クーデレの彼女が可愛すぎて辛い   作:狼々

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第28話 青春は調味料になりえるか

 綾瀬の家が見えてきた。

 歩いて十分経った今も寒気を誘う風が吹き続けている。

 おおよそ夏のものとは思えない。

 門の前に着いて、立ち止まる。

 

「早かったわね」

「わざわざ外で待ってなくても」

「涼しい風に当たりたかったのよ」

 

 光る街頭が色素を含まない細髪を照らす。

 風呂上がりだからか、ほのかに顔全体に優しい赤がかかっている。

 水も滴るいい男と言うが、どうやらいい女は水を飛ばした後も美しいらしい。

 

「こ、こんにちは」

「こちらが妹さんかしら? こんばんは。綾瀬 七海といいます」

「あ……こんばんは。妹の葵です」

 

 挨拶を間違えてコミュ障に近い能力が発揮される葵。

 わかる。こんにちはとこんばんはの境目は曖昧だよな。

 午後五時とか微妙だもんな。午前十時とかもおはように入るか迷うよな。

 もう完全に夜だけど。街灯も光ってるけどね。

 

「とりあえず行きましょう。遅くなっちゃう」

 

 こちらを気にする様子もなく、やや高飛車気味な美少女は歩みを進める。

 難なく追いついてすぐに話を振られた。

 

「それで、メニューに希望はあるかしら?」

「特にない」

「それが一番困るってのに。妹さんからは?」

「私からもないですが、もう遅いので手早く作れるものがいいかと」

「いい子すぎて泣けちゃう。お兄さんにも見習ってほしいわね」

「片腹痛い通り越して片腹大激痛って感じだな。見習うもなにも俺ゆずりだわ」

「何か聞こえた気がするけど気のせいかしら。それともユニークな冗談?」

「あはは……」

 

 葵の笑いが力ない。

 眠った街で光る灯が彼女の呆れ半分の笑みを映す。

 二人の間では苦痛とも思わない、しばらくして流れる沈黙に慣れていない様子もはっきりとわかる。

 

 扉に「CLOSED」の表札看板をかけた店もちらほらと見える頃だ。

 光明を保つのはそれこそ、一般住宅か、今到着したスーパーなどの大型店舗くらいだ。

 さらに強い光に連れられると、綾瀬のミルク色にけぶる肌が一層綺麗に映ってしまう。

 

「あんたが好きなものは何なの?」

「……あ? 俺か?」

 

 悔しいが端正な容姿に視線が誘導され、綾瀬への返事にディレイが生まれてしまった。

 妹がいるとはいえ、夕食の買い物を共にするというのは理想恋愛の一つに入る気がする。

 傍から見ると、さぞかし俺は両手に花といった状態なのだろう。そんなことは全くないが。

 

「他に誰がいるのよ。可愛い妹さんにそんな口利くわけないじゃない」

「俺にはいいってのかよ。別にいいけど」

「そこでいいって言えるあんたもあんたね……」

 

 さて自分の好物を考えたものの、これといって思い当たらない。

 かといって嫌いな食べ物を挙げることも難しい。

 食にこだわりもなく、無頓着な性格を初めて自覚した。

 

 母の料理が脳に映っては消える。

 思考の末、少しばかり脳にとどまった料理を伝えることにした。

 

「ハンバーグかな」

 

 何気なく口にした料理名は、綾瀬の中身をぬき取った。

 意外という感情を前面に出している。

 こんな表情をする綾瀬は珍しい。

 

「兄はカレーとか、グラタンとか好きですよ」

 

 ついさっきまで慎ましかった葵が綾瀬に告げる。

 自分では意識していなかったが、家族である妹にはそう見えていたらしい。

 確かに好きかと言われると好きな部類に入るかもしれない。

 

「……あんた、子供舌なの?」

「わからん。そうかもな」

「ふふっ」

「なんだ、子供っぽいのが悪いってか」

「いや、そうじゃないわ。なんというか、意外だったのよ。そうね、ハンバーグにしましょ」

 

 綾瀬の言葉をそのまま返したい気分だった。

 どこか隙のある笑顔をする綾瀬もレアだ。そうそうお目にかかることができるものじゃない。

 稀有な一枚絵に心を許したのか、そこから先は葵に出番があった。

 

 店の中をぐるりと一周し、会計を終える間に、女性陣は壁を崩落させたようだった。

 俺がときどき口をはさむ程度しか話していなかったが、二人だけでも会話はスムーズに展開されていた。

 見た限りでは、高波よりも仲良さそうに会話ができていた。

 

 代金は一旦全額こちらで支払った。

 予想はしていたが、綾瀬が自分もお金を出すと言って聞かなかった。

 後でもらうと言って無理矢理に納得させ、袋詰めへ。

 

「はい、これそっちに詰めて」

「あいよ」

 

 綾瀬に指示されるがままに袋詰めを行う。

 挽き肉、卵、玉ねぎ、牛乳などなど。

 これを女の子とスーパーを回って買ったものだと考えると、感慨深いものがある。

 

