チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

93 / 199
剣呑

夕方。

連絡を受けた未来が、弦十郎宅に駆けつければ。

額に冷却シートを張られ、布団で横になっている香子が。

そっとタオルケットをめくれば、首や脇に氷嚢が挟まれているのが見えた。

 

「あたしが見つけたときは、もう意識が無くって。ちょうど緒川さんと会えたから、近かった弦十郎さん家に連れてきたんだよ」

「そう、なんだ・・・・ありがとう、弓美ちゃん」

「いーってことよ」

 

起こさないよう、声を潜めて説明した弓美に礼を伝えてから。

未来は改めて香子の寝顔を見下ろした。

熱中症の名残か、まだ頬が赤い。

・・・・何故ここにいるのかなんて、考えるまでもないだろう。

誰が見ても仲が良かった姉妹の片割れだ。

あの夜逃げてしまった姉を追ってきたに違いない。

 

「それにしても、響の妹ってだけあるわね。ホントにそっくり」

「・・・・うん、響もよく自慢してた」

 

顔が陰った未来を気遣ってか、わざと明るい声で話を切り出す弓美。

お陰で昔を思い出した未来は、かつてのほほえましい光景に薄く笑みを浮かべた。

実際、弟や妹を疎ましく扱っていた同年代と比べて、仲が良かったように思う。

ついてきたがる香子を二人で連れまわして、いろんなところに出かけたものだ。

 

「響は来るって?」

「・・・・どう、だろう。マリアさん達が連れてきてくれるらしいけど」

「ありゃ、やっぱりヘタレ発動させちゃってる感じ?」

「うーん・・・・」

 

弓美の指摘に、未来は『否定したいけど出来ない』という苦笑を浮かべるしかなかった。

――――香子と鉢合わせた後、逃げた響を追いかければ。

待っていたのは、やむなく気絶させられた大切な人。

ぐったりした体を支える、仲間達の申し訳なさそうな顔が。

強く記憶に残っている。

 

「多分、後ろめたいんだと思う。一回置いてっちゃったから」

「あぁー・・・・」

 

三年前、何もかもを放棄して出立した旅。

置いていったものの中には、当然家族も含まれている。

両親は何とか旅の内容を話せただろうが、まだまだ小学生の妹となれば別だろう。

どんな風に話していいのか、話せたとしても嫌われないだろうか。

きっと、そんなことを心配しすぎているに違いない。

 

「未来さん、響さん達が」

「ッ本当ですか?」

 

なんて考えている間に、その時が来てしまった。

緒川が知らせてすぐ、複数の足音が聞こえてくる。

気づいた緒川がそっと避けると同時に、響が入ってきた。

沈痛な面持ちが、逆光で暗くなっていてもよく見える。

 

「・・・・キョウちゃんは、やっぱりキョウちゃんだね」

 

静かに退いた弓美も見守る中で、黙って寝顔を見下ろす響。

隣にいる未来は、口を開いた。

どういうことだと言いたげな、響の視線を受けながら。

柔らかく、ほほえまし気に笑う。

 

「響のこと、まだ大好きなんだね」

「・・・・」

 

一方の響は、沈黙を保ったまま。

依然固く口を結び、一言も発していないが。

考え込んでいる内容が、ポジティブではないことだけは分かった。

 

「・・・・少しくらい、お話してあげようよ」

 

未来がまた口火を切る。

 

「こんなになるまで、響のこと探してたんだからさ」

「・・・・そうとは限らないでしょ」

 

ここで、初めて口を開いた響。

出てきた言葉は、否定的なもの。

 

「もっと別の用事かもしれないよ」

 

やや吐き捨てるように告げると、立ち上がって出て行ってしまった。

当然、未来は追いかけようとしたものの。

聞こえた唸り声に、思わずそちらを見る。

案の定、香子が意識を取り戻したところだった。

響とのこともあり、どうしようとおろおろし始めると。

 

「未来」

 

廊下で控えていたかけたマリアが、一声かけて、任せろと言わんばかりに頷く。

そのままスタスタ歩いていく音が聞こえたので、ここは好意に甘えることにした。

 

「・・・・みくちゃん?」

「うん、おはよう。キョウちゃん」

 

香子の不安げな声に、努めて明るく答える。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――待ちなさい」

「・・・・」

 

足早に廊下を進む背中へ、マリアは鋭く声をかける。

黙って振り向いた響の目は、どこか剣呑だ。

 

「妹が命懸けで訪ねてきたというのに、ずいぶん冷たい反応ね」

「・・・・未来にもいいましたけど、そうとは限らないですよ」

「あの子の状態から見るに、相当な時間を外で過ごしていた様子。こんな平日に、学校をサボタージュしてまで遊ぶ子なの?」

 

指摘に、再び黙り込む響。

剣呑さを増す視線に、マリアも苛立ちが募るのを覚えた。

 

「たった一人の、姉妹(きょうだい)なんでしょう?」

 

やや踏み鳴らしながら、距離を詰めるマリア。

彼女の方が高身長なので、自然と見下ろす形になる。

 

「怖がって距離をとるだけでいいの?失くしてからでは遅いのよ・・・・!?」

「いるからこそ、どうにもできないことだってあるんですよ」

「だからといって、歩み寄ろうとする意志を無下にするの!?」

「家族がいるから幸せだなんて、思わないでください!」

 

売り言葉に買い言葉。

だんだんと荒くなる互いの口調。

声も一緒に大きくなってくる。

表情も、厳しく険しいものに変わっていく。

 

「守りたいのに守れない!頼っても裏切られる!沁みついた恐怖が、あなたに分かりますか!」

「分かる分からないの問題ではない!あなたこそ、そうやっていつまで逃げ続けるつもりなの!?」

 

ヒートアップしていく口論は、辞め時を見失ってしまい。

 

「――――マリアさんはいいですよね」

 

そして、響は。

とどめと言うべき言葉を、放ってしまった。

 

「気にするような姉妹(きょうだい)なんて、もういないんでしょ!!」

「――――ッ!!!!!」

 

考えるよりも、体が動いていた。

めいいっぱい開かれた手が、鞭のようにしなって。

――――乾いた、音。

衝撃で横を向いた響は、頬を真っ赤にしたまま黙っている。

マリアは歯を食いしばり、睨みつけていたが。

やがて、じわじわと涙を零し始めた。

 

「ちょっと、響!?」

「マリア!立花!」

「おい、何があった!?」

 

騒ぎを聞きつけた仲間達が、ばたばたとやってきて。

そして、目の前の光景に息を吞む。

その時、

 

『――――聞こえるかッ!?』

 

通信機から、弦十郎の声。

 

『都内の地下施設にて、アルカノイズとオートスコアラーの反応だ!すでに調君と切歌君が向かっているッ!』

「――――なら、わたしも向かいます」

 

誰とも目を合わせないまま、手短に告げた響。

まるで逃げ出すように、走り去ってしまった。

 

「・・・・マリア、何があった?」

 

響が去った後。

息が荒いまま、力なく手を下したマリア。

翼に恐る恐る問いかけられると、膝から崩れ落ちた。

 

「マリアさん!?」

「ど、どうした!?」

「何事だよ!おい!?」

 

弓美、翼、クリスに慌てて駆け寄られたマリア。

涙を抑えるように、手で顔を覆って。

 

「・・・・何を、しているんでしょうね。私は」

 

震える声で、後悔を零した。




コソコソッ(ビンタ、実は書きたかったシーンでもあります)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。