グルメの王子様   作:重要大事

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物語を☆食べる

ある年の3月。

深々と降り積もり雪に覆われた田舎の駅プラットホームに電車が止まる。

厚手のコートとマフラーを身に付けた少年は、父母や友人たちに見守られ、大荷物を持って搭乗しようとする。

「じゃあ・・・そろそろ行くね」

「ハンカチは持った? チリ紙は?」

「母さん・・・ボクもうそんな小さな子どもじゃないんだよ。今日で13歳になったんだ」

「でもねぇ・・・まだあなたには早い気がするわ。いくらお父さんの仕事を継ぐためとはいえ、全寮制の学校に編入なんて」

 地元の小学校を卒業した後、少年は父が経営する会社を継ぐための勉学へ本格的に打ち込む事を念頭に、最高の条件と設備が整った学校への編入を決めた。猛勉強の末に見事合格―――4月から編入予定だ。

「味楽来学園(みらくるがくえん)は一流の料理人を育成する学校だ。最近は広く内外からもいろんな生徒を迎え入れているけど、何も料理人になることだけがすべてじゃない。食を通じて烏丸食品の将来経営に役立てようと思ってる」

「無理しちゃダメよ。いつでも帰ってきていいんだからね」

「わかってるよ」

名残惜しく母や地元で長くを過ごした友人らと別れ、少年は新たな門出の第一歩を踏み出すべく電車へと乗る。

汽笛が鳴って電車が出発しようとした直前、窓を開け最後の挨拶をする。

「行ってきます!」

「あ、待って主税(もんど)!」

すると、母親が息子へ渡しそびれていた弁当があった事を思い出し、慌てて息子の方へと駆けより手渡す。

「お弁当。食べなさい」

母親の愛情が詰まった弁当を、息子・主税は破顔一笑し受け取る。

「ありがとう!」

そうして、ついに電車は発車する。

主税は窓にうすら映った自分の顔を見つめながら遠く離れる故郷の事を想い、母が朝早くに作ってくれた弁当を食べ進める。

(ありがとう、母さん。みんな。ボク・・・必ず卒業して烏丸食品の三代目跡取りとして立派な男になって帰って来るからね)

 

 

 

―――グルメの王子様―――

 

 

 

 

味楽来市(みらくるし)―――首都近郊付近に位置する企業城下町。太古より、新鮮な食材が数多く集められた場所で、料理人の“食の都”と称される。

取り分け新鮮な食材が集う町として知られていたここは、かつて、美味を求めて列島諸国を漫遊していた味納言(あじなごん)という女性が訪れた際、出された料理に感動し、「五重のお重」を遺したと言い伝えられている。

お重に描かれた図柄は市内各地で散見され、町作りにも大きな影響を与えている。

 

 

4月上旬

味楽来市 味楽来市場通り 王子食堂

 

町の商店街の中に一角を構える定食屋・王子食堂。その跡取りとして生まれ、料理人の道を邁進する少年がいた。

名を王子真之介(おうじしんのすけ)(13)。類稀なる料理の腕と大人顔負けの食の知識を有するゆえに、人は彼をこう呼ぶ。

“グルメの王子様”と―――。

「ふぅ~。」

 午後2時過ぎ。

食堂の仕事がひと段落つき、庭先で趣味である家庭菜園に没頭する真之介。春先にかけて雑草の伸びが良くなり、まめに手入れをしていた折。

「真之介くーん!!」

 正面玄関の方から聞こえてきた自分を呼びかける声。

 額に汗を流しつつ声のした方へ振り返ると、ポニーテールを靡かせ太陽の如く笑みを浮かべる自分と同い年ぐらいの少女が顔を出して近づいてきた。

 名を姫野美味香(ひめのみみか)(13)。真之介の最大の理解者であり、街一番の富豪「姫野家」の令嬢にして、料理人一族の宿命を背負いし少女。

「おう美味香。来てたのかって・・・」

 美味香へ呼びかけようとした直後、真之介は目を見開き彼女の着ている物に目が行った。

 目の前で笑みを浮かべながら立ち尽くす美味香が着ているのは、彼女が通っている一流の料理人育成を基本理念とした『味楽流学園』指定の制服。燃えるような赤を基調とし、所どころに白などが混じっている。