「入れ方わかる?」

「卵は上」

「そう、偉いわね~」

「子供扱いすんなっての」

「ごめんごめん」

 

 葵が不思議な顔をしてこちらを見つめている。

 いや、さすがに卵を最後に詰めることくらいは知っている。いやそんな顔しなくても。

 

 さほど重くないビニール袋を両手に提げ、スーパーを出る。

 

「私も持つから」

「私はいいですよ。全然入ってませんし」

「……じゃあ、こっち持つわよ」

「あいよ」

 

 何の迷いもなく、自分の持つ袋一つを渡す。

 綾瀬の性格上、変なことで粘って話がもつれるよりは、こちらが折れた方が楽だということは知っている。

 

「ねえ。これ軽すぎ」

「だろうな。小麦粉とパン粉しか入ってないし」

 

 どうせこうなると思っていたため、軽いもののみを選別した袋を用意しておいた。

 本人は目に見えて不服な顔をしているが、面倒を覚えたのか、さらに追求されることはなかった。

 

 帰路についてからというもの、彼女らの会話は進展を続けている。

 綾瀬も人が変わったように優しい対応をしていた。

 年に短い距離こそあるものの、話題は同級生で展開されるそれだ。

 

「『水平線』見てますか?」

「ドラマは見てないけれど、本なら読んだことがあるわ」

「めっちゃ面白いですよ! 来週で終わりなのすごい悲しい~」

「……そんなに面白いの?」

「はい! 一話から録画あるんで、うちで見ませんか?」

「じゃあそうしようかしら」

 

 このように、存外とんとん拍子で話は進んでいく。

 調理道具や調味料の充実性を考慮すると、と俺が口にするのは野暮だ。

 同性ということもあるが、俺よりも綾瀬の扱いが上手いんじゃなかろうか。

 

 玄関に靴を揃える頃には、既に午後七時を回っていた。

 手を洗って服を着替える。そのまま自室に籠もるのは忍びない。

 キッチンに戻ると、綾瀬は既に炊飯の準備を進めていた。

 

「手伝えることあるか?」

「ないわね」

「そうか」

「包丁とか色々借りるわよ」

「おう」

 

 本人からそう言われたが、自分だけ羽をのばすのはやはり気の毒だ。

 

 時間を気にしているのか、炊飯器のボタンを押した後、綾瀬は慣れた手付きで包丁を操る。

 玉ねぎの皮むきに至っては、手で剥かずに包丁を皮の下に滑らせ、指と刃で挟んで剥いている。

 ものの十秒で玉ねぎが白くなっていく様は、まさに芸術的だった。

 

「見てても面白くないわよ」

「勉強だよ。いつか役に立つと思ってな。今のとかそうだろ」

「あれは包丁で剥いた方が早いからそうしてるだけよ」

 

 みじん切りも手際よくこなしていく。

 邪魔にならない程度に距離をとって見ているが、目に入り込む刺激から完全には逃げられなかった。

 綾瀬も同じくであり、包丁を手放して涙を流している。

 泣いているわけではないが、彼女が涙を流すところは初めて見た。

 

「痛い……あまり見られると気になるのだけれど」

「お気になさらず」

「気になるっての」

 

 そうは言いつつ、目を気遣う以外に手を休めることはない。

 いつの間にか隣に観客が増えている。

 

「フライパンはどこかしら」

「どこだ?」

「下にある棚にありますよ」

「ありがとう。どうやらここは妹さんが住んでる家みたいね。あんたは居候(いそうろう)ってところ?」

「答えようと思えば答えられましたー」

「なにそれ、小学生みたいね」

 

 玉ねぎが炒められ、やがて甘い香りが立ち込める。

 色が黄褐色に染まると、今度はボウルに挽き肉を落とす。

 そのまま塩を振って、フライパンには触れずに肉をこねる。

 

「玉ねぎはいいのか?」

「炒めたばかりの玉ねぎ触ってこねられるもんならこねてみなさいよ。ほら」

「なるほど勉強になります。その件につきましては前向きに検討させていただきます」

「あら、遠慮なんてしなくていいのよ。勉強するんでしょう?」

「料理は体で覚えるものではないと思います」

 

 美しい顔立ちで馬鹿にされるのも悪くない、と錯覚する男は多いだろう。

 かくいう俺も最初は性癖を歪まされかけた一人だったが、あくまでも軽いノリとして楽しむようにしている。

 ただ、ふとした一瞬に不可視の力で引き寄せられそうになる。男だけかもしれないが。

 

 緩く変化のない草を()む日常に、異性の挿絵という肉が現れ、心を掴まれかける。

 好きになることこそないが、可愛いだとか綺麗だとか、世辞ではない言葉をうっかり口にしてしまいそうになる。

 もちろん俺にそんな胆力はないため、沈黙を貫くのみだが。

 

 挽き肉が粘り気を帯びた辺りで、牛乳とパン粉に卵、そして玉ねぎが満を持して参戦。

 それらが十分にこねられた後、三つの塊に分けられた。

 両手で肉塊が遊ばれる音を聞くと、料理を作ってもらっているという実感が急に湧き始めた。

 

