夕方。
連絡を受けた未来が、弦十郎宅に駆けつければ。
額に冷却シートを張られ、布団で横になっている香子が。
そっとタオルケットをめくれば、首や脇に氷嚢が挟まれているのが見えた。
「あたしが見つけたときは、もう意識が無くって。ちょうど緒川さんと会えたから、近かった弦十郎さん家に連れてきたんだよ」
「そう、なんだ・・・・ありがとう、弓美ちゃん」
「いーってことよ」
起こさないよう、声を潜めて説明した弓美に礼を伝えてから。
未来は改めて香子の寝顔を見下ろした。
熱中症の名残か、まだ頬が赤い。
・・・・何故ここにいるのかなんて、考えるまでもないだろう。
誰が見ても仲が良かった姉妹の片割れだ。
あの夜逃げてしまった姉を追ってきたに違いない。
「それにしても、響の妹ってだけあるわね。ホントにそっくり」
「・・・・うん、響もよく自慢してた」
顔が陰った未来を気遣ってか、わざと明るい声で話を切り出す弓美。
お陰で昔を思い出した未来は、かつてのほほえましい光景に薄く笑みを浮かべた。
実際、弟や妹を疎ましく扱っていた同年代と比べて、仲が良かったように思う。
ついてきたがる香子を二人で連れまわして、いろんなところに出かけたものだ。
「響は来るって?」
「・・・・どう、だろう。マリアさん達が連れてきてくれるらしいけど」
「ありゃ、やっぱりヘタレ発動させちゃってる感じ?」
「うーん・・・・」
弓美の指摘に、未来は『否定したいけど出来ない』という苦笑を浮かべるしかなかった。
――――香子と鉢合わせた後、逃げた響を追いかければ。
待っていたのは、やむなく気絶させられた大切な人。
ぐったりした体を支える、仲間達の申し訳なさそうな顔が。
強く記憶に残っている。
「多分、後ろめたいんだと思う。一回置いてっちゃったから」
「あぁー・・・・」
三年前、何もかもを放棄して出立した旅。
置いていったものの中には、当然家族も含まれている。
両親は何とか旅の内容を話せただろうが、まだまだ小学生の妹となれば別だろう。
どんな風に話していいのか、話せたとしても嫌われないだろうか。
きっと、そんなことを心配しすぎているに違いない。
「未来さん、響さん達が」
「ッ本当ですか?」
なんて考えている間に、その時が来てしまった。
緒川が知らせてすぐ、複数の足音が聞こえてくる。
気づいた緒川がそっと避けると同時に、響が入ってきた。
沈痛な面持ちが、逆光で暗くなっていてもよく見える。
「・・・・キョウちゃんは、やっぱりキョウちゃんだね」
静かに退いた弓美も見守る中で、黙って寝顔を見下ろす響。
隣にいる未来は、口を開いた。
どういうことだと言いたげな、響の視線を受けながら。
柔らかく、ほほえまし気に笑う。
「響のこと、まだ大好きなんだね」
「・・・・」
一方の響は、沈黙を保ったまま。
依然固く口を結び、一言も発していないが。
考え込んでいる内容が、ポジティブではないことだけは分かった。
「・・・・少しくらい、お話してあげようよ」
未来がまた口火を切る。
「こんなになるまで、響のこと探してたんだからさ」
「・・・・そうとは限らないでしょ」
ここで、初めて口を開いた響。
出てきた言葉は、否定的なもの。
「もっと別の用事かもしれないよ」
やや吐き捨てるように告げると、立ち上がって出て行ってしまった。
当然、未来は追いかけようとしたものの。
聞こえた唸り声に、思わずそちらを見る。
案の定、香子が意識を取り戻したところだった。
響とのこともあり、どうしようとおろおろし始めると。
「未来」
廊下で控えていたかけたマリアが、一声かけて、任せろと言わんばかりに頷く。
そのままスタスタ歩いていく音が聞こえたので、ここは好意に甘えることにした。
「・・・・みくちゃん?」
「うん、おはよう。キョウちゃん」
香子の不安げな声に、努めて明るく答える。
◆ ◆ ◆
「――――待ちなさい」
「・・・・」
足早に廊下を進む背中へ、マリアは鋭く声をかける。
黙って振り向いた響の目は、どこか剣呑だ。
「妹が命懸けで訪ねてきたというのに、ずいぶん冷たい反応ね」
「・・・・未来にもいいましたけど、そうとは限らないですよ」
「あの子の状態から見るに、相当な時間を外で過ごしていた様子。こんな平日に、学校をサボタージュしてまで遊ぶ子なの?」
指摘に、再び黙り込む響。
剣呑さを増す視線に、マリアも苛立ちが募るのを覚えた。
「たった一人の、
やや踏み鳴らしながら、距離を詰めるマリア。
彼女の方が高身長なので、自然と見下ろす形になる。
「怖がって距離をとるだけでいいの?失くしてからでは遅いのよ・・・・!?」
「いるからこそ、どうにもできないことだってあるんですよ」
「だからといって、歩み寄ろうとする意志を無下にするの!?」
「家族がいるから幸せだなんて、思わないでください!」
売り言葉に買い言葉。
だんだんと荒くなる互いの口調。
声も一緒に大きくなってくる。
表情も、厳しく険しいものに変わっていく。
「守りたいのに守れない!頼っても裏切られる!沁みついた恐怖が、あなたに分かりますか!」
「分かる分からないの問題ではない!あなたこそ、そうやっていつまで逃げ続けるつもりなの!?」
ヒートアップしていく口論は、辞め時を見失ってしまい。
「――――マリアさんはいいですよね」
そして、響は。
とどめと言うべき言葉を、放ってしまった。
「気にするような
「――――ッ!!!!!」
考えるよりも、体が動いていた。
めいいっぱい開かれた手が、鞭のようにしなって。
――――乾いた、音。
衝撃で横を向いた響は、頬を真っ赤にしたまま黙っている。
マリアは歯を食いしばり、睨みつけていたが。
やがて、じわじわと涙を零し始めた。
「ちょっと、響!?」
「マリア!立花!」
「おい、何があった!?」
騒ぎを聞きつけた仲間達が、ばたばたとやってきて。
そして、目の前の光景に息を吞む。
その時、
『――――聞こえるかッ!?』
通信機から、弦十郎の声。
『都内の地下施設にて、アルカノイズとオートスコアラーの反応だ!すでに調君と切歌君が向かっているッ!』
「――――なら、わたしも向かいます」
誰とも目を合わせないまま、手短に告げた響。
まるで逃げ出すように、走り去ってしまった。
「・・・・マリア、何があった?」
響が去った後。
息が荒いまま、力なく手を下したマリア。
翼に恐る恐る問いかけられると、膝から崩れ落ちた。
「マリアさん!?」
「ど、どうした!?」
「何事だよ!おい!?」
弓美、翼、クリスに慌てて駆け寄られたマリア。
涙を抑えるように、手で顔を覆って。
「・・・・何を、しているんでしょうね。私は」
震える声で、後悔を零した。
コソコソッ(ビンタ、実は書きたかったシーンでもあります)