「その制服・・・そうか今日は中等部の入学式だったっけ?」

「はい! 姫野美味香13歳、今日から晴れて中等部に進級です!!」

 今年の3月までは初等部に在籍し、初等部の制服を着ていた為、何となく真之介は彼女を見て感慨深くなってしまう。

 季節は瞬く間に過ぎてゆくのもさることながら、気が付けば自分も美味香も今年で中学生と言う実感が何となく湧いてこない。

 真之介の気持ちとは裏腹に、美味香は一人有頂天気味にはしゃいでいる。そんな彼女を見ていると真之介自身もどこか安堵してきた。

「そっか。もう小学生じゃないんだよな・・・あの美味香も今じゃ立派な中学生。いやー、なんか感動するわー」

「中学生ということですから、料理の腕も知識も小学生の時とは格段に違います!」

「ほお・・・自信満々だな。じゃ試しにクイズ出してやろうか」

 中学生成り立てで妙な自信に燃える美味香にはうってつけだと思い、真之介は彼女の力量を図る為の問題を用意した。

「調味料の“さしすせそ”・・・これを正しく説明してくれ」

「真之介君、私をバカにしてませんか? それくらい私じゃなくても小学生でも簡単に解けますよ」

 問題内容が簡単ゆえにどこか不満気に頬を膨らませる美味香。

それを内心かわいく思いながら、口元を緩め「そうだな。中等部に進級した美味香さんなら朝飯前だろうな」と、言ってやった。

「とーぜんです!」胸を張って宣言した美味香。早速、真之介が見ている前で問題の答えを口にする。

「『さ』は砂糖。『し』はお塩。『す』はお酢。『せ』は・・・『せ』は・・・あれ?」

「どうした」

「えっと・・・『せ』ってなんでしたっけ?」

「いきなりこれだよ」

 こうなる事は察しがついてらしく、軽く頭を抱える真之介。

「ミミカ、『せ』はお醤油でプ!」

 そのとき、解答に苦慮する美味香に代わって、彼女の鞄から顔を覗かせたパンダともクマとも取れる顔の珍生物・タマが答えを言って来た。

「あ・・・そうでしたそうでした! 『せ』はお醤油です♪それで―――『そ』はソースですよね♪」

「なに言ってんだよ。『そ』は味噌だよ!」

「え・・・? 『そ』って、お味噌の『そ』だったんでか・・・!」

 初めて知ったかの如く一人衝撃を受ける美味香。

 流石にここまでは予想していなかったらしく、真之介もタマも唖然としながら今の今まで勘違いをしていた彼女を見、深い溜息を突く。

「美味香・・・小学生でも答えられる簡単な問題なら答えてくれよ。問題を出したオレがすげー恥ずかしいぜ・・・」

「真之介の言う通りでプよ。ミミカは料理人として半人前もいいところでプ」

「す、すみません・・・///」

 本当ならこんな珍答で彼を呆れさせるつもりなどなかった。成長した自分の姿をただ純粋に見て欲しかっただけだった。

 美味香はこの次は今回の様な醜態を晒すまいと今一度料理の勉強に努める事を固く心に誓った。

「ところで、真之介は何をしているんでプか?」タマがふとした拍子に尋ねる。

「見ての通り家庭菜園だよ。雑草がすっかり伸びちまったもんだからな、こうやってむしり取ってんだ」

「あら?」

 すると、美味香は小さな畑の中で育つ新芽を発見した。

申し訳ない程度に土の中から伸びているセリの葉に良く似た芽。『さしすせそ』は答えられなかった美味香だが、真之介が育てている物が何なのかは直ぐに理解出来た。

「真之介君・・・・・・これニンジンですよね?」

「ああ、やっと芽が出たんだ」

 我が子の様にニンジンの新芽を見つめる真之介。

 美味香も彼の横に並んで小さくも元気に育ち始めている命を愛おしく見つめる。

「かわいいですね」

「ニンジンってのはのんびり屋だからな、生長の早い雑草を細目に抜かねぇとあっという間に駄目になる。こいつはあと5ミリほど育ったら、2回目の間引きををするんだ」

「なんだか大変ですね」

「大変だけどやりがいは感じてるさ。考えもみろよ美味香・・・こんな小さな芽が栄養いっぱいの食べ物になるだなんて神秘的じゃねぇか。ニンジンに限らず、オレたちは命をもらって生きているんだ」

