咲-Saki- loop-top この檻の中で君を想う 作:入道雲
何も無い虚無感が京太郎の身体を苛んで行った。
なにかをしようとしても、力が入らず身体には虚無感以外にも倦怠感があり、頭の中には霞が掛ったかのようだった。
夜は身体が睡眠を欲しているのに眠れない日々が続いた。
嘗ての意気込みは無くなり、力の宿った意思など霧散した。
京太郎は何をするでもなく窓から景色を眺めるだけだった。そして京太郎は学校にも行かず、部屋でほぼ毎日こうを過ごすようなり、日付の感覚が無くなりつつあった。
季節は既に春になっていたがここ数週間は部屋から出ておらず、食事も最低限しかとっていなかった。肌は見る見る白くなっていき髪の毛はぼさぼさのまま。
ベッドにはペットのカピバラが来てきゅうと鳴き京太郎は軽く背を撫でた。前は散歩もしていたのにな……と思ったが京太郎は考えるのをやめる。
部屋にあるパソコンしているか、窓の外を眺めているだけの生活だった。
最初は、咲や中学の友人が何度か家に来て心配そうにして京太郎の自宅まで来たが、京太郎は合う事を頑なに拒んだ。日ごろの京太郎を知っている人物は彼をどうにかして立ち直らせたいと望んだが在学中にはその願いもかなわなかった。
今でも咲は頻繁に京太郎の家に訪れるが咲は半年以上、京太郎と会っていなかった。会話はメールだけそれも一ヶ月に一度あればいい方だった。
そんな春の日、京太郎の部屋の扉がノックされた。
扉の向こうからは親友である宮永咲が声を掛ける。
「ねえ、京ちゃん。最近どう?」
「……」
何もしゃべらず、沈黙だけが帰ってくるがそれでも咲は続けた。
「私はね、部活に入ったんだ」
「……」
「面白い人達なんだよ、変わった人達なんだ」
「……」
「ごめんねこっちの話ばかり。じゃあそろそろ帰るね。あ、京ちゃんこれ読んでみて面白い本だからオススメだよ。作者は関西の人が書いんだけど面白い小説なんだ。気が向いたらで良いからよんでね」
扉から人の気配が消えたのを確認して京太郎は部屋の扉を開け、目の前に置いてある一冊の本を拾い、机の上に置いた。すぐそばの窓からは咲の頭だけが見えて、遠ざかって行った。
部屋の中で膝を抱えながら床をじっと見つめる。急に襲ってきた眠気に京太郎は身を任せた。
京太郎が出てこないと判っていても咲は最低でも週に一度は京太郎の家を訪れた。
何を話しかけても返って来なくても、話しかけ続けた。
ベッドに入り、毛布をかぶり蹲る。
何度も何度も咲に対しての謝罪の言葉を述べ続ける。誰も聞いていなくても京太郎はつぶやき続けた。
あれからも、京太郎はずっと引き篭もっていた。部屋から出るのは精々平日の昼だったがそれすらもなくなっていた。
ある日の休日、京太郎の家のインターホンが鳴った。家には京太郎だけしか居なく、京太郎の母親は事前に今日は宅配便が一つあるから受け取っていてと頼まれていたので、京太郎は玄関を開ける。
玄関を開けてそこに居たのは親友の咲とその麻雀部の仲間。
かつて京太郎と共に全国を目指した仲間達だった。
「どうもー、貴方が須賀君ね。私は竹井久。咲と同じ麻雀部の部員よ」
「お前さんはいきなりすぎるんじゃ。もう少し丁寧にだなぁ」
「こっちの口うるさいのは副部長の染谷まこね」
「よろしくだじぇ、京太郎。タコス食うか?」
「こら、優希、もうすこしちゃんとした挨拶があるでしょう」
「ごめんね、京ちゃん。いきなり来ちゃって……」
「帰ってくれ」
「ちょっと須賀さん、急に来た事については謝ります。でも咲さんは貴方の事を思って――」
「帰ってくれ、頼むから」
そんな事判っていた。咲が自分のためにわざわざ来てくれた事も。
そんな健気な咲が京太郎は辛かった。
彼女を助ける事を諦めたのに、彼女の優しさが辛く、そして痛かった。
京太郎は走り出した。とにかくこの場所に居るのがいやだった。
あまりに急な事で咲たちは追いかけるが着いて来られずにいた。
どれくらい走ったか覚えていない。
十分にも感じたし、一時間にも感じた。
近くの公園に腰掛ける。公園で遊ぶ子供達を眺める。三姉妹だろうか、仲が良さそうに公園の砂場で遊んでいる。
――昔はこんな風に遊んだな……
