「「ぐッ!!」」
白石と古間の2人がうめき声をあげる。その原因は古間の赫子でも白石の[ガーンデーヴァ]でもなかった。彼等2人にダメージを与えた存在は白い電撃だった。
白石は[ヴィズル]によってそこまでダメージを受けていなかったが古間はそうはいかない。生身で電撃を受けたせいで、体の至るところが電撃によって引き裂かれて裂傷が生じていた。それでもたったそれだけの傷ですんだのは古間の正面に白石がいて、ある程度電撃によるダメージを軽減してくれたからだ。
お互いに自分の攻撃は失敗したと判断して、後ろに退いて距離を取り合う。
「ハイル、助けてくれたのはありがたいけど、できれば俺ごと撃ち抜かないであいつだけを狙ってほしかったな」
「そんな時間ありませんでしたー。白石先輩が危なかったからとっさに[t-human]を撃ったんですよ」
「……そうか、すまない。助けてくれてありがとう」
「別にいいですよー。私達はパートナーですので」
白石と古間を撃ち抜いたのは白石が倒れている間に呼んだハイルだった。CCG支部で寝ていたハイルだったが、白石の救援要請で慌てて支部を飛び出してきたのだ。
「他の人達も急いでここに向かってきてます。とくに鉢川さんなんて公道をスピード違反間違いなしのスピードでとばしてきてるみたいです」
「それは頼もしいな」
白石には憎悪に満ちた顔で車をとばしている鉢川の様子が簡単に想像できていた。先程までの切羽詰まった状態と違って今の白石には余裕ができていた。
そんな白石とは違い、古間と入見はかなり焦っていた。白石1人にいいようにやられていたのに追加の白鳩などが来ればトーカ達を連れ帰るどころか自分達も殺られかねない。
「これは……まずいね」
「ええ、これじゃトーカ達を連れ帰るのも厳しいわ」
理想としては真戸を殺して白石とハイルを無視して逃げることだが、真戸が殺されれば白石は[ガーンデーヴァ]を抑えることなく使うだろう。この閉鎖的空間でそれをされると彼等に逃げ場はない。丸焼きにされて終わりだ。
トーカは重傷で自力では動けない。ヒナミは恐怖感で再び萎縮してしまっている。さらに片手のない真戸を援護しても古間と同等以上に戦える白石。そして新たにやって来た羽赫持ちのハイル。片手がなくても執念で入見に何とか食らいついている真戸。
「最初は簡単に終わると思ったのにね」
「上手くいかないものね……でも」
「まだ諦めるわけにはいかない……か」
「そうよ。ここで私達が諦めたらトーカ達はどうなるの?あの話が本当ならろくな目に遭わないわよ」
「やれやれ、ついにこの魔猿の真の実力を見せるときがやって来たみたいだね」
「やる気を出してるところ悪いけど相手を交換よ。私があの2人を殺るわ」
「それはどうしてだい?」
「私の方があんたより仕事が早いからよ」
「そんなことはないと思うけどね。まあ、分かったよ」
2人が位置を入れ換えてそれぞれの相手と向き合う。2人にとって厄介だったのは白石だけなので、彼等は白石を殺したらトーカ達を連れてさっさと逃げようとしていた。
「覚悟はいいかい?これは時間との勝負だよ」
「うるさい。さっさと始めるわよ」
そこまで言うとお互いに戦闘態勢に入る。そんな彼等の様子を見て、白石達もそれぞれのクインケを構える。今にもぶつかり合わんという空気が流れていた。
『た……ど……ピ……』
そんな声が聞こえてくるまでは。
「なんだ?」
途切れ途切れではあるが大勢の声が聞こえてきていた。白石は入見にいつでも反応できるよう警戒しつつも後ろを見る。
「なッ!?」
ゆらゆらと動く人の波。その数は200を下らない。マスクをつけた喰種達がゆっくりと白石達を目指して歩いて来ている。
「ピエロ……ッ!!」
かつては3区を拠点にしていた喰種集団。目的などは一切不明で、1つ分かっているとすればピエロが娯楽主義者であることのみ。
『楽しいピエロはどんなピエロ?楽しいピエロはどんなピエロ?』
「最悪だな」
そう言うと白石は横目で古間の方を見る。彼も目を見開いていた。
(こいつらとはグルではないみたいだな)
「白石先輩、どうしますか?」
ハイルが入見達をどうするのか尋ねる。ピエロは後2分ほどで白石達と接触するだろう。このまま戦闘を続けるのか。またはピエロ殲滅に専念するか。ハイルはどちらを取るのかと白石に尋ねていた。
「………………」
白石は悩んでいた。黒狗と魔猿を討ち取れる機会などそうはやってこない。しかし、彼等を相手しながらピエロと戦闘になればこちらも無傷でというわけにはいかない。最悪ハイルと真戸のどちらかが、または両方が死ぬかもしれない。
(ピエロォッ!!)
