『餌付け』
――――F.I.S.が加入して間もないある日。
「おーいお二人さん」
「・・・・何?」
歩いていた調と切歌に、響が話しかけていた。
先日のことを忘れているわけではないだろうに、どういうつもりだと二人で睨みつける。
「いやぁ、お菓子貰ったから、二人におすそ分けでもーって思って。マリアさんとナスターシャ教授の分もあるよ」
そう差し出された手には、確かに人数分のクッキーやアメが乗っていた。
「・・・・そういう、ことなら」
「お菓子に罪はないので貰ってやるデス!」
「あはは、ありがとー」
半ばひったくるように受け取り走り去っていく二人を、響は呑気に見送る。
――――別の日。
響はまた二人に話しかけていた。
「やっほ、ケーキあるけど食べる?」
「えっと・・・・もらい、ます」
「チョコケーキあるデスか?」
「あるよー」
ある程度打ち解けたこともあるのだろう。
おずおずと言った様子で、二人は素直についていく。
――――それまた別の日。
執行者事変が終わって間もない頃。
「調ちゃん、切歌ちゃん」
「響さん」
変わらぬ調子で話しかける響の手には、何やら包みが握られていた。
「はいこれ、肉じゃが。タッパは学校で未来に渡してくれたらいいから」
「あ、はい」
「いただくデース!」
「未来ほどじゃないけど、味は保証するよ。それじゃ」
ひらひらと手を振って去っていく響。
ふと、その背中と包みとを見比べた調が、呟く。
「・・・・なんで、会う度に食べ物くれるんだろう?」
「デース・・・・?」
(『お前らうちにこい!298円なんてメじゃねぇもん腹いっぱい食わしてやる!』と思ったあの日。抱いた密かな目標が叶うとは・・・・!)
『師匠の話』
「――――そういえば」
何気ない雑談の中。
思い出したように翼が響に目をやる。
「立花の師とは、どういった人間だった?お前にあれだけの武術を叩き込んだ御仁、実力者なのは明確だが・・・・」
「ああー、それですかぁ」
他の装者達も気になっていたのか、同じように目線を向けた。
一方の響は、頬をかいて記憶を探り。
「といっても、わたしも何者か分かっていないんですよねぇ」
そう切り出して語るには。
日本を出て間もない頃。
お隣の半島を抜け、内陸に入り込んだまではよかったものの。
当時も酷かった大気汚染にやられ、未来が熱で倒れてしまったらしい。
焦った響は、とにかく都市部から離れようと、未来を背負って方々歩き回ったものの。
土地勘の無い少女にはとても酷なことだった。
一応都市から離れることは出来たが、結局力尽きて倒れてしまったらしい。
「その時に出会ったんです」
次に目を覚ましたときにいたのは、カソックを来た中年男性。
クリスチャンだという、どことなく濁った目をした彼に事情を話したところ。
『面白い話の礼だ』と、拳法を教えてくれたとのことだった。
「あと、やたら麻婆豆腐にこだわる人でしたね」
『お陰で中華料理は一通り出来る』と、響は締めくくった。
「師匠と言えば、未来さんにもイカサマの先生がいたりするデスか?」
「あはは、うん。当たり」
周囲が納得する中、今度は切歌が言い出して。
次に、未来が語りだす。
「その時お世話になっていたとこに裏切られて、逃げてる最中に響が大怪我しちゃって」
幸い、響が最後の力を振り絞ったお陰で、逃げ切ることはできたが。
歩くことすらままならないほどの重傷だったらしい。
そこへ通りかかったギャンブラーが、医者を紹介してくれたそうだが・・・・。
「『治療費は自分で稼げ』って言われて、その時に色々教わったんだよ」
後で知ったことらしいが、その界隈では有名なイカサマ師だったとかで。
『下らないスリルがやみつき』という名言を残しているらしかった。
「負けた人間は魂を抜かれる、何て言われてるくらいの人だったって。実際に倒れた人もいたし・・・・」
「余計なことしやがって・・・・」
二度にわたる大敗を思い出したのか、クリスが苦い顔をしていた。
もちろん、そのお陰で二人がいることは十分に理解しているようではあったが。
「なるほど・・・・二人とも、最初は普通の人間だったのね」
「ちょっとマリアさん?今までは何だと思ってたんですかー!?」
からかうようなマリアに、響が突っ込みを入れて。
わっと、笑い声が上がった。
『小学校にて』
「なーなー!!」
小学校、とある一角。
数人の男子が、わくわくした様子で話しかけてくる。
「こないだでっけーバケモンと戦ってた人、お前のねーちゃんってほんとかー!?」
「・・・・知らない、わかんない」
・・・・図星を突かれた。
顔に出ていないか心配になったが、繕いには成功したらしい。
「うっそだー!」
「むちゃくちゃそっくりじゃん!あの人とお前!」
「もしそうだったらすげーよ、ヒーローが家族なんだろ!?怖いもんなしだよなー!!」
こちらを置いてけぼりにして、盛り上がる男子達。
やはり噂になっているのか、クラスメイトに留まらず、廊下にいた何人かもこちらを見てひそひそ話し出す。
視線が、意識が、体中を嘗め回す感覚。
・・・・いつまで経っても慣れそうに無い、嫌な感覚だった。
「ちょっと、男子!!」
「人のプライベートに首突っ込むとか、マジありえない!!」
そんな状況に待ったをかけたのは、仲の良い友人達。
男子との間に割り込むと、喧嘩中の猫もかくやというほどの剣幕を見せる。
「なんだよー、気になるから仕方ないじゃんよー」
「知らないって言ってんだから、それで納得しなさいよ!」
「ほんとに家族だったとしても、ワケアリなことくらい分かるでしょ!?デリカシーなさすぎ!!」
散々威嚇されて、勢いに押されたのか。
やがて、『ちぇー』と拗ねながらも、渋々引き下がってくれた。
「ありがとう、正直困ってた」
「だったらはっきりいいなよぅ、あいつらきっちり言ってやらないと止まらないんだから」
「あはは・・・・」
苦笑いを浮かべながら、お礼を言って。
ふと、窓の外に目をやった。
・・・・あの背中を見られなくなって、もう二年。
いや、三年が経過しようとしている。
先日両親が会ってきた時は、とても元気そうだったという話だったが。
(・・・・会いたいなぁ)
机に突っ伏しながら、ぼんやり考えた。
『胎動』
足を組み、頬杖をついて資料を読む。
内容は『計画』の進行状況と、『敵』の戦力情報。
今目を通しているのは、ガングニールの装者についての項目だった。
「――――」
目を細める。
命を否定され、ありとあらゆる尊厳を脅かされ、背負わなくとも良い罪を背負わされ。
それでもなお、復讐や恨みなどというネガティブな行動に走らず。
知っていたり、知らなかったりする誰かの為に。
傷つきながら、血反吐を吐きながら、足を引きずり、ボロボロになってでも。
優しさを絶やさず、手を差し出し続ける彼女。
「何故、『そちら』に付くのか・・・・」
呟くそれは、同じ『虐げられる側』故の疑問。
否定されてなお、脅かされてなお。
何ゆえ守ることを選ぶのか。
反逆ではなく、調和を選べたのか。
「――――問わねばなるまい」
屈辱と、理不尽と、絶望の果てに。
何を見て、何を思い、何を得たのかを。
次回、三章始動・・・・!