「命をもらって・・・・・・」

 何気なく口にしたその言葉だが、真之介の言っている事はまさにその通りだと思った。

 自分たち人間は当たり前の様に食べ物を口にしているが、それは全てにおいて元は命ある物であり、自分たちは生きる糧として他の生物から命を頂いているのだ。

 真之介はおもむろに立ち上がると、手拭いを肩に掛けながら自分が目指すべき道について雄弁に語り出す。

「オレはな美味香、この王子食堂の跡取りとしていずれは店を大きくしたいと思ってる。だけど単に技術だけの料理人になるつもりはねぇ。食べることは生きること・・・それを料理を通して色んな人に伝えたい。それが今のオレが目指すべき料理の道なんだ」

 凛とした瞳と引き締まった表情で夢を語る真之介の横顔に、美味香は思わず惹かれ、つい見とれてしまう。

 明確に目の前の少年への好意に気付いたのはつい数年前の事。いつの間にか自分にとって彼と言う存在は大きな支えであり、目指すべき目標ともなっていた。

「真之介君・・・・・・とーってもすてきです♡」

「シンノスケ、行方不明だった間にずいぶん大人になったでプ」

「ま、いろいろ遭ったけど今となっちゃいい思い出だ」

 

 

 味楽来学園。

味楽来市にある、料理人の育成を目的とする全寮制学園。真之介と美味香はここの中等部に在籍している。

かつて味納言がもたらした「五重のお重」をそのまま再現した様な外見は町の象徴であり、若き料理人たちはここで互いの腕を研鑽し合う。

 奨学生でもある真之介は中等部への進級が無事決まった事もあり、普段は店の手伝いで休みがちな学校へ参加し、美味香たちとともに授業を受ける事にした。

 

 

味楽来学園 中等部 1年か組

 

「やぁみんな。中等部進級おめでとう」

そう言って集まったか組の生徒たちに挨拶を交わすのは、この度学園に新しく赴任したばかりの新任教師の男性。

「私がこのクラスの担任を受け持つ事となった、結城(ゆうき)ゲンマイだ。よろしくね」

「ぷっ、有機玄米(・・・・)ですって」

「おもしろい名前でプね」

 美味香もタマも、大半が思わずクスッと笑ってしまう様な名前に反応を示す。

 そんな中で真之介は一人呆れた様子で、担任の名前を笑うクラスメイトたちを諌める発言をする。

「お前ら笑うなよ。有機玄米なんて良い名前じぇねぇか。いかにも健康的だぜ」

「そ、そうかしら・・・・・・」

「ん? おおキミか、噂の天才少年というのは・・・・・・」

 すると、担任の結城が自らの名を評価してくれた真之介を見るなり、おもむろに近寄って来た。

「真之介君、お知り合いですか?」

「いや。今日会うのが初めてだけど」

 会って間もない人物から好意的な目で見られるのにはそれなりの理由がある。結城は穏やかな表情で真之介を見つめながら、事の次第を語り出す。

「君のことはシャペル先生からよく聞いてるよ。高等部への飛び級と十傑入りを蹴った事も含めてね」

「ああ、あんときの!」

 言っている話の内容を理解し、合点がいった。

 以前、真之介は学園の中でも特に審査に厳しいとされる高等部の男性教諭ローラン・シャペルから美味香とともに五つ星の評価を獲得。その上彼のお墨付きを得て生徒による学園自治の中枢を担う組織「十傑評議会」への加入を推薦された事があった。

