東方短編集 〜 物語は四季折々で色鮮やかな 〜 作:ODA兵士長
これは七夕の日にあった、とある紅魔館での物語。
「パチェ、何をしているんだ……?」
「ああ、これ?幻想郷のある日本では、7月7日になると、短冊に願いを書いて、それを笹にぶら下げる習慣があるらしいのよ」
「へぇ……それは大層滑稽な習慣ね」
「あら、そうかしら?ロマンがあって素敵じゃない?」
「ロマン?」
「ええ。元々七夕というのは、織姫と彦星の逢瀬を……」
「ああ、その話なら聞いたことがあるわ。年に一度しか会えないんだって?」
「なんだ、知ってるの?」
「何かで聞いたのさ。でも、短冊の方は知らなかったよ」
「どう?レミィも書いてみない?」
「本気で言っているの、パチェ?私の能力は……」
「はぁ……レミィ。貴女、そんなこと言ったらツマラナイわよ?」
「でも、こんなので願いが––––」
「……レミィ?」
「––––いや、書こう。短冊を一枚くれる?それとペンを貸してくれ」
「どういう風の吹き回しかしら?まあいいわ。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「さてさて、レミィはどんな願いを書いたのかなぁ〜?」
「それは秘密だ……と言いたいところだけど、笹に飾るのなら、結局バレちゃうのね」
「そうそう、だから見せなさい」
「いいよ。別に恥ずかしいことを書いたわけじゃないさ」
「どれどれ…………ッ!」
パチュリーは目を見開いた。
「レミィ、貴女……これって––––」
「ふぁああ……よく寝た」
大きく
「さあて、そろそろお昼の時間かなぁ。咲夜さん、まだかなぁ」
そんなことを呑気に呟いていると、鋭い気と共に背後から足音が近付いて来た。
それはこの館のメイド長––––十六夜咲夜さんのものである。
その名の通り、夜に咲く花のように、いつも凛とした彼女の気は少し棘がある。
「……美鈴、昼休憩の時間よ」
「はい!咲夜さん、今日のお昼ご飯はなんですか?」
「今日はビーフシチューよ」
「おお、いいですねぇ!」
「でも残念。ちゃんと働かないと上げられないわ」
「ええ、そんな!私、今日は起きてたじゃないですか!」
「今日は……ねぇ。さっき欠伸をしながら『よく寝た』なんて言ってたのは、何処の誰かしら?」
「なッ……き、聞こえてたんですか!?」
「あら……本当に言っていたのね」
「え、まさか当てずっぽうだったんですか!?」
「ええ、適当に」
「そ、そんなぁ……」
「ふふっ。まさか当たるとは思ってなかったけど」
「お昼、無しですかぁ……?」
「……そうねぇ。私は予想で言っただけで、事実確認はまだしていないのよ。私の独断と偏見で貴女の昼休憩を無しにすることはできないわ」
「つ、つまり?」
「貴女、本当に寝ていたのかしら?」
「え?」
「この質問に貴女がどう答えようと、私は貴女の言葉を信じてあげるわ」
「そ、それって……」
「さあ、早く答えなさい」
私は迷っていた。
ここで『寝ていません』と答えれば、おそらく咲夜さんの言い方からすれば、お昼ご飯を頂けるのだろう。
しかしそれでは、咲夜さんに嘘をつくことになる。
逆に正直に『寝ていました』と答えれば、いつも通り昼休憩は無くなり、私は空腹に耐えながら仕事をしなければならなくなるのだろう。
「どうしたの、美鈴?」
「……すみません、咲夜さん」
「?」
私は迷った挙句––––
「寝ていました。咲夜さん来る直前まで、ずっと」
––––正直に言うことに決めた。
「……ふふっ、馬鹿ねぇ。折角、見逃してあげようとしていたのに」
「すみません……」
「いいわ。ほら、早く来なさい美鈴」
「……え?」
「正直に言えたご褒美に、ビーフシチューを振舞ってあげるわ」
「……はいっ!!」
「おお、今日は美鈴も居るんだな。ちょうど良かった」
「お、お嬢様。今日"も"居るんですよ……ちょうど良かった?」
「まあいいじゃないか。さっそく頂くとしよう」
幻想郷に来てから、お嬢様は昼に生活を送ることが多くなった。
そして以前まではこんな風に食卓を囲むこともなかったが、今では友人であるパチュリー様に加えて従者の私や美鈴も一緒に食卓を囲んでいる。
お嬢様は丸くなった。
それは勿論、良い意味で。
「今日も美味しいよ、咲夜」
「ありがとうございます、お嬢様」
お嬢様が笑顔で『美味しい』と言ってくださる。
それが私にとっては、何よりも嬉しい事だった。
「そうだ、2人とも」
お嬢様が私と美鈴に向かって話しかける。
「なんでしょうか、お嬢様?」
「今日は7月7日、七夕だ」
「ああ、それなら聞いたことあります!確か織姫様と彦星様が一年に一度会うことができる日……でしたよね?」
「ああ、そうさ。そしてそんな日に日本では、願いを書いた短冊を笹に飾るらしい」
