チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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あけましておめでとうございます!
本年も、拙作をよろしくお願いいたします!!

1/13:こっそり追記。



渚に沈む

「しにたい」

 

ある夜中。

突然聞こえた物騒な言葉に飛び起きた。

隣を見ると、響が身を起こしていた。

 

「しにたい」

 

ぼろぼろと涙を零しながら、無表情に呟く。

 

「しにたい」

「響?」

 

ただごとではないと自分も起き上がり、肩に触れて揺らす。

『心、ここに非ず』の状態な響は、もうしばらく呆然としてから。

ゆっくり、振り向いて。

 

「ねえ、みく」

 

泣きそうな、救いを求めるような声で。

 

「ころしてよ」

 

――――なんと返せばいいのか、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

未来はやや憂鬱な気持で、簡素な駅を出る。

髪をなでる潮風が、夏の蒸し暑さを少しばかりはらってくれた。

だが、肌がだんだんとべたついてくる。

突っ立ったままだと、ただでさえ憂鬱な気分がさらに沈んでしまうと考えて。

未来はどことなく歩き出した。

少し小高い駅前からは、いつか『特訓』で訪れた海沿いの町が見える。

夏の日差しに照らされ、海のきらめきがさわやかな町並み。

――――迫害から逃れるべく、立花家が逃げ込んだ。

安住の地だった。

 

「――――」

 

海水浴を目当てに賑わう中、黙々と歩いていく未来。

待ち受けるレジャーに胸を躍らせる周囲と対極的に、その顔は目に見えて陰っていた。

 

「・・・・ぁ」

 

やがて喧騒が小さくなり、足に疲れを覚えた頃。

ふと顔を上げると、立ち入り禁止のテープを張られた神社が。

社は無残に破壊されており、実に罰当たりな光景だ。

 

(確かここって、翼さん達が見かけたっていう・・・・)

 

響と香子の再会で薄れかけていた情報を、ぼんやり思い出した。

当時、境内や社を貫いていたという氷はすでに撤去されている。

氷のサイズを物語る大きな穴が、どこか哀愁ともの悲しさを醸し出していて。

 

「・・・・ッ」

 

その穴が、まるで自分の胸に開いているものと同一のような気がして。

未来が、自身の胸元を握りしめた時だった。

 

「あれ?未来ちゃん?」

 

神社に植えられたイチョウの木陰。

買い物袋を下げた香子が、木漏れ日の中で目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――響が、入院した。

壊れた機械の如く『しにたい』と『ころして』を繰り返す姿に、すっかり仰天した未来が。

縋るようにS.O.N.G.へ連絡を入れたのが、一昨夜。

未来に引っ張ってこられた響の、憔悴しきった様を見た弦十郎は。

すぐにメディカルチェックを行うよう指示。

そのまま入院となってしまった。

一晩明けて了子が診断したところ。

不完全なイグナイトが原因で、ダインスレイフの呪いが漏れたことによる。

突発的な鬱状態だと言う話だった。

自傷を避けるために、ベッドに括りつけられた響。

まるで、過去の罪を清算するために捕らえられているようで。

目を背けてしまった未来は、さらに逃げるように遠方まで来てしまった。

この地を選んだ理由は、なんとなくだった。

 

 

 

 

 

 

 

「未来ちゃんがこっちに来てくれるなんてね」

「あはは、ありがとうキョウちゃん」

 

立花家。

コップの麦茶を受け取りながら、未来は香子に笑いかける。

 

「あの後はどうだった?」

「もー大変だったよー、お母さんにもこってり絞られたし、学校サボったから先生にも雷落とされてさ」

「ふふふっ」

 

聞けば、つい先日まで外出禁止令が出されていたらしい。

今日から緩和されているが、代わりに宿題に加えて勉強を一時間しなければならなくなったとか。

参ったと言わんばかりに寝転がった香子は、頬を膨らませてぶーたれた。

 

「悪いのは自覚してるけど、勘弁してほしいよ。こちとら遊びたい盛りの小学生だよー?」

「だからって学校サボるのはやりすぎよ」

 

小言を言いながら、立花夫人が会話に参加してくる。

持ってきたお盆には、お菓子が盛り付けられていた。

 

「熱中症で倒れたって聞いて、帰ってくるまで気が気じゃなかったんですからね」

「うぅ」

 

吊り上げた目に睨まれては、さすがの香子も大人しくなるしかないようだった。

その様子が、了子や弦十郎に怒られる響とそっくりで。

未来は思わず笑みをこぼす。

 

「未来ちゃんもありがとう、そばにいてくれたって?」

「はい、わたしにとっても、キョウちゃんは妹みたいなものですから」

 

香子が響を訪ねて、倒れてしまったあの日。

響自身がメッセージで頼んだこともあり、未来は香子と一緒に弦十郎邸に泊まっていたのだった。

 

