Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 作:ながとし
8月8日の朝、布団の中にいる俺はメールの着信音で起きた。いつも起きる時間より遅い。
着信は岡部倫太郎か、メールの内容は何だろうか。
”俺のケータイに知らないアドレスから赤いゼリーの画像が添付されたメールを受けた。これは一体何なのだ誰からなのか。お前は知っていないのか。このままで大丈夫なのか”
たしか原作でも同じメールが届いたが基本的には直ぐにどうこうなる物ではなかった。襲撃をされるまでまだ時間はある。
……返信としてはこうだろうか。
”今のところ心配しなくても大丈夫です。落ち着いてください”
送信ボタンを押した。
ふと、何かを忘れているような気がした。寝起きだからだろうか頭が回らない。いつもならすぐに思い出せるのだが。
パッと物騒なワードが浮かぶ。
―――岡部倫太郎が死ぬ。
それはないだろう。間違いなく無い。岡部倫太郎は少なくともα世界線では2025年まで生きることは約束されている。
でもあまり間違っている気がしない。何でだ? 死ぬ?
……社会的に死ぬ?!
確か今日は岡部倫太郎がメールに恐怖してラボに帰り、文字通りラボメンガールズとプールに行くような話をして、それから、漆原るかのデリケートゾーンを弄る?
これはダメだ。ゲームの絵面的にもダメだった。漆原るかの心にも傷は残るし、岡部倫太郎は紅莉栖に分厚い洋書で頭をぶっ叩かれる。
ここも阻止すべきところだろう。直ぐに服を着替え部屋を飛び出る。
昨日の話し合いの時にこのことを言うのを忘れていた。あの時牧瀬紅莉栖が鋭い指摘を入れてくれたせいで今慌てる羽目になっている。
メールが来てからそんなに経ってないが時間が惜しい。ここはタクシーだ。
これは俺が話すのをすっかり忘れていたから起こったことだ。多少金銭が飛ぶくらいは覚悟しよう。それにロト6のおかげで懐も温かいため何も問題はない。
出来る限り飛ばしてもらいブラウン管工房前に着いた。慌ててラボに向かうのがよほど怪しかったのか、自転車を磨いていた阿万鈴羽が目の前に立ちふさがる。
そりゃそうか、阿万音鈴羽とは初対面だ。
「君。何か未来ガジェット研究所に用があるの?」
未来ある男の娘いや、女の子のためだ。無理やりにでも押し通らせてもらおう。
いや待て、阿万音鈴羽は強い。原作では屈強なラウンダーを一息のうちにノックダウンさせている。どうあがいたって取り押さえられるだろう。
ここは、しょうがない。少し強気にいこう。
しかし、明かす情報はしっかり考えなければならない。阿万音鈴羽も物語において重要な人物だ。
「少しどいてくれないか、バイト戦士。いや、ジョン・タイター」
「なぁっ! なんで知ってるの!?」
「それはあとで説明する。これでも僕はラボメンだ、今行かなければ一人の少女が大変なことになる」
「ちょっ、まあっ!」
ちょっとまってとでも言おうとしたのだろうが、動揺が過ぎて言葉になっていない。
岡部倫太郎だったら”フハハハ、ではさらばだ!”とか言うんだろうなと考えるが、今は一刻を争う。
階段を駆け上がりドアを開ける。
「ルカ子、お前……女なのか?」
「最初っからそう言っとるだろーが!」
「牧瀬さん! ストーップ!」
玄関で声をかけるも止める気配はないその洋書は岡部倫太郎の頭めがけて落ちていく。
―――ことなく何とか止めることに成功した。
止めてしまったのは仕方がないが岡部倫太郎はその報いを受けるべきじゃないのか? いいや、元はと言えば俺があの時伝えなかったのが悪いんだ。気は乗らないが助けてやろう。
「ちょっと、瀧原さんこのHENTAIの味方するの!」
「ちょっと落ち着いて、さすがに……その。岡部さんがやったことは下劣極まりなく、男の風上にも置けないようなクズの所業ですがそんな凶器で殴るのは流石にやめてあげてください。どうか理性的にお願いします」
「あのー、瀧原なにもそこまで言うことは―――」
ここで口を出すことは悪手だと思うぞ岡部倫太郎。せっかく助けているのに意味がなくなるじゃないか。
