暗殺教室 ALTERNATIVE   作:アンチメシア

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1時限目「暗殺の時間」

――キーンコーンカーンコーン

 

昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り響くと同時に超生物は生徒達から回収した小テストの用紙を器用に封筒に詰めると窓を開ける。

 

「昼休みですね。先生はちょっと中国に行って麻婆豆腐を食べてきます。暗殺を希望する場合は携帯で呼んでください」

 

そう言い捨てたかと思うと、次の瞬間に教室内で業風が巻き起こり皆が咄嗟に腕で顔を庇った直後に音がドシュッと何かが飛び去った音が聞こえた。

音が後から来るということは瞬時に音速を超えた証であろう……最高速度はマッハ20だというのだから四川省まで10分程度で着くから昼休みが終わるまでには戻ってくるに違いない。

 

「確かにあんなもんミサイルでも落とせんわな」

 

明るい茶髪に染めた髪と整った顔立ちというルックスが目を引く良く言えばいかにも今風のイケメン男子、悪く言えば現代のチャラ男という雰囲気を放つ出席番号22番の前原陽斗がため息と共に言葉を吐露する。

 

「しかも、あのタコ音速飛行中にテストの採点までしてるんだぜ」

「マジで!」

「うん、俺なんかイラスト付きで褒められた」

 

先程4時限目において授業中では禁止されている暗殺を決行したことで立たされていたことで固まった身体をほぐしていた所に三村から(もたら)された情報に目を丸くして驚く中村とそれを聴いて理想の回答とタコのイラストで二重丸を貰った英語の小テストを思い出して苦笑を浮かべる磯貝。

 

「てか何気に教えるの上手くない」

「わかるー私も放課後に暗殺行った時ついでに教わってさぁ。次のテストよかったもん」

 

呆れた口調の中村に対して出席番10番を務める薄い橙色(オレンジ)の掛かったセミショートの髪をソバーシュにした天真爛漫を絵に描いたようなゆるくふわふわとした柔らかな印象が特徴的な女生徒、倉橋陽菜乃が得意げな笑顔で答えた。

 

「確かに前の先生よりも授業わかりやすいけどよぉ……所詮E組の俺等が頑張った所で仕方ねえけどな」

 

このクラスで唯一人の坊主頭の男子生徒で出席番号3番を務める岡島大河が愚痴を零すのと同時にクラスは陰鬱な空気に包まれる。

そんな自嘲が漏れてしまうのも仕方ないだろう。当初は非日常の到来と提示された莫大な懸賞金で目が眩んでいたが、学校のスクールカーストにおいて最底辺としての扱いまで変わるわけではなかったのだから。

今の自分たちも殺し屋の卵であることを除けば、普通の生徒でしかない。

故に結局は相手を勝て(殺せ)なければこの状況を何も変えられないのだ。

 

「おい渚、ちょっと付き合えよ」

 

渚が教科書と文房具を机にしまっていた時に一人の生徒が肩をたたいてくる。

大の大人にも引けを取らないだろうこのクラスで一番の大柄な体躯を誇り、無造作に刈り上げた髪型のみならずシャツの前のボタンも大きく開け、正に素行の悪さが滲み出している不良学生ともいえる外見の出席番号16を務める寺坂竜馬だ。

その取り巻きに寺坂とは1年生の頃からの付き合いであるドレッドヘアーがトレードマークの吉田大成と2年生の頃からの付き合いで、このグループの中では寺坂に次ぐ高身長を誇る出っ歯が目立つにやけた表情を浮かべている村松拓哉がいた。

そんな光景を横目に見ているウェーブをかけたミディアムヘアーの黒髪と見えないはずなのに今にも目に見えてしまいそうな負のオーラを放っている姿が黒魔術を扱う魔女を思わせる不気味な雰囲気を漂わせている女子、出席番号18番の狭間綺羅々を含めて寺坂軍団という一つの派閥を形成している彼らだが、狭間は自分属するグループの男衆が「一緒にあのタコを殺す計画を考えようぜ?」と言いながら渚を外へ連れ出すのを見てため息を付いて首を振ると「愛と憎悪の経典」というホラー・サスペンスの本を取り出して本の世界に没入していった。

 

「あのタコのこと、ちゃんとメモっておいたか?」

「うん、僕にできるのはコレくらいだから?」

 

外の校庭に出ると寺坂がそう言うと渚は彼から依頼されていた弱点メモをポケットから取り出す。

 