「まったく、昔から響の真似をする子だったけれど、似なくていいところまで似ちゃって・・・・」

「ああ、もしかしてバレンタインの?」

「ええ、未来ちゃんもあの時はごめんなさいね」

 

話の流れからなんとなく察した未来が問うと。

夫人は額を指で押さえながら頷いた。

 

「何々?何の話?」

「わたしと響が、キョウちゃんくらいの頃かな。響に連れ出してもらって、同じように学校抜けだしたことがあったの」

「おぉー!やるねぇ、お姉ちゃんと未来ちゃん!」

「『やるねぇ』じゃないの」

 

目を輝かせる香子を、やはりたしなめる夫人。

 

「何か間違っていたら、危ない目にあっていたかもしれないのに」

「そんな、あの頃は、響がああしてくれたおかげで助けられましたし。わたしも、ちょっと楽しかったですから」

 

申し訳なさそうに眉を顰める夫人に、未来は笑いながら首を横に振った。

 

「なんだか冒険してるみたいで、わくわくしたなぁ」

「未来ちゃん・・・・」

 

懐かしそうに笑う未来に、夫人は申し訳ないやら微笑ましいやら。

あいまいな笑みを浮かべるしかできなかった。

 

「それにしても、どうしてこっちに来たの?何か用事?」

「いえ、用事ってほどでもないんですけど」

 

話を切り替えた夫人の疑問に、今度は未来があいまいに笑う。

 

「なんとなく、ですかね」

 

また吹いてくる潮風が、未来の顔をあおる。

その横顔が、どこか愁いを帯びているように見えて。

香子は不思議と、見とれてしまっていた。

 

「あ、そうだ」

 

何となく湿りかけた空気を、未来はわざと笑って振り払う。

 

「おばさん、よかったらキョウちゃん借りていいですか?」

「え?どうして?」

「この前来たときはみんなと一緒だったんで、ゆっくり見る時間がなかったんです。それに、久々にキョウちゃんとも話したいですし」

 

『ね?』と笑いかけられた香子は、目に見えて嬉しそうに顔を明るくして。

勢いよく母に振り向き、ねだるような視線を向ける。

 

「いい?」

「・・・・まあ、未来ちゃんが一緒なら」

「やった!」

 

ぱっと笑った顔は、やはり響そっくりだった。

 

 

 

 

――――閑話休題。

 

 

 

 

「未来ちゃんとおでかけなんて、本当に久しぶりじゃない?」

「うん、もう二年・・・・じゃなくて、三年くらいだね」

 

口にすれば大したことのない数字だが、小学生にとっては十分長い時間だ。

両手を広げて、器用に防波堤の上を歩く香子。

未来はそれを見上げながら、下に並んで歩いていく。

 

「キョウちゃんも、もうこの町にはすっかり慣れたんじゃない?」

「うん、地元っ子お墨付きな、『海の子』ですよー♪」

「あはは」

 

慣れた足取りでくるっと回ってピースする香子に、未来は微笑まし気に見上げて。

ふと、また。

未来の顔が陰った。

 

「・・・・今まで、大変だったんじゃない?」

「そりゃあ、ね」

 

でも、と。

慣れた足取りで一回転しながら、香子は笑う。

 

「今住んでいる家、お父さんの友達がくれたんだよ。訳を話したら、『友情割引だー』って、格安で譲ってくれたって」

 

潮風が強くなったときは、ステップを控えめに。

 

「学校もね、たまに前の町のことで噂されちゃうけど、味方してくれる友達がたくさん出来たんだ」

 

弱まれば、また体を揺らし。

 

「ご近所さんも、あんまり訳を聞かないで、おすそ分けしてくれたり、こっちでの生活の仕方を教えてくれたり、すごく親切なの」

 

器用にバランスを取りながら、ゆっくりゆっくり堤防を歩いていく香子。

 

「だから、『人間意外と捨てたもんじゃない』って、幼心に悟ったのですよ」

 

語る口調は、寝物語を語るように穏やかだ。

そんな香子が振り返ると。

物憂げな顔で、眩しそうに見上げる未来。

 

「・・・・本当に、変わらないね。キョウちゃんは」

「未来ちゃん?」

 

再びまみえた、どこか泣きそうな表情に。

向きを前に向きなおろうとした香子も、いったん足を止めた。

「キョウちゃん、強いね」

「・・・・どうして?」

「・・・・ううん、やっぱり何でもない」

 

かぶりを振る、髪がなびく。

そのまま風に流れた髪が、絹糸のように踊った。

 

「・・・・未来ちゃん、何かあったの?」

 

静かで、しかし明らかな異変に。

香子は道路に飛び降り、どこか気遣わし気に未来を見上げる。

俯いた顔、前髪に隠れたその目は。

絶望と、罪悪感と、後悔に満ち溢れた。

『あの頃』の姉と、全く同じ眼差しで。

 