「HENTAIは、だまってろ」
「あっ、はい」
牧瀬紅莉栖の強い口調とその鋭い睨みに岡部倫太郎は完璧にひるんでしまって声が上ずっている。
「そうね…… 確かにこの本でぶっ叩くのはやりすぎたかもしれないわ。でもこいつは!」
「ちっーす。さっきここに怪しい男が飛び込んできたはずだけど……」
そんな時にやってきた阿万音鈴羽。
さて、この状況が客観的に見てどう見えるか考えてみよう。
まず可憐な少女漆原るかが泣いている。そしてそれを慰めるように背中をさすっている椎名まゆりはこちらを責めるような目を向けている。
牧瀬紅莉栖は洋書を振り下ろそうとした手を俺に捕まれている。屈んでいる岡部倫太郎は俺の陰に隠れていて彼女からは見えにくいだろう。
泣いてる少女、慰めるまゆり、反撃した紅莉栖、反抗する暴漢。
どう考えても俺が不審者です。
阿万音鈴羽の目が鋭く俺を射抜く。そこまでしか覚えていない。いや、もう一つあった。笑っていた橋田至、許さない絶対にだ。
というかなんで俺はこんなに苦労してまで必死に止める必要があったのだろうか。寝ぼけていたとしか思えない。本当に意味が分からない。
……顎が痛い。
目が覚めるまでそう時間はかからなかったらしい。岡部倫太郎は結局調子に乗って牧瀬紅莉栖にあのでかい本で叩かれたらしく頭を気にしている。
ほんと、何のために此処までしたんだか。
「ほん~っとうに、ごめん!」
阿万音鈴羽は非常に申し訳ないッ。といった形で頭を下げて手を合わせている。
こんなにされてはどんな人も怒るに怒れないだろう。
「いや、気にしなくていいよ。丁度、寝ぼけてたところだったから」
「ホントにいいの?」
「いいよ」
「よかったー。君っていいやつなんだね」
君っていいやつなんだね? それは聞き覚えがあるぞ。たしかサイクリングに行って相談を聞いてくれた岡部倫太郎に言うセリフにとても似ている。
―――というかサイクリングに行くイベントを潰しちゃったんじゃないか?!
あのイベントは岡部倫太郎が阿万音鈴羽の父親を探そうと決心するきっかけの大事なイベントだ。
まずい、修正しなければ。
「やっぱり! まだ怒ってるよ!」
「ええ!?」
「そうだ、サイクリングに行ってきなさい。岡部さんと一緒に! そうしないとやっぱり気が済まない! ほら、さっさと行くんだ!」
「わ、わかった!」
語気を強めて言ってやるとすぐさま岡部倫太郎をひったくるようにして外へ出て行った。
外から岡部倫太郎の抗議ともとれる騒ぎ声がするが気にしない。
「ねぇ、瀧原さん」
牧瀬紅莉栖が可愛そうな子を見る目で俺を見つめる。
「例の奴ですよ」
きわめて冷静にそう答える。
「そう、そうよね。気絶した拍子におかしくなっちゃったとかそんなんじゃないですよね」
「牧瀬氏、全部口に出てるお」
「あっ、えっ。……ごめんなさい」
「まゆしぃ、るかちゃんを送ってくるねー。ほんとにもー、いくらオカリンでも許せないのです」
ホントに今日、何しに来たんだろう俺。
8月9日。
岡部倫太郎の招集を受けて今日はラボに来ていた。集まっているのは椎名まゆり、牧瀬紅莉栖、漆原るか、岡部倫太郎、そして俺だった。
ホントによかった。あんな強引にサイクリングに行かせてもちゃんとこうしてイベントが起きてくれるんだから。
今まで仮説の域に過ぎなかった世界線収束と同じように原作の展開にもある一定の収束が存在するという考えも現実味を帯びてきた。
まぁ、俺がこの世界にいるからこれ以上確かめようがないのだが。
岡部倫太郎が俺たちを集めた理由やはり阿万音鈴羽のために開く宴会の事だった。
厨二的センスの光る作戦名『エルドフリームニル』には反応すら示さず次の説明を待つ。
牧瀬紅莉栖も岡部倫太郎の扱い方をマスターしたようだ。
「これからお前たちだけで宴会用の買い出しに行ってもらう。俺はその間に別の事を済ませる」
「別の事って何よ」
「決まっているだろう。父親を捜す阿万音鈴羽の尾行をするのだよ。そしてその状況を―――」
その言葉に対して牧瀬紅莉栖が趣味が悪いだの、親子水入らずにしてやれだのと言っている。
ここで岡部倫太郎の後押しをした方がいいだろうか?