「あの先生は機嫌によって顔色は変わるのは覚えているよね。今分かっている範囲だと……

余裕の時は緑の縞々模様。

回答が間違っている時は黒い紫。

逆に正解の時は明るい朱色。

面白いのは昼休みの後で……」

「くだらねえことばっかだな顔色のことばっか知ったって殺れなきゃ意味ねえだろ」

 

村松が顔を(しか)めていく寺坂の機嫌を伺うように言う。

 

「そ、そんなことないよ。顔色を通して油断している時の色が判ったんだから」

「そういうのを最初に言えよ。弱点以外のことは別に知らなくていーんだ」

 

そう言って寺坂はナイフを渚に突きつけて

 

「ちと閃いた作戦がある。お前あいつが一番()()している時に()りに行け」

「え?」

 

その後、寺坂が得意げに話す計画を聞き終えて渚の顔色が不安げな色へと変わっていく。

 

「そ、そんなの本当に上手くいくの?」

「少なくとも今までのよりはずっと可能性はあんだろ。何よりここでビビって何もしなけりゃクソ見てえな人生を送るだけだ。

抜け出すにはどんな手を使ってでもあのタコを殺して100億手に入れる以外はねぇんだよ」

そう言うと寺坂は「次の国語だ。しくじんなよ」と渚に小袋を手渡すと背中を向けて去っていく。

受け取った小袋をただ呆然と見つめていた矢先のこと、何かが落ちてきたような轟音と共に砂煙が舞う中を咄嗟に小袋をズボンのポケットにしまった。

そこにいたのはミサイルを抱えて意気揚々と日本へと帰ってきた件の超生物(先生)だった。

 

「…お、お帰り先生。どうしたの?そのミサイル」

「お土産の04式空対空誘導弾です。日本海で航空自衛隊に待ち伏せされまして」

「…た、大変ですね標的(ターゲット)だと」

「いえいえ、このくらいことなら慣れっこです」

 

そう言って近くの木にミサイルを立てかける超生物(先生)

そんな所に物騒な物を放置しようとする彼に向かって「大丈夫なんですか?そんな所に置いて…」と思わず尋ねるが、

 

「大丈夫ですよ。信管を抜いて、絶対に爆発しないように弄っておきましたからこれはもうタダの筒です。

せっかくなので何処かにオブジェクトとして飾ろうかと思いますが、それは後で考えるとして……」

「先生は怖くないんですか?いくら凄い力を持ってるからって世界中から四六時中命を狙われてどうしてそんなに余裕でいられるんです?」

「もちろん先生だって死ぬのは嫌ですし、怖いですよ。でも、人間というものは長いこと万物の霊長として君臨してきたこともあって他の生物を舐めがちなんですよね。

これらの兵器だって元は同じ人間を殺すべくして作られたもの……そんなもの地球を破壊できる超生物を殺せるわけがないというのに偉いお方たちは頭が固くていけない。

要は彼らはまだまだ私のことを舐めているんですよ。そんな連中なんて今はまだ恐れる必要はありません……それに」

 

緑の縞々模様を浮かべて超生物(先生)が答える。

 

「皆から狙われるのは…力を持つ者の証ですから」

「!」

「さあ、そろそろチャイムが鳴りますから教室に入って。五時限目を始めますよ」

「……はい」

 

校舎へ向かっていく彼のを余所に渚は苦々しい気持ちで俯いていた。

 

「先生は、分からないよね」

 

彼も言っていたように皆から標的(ターゲット)にされるということは、裏を返せばそれだけ皆に実力(ちから)を認められているということだ。

そんな期待も警戒も…ましてや認識すらされなくなった人間の気持ちなんて分からないだろう。

 

『渚のやつE組行きだってよ』

『うわ…終わったな、アイツ』

『俺あいつのアドレス消すわぁー…』

『同じレベルだと思われたくねーし』

 

E組行きだと知れ渡るにつれて、正に潮が引くかの如く、クラスメイトや友達だと思っていた人達は同じE組送られる人間を除いて渚から離れて行った。

 

そして、それは担任教師だった大野健作も同じであった。

 

『お前のお陰で担任オレの評価まで落とされたよ。唯一良いことは――もう、お前を見ずに済むことだ』

 

極めつけは――

 

『私がここまで身も心も砕いてるっていうのにあなたって子は……」

 

