チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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ドツボに入ると中々抜け出せない

「――――二人とも、お待たせ」

「わぁッ!?」

「響さん、それ!?」

 

オートスコアラーの反応があった、地下への入り口。

振り向いた調と切歌。

響の赤く腫れあがった頬に、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「ちょっと転んじゃって、見た目ほど痛くはないから」

「そ、そうなんデスか・・・・?」

「とにかく行こう、オートスコアラーでしょ?」

「は、はい・・・・」

 

正直なところ、響の頬が気になって仕方がない二人だったが。

敵をほっとけないのも事実なので、渋々言うとおりにした。

早速ギアを纏って突入。

薄暗い中を駆け抜ければ、やがて見えてくる色とりどりのノイズ。

そのさらに向こうには、なんらかの装置の前に立つミカの姿が。

 

「――――しッ!」

「おおッ!?」

 

今の響には、『なぜ彼女がそんなところに』と考える余裕はなかった。

一刻も早い撃滅を全うすべく、ノイズの間を走り抜け。

刺突刃を重く突き出す。

衝撃波が発生するほどの攻撃に、ミカはむしろ笑って反応。

響の右手をひっつかんで回避、そのまま振り回して投げ飛ばした。

パイプに叩きつけられた響は、噴き出したスチームに呑み込まれて見えなくなる。

間髪入れずに飛び出した響。

熱され赤くなった肌の湿り気を、振り払うように身をひるがえして。

再びミカへ突撃する。

 

「調」

「うん」

 

アルカノイズを斬り捨てながら、調と切歌はアイコンタクト。

今の響が、悪い意味で普段と違うことに気づいたのだ。

 

「何があったんだろう」

「ほっぺのことといい、気になるデスよ・・・・っと!」

 

二人が次々処理していく間にも、戦況は変化していく。

彼らの現在地は地下、さらに言うと電線を始めとしたライフラインが密集している場所だ。

長時間戦闘を続ければどうなるか、想像に易いことだった。

 

「っだらぁ!!」

 

響にも、それを考える程度の余裕はあったらしい。

だが、時間が経てば経つほど、攻撃は大ぶりで単調なものになっていく。

その動きはやがて、誰にでも突けるような隙をいくつも生む。

 

「とぉうッ!」

「あっぐ・・・・!」

 

当然ミカは見逃さない。

蹴りを突き刺し、響をまた吹っ飛ばす。

今度は体勢を立て直せた響。

顔を上げると、炎を放つミカの姿を捉えた。

響は立ち上がるなり、即座に籠手を回転。

迫る炎へ、風を放つ。

ぶつかる風と炎。

密閉した空間で、ところ狭しと暴れまわる。

配管が軋んで悲鳴を上げる中、両者はしばらく拮抗していたが。

 

「――――にははッ」

 

ミカが笑った途端、急上昇する火力。

増幅した火炎が風を飲み込み、猛然と迫りくる。

その急激な変化に、響は為す術も暇もなく。

 

「うわああーッ!!」

 

無情にも、業火が直撃した。

響の体が木の葉のように飛び、落ちる。

受け身をとれない体は、無防備にコンクリートに打ち付けられ。

意識を手放してしまった。

 

「響さん!」

 

離れていた切歌達から見ても、頭を強打したのは明白。

ピクリとも動かなくなった彼女を案じて、二人は一度大きく薙ぎ払う。

いち早く飛び出したのは切歌。

再び炎を充填し始めたミカを警戒しつつ、響の回収を試みる。

立ちふさがるアルカノイズを切り捨てながら前進する切歌。

しかし、ミカが一手早かった。

放たれた炎が、濁流となって猛進する。

対する切歌は響を片手に抱えたまま、もう片手で鎌を回転させることで防ごうとして。

 

「――――切ちゃんッ!!」

 

目の前、躍り出る人影。

丸鋸を展開した調が、炎を受け止めていた。

細い体を必死に張って、耐え続ける調。

だが、踏ん張りが利きづらい調のヒールでは、長く持たない。

 

「あああッ!」

「調ッ!」

 

結局押し切られてしまい、調もまた大きく弾かれた。

なんとか受け身を取れたので、気絶はしなかった様だが。

歪んだ顔が、受けた痛みを雄弁に語っていた。

こうなったら自分がやるしかないと、切歌は奥歯を噛み締めて前を向く。

 

「ワタシはワタシで忙しいゾ、お子様の相手はしてらんないんダゾ」

 

だが、ミカは転移結晶を叩きつけているところで。

 

「――――お前達の解体なんて、いつでも出来るゾ」

 

最後、にんまり笑って消えていった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――消毒液のにおいが鼻をつく。