そうすれば俺の目指すフェイリスルートへの近道だ。それに阿万音鈴羽があんな思いをせずに済む。しかし世界線が変わるほどの事だ。原作通りに進めないことでどんな不具合が起きるか分からない……
悩んでいるうちに班分けは決まったようだ。
俺は何も言えなくて、流されるだけだった。
椎名まゆりと漆原るかに連れられて来たのはスーパーだった。勿論来るのは初めてなので商品の配置が分からない役立たずだ。事実俺は荷物持ちだった。
「どんな料理がいいかなー」
「や、やっぱりカレーとかが、いいんじゃないかな」
「そうだねー。せっかくだからいろいろ買っていこうよ」
中々に俊敏な動きで棚と棚の間を椎名まゆりは抜けてゆく。
それを追うように漆原るかが走る。
「まってよ~。まゆりちゃ~ん」
「あんまり走ったりしたら危ないですよ」
何だか子供のお守りをしている気分だったが案外と早く買い物は終わり、俺たちがラボに帰っても岡部倫太郎や牧瀬紅莉栖はいなかった。
「あれーオカリン達おそいねー、まあいっかー。それじゃー、早速作っちゃおー」
「ちょっと、まゆりちゃん。まずこれ着けて」
さっとエプロンを差し出す漆原るか。女子力が高いな。あるルートでは岡部が結婚するだけのことはある。
その後何度も漆原るかに注意されるも椎名まゆりは気にしてい無い様だ。
今のうちに自分の分だけは確保しておいた方がいいだろう。なに、自炊くらいはできる。
何ともにぎやかにやっているうちに岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖が橋田至を引き連れて帰って来た。
キッチンの俺たちを見るなり橋田至はラボ中を見渡した後こう言った。
「あれ? フェイリスたんは? フェイリスたんは何処に?」
「橋田、あんた岡部に騙されてるわよ」
「ちょ、マジでふざけんな! オカリン! 行くはずだったタイムマシンオフ会にはプロの作家だって来る予定だったんだぞ!」
オフ会の件でキレている橋田至と岡部倫太郎はこれからヒートアップという所で動きを止めた。
「何か異臭がしないか?」
「異臭?」
「多分キッチンの方だと思うよ、ほらこの通り」
俺が示した先には椎名まゆりが暴走している姿。
包丁の持ち方すらままならず、漆原るかがおろおろしている。
と、ここで牧瀬紅莉栖がとどめとばかりに参戦。
この惨状から、出来る料理の味はそれはもうひどいだろうと言うことが伺える。
「あ、瀧原氏、自分の分だけ小分けにしてるお」
「なにぃ? 貴様ぁ、料理ができたのか、この裏切り者! その飯をよこせ!」
騒がしく心配ながらも料理は一応完成し、後は阿万音鈴羽を待つのみだった。
「……遅いな」
ラボメンの中にはあくびをする者も現れるくらいに時間はたった。
料理もすっかり冷めきっている。
その時、岡部倫太郎の携帯にメールが入った。
「阿万音さんから?」
「―――っチィ!」
牧瀬紅莉栖の問いに答えず岡部倫太郎はそのままラボを飛び出した。
しばらく……30分ぐらいだろうか。それほど経った後岡部倫太郎が帰って来た。
そう、次の日の朝。岡部倫太郎はあのDメールを送る。それは間違いなく誰も幸せにならない絶望の狼煙。
「岡部さん!」
「どうした、瀧原よ」
俺は……俺は……
手を思い切り握りしめる。
「いえ……すみません……何でも……ないです」
結局俺は己が身の可愛さで何も言えなかった。
運命を決定づける雨が強く窓をたたいている。その音が俺を責めているように聞こえた。
翌日の朝。きれいさっぱりに晴れた朝。俺と岡部倫太郎は世界線移動を観測した。