()()が鬼のような形相で渚を責め続ける言葉――

 

(もう残ってる繋がりは強いて言えば綾香と部長くらいか……けど)

 

椚ヶ丘学園のシステムによってA組いる綾香とは引き離されてしまい、特進クラスの勉強は凄まじく大変なようで帰り道などで出会っても疲れ切ったかのような彼女の表情を見るたびに声をかけるのは気がひけ、綾香の方も渚の置かれている状況に対して何もしてやれない無力感による後ろめたさから二人の間で口数は今やすっかり減ってしまった。

自分にとって姉のような存在であった吹奏楽部の部長も今は高等部に通っているようだが、昨年から何一つ連絡がなく何かあったんじゃないのだろうかとは思うが、単に心細いからという理由で今はおそらく大変な状況にあるであろう部長に声を掛けるのは憚られた。

今の自分にはもはや誰かとの繋がりは無いに等しかった。

それを知らしめる度に暗い感情が渦巻いていき、闇を帯びた一つの目的へと結実する。

 

「……殺れるかもしれない」

 

――だって、この先生にも今の僕の姿は見えていないのかもしれないのだから。

 

不意に浮かべたその微笑みは、愛らしいと称されることが多い彼の顔にドス黒い何かが籠っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――そして、五時限目「国語」の授業。

 

「今日はお題にそって短歌を作ってみましょう。最後の七文字を『触手なりけり』で締めてください」

「「「「はぁ?」」」」」

「『触手なりけり』ですか?」

 

大柄でふくよかな体型と大らかさを醸し出す女生徒、出席番号20番の原寿美鈴が質問の手を上げた。

 

「はい、書けた人は先生のところに持ってきてください。チェックするのは、文法の正しさと、触手を美しく表現できているかです」

「どんな感じに?」

「そうですね~。こんな例文は如何でしょうか?」

 

花さそふ嵐の庭の雪ならで

はえゆくものは触手なりけり

 

「解説すると『鮮やかに映え、力強く生きていく生命とは、庭の桜を散らす花吹雪などではなく、触手だったのだなぁ』ということになります」

「触手だったのだなぁって……」

と、配られてきた短冊を受け取りながらあまり想像したくない風景に一人ごちる磯貝。

 

「出来た者から今日は帰ってよし!」

「「「「え~」」」」」

「そんなの思いつかないよぉ~」

「そもそも触手って季語なの?」

「さあ…」

「ほぉらヌルヌルと素晴らしい句が浮かんできませんかぁ?ヌルヌルヌルヌル!」

「ヌルヌルうるせぇよ!!」

 

こんな独特な空気の中で授業は続くが、いきなり触手をテーマとした短歌を作れと言われた所で素人が文章を思い付けるはずがなく、生徒達は頭を抱える最中、「先生、しつもーん!」と声のする方へ皆の意識が向いた。

その先にいたのは渚の隣の席に座っている緑色の髪をツーサイドアップにしたこのクラスで最も小柄の体格と可愛らしい顔立ちを兼ね備えたE組のマスコット的存在の美少女、出席番号7番の茅野カエデだ。

渚にとってはE組に来て最初に仲良くなった女子で、現在は疎遠になってしまっている綾香に変わって最近よく一緒にいるようになった娘だ。

 

「……はい?何でしょうか茅野さん」

「今さらだけどさあ、名前何て言うの?他の先生と呼び分ける時に区別できないから言いづらくてしょうがないよ」

 

茅野の言葉を聴いて他の生徒達がハッとなる。

言われてみれば、とこのクラスの誰もがどうして今までこんな大事なこと失念していたんだろうと首をひねった。

怒涛の非日常を前に頭が一杯になってしまっていたのかもしれない。

 

「名前ですか……そう言われましても名乗るほどの名前はありませんからねぇ。何なら皆さんで名付けてください。とにかく今は課題に集中ですよ」

「はーい」

 

返事をして茅野は再び短冊に顔を向けるのと同時に彼女から目を離した渚は後方に座っている寺坂の視線を感じてこっそりと振り返る。

目のあった寺坂が「行け」と言わんばかりに顎を動かして合図を送るのを見た渚は呼吸を整えて短冊を書く振りをしながら超生物(先生)の顔色を伺う。

そして「それでは一休み一休み」とその顔がある色に変わった瞬間、「今だ」と判断して静かに手を上げて立ち上がった。

 