「未来ちゃん?」

 

だからこそ。

何か話しかけなければと、焦って口を開いて。

 

「―――――」

 

不自然に変わった風向きに、未来は弾かれたように顔を上げる。

明るくなった視線、日差しに眩しくなった前方。

花瓶のような姿のノイズと、飛ばされてきた分解器官が見えて。

 

「――――キョウちゃん!!!」

 

今までの静けさが、嘘のような大声。

未来は持ち前の脚力で思い切り飛び出し、香子に飛びつき横に倒れる。

ちょうど後ろからやってきたトラックが、彼女達を避けるべく横転した。

 

「バァッ!っぁ、お、おい!!大丈夫か!?」

 

危なげなくはい出てきた運転手。

思わず言いかけた『バカヤロー!!』を飲み込み、慌てて未来達の安否を気遣ってくれたが。

 

「地味に立ち退け」

「なっ、ぎゃッ――――!!」

 

レイアの号令で動いたノイズに、あっという間に分解されてしまった。

抱きしめる未来の腕から、その光景をもろに見てしまった香子。

 

「ッキョウちゃん、走れる!?」

「み、未来ちゃ・・・・」

 

密着していたからこそ震えを感じていた未来は、あえて檄を飛ばした。

 

「このまま走って、出来るだけ遠くに逃げてッ!!」

「み、未来ちゃんも・・・・!!」

 

香子は、擦りむいて痛む膝を何とかごまかしながら。

自分を後ろに庇う未来の、裾を弱弱しくつかむ。

 

「わたしは大丈夫、それよりも速くッ!!」

 

何故か胸元の赤い宝石を握りしめながら、切羽詰まった顔で振り向く未来。

その鬼気迫る勢いに押され、香子が怯んでいると。

 

「――――派手に安心するといい」

 

声。

未来と一緒に香子が見れば、依然立っている敵の姿。

 

「どちらも屠ってやるからな」

 

埋めるようなノイズの群れに、香子の背筋を悪寒が駆け上がる。

予想通り飛び掛かってくる『死』の数々。

明確になった死のビジョンに、香子は悲鳴を上げかけて。

 

「Rai shen shou jing rei zizzl...」

 

ふいに聞こえた、歌。

はっと我に返れば、光に包まれた未来が。

紫の装甲を纏うと同時に、向かってきたノイズを打ち払ってしまった。

 

「ぇ、わっ!!」

 

香子が驚く間もなく抱えて、未来は大きく跳躍。

下降の際、落下に備えて目をつむってしまった香子だが。

ホバー機能により、予想以上に何もないことに再び驚いていた。

 

「キョウちゃん」

 

不安げな香子の肩をつかみ、未来が何とか笑いかける。

 

「今はとにかく逃げて。あなたが無事なことが、何より大切なんだから」

「ひとりで大丈夫なの?」

「『へいき、へっちゃら』よ」

 

問いかけに、父の口癖で答えた未来は。

次の瞬間、表情を引き締めて。

あっという間に追い付いてきた、レイアのトンファーを受け止めた。

 

「貴様だけは、迅速に派手に排除すべしとマスターが判断した」

 

鉄扇を押し込みながら、淡々と抹殺を宣言するレイア。

未来は、負けるものかと扇を展開して弾き飛ばした。

未だ逃げきれていない香子を顧みて、早期決着を決断。

 

「イグナイトモジュールッ!」

 

胸元に手を伸ばす。

 

「抜剣ッ!!」

『Dainsleif !!』

 

突き刺さる刃、一拍おいて、広がる闇。

急激に狭まり、暗くなる視界に。

未来は、歯を食いしばって抗おうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――卑怯者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

予想していて。

だけど、目を背け続けてきた言葉。

血みどろの手でひっつかみ、呪詛を吐いたその人は。

 

「――――派手に甘い」

 

我に返る。

イグナイト失敗の気怠さの中。

見えたのは靴底。

 

「っああああ――――!!!!!」

 

装甲を砕く蹴りが、横っ面に直撃。

防波堤を突き抜けながら飛ばされた未来は、二・三度水面を跳ねた後。

水柱を上げて、海中へ沈んでしまった。

 

「が・・・・!」

 

咄嗟に呼吸を求めて口を開ける。

酸素の代わりに、海水が流れ込む。

咽る、海水がさらに入る。

水面を目指そうとするも、頭がどちらを向いているかすら分からなかった。

もがく、もがく、もがく。

足掻けば足掻くほど、意識が遠のく。

 

「ぐ、はっ・・・・!」

 

とうとう最後の呼吸を吐き出してしまい、全身が鉛のように重くなってしまった。

指一本動かせない無抵抗のまま、力なくだらしなく口角から泡を吐き続ける未来は、ふと。

この状況が、いつか見た夢と同じであることを思い出した。


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