チョイワルビッキーと一途な393   作:数多 命

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あけまして令和!!


風鳴る彼方 前編

――――最近ひそかに多発している、神社・仏閣の破壊。

初めは関連性がないと思われていた事件だったが。

シンフォギア改造の片手間にレイラインのデータを解析した了子が、被害のあった建物の位置と、『レイポイント』と呼ばれる地脈の集中点が重なることに気が付いたのだ。

更に、破壊痕に異端技術の気配が色濃く残っているとあっては。

現在活発に活動しているキャロル一味との関連を疑うのは、当然の帰結だった。

また、ミカ襲撃時にひっかかりを覚えた緒川の独自の調査から。

東京湾の海底深くの、聖遺物保管施設。

『深淵の竜宮』を、キャロル一味が狙っている可能性が浮上。

結果としてS.O.N.G.は、深淵の竜宮を調査する班と、翼の父『風鳴八紘』の邸宅に安置されている要石を護衛する班の二手に分かれることとなった。

 

「クリス達は、すでに任務を開始したそうよ」

「そうか・・・・」

 

翼が神妙な顔で見上げる先は、荘厳な日本家屋。

武家屋敷と呼んでも差し支えない門を、鋭く見据えていた。

 

「こちらも、伏魔殿に飲み込まれぬようにせねばな」

「翼さん・・・・」

 

――――決して。

明るい幼少期ではなかったと、未来は聞いている。

それは、翼の険しい横顔が雄弁に語っていて。

未来の心配げな声を、開く門の軋みがかき消す。

まず目に入ったのが、広い庭。

住人はもちろん、来客が通ることもあってか。

まっさらな砂利に苔石が敷き詰められ、池の周りには松や芝があしらわれている。

予想通りの、由緒正しい武家屋敷といった佇まいだ。

家屋の規模に圧倒されてしまった未来が、やや逃げるように視線をずらすと。

しめ縄でくくられた、縦長の巨石が目に入った。

十中八九、あれが今回の護衛対象なのだろう。

 

「――――来たか」

 

慣れない雰囲気の場所に、何となく浮足立ってしまっているところへ。

男性の声が聞こえたので、振り向いた。

やや白髪の交じったやせ型の中年男性が、数人の部下を伴って歩いてきている。

ここで翼達と距離が開いていることに気づいて、未来は足早に駆け寄った。

 

「お久しぶりです、八紘さん」

「ああ、ご苦労だったな慎二」

 

『風鳴八紘』。

翼の父だと聞いている通り、その顔はどことなく似ている。

だがいざ対面すると、父娘の間には妙な緊張感が漂っており。

とても感動の再会なんて言える雰囲気ではなかった。

 

「マリア君に未来君だったか、活躍は聞いている」

「は、はい」

「その節はどうも・・・・」

 

細めながら向けられた眼鏡奥の瞳に、未来とマリアは緊張が伝搬したように背筋を正してしまった。

特に未来は、彼の口利きで神獣鏡が扱えるようになったというだけあって。

動揺はひとしおである。

 

「――――ッお父様」

 

ここで、意を決して口を開く翼。

心なしか、声が震えていた。

 

「・・・・沙汰もなく、すみませんでした」

 

蚊の鳴く様な声で続いた言葉の裏には、いったいどれほどの感情が刹那に流れたのか。

思い切った翼の行動の顛末を、マリアと未来は固唾をのんで見守ったが。

 

「・・・・お前がいなくとも、風鳴の家に揺らぎはない」

 

返ってきたのは、あまりにもそっけない言葉。

 

「役目を終えたなら、早々に己のいるべき戦場へ戻るがいい」

 

背を向けつつ去っていく八紘に、翼は俯いて唇を噛んだ。

 

「ッちょっと!」

 

見かねて声を荒げたのはマリア。

肩を怒らせた彼女は、一歩踏み出して食ってかかる。

 

「あなた翼のパパさんでしょう!?久しぶりに出会った娘への態度がそれなの!?」

 

自他ともに認めるほど家族を重視しているだけあって、怒りは相当らしい。

さすがの八紘も、背を向けたまま立ち止まっていたものの。

 