「できました」

「おや、早いですね渚君」

 

教壇に向かってゆっくりと歩いていく渚の背後で寺坂がにやりと笑みを浮かべつつ、ポケットの中身に手を入れて()()を始める。

その一方で茅野が、渚が持つ配られた短冊の裏に対超生物(先生)用のナイフを隠し持っていることに気付くが、何も言わない。

渚は薄いピンク染めた超生物(先生)の顔色を見て確信する。

昼食の後で自分たちが眠くなる頃に時折、この顔色になることがある。

それはこの怪物が一番油断している時なのだとその証拠に茅野の質問への反応が一瞬遅れた。

 

(1年以内で殺せなければ地球を破壊すると言っているけど、そういったことさえ除けば僕の今まで見てきたどの先生よりも良い先生だと思う――でも、だからこそこう思ってしまう)

 

――どこかで見返さなきゃいけない。殺れば出来ると、親や友達や先生たちに――

 

――再び周りに認めてもらって繋がれるように……そのためなら例えどんな手を使ってでも――

 

―――――――――――――――――――殺らなければ―――――――――――――――――――

 

教壇の正面に立つのと同時に呪詛のような思いをその手に乗せて、渚は「見せてください」と目の前に触手を伸ばしてきた怪物教師を目掛けて振りかぶって模造ナイフを振り下ろした。

しかし、残念ながら当前の如くそれは触手で搦め取られる。

 

「言ったでしょう?もっと工夫を――」

 

ニヤニヤとした超生物(先生)の声と共に虚しくナイフが渚の手から零れ落ちる。

 

(単純過ぎるよ!)

(そんなんで殺せるような奴じゃねえの分かりきってるだろ!?)

(渚は何考えてんだ?)

 

生徒達の誰もがそんなことを思っていた寺坂達と渚を除いて。

次の瞬間、渚は超生物(先生)の胸に倒れこんだかと思うとその体を両腕で抱きしめる。

 

「…渚君?」

 

ただでさえいつもと様子がおかしかった彼のさらに不自然な行動に訝しむ超生物(先生)が思わず渚の顔を覗き込む。

 

よく見れば首に何かぶら下がっている、ペンダント?いや、それにしては大きすぎる。

パイナップルのような形のそれは……

 

――手榴弾(グレネード)!?

 

(まずいっ!?)

「もらったっ!!」

寺坂が叫ぶのと同時に取り出したリモコンのスイッチを押した次の瞬間、大きな破裂音が鳴り響くと共に超生物《先生》の身体が吹き飛ぶ。

同時に3mもある大柄の怪物すら吹き飛ぶような衝撃にただでさえ小柄の渚の身体が耐えられるはずもなく何mも後方目掛けて吹き飛んで床に転げ落ちる、BB弾が教室中に飛び散った。

他の生徒達も思わず、悲鳴を上げて伏せる。

中でも間近にいた磯貝、岡野、前原、倉橋は強い耳鳴りと爆風によって普段の空気銃のそれの比ではない勢い良く飛んできたBB弾が咄嗟に顔は庇ったとはいえむき出しの手の甲に当たった部分はヒリヒリする程に痛かった

 

「よっしゃあ!やったぜ!!」

「これで100億いただきぃ!!」

「まさか自爆テロまではコイツも予想してなかっただろ!」

「おい寺坂ぁ!!」

「何やったんだ!?」

「ちょっとアンタたち、渚に何を持たせたのよ!!」

 

天に向かって拳を突き上げている寺坂達に磯貝と前原、茅野が食ってかかる。

あれだけの爆発の中で超生物(先生)は元より渚も無事でいられるわけがない。

 

「あぁ?何って玩具の手榴弾だよ。吉田に作らせた特別性だけどな」

「特別性?」

「300発のBB弾がすげえ速さで飛び散るようにちょっと火薬を使って一瞬で弾が飛び散るように改造しただけさ。もちろんちゃんと死なねえ程度には威力を調整してるさ」

 

詰問してきた茅野に対して寺坂に得意げな促された吉田が嬉々とした表情で答えた。

 

「多少怪我してるだろうが治療費くらい払ってやるよ。それよりもあのタコは……」

「治療できればいいけど……」

「あん?」

 

勝利の余韻に浸っていた所へ急に冷水を浴びせかけてくるような声をかけてきた方を向くとそこには自分の軍団の紅一点である狭間の姿があった。

 

