東方短編集 〜 物語は四季折々で色鮮やかな 〜 作:ODA兵士長
「––––ウソをついても、いいかしら?」
これはエイプリルフールにあった、とあるめーさく物語。
私は紅魔館の超優秀門番––––
私がいる限り、招待された者以外は誰であっても、紅魔館に立ち入ることは出来ません。
つい先ほども、図書館の本を盗みに来た白黒魔法使いを追い返した…………夢をみたところです。
今の私には、頭に銀のナイフが刺さっています。
これはこの紅魔館のメイド長––––
おそらく時を止めて私にナイフを突き刺したのでしょう。
私が気付いた時には刺さっていました。
もし私が人間だったら死んでいたでしょうね。
寝ている私がいけないのですが、咲夜さんは躊躇なく私にナイフを刺してきます。
きっと咲夜さんは、私のことが嫌いなのでしょう。
お嬢様やパチュリー様、妹様や小悪魔さんには見せる彼女の笑顔を、私に向けてくれたことは一度もありません。
最近では咲夜さんには人間の知り合いも増え、紅魔館の業務を終えた後に何処かへ出かけてしまうことも多くなりました。
以前は日課だった、咲夜さんと2人で行う庭の草花への水やりも、今は私1人で行っています。
––––私は、寂しいのでしょうか?
いいえ。
私は、恋しいのです–––––
咲夜さんと出会ったのは、今から数年前のことです。
お嬢様が吸血鬼異変と呼ばれる騒動を起こしてから、間も無くのことでした。
その頃の私はメイドをしていました。
そんな私の業務の1つに、紅魔館の庭園の管理がありました。
今もその名残で、管理を任されているのですが。
それはさておき、私が庭の草花に水をやっているときの事でした。
「この花々は、貴女が育てたの?」
突然の声でしたが、私は驚きませんでした。
私は気配に敏感ですので、彼女の接近に気づいていたのです。
「そうですよ。とても綺麗でしょう?」
「ええ。でも、紅が足りないわ」
「紅……?」
「この館にふさわしい、紅い色が」
「ッ!」
そういう彼女の手には、銀のナイフが握られていました。
そして気付いた時には、私の喉はナイフで抉られていたのです。
紅い紅い血が、私の喉から溢れ出しました。
その時は何があったのか、全く分かりませんでした。
何も理解できぬまま、私は気絶してしまいました。
「………」
気付くと、私はベッドの上に横になっていました。
「目が覚めた?」
私は意識が完全に戻っておらず、ぼんやりと天井を眺めていました。
そんな私にその声は突き刺さり、私は一気に目が覚めました。
「妖怪って凄いのね。人間ならアレで即死なのに……もう傷跡すら残ってないわ」
「…………」
私は驚きのあまり言葉が出ず、彼女をただ見つめる事しか出来ませんでした。
彼女は私のベッドの横で椅子に腰掛け、足を組んでいました。
彼女の手には銀のナイフと白い布があり、ナイフの手入れをしているようでした。
そんな彼女が、私の言葉が出ないことを察すると、口を開いきました。
「私は十六夜咲夜。今日からここのメイドをさせて頂くわ」
「メイド……?」
「貴女、メイド長なんだって?まあ、そういう事だから。よろしくね」
「な……」
私には、意味が分かりませんでした。
「どうして……?」
私が必死に絞り出した言葉が、それでした。
咲夜さんはナイフを拭く手を止めて、表情を変えることなく言いました。
「この名前も仕事も居場所も、全てお嬢様に頂いたの。この世界で唯一、私を理解してくださったお嬢様にね」