昔の事を思い出す。咲と遊んだ事を……
自然と涙が出てきた。一筋の涙が頬を伝う。
「おじさん大丈夫?」
気がつくと三人の子供がこちらを伺うように覗き込んできた。
三つ子だろうか。
「……ああ、大丈夫だよ。それにお兄さんなそんなに年取ってないよ」
「これ飲むし!!」
小さな手に持っていたのはジュース。おそらくお小遣いで買ったのだろう。
流石に子供からジュースを奪うほどではないので遠慮したが。
「じゃあ、これ食べるし!!そして遊ぶし!!」
今度はもう一人の子がお菓子を差し出してきた。遠慮したが袋から取り出して口に近づけてきたので一口だけいただく事にした。
服の袖を引っ張って遊びに参加させられる。砂場でよく分からない物を一緒に作り。次はアスレチックに向かった。
「ここから見る景色は最高だし」
「ねー」
「ねー」
残りの二人も同意している。
――咲!! 今日からここは俺たちの秘密基地だ!! ここから俺たちの世界制服は始まるんだ。見ろよこの景色ふははははー。
「……ああ。最高だな」
かつて何処かで見た光景と重なる。
「おじちゃん、泣いてる……どこか痛いの?」
「ああ、胸の奥が痛いみたいだ」
「じゃあ、ウチ来るし!!お姉ちゃんが居るから助けてもらうし!!」
三人に急かされるようにして腕を引っ張られ、連れて行かれた。
連れて行かれたのは一軒家の家。自己紹介で城菜ちゃんと菜沙ちゃん城菜ちゃんと言うらしい。
三人は仲良く話しながら玄関を開けようとする。
「こら、外でうるさいぞ三人とも!!少しは静かにするし」
扉が勢い良く開き中から一人出てきた。
風越の池田さんだった。
「あ、ども」
とりあえず、頭を下げて挨拶する。
「ええと、どうもだし」
どうするべきかと思っていたら三人組が助け舟を出してくれ――
「お姉ちゃん、この人泣いてたんだよ。怪我かもしれないから見てあげるし」
――なかった。むしろ止めを刺された気さえする。
「ええと、上がります?」
「……いえ、自分はこれで帰りますので」
流石に拙いので遠慮したが妹さん達が中々離してくれなかった。
「とりあえずその三人が懐いてるって事は悪い人じゃなさそうだし、入るし」
帰ろうと思ったが、池田さんは良いから入れといって引っ張られ成り行きでお邪魔してしまう。中に入ると以外にも整理整頓されていた。
悪いと思いつつも色々見てしまう。池田さんはキッチンに戻ってしまったが妹さんたちと遊んでいてくれと言われた。しばらく遊んでいるとドアが開く音がする。玄関の方からやって来たのは風越の福路さんだった。その手にはスーパーのビニール袋を持っていた。
「あら、始めまして」
声は出さずに会釈だけする。それだけすると福路さんは池田さんの居るキッチンの方へといってしまった。しばらく子供達の相手をしていたら池田さんが料理を持ってやってきた。
「そこの君は食べられないものとか無いよね、まあ好き嫌いは許さないからアレルギーでもなければ無理やりにでも食べさせるし」
食卓に食事が並ぶ。何故か自分の分までも並んでいた。池田さんと福路さんも一緒に座り両手を合わせて頂きますといった。
「……あの、なんで自分も」
「ん? 昼食食べてたか?」
「……いえ、そういう訳では無いんですが……」
「なら文句言ってないで食べるし」
「そうね、食事は皆で食べるほうが美味しいものね」
「たべるしー」
「おいしいし」
「おいしー」
池田さんの妹さん達は美味しそうに食べている。どうするべきかと思ったが自分も頂く事にする。
池田さんと福路さんに作られた昼食は美味しかった。
妹さん達はお腹が一杯になったのかお昼寝をしていた。俺と福路さんと池田さんは自己紹介をする。
「……あの、昼食美味しかったです。ありがとうございます。自分は、須賀京太郎と言います」
「そうか、それは良かったし。アタシは池田華菜、この人はアタシの先輩の」
「私は福路美穂子です。よろしくね須賀君」
「は、はい」
池田さんが正面に座りこちらをじっと見てきた。
「それで、どうしたんだし。城菜たちが言うには泣いていたみたいだけど、どれ。おねーさんに言って見なさい」
「ちょっと華菜、いきなり何を言っているの。須賀君だって困っているでしょ」