「人って案外簡単に死ぬものよ。あいつの体小さくて細いし、アンタ達みたいに頑丈じゃないから打ち所が悪ければ流石にまずいでしょうね」

「お、おい狭間……」

 

彼女の不吉な物言いに顔を引きつらせる村松。

 

「仮に死ななかったとしても、もし後遺症でもあって訴えられれば金をたんまり積んで示談に持ち込んだとしても最低でも良くて退学、悪ければ鑑別所送りじゃないかしら。悪いけど私もそこまでは付き合えないわよ」

「な、何だよ狭間!形はどうあれ俺は地球を救ったんだぜ!それに元々俺等に碌な未来なんてねぇんだ!今更らしくもなく何をいい子ぶってん……」

 

己のグループの頭脳役を務めることの多い女子の容赦ない苦言に頭を冷やされたことで自分のしてしまったことの重大さをようやく感じ始めて焦りだした寺坂と狭間が口論を始めたを見て茅野はそれ以上何も言うことなく、渚の方へと駆け寄った。

 

 

「な、渚!大丈…夫?」

「うっ……ん?」

 

倒れていた渚の身体を慎重に抱き起こそうとして、気がつく。

よく見ると皮膜のような物が渚を包んでおり、中の渚には怪我どころか火傷一つ見当たらず、制服にも焦げ跡はもちろん汚れすらない。

茅野が意識が朦朧としている渚の背に手をやり、抱き起こす。

 

「先生は?」

「そういえば……」

 

渚に問われて膜を辿って超生物(先生)の姿を探すが何処にも見当たらない、既に死体は弾け飛んで原型を留めていないというのだろうか?

()()()()()()()()()()()()()なのにも関わらず他の周囲は未だ、眼の前で一気に起こった事態を前に混乱しているようで状況が上手く掴めずにいた。

 

「実は先生、月に一度ほど脱皮をします」

 

混乱を叩き潰すかのように、天井から突然、大きな声がした。

生徒達は皆、声が響いてきた天井を見上げてみる……すると、そこには全くの無傷の超生物(先生)があった。

 

「うわぁ!?」

「きゃああ!?」

 

生徒達は狼狽え、寺坂達に至っては腰を抜かして無様にその場でへたり込んでしまった。超生物(先生)はタコのように教室の後方の壁を這ってヌルリヌルリと気味の悪い音を立てながら降りてくる。

 

「脱いだ皮を被せて爆発の威力を殺すことで渚君を守りました。これは月に一度しか使えない先生の奥の手です。しかし、今はそれよりも……」

 

いつもの黄色を始め明るい色だった超生物(先生)の顔がこれまで見たことのないようなドス黒い色へと染まっていく。

渚には今まで見てきた超生物(先生)の顔色の記憶やメモを辿るまでもなく彼の抱いている感情は分かった……分からざるを得なかった。

それは渚だけでなく他の生徒にも一目瞭然の顔色だった。

それは間違いなく――ド怒りだ。

 

「寺坂、村松、吉田。首謀者は君らだな……」

 

先生の口調はいつもの丁寧語ではなく、寺坂達のことも呼び捨てだ。

これだけでもその怒りの度合いは分かるというものだろう。

 

「えっ…その…」

「い、いや……」

「渚が勝手に――」

 

あっさりと見抜かれたことはもちろんのことそれ以上にその怒気に当てられ寺坂達は、もはや身動き一つできなかった。

その次に起こったのはほんの一瞬の出来事だった。

 

超生物(先生)は怒りの表情を浮かべたまま――消えた!?と生徒達が目を瞬きする間に、いつの間にか背後にある教壇に移動している。

そして、超生物(先生)再び現れるのと同時に教壇の上に無造作に置かれていた板の山。

これは一体?と訝しんでよく見ると、その正体が分かるのと共に生徒達の顔色が血の気が引いた事のわかる真っ青へと染まった。

 

――――――――――――――――自分((俺)(僕)(私))達の家の表札――――――――――――――――

 

超生物(先生)はただ教壇に移動したわけではない……マッハ20の超スピードを用いて一瞬にも満たぬ時間でクラス全員の家を巡り、表札だけを持ち去り、教室へ戻ってきたのだ。

 

「政府と交わした契約がありますから、私は()()()()()危害は加えない。しかし、今後このようなやり口で殺しに来ようものなら君たち以外に何をするかわかりませんよ?