葛藤の末、真之介は十傑評議会入りを蹴って、現在も美味香たちと同じ学年で同じ授業を受ける事を甘んじて受け入れたのだ。

「まぁ今日はオリエンテーションも含めて軽い自己紹介だけにしようと思おう。それで、今日は私から君たちにぜひ食べてもらいたいものがある」

「食べ物ですか!!」

「ミミカ興奮し過ぎよ」

人一倍食い意地の張った美味香を冷静に諌めるは、彼女の大の親友でもある中華料理店の跡取り娘・張鈴々(チャン・リンリン)(13)。

「ん? なんだこのニオイは?」

「この香しい匂い・・・・・・」

 結城が取り出した大きめの漬物樽。そこから漂う臭いに一部は鼻を曲げ、一部は香しいと表現するなど反応は千差万別。

 やがて、結城が樽の蓋を開けると―――中にはぬかみそがびっしりと詰まったキュウリやナスなどの野菜がごろごろと出て来た。

「ゲンマイ特性のぬか漬けだ。親交の証にぜひ味わってほしい」

「ぬか漬けって・・・」

「よくうめお婆ちゃんが作っていたんだなあ・・・」

「でも、このニオイがねえ・・・・・・」

 ぬか漬け自体は食べられるし、嫌いと言う訳じゃない。

 ただ生徒たちはもっと洒落たプレゼントを期待していたので、正直あまり嬉しそうではなかった。

「おまえら! ぬか漬けをバカにするんじゃねぇ!!」

 するとそのとき、期待外れだったと落胆する周りの反応に業を煮やした真之介は、机を叩いてから語気強くぬか漬けの素晴らしさをアピールする。

「ぬか漬けはな、世界に誇る発酵食品なんだぞ! 糠漬けや麹(こうじ)漬け、酒粕漬け、醪(もろみ)漬け、べったら漬け・・・世界広しと言えど個体の漬物でもこんなに多いんだぞ」

「ど、どうしちゃったのよ真之介君・・・!?」

「なんだかすごく熱が入ってるよね・・・」

「当たり前だろ山田! オレはぬか漬けが大好きなんだ! 自分で作ってるくらいだ!」

「ほお・・・自分でぬか漬けをねぇ。うわさ通りおもしろそうな子だね。じゃあ、私のぬか漬けも食べて欲しい」

「んじゃお言葉に甘えて!」

 ぬか味噌がたっぷりと付いたキュウリを受け取り、真之介は早速結城が一から育てたぬか漬けを頂く事にした。

「いただきまーす! あーん!」

 ガリっ・・・。モグモグ・・・。

「うまぁい!! こりゃ見事な浸かり具合だ!!」

「お褒めに預かり光栄だね。さあ、みんなも食べてくれ」

 真之介が太鼓判を得た事がある種の指標となった。

当初不承気味だった生徒たちは真之介に促された様にぬか漬けへと手を出し、その味を堪能する。

ガリっ・・・。モグモグ・・・。

「美味です~~~!!!」

「プ~~~!!」

 食べた瞬間に、美味香とタマはあまりの幸福に揃って昇天しそうなリアクションを取って見せた。

「ほんと。ニオイはあれだけどとーってもよく浸かってるわね」

「ああ・・・なんだか心が温かくなってきたんだね~」

「ふふ。若だんなってば♪」

 彼女たちほどではないにしろ、周りも思いのほか味わい深い結城のぬか漬けに概ね好感触を示す。

「ぬか漬けは定番の物以外にもナノハナやセロリ、粒ニンニク、くさや・・・いろいろな物があるんだ。中でも一番の変わり種は、フグの卵巣のぬか漬けだろうなあ」

「フグの卵巣漬け?」

「でも真之介君、確かフグの卵巣は食べられないんだな?」

「そうなんですか先生?」

怪訝そうに美味香が尋ねると、結城は「その通り!」と即答し、教師らしく詳しい解説をする。

「フグの卵巣にはテトロドトキシンという猛毒が詰まっていて、大型のトラフグなら卵巣一つでおよそ十五人を殺せるそうだよ」

「うへぇ~~~」

「その卵巣を塩漬け一年、ぬか漬けで二~三年かけて毒抜きする。つまり漬けはじめてから食べるまで、三~四年もかかるんだ」

「やっぱりおいしいんですかあ?」

「うまいけど・・・まあ珍味だね」

 ちなみに、食品衛生法により食用が基本的に禁止されている卵巣を、この加工法で食品として製造しているのは、現実では日本全国で石川県白山市の美川地域、金沢市の金石、大野地区のみである。