「だってキャプテン……」
福路さんが咎める様に池田さんに言う。その様子を見て俺は、なんて答えれば言いかわからなかった。出来の良くない頭をフル回転させて言葉を紡ぐ。
「極、本当に極私的な事ですよ。最近、着いてない事が色々ありまして。御祓いにでも行こうかと」
出てきた言葉は嘘ばかり。それでも人の良い福路さんは疑う事もせず信じた。ほんの少しの、ちっぽけな良心が痛む。
「まあ、大変でしたね」
まるで母親の様に頭を撫でてくれる福路さん。
「あ!?キャプテン、御払いで思ったんですけど……」
福路さんに対して何かを耳打ちする池田さん。
何を話しているのだろう。何かを話し終えると、福路さんが話しかけてきた。
「あの、須賀君は麻雀のインターハイって見ているかしら?」
「え、ええ。少しだけ」
「それなら去年のインターハイは見ていたかしら? 実は去年インターハイで巫女さんが出ていたのだけど……その巫女さんが結構大きな神社の人らしくて…鹿児島の神代さんって言うのだけど」
ああ、そういえば居たな、そんな人が……確か咲と同じく牌に愛された人って呼ばれていたっけ。
ちょっと待て。
――牌に愛された!?
「ありがとうございます!! 用事を思い出したのですみませんが失礼します」
「ええ、その、力になれたのら嬉しいのだけど……」
急いで立ち上がり、玄関に向かう。靴を履き扉に手をかけて思い出す。
「そうだ、池田さん。これ、昼食美味しかったです。ありがとうございました」
財布からお札を取り出し池田さんに握らせる。
「ちょ、こんなに貰えないし」
「いえ、気持ちですので受け取ってください」
扉を開けて飛び出す。
鹿児島の神代。咲と同じく牌に愛されたといわれる人ならもしかしたら、咲を救ってくれるかもしれない。
駆け足で自宅に戻る、持っている自室にある自分のPCを使って神代さんのいる高校を調べ、神代さんが住んでいるだろう神社に電話を掛けた。電話に出た人は高齢の女性だった。幸い、相手も神職に就く人で話はすぐについた。咲の写真を持って来てくれと言われたので咲の映っている写真を数枚準備した。持って行くものをまとめる。持って行くものは最低限で良い、服等は持たずにあっちで購入すれば良いだろう。最低限、財布、ケータイ。バックを持って行く。親には連絡を入れたら、許可が取れた。準備を終え、リビングに寄ると食事があった。小さな握り飯とその横にはメモ。
『京ちゃんへ、今日は勝手にお邪魔してごめん。私が皆に無理言って着いて来てもらったの。だから皆の事は嫌いにならないで』
食欲は無かったが全部口に詰め込んで飲み込んだ。握り飯を残さず口に放り込む、無性にしょっぱかった。
長野から東京に向かい、空港で一番は早く鹿児島に着く航空券を購入して、飛行機に乗り鹿児島に向かう。
鹿児島に着いたときは既に夜だった。人々の出入りはそこそこで流石観光地といえるだろう。ホテルに宿泊しようと手ごろなホテルを探す。
人ごみに紛れる、朱色。慌てて追いかける。その人物は俺の探していた相手。
「ちょっと待ってくれっ!!」
大きな声を上げてその人物を引き止める。こちらの声に気付いたのか彼女はこちらを振り返る。
「あ、あんた神代小蒔だよな!!」
「へぁっ、は、はい。私が神代です」
巫女服の彼女、神代小蒔がこちらを見てくる。
「アンタを探してたんだ。頼む、いくらでも払う。助けてくれっ!!」
肩を揺すりながら大きな声を出す京太郎に驚きながら小蒔は、はいと答えた。京太郎は涙を流しながら感謝を述べる。
「ありがとう、ありがとう」
周りの視線に顔を赤くしながらも、小蒔はうなずいた。
用意するものが有るらしく、神代さんには明日来てくれと言われたので、一旦別れ、泊まるホテルを探す。
適当にホテルに入り宿泊できるか聴くと幸い部屋があったので借りる。
数日分の代金を支払い部屋のキーを貰いうけ部屋に入る。中々に広く見晴らしが良かった。
疲れた気がしたので軽くシャワーを浴びて、ベッドに入り目を瞑るとすんなりと眠れた。
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