––––パチンッ
次の瞬間、咲夜さんはドア付近に立っていました。
彼女が座っていた椅子には、トレーに乗った温かい食事が置かれています。
「今日はゆっくり休んで、明日からまた仕事に就くように、とお嬢様は仰っていたわ」
「これは……」
「貴女の食事よ。安心して、毒なんて仕込んでないから」
「……」
「それじゃあ、失礼するわ」
––––パチンッ
いつの間にか、咲夜さんの姿は消えていました。
「一体、何だったの……?」
私の呟きは、私しかいないその部屋に溶け込み、消えていきました。
私の咲夜さんに対する第一印象は、殺されかけたことに対する憎悪よりも、不思議な人という印象の方が強かったと思います。
妖怪という種族柄、自身の死に対する感情があまりないからかもしれません。
もしくは、この時既に私の気持ちは––––
そんな咲夜さんと共にメイド業務をこなしていると、彼女について様々なことが分かってきました。
まず、彼女が時間を操る程度の能力を持つということ。
それにより、咲夜さんが起こした怪奇的な現象の全てが理解できました。
次に、彼女がレミリア・スカーレットお嬢様に心酔しているということ。
詳しいことはわかりませんが、私を倒した後、咲夜さんはお嬢様と戦ったそうです。
なんでも、咲夜さんは
しかしお嬢様に敗北後、お嬢様から名前や仕事等を貰い、その恩義からお嬢様に仕えているようです。
そして、彼女は何でも卒なくこなすということ。
彼女は教えたことなら何でも出来るようになりました。
寧ろ、教えていること以上のことをしていました。
それこそ……私の立場が、無くなってしまうほどに。
べ、別に私は何かをやらかして門番になったわけではありません。
咲夜さんの一件後、門番の必要性を考えたお嬢様が、私を指名してくださっただけです。
元々体術には自信があったので、引き受けさせていただいただけですよ!
最後に、咲夜さんは可愛いということです。
咲夜さんが綺麗な人であることは一目瞭然なのですが、時折見せる笑顔が本当に可愛らしいのです。
普段はツンとしていて、怖いイメージすらある彼女が笑うと……その、ギャップというか……とにかく、可愛いんです。
だから私は、その笑顔が……咲夜さんが好きになりました。
これは絶対に打ち明けることのできない秘密ですが。
––––でも。
咲夜さんがその笑顔を、私に見せることはありません。
私が見た彼女の笑顔は全て、他の方へ向けられたモノでした。
私に向かって笑いかけてくれたことは、一度もないのです。
「あら、寝てないのね」
「ッ!!」
「そんなに驚かなくても……私の気配、気がつかなかったの?」
「あはは……すみません」
「謝るくらいなら、仕事に集中しなさい」
「は、はい……」
「……これ、お腹すいたなら食べて」
咲夜さんは背後に持っていた小さなバスケットを差し出しました。
私が受け取り、掛けてあったナプキンを取ると、美味しそうなクッキーが顔を出しました。
「ありがとうございます!」
私は渾身の笑顔で、咲夜さんにお礼を言いました。
咲夜さんの笑顔を期待していたのですが、彼女は私の顔を見ると、すぐに振り返ってしまいました。
「じゃあ、それだけだから」
そして足早に去ってしまいました。
やはり咲夜さんは、私のことなんて––––
「……美味しい」
そのクッキーは、とても甘いものでした。
なになになになになになになにっ!!!!???
あの顔は反則でしょう!?
