チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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野を超え山超えて

――――一番古い記憶は、幼稚園を卒園してすぐだったと思う。

怖い夢を見て、夜中に起きてしまって。

再び寝付けなくなってしまい、トイレにでも行ってごまかそうかと思った。

だけどいざ出てみれば、出迎えた真っ暗な廊下が余計に恐怖を駆り立てて。

幼い心は、すっかり怖気づいてしまって。

 

「――――何してんの?」

 

そこへ話しかけてきたのが、同じく起きてしまったらしい姉だった。

途端に、もう小学生になるのに、『怖い夢で眠れない』なんて恥ずかしくなってしまって。

つい、なんでもないと口にしてしまったけど。

姉にはお見通しだったらしい。

 

「わたしは見ちゃったんだぁ。『小学生のお姉さん』でも眠れなくなるような、とびっきり怖い夢」

 

なんて言い訳をして、ついてきてくれた。

用が終わった後で、『お母さん達には内緒ね?』と。

小さめのコップにジュースをくれて、二人でこっそり乾杯もしたものだ。

 

「ついでだし、このまま一緒に寝てくれる?一人じゃどうも眠れそうになくて」

 

そのあとの歯磨きで、そう提案してくれたから。

わたしは少し強がって、『しょうがないな』なんて言ってオーケーして。

一緒にかぶったお布団の中で、ささやくように歌ってくれる子守歌。

優しい歌声に安心して、その日はぐっすり眠れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――三年前。

そんな優しかった姉に、災難が降りかかった。

生きていることを責められ、知っている人からも知らない人からも『死ね』と怒鳴られ。

その渦が家族を巻き込んでしまったのをきっかけに、姿を消してしまった。

思いやりのある優しい性格なのは子供ながらに理解していたし、だからこそいなくなったんだというのも分かっていた。

もしかしたら、姉の問題はまだ片付いていないのかもしれない。

だからあの夜、妹である自分を見るなり逃げてしまったのかもしれない。

 

(――――それでも)

 

――――それでも。

幻を見てしまうほど、会いたいと思っていたから。

何度も夢を見るほど、会いたいと願っていたから。

 

 

 

だから、

 

 

 

「よしっ」

 

――――先日氷柱で破壊されてしまったものとは、また違う神社。

小さな社の物陰で、もろもろの準備を再確認。

最終チェックを終え、ぐ、と手を握る。

・・・・学校をバックレたのがバレれば、ただではすまないが。

覚悟の上だった。

 

「いくぞーっ!」

 

ポケットに大切にしまったメモ紙は、再会した幼馴染のお姉さんが教えてくれた住所。

逃げられてしまうのなら、こちらから突撃してしまえと。

少女は、一時の冒険に旅立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのバカに妹ねぇ・・・・」

 

S.O.N.G.本部、シャワールーム。

クリス、翼、マリアの三人は、並んで汗を流している。

水が体を伝って流れ落ちていくのを見送りながら、クリスがどこか憂鬱な声でつぶやいた。

 

「置き去りにした負い目、でしょうね・・・・あの時、とても尋常ではない様子だったから」

 

並んでシャワーを浴びるマリアが思い出すのは、ガリィを討ち取った日の夜のこと。

未来を伴って買い出しにいったはずの響が、この世の終わりのような表情で駆け戻ってきた。

何事かと話しかけても、泡食ったように支離滅裂な言動を繰り返し。

目に見えて錯乱していた響。

翼がやむなく意識を刈り取ったところで、戻ってきた未来が説明してくれたのだった。

 

「今日、あいつは?」

「いつも通り、そこがかえって心配だけど」

 

マリアが思い浮かべたのは、今日の響の様子。

何食わぬ顔で笑みを浮かべ、書類仕事や訓練をこなしていたものの。

表情を必死に取り繕っているのは、探るまでもなくわかることだった。

 

「・・・・これまでの恩もある、力になりたいところだけど」

 

『普通の家庭を知らないから』、と。

マリアはやや自嘲気味に笑った。

 