「ま、マリアさん、落ち着いて」

「だけど・・・・!」

「私からも頼むマリア、ここは抑えてくれ」

 

仲間達に諫められていると悟るや否や、そのまま立ち去ろうとしてしまった。

どことなく重たい空気で場が終わりそうになった、その時。

 

「――――ッ」

 

突然拳銃を抜いた緒川が、発砲。

銃声に驚いた面々が一様に目を向ければ、纏っていた風を引きはがされるファラの姿が。

 

「あら、親子水入らずを邪魔するつもりはなかったのに、無粋ね」

「どの口が言うッ・・・・!」

「ふふ、まあ、いいでしょう。レイラインの開放、成し遂げさせていただきますわ」

 

怒りを何とか戦意に変換し、聖詠を唱えるマリア。

未来や翼もまた、同じようにギアを纏う。

 

「務めを果たせ!」

 

八紘は簡潔にそれだけを告げると、邪魔にならぬよう退避していった。

相変わらずのそっけない態度に、翼は一瞬目を伏せたが。

すぐに切り替えて前を見据える。

 

「ふふふっ、死ぬまで踊りましょう(ダンス・マカブル)

 

笑ったファラが優雅に手を振れば、ばら撒かれるアルカノイズの結晶。

翼がまっすぐファラへ突撃したため、未来とマリアで片づけることになった。

鋭い斬撃を、一振りで複数放つ翼。

しかし、片手で足りる数を打ち合ったところで、ファラの剣の刀身が怪しく発光。

すると、翼の剣がいとも簡単に砕けてしまう。

 

「私の剣は剣殺し、『ソード・ブレイカー』・・・・」

 

あざ笑ってくるファラを前に、翼は一歩も怯まない。

再び剣を取り、一度・二度と切り結んで。

やはり砕ける刀に、少し渋い顔をしながらも。

攻撃の手を緩めなかった。

 

「はっ!」

「やあああっ!」

 

マリアと未来も、負けないくらいの奮戦ぶりだ。

要石はもちろんのこと、八紘達非戦闘員のいる家屋に一歩も近づけさせまいと。

刃で引き裂き、閃光で打ち抜き、時には格闘や鉄扇による打撃で次々ノイズを片づけていく。

 

(エイ)ヤァッ!!」

 

翼ももちろん負けていない。

何度何度剣を砕かれても、『折れるものなら折ってみろ』と言わんばかりに攻め立てる。

砕けては抜刀して、抜刀しては砕けて。

息つく間もない攻防にも、いつしか揺らぎが訪れる。

幾度目かの鍔迫り合い、手首を捻って跳ね上げれば、ファラの手元が大きく弾かれ。

自然と、胴体ががら空きになる。

翼はすかさず蹴りを叩きこんで体勢を傾けさせると、更に蹴り飛ばして崩してしまう。

間髪容れずに剣を放り上げると、宙を舞う剣は瞬く間に巨大化。

翼自身も両足のバーニアを吹かせながら飛び上がり、巨大な剣へ、重い蹴り。

 

「これなら手折れまいッ!?」

 

絶唱を除いた切り札の一つ『天ノ逆鱗』が、唸りを上げてファラの脳天へ食らいつこうとして。

 

「――――申しましたでしょう?」

 

やや呆れた、声。

 

「私の剣は『剣殺し』。『そうであれ』と付与された概念は、簡単に打ち砕けませんことよ?」

 

ただ単に受け止めたファラ。

瞬間、刀身が再び赤く怪しく輝く。

 

「剣が、折れる・・・・砕けていく・・・・!?」

 

光は天ノ羽々斬の刀身を蝕み、亀裂を入れていく。

重々しく聞こえる軋んだ音は、まるで剣が悲鳴を上げている様だった。

何の対抗策も持ちえず、思いつきもしない翼は。

砕かれていく誇り(つるぎ)を、呆然と見ることしか出来ず。

ゆえに、迫りくる暴風に気づかなかった。

 

「ぐあ・・・・!」

 

まるで砲弾にぶち当たったような衝撃。

翼の体はいとも簡単に、それこそ木の葉のように舞う。

 

