

「・・・・生身で突っ込んでくるとは、そこまで無鉄砲だとは思わなかったよ」

 

幾ばくかの驚愕と、少し多めの呆れを込めて言う。

 

「立花」

 

対する響は答えないまま、徐に手を掲げた。

その手に下がっていたのは、シンフォギアのマイクユニット。

マリアのものであろうことは、容易に想像がついた。

 

「・・・・他人のギアで、何が出来る?」

 

響は問いに対して、不敵な笑みと、吸い込む息。

そして、

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...」

 

――――歌で、答える。

その、刹那。

轟、と吹き荒れる光。

今度こそ驚愕したジャッジマンが周囲を見渡せば、暖かな光が渦を巻いている。

これが何か、彼には嫌と言うほど分かった。

ノイズに近いこの体を唯一傷つける、忌々しい力。

 

「―――――何が出来るかって?」

 

ジャッジマンの動揺を察してか。

この現象を引き起こしている本人は、不敵な態度を崩さない。

光が彼女に収束する。

彼女の戦意に応え、鎧を与える。

 

「お前を、殴れる」

 

そして響は、再び『歌』を纏った。


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