「いや、並みの家庭ではないのは私も同じだ。たとえ親が健在であろうとも、な・・・・」

 

隣から、翼はそんなマリアをフォローする。

しかしその声もまた、同じく自嘲に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

立花響(わたし)』としての意識がはっきり芽生えた、幼稚園への入園直後。

本来のこの子(たちばなひびき)』の意識はどこへいったのかという疑問へ、答えを示すように生まれたのが。

本来は存在しないはずの『響の妹』こと、『立花香子(たちばなきょうこ)』だった。

年の差五つと、大分離れていたものの。

わたしを姉と慕いながら後ろをついてくる姿には、よく和ませてもらっていたものだ。

『本来の響』のように、おっちょこちょいで天真爛漫。

だけどお父さんによく似た、思いやりのある子。

 

『将棋の香車のように、目標へまっすぐ進む子になってほしい』

 

両親のそんな願いの通り、無垢に素直に育っていってくれていた。

――――はずだった。

言うまでもなく、わたしの所為だ。

あのライブをきっかけに始まった迫害。

当然、妹である香子にも牙をむいた。

叩かれたりからかわれたりはしょっちゅうで、時にはものを隠されたこともあった。

ひどい時には川に落とされ、全身ずぶ濡れで帰ってきたこともある。

泣いてない日はなかったと思う。

一緒に眠る布団の中、『おねえちゃんだってつらいのに』って言いながらしゃくりあげたことは、数えきれない。

何とか涙を止めたかったわたしに出来たのは、ただただ抱きしめてあやしてやることだけだった。

善意(あくい)は毎日のように、妹と家族を遠慮なく追い詰めつづけて。

そんなギリギリの状態にとどめを刺したのは、お父さんの蒸発だった。

お母さんはうなだれていた。

おばあちゃんは震えていた。

妹は、香子は。

声を上げて、わんわん泣いていた。

――――現実を、叩きつけられたようだった。

重たく大きな鈍器で、力任せに、暴力的に殴られたような。

お前が生まれてきたからこうなったんだと。

お前がしゃしゃり出たからこうなったんだと。

卑しい異物に、居場所なんてないんだと。

そんな事実を、叩きつけられた気分だった。

 

だから、逃げた。

 

突っ立って鼓動を打って呼吸しているだけで、罪悪感に苛まれてしまうような場所から。

味方だと思っている人達が、敵に回ってしまうのが怖くなって。

だから、背を向けた。

その先が、地獄だって分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「あっつ・・・・」

 

都会の暑さを舐めていた。

ヒートアイランド現象がこんなに体を蝕むなんて・・・・。

生乾きの汗で肌がべたつき、着ている衣服を不快な布に変えてしまっている。

持ってきた水は飲みほしてしまった。

財布に余裕はあるものの、不幸にも自販機やコンビニが見当たらない。

 

「ぃ・・・・」

 

頭が痛い。

脈打つような鈍痛が、頭を侵している。

ズキズキと意識を蝕む痛みに、とうとう膝をついてしまった。

申し訳ないと思いつつ、家の塀にもたれかかる。

狭い日陰へ何とか身を寄せるも、アスファルトの照り返しの前には意味がなかった。

蝕む暑さが、じりじりと意識を削っていく。

逃げられるのがいやだったから、黙ってやってきたのだが。

どうやらそれが仇になってしまったらしい。

――――鈍痛が激しくなる。

脳みそがまるごと暴れているようだ。

ゆっくりゆっくり、視点が下がって。

とうとう座り込んでしまったのに気づく。

どこか、冷房の効いた建物の中に入るべきなのだろうが、そんな体力はとっくの昔に尽きている。

 

(少しだけ、少しだけ・・・・)

 

静かに目を閉じて、ゆっくり呼吸をして。

 

「ねえ!君、大丈夫?こんなとこでどうしたの!?」

 

掴まれる肩、ゆらされる体。

人が来たことに安心して、意識を手放してしまった。




安易にオリキャラをぶっこむ。
悪い癖だと自覚しています。

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