 熱したフライパンにタネが滑り込むと、弾けるような活気のある音がしたたかに響く。

 焼き目がしっかりついた後、一旦タネが引き上げられる。

 醤油、砂糖、ケチャップなどを使ったソースを同じフライパンで作る。

 はや微小の泡が立つほど煮詰めてから、再びハンバーグが戻る。

 蓋が閉じられる。透明な窓の先ではデミグラスソースが踊りながら、ハンバーグに風味を差し込んでいる。

 

「これで大体終わったわ」

「すごく早かったですね」

「そんな大層なものでもないわよ。チーズ乗せる人~?」

「は~い!」

「は~い」

「はい、全員ね」

 

 十分弱ほど煮込んだ後に、希望通りスライスチーズが上に乗せられる。

 今度はチーズが薄く柔らかに溶ける様子が窓に映る。

 大まかに四角の原型をとどめている内に、ハンバーグは皿へ移された。

 

 チーズのさらに上から濃厚なソースがかけられ、すぐに融和する様を見ているだけで空腹を刺激される。

 食器の準備と、炊きあがったご飯をよそうくらいの手伝いはしようか。

 三人ともなれば、ものの数分で食卓に料理が並び終わった。

 

「それじゃ、いただきます」

「いただきま~す」

「いただきます」

 

 チーズの僅かな弾力を感じながらも、ハンバーグにはスッと箸が通る。

 透明に光る肉汁が溢れる様子が食欲の促進をかてて加えて推し進める。

 促されるままに口へと運ぶと、鮮明な肉の味を伝えながらホロホロと崩れた。

 濃厚なソースは肉本来の旨味を邪魔することなく、しかし主張は激しくもなく甘辛さ味蕾(みらい)へ届けた。

 ソースの辛さを中和しながら、口当たりよいチーズの塩味がさらに味を深めている。

 

「……美味しい」

「めっちゃ美味しいですね!」

「ありがとう。お気に召したようでなにより」

 

 空腹の度合いも高かったためか、箸が留まるところを知らない。

 家庭に出やすい一般的なハンバーグだが、母のものとは違うため、どこか新鮮さを感じさせた。

 これも青春というスパイスが織りなす味というわけか。

 

 美味なハンバーグを食べながら、葵が推すドラマを横目で鑑賞。

 妹がわざわざ話題にすることもあってか、さほど興味もなかった俺ですら緻密で奥深なストーリーに面白さを見出していた。

 

 ドラマの中盤辺りで、全ての食器から料理は消えていた。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした。そこ置いといていいから」

「いや洗うから。さすがに」

「そうですよ。作ってもらって、後片付けまで申し訳ないですから」

「別に手間だとは思ってないわよ。あんた、洗った食器を軽く拭いて

「俺が洗うよ。肌荒れるだろ」

「……なにそれ。あんたが洗うと遅くなるからいいの」

 

 そう言うと綾瀬は食器をシンクへ運び出す。

 申し訳ないと顔に書いて、同じく葵も食器を運ぶ。

 その後に続いて流しへ運んだ後に、綾瀬の隣に立つ。

 

 流し目で見ていてもわかる。綾瀬の言う通り、洗い物ひとつとっても手際がいい。

 渡される食器を、言われるがままにふきんで磨く。

 拭き終えたものを水切りカゴに入れると、ちょうどよく次が渡される。

 拭いては渡されを無心で繰り返していたときだ。

 

「なんか、仲いいですね」

 

 何の気なしに、といった相貌で葵は呟いていた。

 

「仲良くないぞ」

「良くはないわね」

 

 その返事は、俺も綾瀬も同じものだった。

 

「いや、さっきからずっとタイミングバッチリで作業進んでますし」

「気のせいだろ」

「気のせいでしょう」

「ほら!」

 

 確かに、綾瀬に合わせてふきんを動かしているわけではないが、拭き終えたタイミングで次がやってくる。

 見ている限りでは、綾瀬がこちらに合わせているとも思えない。

 単なる偶然だろう。

 

 数分で作業は終了を迎えた。

 ゆっくりすることもなく、綾瀬は帰り支度を手早く済ませる。

 

「それじゃあ、私はもう行くわ」

「はい。遅くまでありがとうございました」

「こちらこそお邪魔しました」

「送ってくよ」

「そうしてちょうだい。そうじゃないと困るもの」

 

『困る』の意味を詮索する前に、彼女は玄関へと向かっていった。

 なるべく急いで着替え、葵に見送られる。

 家を出て少し、改めて聞くことにした。

 

「困るって、何が困るんだ?」

「言ってなかったかしら。私、暗いところダメなのよ」

「マジで? 初耳なんだが」

「本当よ。高い場所、狭い場所、広い場所。全部大丈夫だけど暗い場所だけは絶対ダメなの」

 

 正直、苦手なものがあるということ自体に驚きが隠せない。

 放課後に俺をわざわざ待っていたのも、暗いところが苦手だからだろうか。

 そう考えると、なんとなく寂しい気がした。




ありがとうございました。

チーズ乗せるかどうか聞かれたい人生でした。
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