「……短冊、ですか?」
「そうそう。様々な願いが込められた色とりどりの短冊を笹に飾るんだ。中々綺麗なものだと思わないか?」
「……最初は滑稽とか言ってたくせに」
「うるさい、気が変わったんだ」
「ふーん」
「お、お嬢様。それで、私共は一体何を……?笹と短冊の用意ですか?」
「いいや、違うよ。笹と短冊なら、既にパチェが用意しているしな」
「では、何をすればよろしいのでしょうか?」
「お前達にも、短冊に願い事を書いて、笹に飾って欲しいんだ」
「願いを……?」
「いいですね!やりましょう!何書こうかなぁ〜」
「なんでもいいんだ。好きなことを書いて欲しい。私がその内容に関して咎めることはしないさ」
「幾つまで書いてもいいんですか?」
「それは……パチェ、どうなんだ?」
「別に制限はないわ。書きたいことがたくさんあるなら、たくさん書いてもいいんじゃないかしら?」
「……だそうだ」
「やった!じゃあアレとコレと……ああ、アレも書きたいッ!」
「それと咲夜、フランにもこの事を伝えておいてくれるか?あの子が起きてからでいいから」
「はい、承知致しました」
「頼んだよ。それじゃあご馳走様。咲夜、後はよろしくね」
「はい、畏まりました」
綺麗に食べ終えたお嬢様は、既に食べ終えていたパチュリー様を連れて外へと出た。
美鈴は未だに願い事を考えているようだ。
「……お口に合わなかったかしら?」
「へ?」
「残しているし、手が止まっているじゃない」
「あ、いや、これはッ」
「冗談よ。でも、片付けたいから早めに食べてちょうだいね」
「はいっ!」
「これに書けばいいの?」
「はい、そうですよ」
「んー、何書こうかな」
「妹様のお好きなように書いていいんですよ」
「んん……あ、美鈴は何て書いたの?」
「わ、私ですか?」
「うん。教えてよ」
「えっと……寝てもバレないようになりたい、寝ても怒られないようになりたい、もっとたくさん寝たい、寝ても––––」
「もういいよ。美鈴、寝ても○○が多すぎるよ」
「あはは……でも、私にとっては大事な願い事なので」
「そっか。じゃあ私の願いは––––」
––––もっとたくさん遊べますように。
「ふふっ、フランはまだまだお子様ね」
「あらレミィ。嬉しそうね?」
「そうかな?まあ……そうだな」
「もっと遊びたい。そんなフランの願いを叶えられるのは貴女よ、レミィ」
「そんなことは分かっているさ。幻想郷に来て、霊夢達に会ってから、あの子は変わった。私も少し、過保護すぎるのかもしれないな」
レミリアは妹の成長を嬉しく感じながらも、何処かで寂しさを感じているようだった。
500年以上生きてきたレミリアにとって、5年など、ほんの一瞬である。
しかし、5歳年下の妹を、まるで娘のように考えていた。
レミリアにとっては唯一の肉親であるが故なのだろうか。
「ところでパチェ、お前は何と書いたんだ?」
「そんなに見せたくないのだけど」
「いいだろう?どうせ飾ったらバレるんだから」
「……まあ、分かったわよ。私の願いは––––」
––––喘息が治りますように。
「はぁ、パチェの奴め。ロマンだの何だのと言ってたくせに、願い事がショボいなぁ」
「……パチュリー様には、重大なことなのかもしれませんよ?」
「確かにあいつの喘息が治れば、もっと力を発揮できて、さらに強力な魔法使いになるわ。でも、この短冊に書くことか?」
「それは……えっと、どうでしょうね」
「……まあいいや。ごめんなさいね、困らせちゃって」
「いえ、構いませんわ」
「それで、咲夜の願いは?」
「……ご覧になられますか?」
「嫌なの?」
「いえ。ただ……些か恥ずかしく感じるもので……」
「大丈夫、誰にも言わないわよ。まあ、どうせ飾るんだからバレるけど」
「……分かりました。言いましょう」
「ええ。教えてちょうだい」
「私の願いは––––」
––––お嬢様に一生仕えられますように。
「全く、咲夜は本当に馬鹿な奴だ」
「……」
「あんなものに願わなくとも、死ぬまで私から離れるなど許さんのに」
「……お姉様、口元が緩んでるよ」
「う、うるさい」
「そういえば、お姉様は何を願ったの?もうみんな飾ったのに、お姉様のが見当たらないんだけど」
「私のは、今から飾るんだよ」
「見せて見せて!」
「そう焦らないの。今飾るんだから」
「お姉様の事だから、きっと下らないことを……ッ!」
フランは目を見開いた。
その視線の先には、レミリアの短冊がある。
「私の願いは––––」
–––––紅魔館の皆の願いが叶いますように。
–––––いや、紅魔館の皆の願いを叶えられますように。
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