家族、友人、いや……最悪、地球ごと消しましょうかねぇ」

 

この瞬間、渚たちは思い知らされた。もはや自分達にどこにも逃げ場はないのだと。どんな手段を使って逃げたとしても、この恐ろしい怪物から逃れることはできない。

どうしても逃げたいのなら、この怪物(先生)を殺るしかないのだということを―――

その理不尽な現実とそれを(もたら)超生物(先生)の力を前に生徒達は恐怖で震え上がってしまう。

 

「…な、何なんだよてめぇ!迷惑なんだよぉ!!いきなりやって来て地球破壊とか! 暗殺しろとかッ!そんな迷惑なヤツを迷惑に殺して何が悪いんだよッ!!」

「迷惑?とんでもない!君達はまだ殻すら破れていない暗殺者の卵ですが……アイデア自体は今までの中で一番良かった。特に渚君の、肉薄までの見事な体運びは満点です。あまりの自然さに、先生はこの教室に来て以来初めて隙を突かれました」

 

超生物(先生)が渚の頭を撫でるように、ちょん、と頭に触手が置く

こんな形で褒められるなんて……と渚は少し複雑な気分のようだった。

 

「ただし!君達三人は渚君を。渚君は自分を大切にしようとしなかった。そんな人間を先生は暗殺者として認める訳にはいきません!人に笑顔で胸を晴れる、自分に恥ずかしくない暗殺をしましょう。そういう殺しを持って初めて暗殺する資格は得られるというものです。

現に寺坂君、狭間さんからも注意されてましたが彼女の言うように一歩間違えば、君は最悪殺人犯となっていたんですよ。

そうなってしまったら、仮に賞金を得られたとしても引き換えに国内に君の居場所がなくなっていたかもしれせん。

狭間さんも寺坂君たちとはもうそれなりの付き合いなのでしょう?今はちゃんと反省しているようですが、今後このようなことが無いように彼らが不穏な素振りを見せた時には見て見ぬふりをしては駄目ですよ」

 

そう叱られて、罰の悪そうな顔で寺坂達は彼らなりに反省した態度を見せていた。

それを見て頷くと超生物(先生)は締めくくりに入る。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員、それが出来る可能性を秘めた有能な暗殺者(アサシン)の卵達です。

しかし、先生とて大人しく殺されるつもりは微塵もありません。皆さんと一緒に3月まで学校生活をエンジョイしてから地球を爆破します。

それが嫌ならどうしますか?ねぇ、渚君」

 

呆然としていた所を声をかけられて我に返った渚は息を呑みながらも彼と向き合う。

正直に言ってこれまでの人生で喧嘩すらろくにしたこと無いし、ましてや暗殺なんて想像もつかない。

けれど……

 

「その前に……」

 

―――――――――――――――――――この先生なら―――――――――――――――――――

 

「先生を――」

 

―――――――――――――――――――――僕達の――――――――――――――――――――

 

「――殺します」

 

―――――――――――――――殺意すら受け止めてくれる気がする―――――――――――――

 

この教室は、あまりにも殺伐とした空気に包まれている異常な空間だ。

教師と生徒たちが殺し合いながら授業をしている。

片や標的の教師。片や暗殺者の生徒。

 

「ならばやってみなさい、今日殺せたものから帰ってよし。さあ、皆さん席に戻りましょう」

 

これまた不思議な言葉を投げかけられたものだが、生徒達は皆、悪い気がせず、むしろ僅かながら、ほんの僅かだが殺る気を湧き上がってきたような気がしたのだ。

渚もまだ頭に残っている触手の重みを感じて頭に手を触れながら短冊を片手に再び机に向かう。

そんな不可思議な空気を切り替えるように茅野がふと呟いた。

 

「殺せない先生……そうだ!」

「ニュヤ?茅野さん」

「先生の名前さぁ、殺せない先生って意味で“殺せんせー”にしない?」

「殺せんせー…おお……良いでしょう、先生、嬉しいです!」

超生物…いや、()()()()()はそう言って、今まで以上に喜びの表情を浮かべていたのだった。

 

――キーンコーンカーンコーン

 

場が和んだ所でこれにて一件落着とばかり終業のベルが鳴り響く。

今日の暗殺はこれで終わり……でも、殺せんせーと自分たちの暗殺教室はまだ始まったばかり―――

 

 

―――――――――――――――新たな始業のベルが明日も鳴る―――――――――――――――

 

 


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