「ミミカは食べたことないの?」

「わ、私もさすがにそこまでは・・・結城先生は食べたことあるんですか?」

「うん、ずっと昔だけど知り合いの先生にいただいたんだ」

「死ななかったんだ・・・・・・」

「こら山田! 不謹慎だぞ!」

 ネガティブな発言をする古典的なインド人のような風貌の男の子・山田カズオを叱咤する真之介。結城は苦笑気味に山田の発言に胸を痛める。

「フグの卵巣漬けかぁ・・・あたしも食べてみた~い」

「そうですよ、先生僕たちにも食べさせてくれたまえ」

「いや~~~そうは言ってもこの辺じゃなかなか手に入らない物だしなあ・・・・・・」

「理屈だけ聞かされても納得できねぇよ」

「そうよそうよ!」

「う~~ん・・・困ったなぁ」

 滅多に食べられない珍味を皆に食べさせるのは極めて酷だと思った矢先、思わぬ救いの船が通りかかった。

「先生、よかったらそのぬか漬けボクが用意しまようか?」

「え、ホントに?」

 率先して手を挙げた一人の生徒に皆が注目する。

 精悍な顔立ちに眼鏡をかけた少年・烏丸主税(からすまもんど)は穏やかな顔を浮かべていた。

「なぁおい、誰だあいつ?」

 去年からのクラスメイトでもなければ、同学年でも見た事の無い新顔に疑問符を浮かべる真之介。美味香は耳元で「今年中等部へ転入してきた烏丸くんです。今年から同じクラスなんですよ」と、教えてやった。

「烏丸くん、キミの家にあるのかい?」

「家じゃなくて別荘に。父の仕事柄、フグの卵巣以外にも地方の変わった食べ物が揃ってるんです」

「烏丸くんはあの大手食品メーカー“烏丸食品”の跡取りなんだな」

 真之介並に豊富な食の知識を多く持つ坊主頭で丸眼鏡を掛けた少年・段田はじめ(13)こと、若だんなが烏丸主税のお家事情を簡潔に説明する。

 聞いた直後、真之介は思わず立ち上がって平然とこの場に居るクラスメイトを指差しながら驚愕する。

「烏丸食品って・・・あの証券取引場1部上場の大企業じゃねぇか!! てことは烏丸はその・・・・・いわゆる・・・!!」

「御曹司、ですね♪」

 味楽一の富豪である美味香の言葉にはただならぬ重みが含まれていた。

「だけど、烏丸食品の跡取りがどうしてこの学園に?」

「はい。将来経営の役に立つかと思って、この学校の入学を決めました」

「なるほど。味楽来学園は体裁の上では一流の料理人の育成というのを掲げているが、最近では海外のさまざまなニーズに合わせてひとつの考え方にこだわらないようにしているから、君のように地方から編入する子も多いと聞く」

 結城の中で合点が行ったところで、真之介が初対面の烏丸へずけずけと顔を近づけ、興奮気味に尋ねる。

「なぁなぁ烏丸、本当に食えるのかフグの卵巣漬け!」

「も、もちろんだよ。なんだったらみんなで別荘に行って、全国のいろいろな食材をもらってもかまないけど・・・どうでしょうか先生?」

「うん、そういう授業もいいねえ」

「別荘行きた~い!」

「食べた~~~い!!」

「先生、行きましょう行きましょう!!」

「中等部進級でいきなりの課外授業・・・・・・カンベンしてほしいな」

 概ねクラス全員の意見が一致する中、山田カズオだけは否定的な言葉を呟いた。

 

 

2日後―――

か組の一行は、結城ゲンマイ引率のもとで、烏丸主税の別荘がある大自然に一面を覆われた別荘へと向けて課外授業に出発した。

 

 