怒りに心が染まる。ここまで自分の思い道理にならない展開は白石にとって初めてだった。しかし、いつまでもそうしてはいられない。
「黒狗、取引がある」
「……何かしら?」
「……ラビットとフエグチの娘を連れて退け」
「ピンチなのはあなた達だと思うけど?」
「あのピエロはお前達の仲間じゃないだろ。さっさと退け。見逃してやる」
「……古間、トーカ達を連れてきて。私はここでこいつらを見とくわ」
「了解」
「真戸さん、こっちに来てください」
「ああ」
古間と真戸が入れ替わるようにして歩いていく。真戸は白石の隣に、古間はトーカ達の下へと。
「大丈夫かい、トーカちゃん」
「は……い、古間……さん」
「トーカちゃん、少し痛むけど我慢してね」
そう言うと直ぐに古間が[フエグチ弐]をトーカの脇腹から引き抜く。壁に縫い付けられていたトーカは古間の方に崩れ落ちた。
「ヒナミちゃん、こっちに来て」
古間はトーカの近くで俯いていたヒナミを自分の方へと寄せる。トーカを背負って、入見の下へと歩いていく。
「連れてきたよ」
入見はトーカ達の状態を確認した後、白石の方を見る。
「取り引きちゃんと守りなさいね」
「分かってるから早く行け」
ピエロはすぐそこまで迫ってきていた。入見にしても味方ではピエロ達からは早く離れたかった。
「ええ、行くわよ」
入見がヒナミを抱えて、古間と一緒に凄まじいスピードで白石達から離れていく。あっという間に白石達からはその姿が見えなくなった。
「よかったんですか?見逃して」
「ピエロをほっとくわけにいかないからな。はぁ、うまくいかないな。すみません、真戸さん。手を犠牲にしていただいたわりに全然、成果を出せませんでした」
「いや、構わないよ。私の手を犠牲にして、こんなにもピエロが釣れたのだ。安いものさ」
「ここからは自分がやりますので、治療に専念してください。ハイル、真戸さんの治療を手伝ってくれ」
「分かりました」
3人の前にはすでに大量のピエロが溢れかえっていた。しかし、白石にとってはただ数だけの雑魚でしかなかった。
「……よくもまあ邪魔してくれたな。クソピエロがああぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!!」
白石の怒りを表す[ガーンデーヴァ]の炎がピエロの集団を包み込んだ。
「以上が今回の作戦の結末です。ピエロの妨害により黒狗、魔猿、ラビット、フエグチの娘を取り逃がしました。」
白石は現在、ある一室で2日前の出来事の説明をしていた。部屋の中にいるのは白石と和修吉時を除いて、皆が特等捜査官。この会議は特等会議と呼ばれるものだった。
「黒狗に魔猿か、ずいぶんとまあ懐かしいやつらが帰ってきやがったな」
「ンン、ボーイ。問題はそれだけではない。257体のピエロが現れたことも問題であろう」
「俺はボーイじゃねーよ」
丸手が報告書を読みながらまだ黒狗達が暴れまわっていた時のことを思い出す。そんな丸手にピエロのことを注意したのは立派なリーゼントをしている田中丸望元特等捜査官だ。しかし、丸手の考えはモーガンとは違っていた。
「ピエロのことなんか考えても無駄だぜ。あいつらの行動は全然読めないからな。今回もどうせ気まぐれだろ」
「むむむ」
「ピエロのことは置いておくにしても黒狗達の対応はどうするのですか?」
このむさ苦しい男しかいない空間で清涼剤となる安浦清子特等捜査官が丸手とモーガンの話に割って入る。
