チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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心の闇を見るって結構きつい

――――空気が肌を撫でている。

続いて、耳に呼吸の音が聞こえた。

ぼんやりしているうちに、目蓋が動くようになって。

光に痛む目を宥めながら、ゆっくりゆっくり開けてみる。

広がったのは、もう見慣れそうになってきたS.O.N.G.の医務室。

 

「――――ッ」

 

・・・・『知らない天井だ』って口が動きそうになって、慌ててつぐんだ。

がっつり知ってる天井だよ、これ。

また少しぼんやりしてから、ゆっくり体を起こしてみる。

・・・・重たッ!?

なんか、胴体全部に錘を括ったような感じ。

あとあれ、肩とか手首とか、節々が痛い・・・・。

 

「・・・・はあぁ」

 

どーっこらしょ、なんて起き上がって、ため息。

あー、お年寄りになった気分・・・・。

ここまで来ると、正直まだ寝てたい気分なんだけど。

そうもいかなそうだった。

どことなく重たい空気。

扉の向こうは、もっと張り詰めたオーラが滲んでいる。

・・・・もしかしなくても、緊急事態だろう。

だから、立ち上がる。

肘や膝の痛みを何とか押して、ベッドから降りる。

 

「・・・・行かなきゃ」

 

体をやや引きずるようにして、歩き出した。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「二人とも、よくやった!」

「後は任せろッ!!」

 

それぞれの得物を構え、前を見据える翼とクリス。

後ろでは、駆けつけたエージェント達が調と切歌を回収していた。

もちろん上着を羽織らせ、素肌を十分隠している。

当然のように襲おうとするアルカノイズを、手始めに片付けて。

改めてミカを睨む。

ノイズの群れはまだ健在。

上等だと身構えて、ほぼ同時に駆け出した。

翼が三つ斬り捨てれば、クリスが九つ撃ち抜く。

刃の軌跡と、銃弾の残響。

瞬きの間に、十、二十と数を減らしていく。

その様、まさに『突撃(CHARGE)』と呼ぶに相応しい。

もちろん、活躍の裏には、エルフナインや技術班達の努力があることも忘れてはならない。

アルカノイズの発光部位に触れても、ギアが解けないのが何よりの証拠だ。

 

「――――にははっ」

 

ミカはにんまり楽しそうに笑うと、手から結晶を射出。

アルカノイズが全滅したタイミングで、握り締めて走り出す。

一方は翼が振りかぶった剣へ叩きつけ、もう一方でクリスの弾丸を捌いていく。

言うまでも無く、この程度で怯む二人ではない。

 

「はああああああッ!!」

 

弾丸の群れを背負い、翼が駆け抜ける。

クリスは応戦し始めたミカの脇に回りこみ、追加の群れを解き放った。

何度も何度も木霊する剣戟と銃声。

一進一退の互角に見える攻防は、まるで嵐のようであったが。

所詮人為的なものであるそれに、やがて限界が訪れる。

 

「だあああッ!!」

 

翼がタイミングを見切って手首を捻る。

剣が翻り、ミカを弾き飛ばす。

大きくがら空きになるミカの胴体。

 

「うおらぁッ!!」

 

すかさずクリスがグレネードを打ち込めば、ボールのように吹っ飛んでいった。

間髪いれずに、翼は剣を放り投げる。

続けて自らも飛び上がり、足の推進器を吹かして蹴りを入れる。

降下し始めた翼へ、クリスはありったけのグレネードとミサイルを添える。

そんな猛々しい『銃剣』の一撃は、見た目相応の威力を以って。

ミカに、とどめを刺す。

 

 

――――はずだった。

 

 

「―――――めんぼくないゾ」

「いや、手ずから防いで分かった」

 

金属音と硝煙の中から聞こえたのは、未だ健在の敵の声。

身構える翼とクリスが目を凝らせば、ミカを庇うように障壁を張るキャロルの姿。

煙を払いつつ障壁を納めた彼女は、じろりと二人を見据えて。

 

「オレの出番だ」

 

はっきり言い切った。

 