あんな至近距離で、あんな顔見せられたら私……あー、顔が熱いわ。
––––パチンッ
思い出したように、私は時を止める。
そして館に入ると、ひと呼吸吐いた。
私は密かにあの門番に想いを寄せていた。
別に彼女とどうなりたいとは思っていない。
彼女の笑顔は私を幸せにするのだ。
––––それは初めて会った時からそうだった。
初めて美鈴を見た時、彼女は微笑みながら花に水をあげていた。
当時の私は、その顔が憎くて仕方がなかった。
私には絶対にできないその表情を浮かべる彼女が、憎かったのだ。
だから私は掻き切った––––彼女の顔を歪めるために。
喉から血が噴き出し、彼女はその喉を抑えて倒れ込んだ。
彼女の顔は痛みで歪んでいた。
私は優越感や達成感に浸ると同時に、酷い悲しみを覚えていた。
もう、あの綺麗な笑顔を見ることはできないのだから。
そう思っていたのにも関わらず、彼女はすぐに復活した。
聞けば彼女は人間では無いらしい(そもそも、この館に人間など私しかいないが)。
妖怪の再生力には、かなり驚かされた。
それから彼女と共にメイドとして働くようになった。
彼女はいつでも笑顔だった。
どんな時でも、どんな者にも、笑顔だった。
それはもちろん私も例外ではなく、彼女の笑顔を沢山受け取った。
––––でも、私は彼女に笑えなかった。
鏡で何度も練習した。
ぎこちなく笑えるようにもなったと思う。
しかし、そんなに綺麗な笑顔を見せられたら、自分が––––自分の笑顔が惨めに思えてくるのだ。
だから私は、彼女にだけは笑顔を向けられなかった。
「はぁ……」
私はそんなことを思い、ため息を吐いていた。
「……ため息なんか吐いてると、幸せが逃げるわよ?」
「お嬢様……ッ」
私はいつの間にか、時間停止を解除してしまっていたようだ。
時間操作には多少なりとも集中力がいる。
美鈴に集中しろなんて言っておきながら、自分の方が集中出来ていないなんて……情けない。
「どうしたの?今日の貴女は、瀟洒じゃないわね」
「そんなことは……」
「まあいいわ。門番に餌付けをする前に、主人にお茶を出したらどう?」
「ッ……申し訳御座いません。只今用意致します」
––––パチンッ
私は時間を止めると、急いでお茶の用意をした。
「……ふぅ、美味しいわ」
「ありがとうございます」
「初めの頃は貴女の紅茶なんて、飲めたものじゃなかったのに」
お嬢様はクスッと笑いながら言う。
「随分と腕を上げたわね、咲夜。これも美鈴のお陰かしら?」
美鈴の淹れる紅茶は美味しかった。
私と同じ作業をしてるのに、味がまるで違っていた。
「ええ。彼女に教わりましたわ」
私と美鈴の違いは、笑顔だった。
彼女は紅茶を淹れるときも笑顔を絶やさなかった。
だから今、私は精一杯の笑顔で紅茶を淹れ、お嬢様に差し出している。
「……咲夜」
「なんでしょうか、お嬢様」
お嬢様はもう一口紅茶を飲んだ後に、私に聞いた。
「貴女、美鈴が気に食わないの?」
「……え?」
今日は……寝てません。
頑張りました。
咲夜さんに、美味しいクッキーを頂いたので。
私は勤務を終えると、自室に戻っていました。
ここで睡眠をとった後に、朝から再び門番へと就きます。
夜は吸血鬼の時間である為、吸血鬼を襲う輩はやって来ません。
あの白黒魔法使いが来るのも昼間です。
だから私は日が出ている間だけ、門番をしているのです。
……紅霧異変の後からは、お嬢様も昼間に行動することが多くなり、その間に私が門番をする意味があるのかどうかは疑問ではありますが。
しかし私は、お嬢様に仕える身。
お嬢様の言いつけ通りに業務をこなすだけです。
今夜もこうして睡眠をとり、明日に備えましょう。
「……美鈴、入るわよ?」
ノックの音が聞こえた後に、部屋の外から声がしました。
「え?あ、ど、どうぞ!」
突然の事に驚きが隠せなかったが、私は入室を許可しました。
すると扉が開き、そこには咲夜さんが立っていました。
「美鈴、今日はここで寝かせてくれる?」
「ど、どうしてそのような質問を?」
「質問を質問で返すのは御法度よ」
「ですが……」
お嬢様の質問の意図を、私は図りかねていた。
私が美鈴を気に食わない?
ありえないのだが、どうしてそんな質問を?