「うーん、難しいね。今までほとんどノーマークだった20区だからね。しかも相手は黒狗と魔猿、討伐するなら相当の戦力を割かなきゃ」
「吉時さん、そこに暇なやつがいますよ」
「うん?」
吉時が丸手の指差した方へと視線を向ける。そこにはジュースを飲みながらノートに何かを書き込んでいる白石がいた。
「白石くん、何してるんだい?」
「何って、勉強ですよ。貴方達が言ったんじゃないですか。世間体が悪いからせめて現役の高校生並みの学力を身に付けておけと」
「だからって特等会議でそんなことしてんじゃねーよ」
丸手からの注意がとんだので白石は手を止めてノートを閉じた。
「で、何ですか?」
「丸手特等は20区の対応を君に任せるべきだと言ってるんだよ」
「S0だけでですか?対処できないとも思いませんが万全をきすならもう少し戦力が欲しいところです」
白石の言葉に吉時は考え込むような素振りを見せた。
「それはS0の戦力を増強したいと?」
「はい」
「どのくらい?」
「特等1人、准特等3人、上等10人がいれば問題ないかと」
その言葉を聞いた吉時は渋い顔をして悩みこんだ。
(うーん、できれば叶えてあげたいけど今回大物を逃してるからあまり白石君にサポート出来ないんだよねー。役員達もうるさいだろうし)
「准特等2人、上等5人は?」
「……局長、俺はそれでも構いませんよ」
「……いや、今のは忘れてくれ。白石准特等、S0を率いて、20区での指揮をとってくれ。君の要求は最優先で叶えさせよう」
(ふぅ、私は何を考えていたのやら。確かに役員達も大事だが、私達にとってはこんなことで白石君に不信感を持たせてしまうよりも重要ではないはずだ)
「ありがとうございます」
その後の内容に白石が関係するものはなく、会議も30分ほどで終了した。
「白石君、ちょっとついてきてくれないかな?」
会議が終わり、帰ろうとしていた白石の元に吉時がやって来た。今からハイルとの食事の約束があったため行きたくなかったが吉時の顔が真剣だったため諦めた。ふてくされながらポケットにいれていた携帯を取り出してハイルへとかける。
『もしもし、白石先輩まだですかー?』
「その……ごめん。用事ができたから一緒に行けないんだ」
『えー。白石先輩が一緒に食べに行こうって言ったんじゃないですかー』
「本当にごめん。今度埋め合わせはするから」
『知ーりーまーせーんー。もういいです。有馬さんと食べに行ってきます』
「……」
電話が終わり白石は携帯をポケットにいれた。どこか気を落としたように見える白石の姿に吉時が苦笑いを浮かべる。
「はは、悪いことをしちゃったかな?」
「いいので早く行きましょう」
どうでもよさげに言う白石の落ち込んだ様子に吉時は心の中で大爆笑する。白石が吉時の前でこのように振る舞うことがないので吉時にとって今この瞬間はとても新鮮なものだった。
「そうそう、遅れてしまったけど昇進おめでとう」
「傷心ですか?」
「それは多分字が違うんじゃないかなー。ところでさっき話してたのは彼女かい?」
「違いますよ」
「ハハハ、そういうことにしとくよ」
話していくうちにどんどんしらけていく白石を吉時が笑いながら見ている。
(できればこのまま良い関係を築いておきたいけど……まっ、それも白石君次第かな)
吉時としても幼い頃から白石の成長を見ていた身として白石を害したくはなかった。吉時は自分達と行動を共にする白石の姿を想像する。
(これが理想かもね)
彼はそう思わざるをえなかった。