「ご苦労だった、もう下がれ」

「委細承知だゾ」

 

そうして、キャロルに従い戦線から去っていくミカ。

 

「待てッ!!」

 

翼もクリスも、見逃すつもりは毛頭なかったのだが。

追いかけようとした鼻先に、風の刃を放たれた。

目をやれば、両手に緑の陣を展開したキャロルが睨んできている。

そちらを無視するわけにもいかなくなり、やむを得ず向き合う。

 

「お前たちの相手は、オレだと言っている」

「おいおい、そんなナリで戦う気かぁ?」

 

クリスが煽るように言った途端。

一瞬平静を保ったキャロルは、次の瞬間笑みを刻み付けた。

 

「なるほど、ナリを理由にされてはたまったものではないな」

 

言うなり、手元に陣を展開するキャロル。

光が収まる頃には、大きなハープが握られていた。

警戒する二人に、改めて凶悪な笑みを浮かべたキャロルは。

次の瞬間、その弦を無造作にかき鳴らす。

するとどうだろう。

ハープから無数の弦が解き放たれ、キャロルへ絡みつく。

そして、まるで立体を編み上げるように集合して。

張り付くスーツと、鎧へ変化していった。

キャロルの体もまた、大きな変化。

十に届くか届かないかの肢体が、しなやかに、艶やかに成長していく。

そうやって現れたのは、ワインレッドの装束に身を包んだキャロル。

 

「これだけあれば、不足はなかろう?」

 

成熟した女性に様変わりしたキャロルの体。

挑発するように胸に触れる様子から、よほどのパワーアップをしたのが見て取れた。

 

「ッ大きくなったところで!!」

「張り合いは望むところだァッ!!」

 

キャロルが大きくなった程度で、怯む二人ではない。

剣を払い、銃口を重々しく向けて。

強く強く地面を蹴り、飛び出していく。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「ダウルダブラの、ファウストローブ・・・・!!」

 

ほんの少しだけ遡って、S.O.N.G.指令室。

キャロルが纏ったシンフォギアのような装備に、エルフナインが呆然と呟く。

 

「ファウストローブ?」

「錬金術版のシンフォギア、と考えればいいわ。聖遺物に歌以外のエネルギーでアプローチした結果なの」

 

疑問符を浮かべた藤尭に、了子が解説をしているところへ。

指令室のドアが開く音。

見守っていた未来を始め、余裕のある面々が振り向けば。

 

「いい時に起きたみたいだね」

 

痛むらしい腕を抑えて立つ響。

起きてすぐに来たのか、入院服のままだった。

 

「響、動いて大丈夫なの!?」

「うん、ちょーっとだるいけど、そんくらい」

 

案じてくれる未来へ、へらりと笑いかけた響は。

しかし、一度閉じた目を開く頃には、表情を引き締めていた。

 

「・・・・状況を、教えてください」

 

不安げな未来も視界に収めながら、弦十郎はモニターを見た。

 

「御覧の通りだ、翼とクリスくんが交戦中。しかし・・・・」

 

顔を渋めれば、文字通り大きくなったキャロルに苦戦している二人。

首魁を務めるだけあって、キャロル本人も『やり手』らしい。

無数の弦を操って、翼達を追い込んでいた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

クリスが弾幕で牽制する間、反対側に回った翼が『蒼ノ一閃』を放つ。

一瞬反応が遅れたキャロルだったが、うまいこと体をひねって回避。

ワイヤーを固めてドリルを形成すると、近くにいたクリスへ肉薄。

迫ってきた翼もまた、同じくワイヤーで剣をいなす。

ついでに蹴りを加えて距離をとると、ダメ押しと言わんばかりに炎と風の陣を展開。

暴風と熱波に、思わず顔を庇う二人。

すかさず隙をつかれ、いくつもの雷光が降り注いできた。

どうにか避けられたものの、さらに離れた距離が力の差を表しているように見えて。

翼もクリスも、目に見えて苦い顔をした。

だが、希望が潰えたわけではない。

 

「やるか、イグナイトモジュール・・・・?」

「櫻井女史とエルフナインが付けてくれた、新しい力・・・・」

 