「ッ翼さん!」

 

頭が地面に叩きつけられる前に、何とか未来が間に合った。

一回り背の高い体を、自分自身をクッションにして受け止める。

無造作に落ちてきた人一人分の衝撃に、渋い顔をこらえきれない未来。

しかし、翼の外傷が増えなかったことに安堵していた。

だが顔を上げれば、更に剣を振るうファラの姿。

追撃を狙っていることなど、手に取るように分かって。

 

「――――ッ!」

 

未来が行動を起こすより早く、飛び込んでくる人影。

 

「ああああッ!!」

「マリアさんッ!!」

 

手を伸ばした未来の目の前で、同じく暴風に吹っ飛ばされてしまった。

自分を庇った故と分かっているからこそ、悲痛な声を上げる未来。

要石の破片の中でぐったりするマリアを目の当たりにし、それでも狼狽えるわけにはいかないと。

翼を降ろし、鉄扇を握りしめて立ち上がる。

 

「――――目標の破壊完了」

 

ところが、ファラは無情にも未来の決意をふいにする。

 

「剣ちゃんに伝えて頂戴、『あなたの歌を、また聞きに来る』と」

「ま、待ちなさ・・・・!」

 

逃がすものかと飛び出した未来を、壁の如き竜巻が阻み。

風が止んだ、嘘のような静けさの中。

敗北に呆然とする未来だけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――?」

 

真っ先に感じたのは、夕暮れの茜色だった。

身動きしているうちに、布団に寝かされていることに気付く。

 

「・・・・そうか、私はファラに」

 

直前の記憶を思い出した翼は、体を起こしながら呟いた。

 

「起きたのね、翼」

 

声に振り向けば、同じく手当てを受けていたらしいマリアが。

立てた膝の上に顔をのせ、気だるげに微笑んでいた。

どこか艶やかな雰囲気だが、頭の痛々しい包帯が打ち消している。

 

「マリア?まさか、私が・・・・」

「それこそまさか、派手に吹っ飛ばされてね」

 

『お陰で要石は粉々よ』と、マリアは自嘲気味に肩をすくめた。

 

「けど、そうね。未来にはお礼を言うべきじゃないかしら?気を失って落ちてくる貴女を、身を挺して受け止めたのだから」

「なるほど、それは礼を言わねばなるまい」

 

と、会話している二人の耳に、近づいてくる足音。

開く襖を一緒に注視すれば、未来が布と水の入った桶を持って入ってきた。

少し陰っていた顔は、起きていた二人を見るなり明るくなる。

 

「翼さん、マリアさん!」

「おはよう、小日向」

「心配かけたわね」

「そんな、目が覚めてよかったです!」

 

やや放るように桶を置き、二人に詰め寄る未来。

薄く潤んだ瞳から、どれほど気を張っていたかがよく分かった。

 

「結局わたし・・・・要石を・・・・!」

「ああ、確かに残念だが、小日向一人が気負うことはない」

 

そう、確かに目的を達することが出来なかったが。

相手は一度敗北したオートスコアラー。

命を奪われなかっただけでも、もっけの幸いなのだ。

雪辱を晴らすどころか、再び醜態を晒してしまう情けない結果。

翼は、胸中の影をなんとか悟らせまいと振る舞う。

 

「それよりも、何か進展はなかったか?知っての通り、我々は寝こけていたからな」

「あ、それなら・・・・」

 

湿っぽい空気を払うように話題を変えれば、未来も気を取り直せたようだ。

八紘からの呼び出しがあったことを伝えた。

 

「でも、まだつらいならもう少し休んでいても・・・・」

「いや、いつまでも伏しているわけにはいくまい。ファラも、どうせもう一度来るようなことを言っていたのだろう?」

「ええ、『もう一度歌を聞きに来る』と」

「ならばなおのことだ」

 

いそいそと、揃って布団から出る翼とマリア。

体の節々は痛んだが、そこまで気に留めるようなものではないと判断する。

着替えてしまってから、一度出てもらっていた未来とともに。

八紘の執務室へ向かうのだった。




何気に初の前後編タイトルデス。

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