目を開けると、すっかり見慣れてしまったS.O.N.G.の医務室だった。

毛布がこすれて、肌がひりひりする。

炎で炙られたもんなぁ・・・・。

なんか最近こんなんばっか。

気絶寸前に打ったらしい頭をさすりながら、ゆっくり起き上がる。

・・・・すっかりやられちゃったなぁ。

あかん、思い出すだけで鬱になってくる。

なんていうか、もう。

今日のわたし、徹頭徹尾不甲斐なさ丸出しで・・・・。

マリアさんにもあんなこと言っちゃうし・・・・。

・・・・何より。

何より、香子のことだ。

あんな、へろへろになるまでわたしに会いに来てくれたのに。

肝心のわたしが、臆病すぎたばっかりに。

いや、香子一人だけならまだよかった。

調ちゃんや、切歌ちゃんにまで、迷惑をかけてしまって。

なんか、もう。

死にたい、っていうか消えたい。

ぽんっというか、どろんって無くなりたい。

たまりにたまった自己嫌悪と罪悪感で、胸がパンクしそうだ・・・・。

 

「響さん、起きたんですね。大丈夫ですか?」

 

わたしに気が付いたエルフナインちゃんが、近寄ってくる。

うーん、白衣がかわいい。

・・・・現実から逃げても意味ないんだよなぁ。

 

「エルフナインちゃん・・・・うん、へーき」

「頭部の強打と、複数個所の軽度のやけどですが、どちらも入院するほどではありません」

 

『無事でよかったです』と、笑ってくれるエルフナインちゃん。

心配が嬉しい分、自己嫌悪がさらに燃え上がる。

情けなさ過ぎて、不甲斐なさ過ぎて。

自責と自己嫌悪が、全力で押しつぶしにかかられているような重圧を感じる。

――――だけど。

だけど、この重圧を。

どこか懐かしく感じているわたしが、片隅にいた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――暁切歌は、怒っていた。

今回ヘマをした響にではない。

ミカの攻撃の前に躍り出た、調に対してだ。

もちろん、大怪我を負いかねない状況を心配したのもある。

だがそれ以上に、『守りたい人に守らせてしまった』という負い目が、いっそう怒りを駆り立てていた。

 

「切歌、あなたが調を守ってあげてね。私やマムでは、手が足りないところもあるだろうから」

 

いつだったか、そう言いながら優しい顔で笑ってくれたマリア。

『白い施設』よりも前の記憶がない切歌にとって、その約束が自分を形成する一つとなった。

マリアももちろん大好きだ、マムも母親のように想っていた。

そんな二人からもらった、大切な役目。

だからこそ、調が危険な目にあったことが。

何より、そんなことを選択させた自分の不甲斐なさが。

何よりも彼女を苛立たせた。

切歌は体は大きくなったものの、まだまだ子供だった。

だからこそ、その思いを穏便に伝えるすべを知らなかった。

 

「どうしてあんな無茶したんデスか!?」

 

やや怒鳴るように、問いかけてしまう。

対面の、火傷に包帯をまかれた調は、むっと口を結んだ。

切歌の聞き方が悪かったのは、明らかだった。

 

「わたしだって、切ちゃんを守りたい。庇われてばかりなんて、もういやだ!」

「でも!あたしは調を守らなきゃいけないんデス!だからッ・・・・!」

 

剣呑になってくる空気。

 

「――――二人とも」

 

歯を向き始めた二人を制したのは、割り込んだ響の手だった。

 

「今回は、わたしが悪かったんだ・・・・わたしが、もっとうまく立ち回れていればよかったんだ・・・・だから、頼むから・・・・ケンカしないで・・・・」

 

調と切歌、二人の顔を交互に見ながら、そう懇願する響。

彼女の顔が、いつか見たような自責の陰りに満ちていたものだから。

二人とも口を噤んでしまった。

だが、やはり腹の虫は収まらないようで。

ふと互いを見あうと、いけすかないと言わんばかりに鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。

その様子を見てしまった響は、目に見えて肩を落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――まただ。

またこの夢だ。

意思とは関係なく引っ張られる。

聞こえるぐちゃぐちゃという音。

見下ろせば、いつか見た光景。

化け物が、化け物になったわたしが。

香子を貪っていた。

いいや、『奴』(わたし)が腹に収めたのはこの子だけではない。

顔を上げて、見渡す。

暗闇に紛れてゴロゴロ転がっているのは、大切な仲間達。

すでに餌食になってしまったらしく、腹が空っぽだったり、腕がなくなっているものもある。

『奴』(わたし)は相変わらず香子を貪っている。

肉を引き裂き、骨を砕き、髄を啜り。

欲張りに、卑しくかぶりついている。

血だまりは広がる。

『奴』(わたし)は食べることをやめない。

・・・・止めなきゃいけないのに、やめさせなきゃいけないのに。

なんで、どうして。

こんなこと望んでいないのに、こんなこと否定したいのに。

体が動いてくれない、指一本動かせない。

夢だとしても、こんなことが許されていいはずがない。

実の妹を見殺しにしていいわけがない。

・・・・それとも何か。

わたしの中に、本当にいるっていうのか。

こんなことを望む化け物が、本当に巣食っているというのか。

 

「――――そうだよ」

 

目の前、『奴』(わたし)の顔。

唾と一緒に飛んできた血が、顔にかかる。

 

「これがわたしの本性だよ」

 

ブラックホールみたいな目が、楽しそうに歪む。

 

「今更じゃないか、ねぇ?」

 

そして、愉快そうな嗤い声が。

わたしの心臓を、わしづかみにした。


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