私はお嬢様に––––というより誰にも––––美鈴に関する話をした事はない。
「まあいいわ。気になっただけよ。それで、どうなの?嫌いなの?」
「……嫌いでは御座いません」
「そう。じゃあ貴女……なぜ美鈴には笑わないのかしら?」
「そ、それは……」
「最近、貴女はよく笑うようになったわ。すでに貴女は、ここに来た時の貴女とはまるで別人のよう」
お嬢様は飲みかけの紅茶が入ったティーカップを置くと、私の目を見て言った。
「でも、美鈴にだけは笑わない。何故かしら?」
「……申し訳有りませんが、そのようなつもりは御座いません」
「そう……でも、きっと美鈴は悲しんでいるでしょうね」
「……」
「第三者である、私から見ても分かるのよ?美鈴が気付かない訳がないじゃない」
「ッ……」
「まあいいわ。私から言うことは、もう何もないから」
そう言うと、お嬢様は残っていた紅茶を飲み干した。
そしてそのカップを置き、私に言う。
「咲夜、貴女はこの後休息を取りなさい。時間を止めずにね」
「え……?」
「それと、寝る場所は変えても構わないわ」
「それはどういう……」
「いいからさっさと寝なさい。本来、人間なら寝る時間でしょう?」
「……かしこまりました」
私はお嬢様のティーカップを手にすると、一礼した。
「では、失礼します」
「ちゃんと笑いなさいよ」
「……はい」
ぎこちない笑顔とともに、私はお嬢様の部屋を後にした。
––––美鈴が、悲しんでいる。
私の中で、そのことが引っかかった。
私が彼女に笑顔を見せないことで、彼女を悲しませているとは考えたことがなかった。
だって、私の笑顔なんて彼女のそれに比べたら……
––––ちゃんと笑いなさいよ。
そうだ。
これは、お嬢様からの命令だ。
私はその命令に従って、美鈴に笑顔を見せるだけだ。
そう、それだけだ……それだけ……それだけ。
「え…………えっ!?」
「駄目かしら?」
「駄目じゃないです!駄目じゃないですけど……」
私は意味が分かりませんでした。
咲夜さんは第一印象と変わらず、不思議な人です。
「なら、いいでしょう?」
「え……あ、はい。ど、どうぞ……」
私はとりあえずベッドに腰掛け、横に座るように催促してみました。
咲夜さんはその指示通りにそこに座ると、真っ直ぐ私の目を見ました。
咲夜さんの整った顔は、私の頰を火照らせるのに十分すぎるほど綺麗なものでした。
「私はお嬢様に仕えているわ。お嬢様が全てだし、お嬢様の為なら死を選ぶ覚悟だってある」
「……」
「私はお嬢様を愛してやまないわ」
「ッ……」
分かっていました。
貴女の好意の矛先が、私に向かないことなんて。
「……美鈴は、今日が何の日か知ってる?」
「今日……?」
「4月1日、世間ではエイプリルフールと呼ばれる日」
「エイプリルフール……って、あの嘘をつく日ですよね?」
「そうよ」
そう言う咲夜さんの手は、私の頰を撫でるように滑り、そのまま私の赤髪をくぐりました。
「今夜だけ貴女に––––ウソをついても、いいかしら?」
月明かりに照らされた咲夜さんの頰は、幾らか紅くなっているように見えました。
「……え、その……ウソ、ですか?」
ポカンとした表情を浮かべる美鈴。
彼女は少し頰を赤らめながら、私のことを真っ直ぐ見つめた。
私はもう限界だ。
顔から火が出るとは、まさにこのことなのだろう。
「そう、ウソよ。エイプリルフールのウソ」
「……一体何を?」
「私は、貴女が好き」
「……え?」
「貴女の笑顔が好き。私はそれを見るだけで、幸せな気分になるの」
私は勢いに任せ、素直に言った。
包み隠さず言った。
これはウソではない。
しかし美鈴はきっと、この私の気持ちがウソだと思うだろう。
でも、それでいい。
私はただ、貴女の笑顔が見たいだけだから––––
私は精一杯の笑顔を、美鈴に向けた。
「やっと笑ってくれましたね!」
咲夜さんに負けないように、私も精一杯の笑顔を浮かべました。
でも咲夜さんの笑顔はやっぱり可愛くて、私のそれとは比べ物にならないモノでした。
––––だけど、こうして笑い合えるだけで、私は幸せでした。
咲夜さんの気持ちがウソだということは分かっています。
でもこの時は、ウソじゃない。
笑いあったという事実は、絶対にウソじゃありませんよね?
「大好きです、咲夜さん」