強化にあたって、シンフォギアに新たに付け加えられた力。

運用を一歩間違えれば、自身も滅ぼしてしまう。

諸刃の『剣』。

 

「――――ハ」

 

その程度で二人が足踏みするかどうかといえば、『否』である。

 

「お試しなしのぶっつけ本番、上等じゃねぇか!!」

「ああ、全く以て同感だッ!!」

 

未だ健全の敵を前に、不敵に笑いあった翼とクリス。

装いが新しくなった胸元へ、揃って手を伸ばす。

 

「――――イグナイトモジュールッ!!」

 

「――――抜剣ッ!!」

 

 

 

 

『――――Dainsleif!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――イグナイトモジュール。

魔剣・ダインスレイフの欠片により、装者自身が抱える心の闇を増幅させ。

暴走状態を意図的に発動。

そのうえで制御し力と変えるシステム。

しかし、途方もない破壊衝動に身を焼かれ続ける代償もある。

濁流のように押し寄せる(トラウマ)に、抗えなければ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――一瞬の暗転。

翼が意識を取り戻すと、戦場だったはずの立ち位置が様変わりしていた。

一見何も見えないように思えるが、薄暗い中に見える輪郭から、ここがライブ会場であることを察する。

すると、スポットライトが翼を照らした。

急に明るくなった視界。

眼球に痛みを覚えた翼は、思わず顔を庇った。

光に怯んでいる間に、会場全体の照明が点灯する。

 

「―――――ッ!?」

 

見えるようになった観客席を見て、絶句する。

所狭しと並び、彩を加えている観客は。

 

「ノイズ・・・・!」

 

まさしく人っ子一人いない状況。

呆然と見渡した翼。

見開かれた目は、みるみる悲痛に歪んで。

あふれた動揺が、膝をつかせた。

――――やっと、夢を。

世界で歌ってみたいという夢を、叶えられたと思っていた。

その矢先の、今回の事件。

剣という使命に誇りがあるのは、偽りのない事実。

それでも、自分の歌を聞いてくるのは敵だけというのは、とても堪えた。

 

「――――ッ」

 

照明が完全に落ちて、新たに点く。

そこにいたのは、父と、幼い日の自分。

 

「――――お前が娘であるものか、どこまでも穢れた風鳴の道具に過ぎん」

 

幼心に深く刻まれた言葉(トラウマ)

そうだ、始まりは承認欲求だった。

冷たい言葉が信じられなくて、どうしても撤回してほしくて。

だから、無我夢中で剣として鍛錬を重ねてきた。

でも、その果ては。

 

「奏・・・・?」

 

また新たなスポットライト。

照らし出されたのは、もはや懐かしい姿形。

振り向いた奏は、翼に気づくと。

ふっと笑みを向けてくれた。

 

「奏・・・・!」

 

すがるように駆け寄り、抱きしめる。

瞬間、奏はぶつ切りとなって崩れ去る。

 

「――――剣の身では、誰も抱きしめられない」

 

それどころか。

足元に転がる、大切な人のように。

わなわな震える指を握りしめ、喉から慟哭を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスが目覚めたのは、リディアンの教室。

幼い頃から焦がれた、温かい日常の風景。

クラスメイトとおしゃべりをして、勉強に頭を悩ませて、家族と慎ましい時間を過ごす。

誰もが持ち得て、何よりも尊い時間。

地獄を知っているからこそ、クリスは大切にしようという気持ちがひとしおだった。

だが、そんな決意をあざ笑うように、景色が一変する。

吹き荒れる風、舞い上がり押し寄せる土埃から顔を庇って、目を開けなおせば。

火に包まれ、瓦礫が散乱する地獄へと。

 

「ああッ・・・・!」

 

歩き出そうとした足元。

転がる瓦礫以外のものに気づいて、短く悲鳴を上げる。

そこにあったのは、決して浅くない怪我を負った了子。

いや、了子だけではない。

調や切歌、響に翼にマリア。

弦十郎や、緒川、友里や藤尭といったS.O.N.G.職員達まで。

クリスが守りたいと、大切だと思っている人達が。

傷だらけで所狭しと倒れていた。

――――クリスは知っている。

地獄はすぐそこにあることを。

大切な人達は、いなくなる時は呆気なくいなくなることを。

その恐怖は、常日頃から傍にいることを。

 

「ぅ、あ・・・・!」

 

フラッシュバックする。

炎の中で、事切れた両親が。

親のように慕っていた了子(フィーネ)を、奪われたと思った感情が。

怖い、怖い、怖い。

また、失ってしまうのが。

たまらなく怖い・・・・!!

 

「ああああああ・・・・!」

 

上がる悲鳴が、止められない。

抜けそうな腰を必死に保ちながら、一刻も早く距離を置きたくて。

クリスは背を向け、駆け出そうとして。

 

「――――!?」

 

何者かに、手をひっつかまれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我に返る。

現実に戻った意識で改めて見渡すと、しっかり握られた自分の手が見えた。

 

「すまんな、雪音」

 

握られた手を追いかければ、苦しそうながらも笑う翼。

 

「こうでもしないと、自分を保っていられない・・・・!!」

 

ぎゅう、と、さらに強く握られる手。

熱いくらいの温もりが、吹き飛びそうな両者の意識を繋ぎとめていた。

やがて不発を判断したシステムが、強制終了する。

体力と気力を一気にそぎ落とされ、翼とクリスは雪崩れ込むように倒れ伏す。

イグナイトの初運用は失敗。

だが、暴走という最悪な結果だけは免れた。

 

「ふん・・・・」

 

その様を見ていたキャロルは、なぜか面白くなさそうに鼻を鳴らす。

そして徐に懐からアルカノイズの結晶を取り出して。

 

「向かってこないというのなら、その気にさせるだけだ!」

 

まるで見せつけるように、盛大にばら撒いた。

 

「聞くがいい!死にゆく者たちの、悲鳴を!!」

 

砕けた結晶から次々現れたアルカノイズは、たちまち散開。

あっという間に人間を探し当て、片っ端から赤い塵にして殺していく。

上がる悲鳴は、翼とクリスにも聞こえていた。

このまま倒れ伏している二人ではない。

しかし、イグナイト失敗の反動は凄まじく。

足を張って立ち上がるだけでやっとだった。

 

(早く、一刻も早く立ち上がる力を・・・・!)

(牙を突き立てるだけの、力を・・・・!)

 

膝は笑い、胴体は鉛を埋め込まれたように重い。

動かなければと焦るほどに、四肢はどんどん鈍っていく。

 

「・・・・」

 

そんな二人の様子を、キャロルはやはり面白くなさそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

「・・・・行くの?」

 

戦闘を静かに見守っていた響。

未来はその横顔へ、確信めいた問いを投げる。

もうしばしモニターを眺めた響は、返事代わりに困った笑みを向けた。

 

「・・・・本当は、まだダメだっていうのは、分かっている」

 

だけど、と。

改めてモニターを見る。

悲鳴が連鎖する中、立ち上がろうと足掻いている翼とクリスがいる。

目の前にいるキャロルは、何故か行動を起こしていないが。

もし起こしたとしたら、簡単に二人を仕留められる位置にいた。

 

「だけど、こんなのを見てしまって、引きこもっていられるほど・・・・いい子じゃないから、だから」

 

ぐぐ、と音を立てて握られる拳。

その意思の硬さを目の当たりにした未来は、しょうがないといいたげにため息をついた。

 

「響さん」

「ん?」

 

そんな響の目の前に、エルフナインが歩み寄ってくる。

おずおずと差し出した手を開けば、シンフォギアのマイクユニットが。

ガングニールのシンフォギアがあった。

 

「わたしのも改修してくれてたんだ?ありがとうね」

「いえ、そんな・・・・わわわっ」

 

お礼とともに頭を撫でた響は、踵を返す。

 

「――――無理だけは禁物だぞ、泣かせたくないのなら、な」

 

その背中へ、弦十郎が忠告を投げれば。

響は背を向けたまま、二本指を投げた。


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