プアアアアン・・・・・・。

味楽来市から新幹線に乗って別荘へ向かう一行。途中、駅弁を食べながら今回の旅に関する他愛のない話で盛り上がる。

「ビミ~~~♡」

 美味香の場合、旅の話よりも購入した駅弁の方に意識が向きがちであった。これもまた致し方ない事だと昔から彼女を知る面々はさほど驚く事はなかった。

「そういえば真之介君。私、新幹線に乗るのはじめてです!」

「ブッ―――!!!」

味楽一の富豪の娘から飛び出した衝撃発言に真之介は口に含んでいたウーロン茶をすべて吐き出し仰天する。

「ミミカちゃん、どういう生活送ってたんだな!?」

「たぶん新幹線が必要ない生活よ」

 リンリンも若だんなある程度彼女の発言には予防線を張っていたつもりだが、やはりそれでも全く驚かない訳にはいかなかった。

 そんな中、真之介たちの初等科時代からのクラスメイトで外国からの留学生・マルコが烏丸へ問い掛ける。

「烏丸くん、別荘っていうのは遠いのかい?」

「味楽来からだとだいたい2時間くらいで到着するよ」

「楽しみですね~、フグの卵巣漬け」

「どんな味なんでプかね~」

 未だ味わったことの無い珍味に想像を膨らませる美味香とタマ。

 誰しもが今回の旅に大いなる期待を寄せていた。そうして、一行を乗せた新幹線は着実に目的地へと向かって進み続ける。

 

 

2時間後―――

山間部 烏丸別邸

 

 味楽来市から遥々辿り着いた烏丸家保有の別荘。

か組一同は静謐(せいひつ)な山の中でひっそりと佇むも趣を醸し出す木造作りの古民家を見て、感嘆の声を漏らす。

「すげぇ~~~これが烏丸食品の社長の別荘かあ」

「ステキねー!」

「みんな揃ってるかな?」

 結城が人数確認をしていると、美味香の肩の上でタマが困った顔で言って来た。

「シンノスケがいないでプー!」

 

「真之介君、どこですかー?」

 到着して早々に真之介が居なくなった。

 全員は別荘がある山中から、河川の近くを探し回った。

「いたんだなぁー!」

 しばらくして、若だんなが真之介らしき人影を発見した。

 クラスの輪から一人外れた真之介は、川の水を眺めながら身を屈めていた。そして次の瞬間―――躊躇する事無く顔を水の中へと突っ込んだ。

「真之介君!!」

 突拍子もない行動に驚いた美味香たちが慌てて彼の元へ駆け寄ると、

「ぷわはぁ~~~」

 顔をびしょびしょに濡らした真之介が嬉しそうな顔を浮かべていた。

「真之介君、きみは何をやってるんだ!?」

「見てわからねぇかマルコ。ここの川の水の水質を調べてたんだ」

 そう言うと、濡らしたばかりの顔を再び川の方へと近づけ、皆の心配を余所に川の水をゴクッゴクッ・・・と、音を鳴らして飲み始めた。

「ちょ、真之介君・・・川のお水なんか飲んだらお腹こわすわよ!」

「やめといた方がいいんだな」

「ん―――!! ここの水はいい水だぜぇ」

 野性味溢れる真之介の行動に、彼との付き合いの浅い結城や烏丸はただただ呆然と見つめるばかりだった。

 

 今回の課外授業の目的は烏丸食品が取り寄せた全国各地の珍味を体験し食文化についてを学ぶこと。

 中でも全員が待ち望んでいるのは普段滅多にお目にかかれないフグの卵巣を用いたぬか漬けである。

 全員で噂の食品を上から見下ろすと、ぬか漬けにされたフグの卵巣は全体的に黄色っぽく、どことなく明太子を彷彿とさせるものだった。

「これがフグの卵巣漬け・・・・・・」

「なんだか明太子みたいですね」

「見た目は地味だが、口に入れると味わい深い風味がするんだよ・・・」

 早く食べたい・・・。皆、考えている事は同じであり全員喉から手が欲しいとばかりに、生唾を飲む回数が無意識に増える。

「ボクは焼いたのをお茶漬けにするのが好きなんだ」

 おもむろに烏丸は皿から適量の卵巣を取って白米の上に乗せると、熱々のお茶を注ぎ込む。

「「「「おいそうです(うまそうだな)(ぜったいおいしいよ)!」」」」

指を加えるクラスメイトたちの前で、烏丸がまず最初に毒見役を兼ねてお茶漬けを賞味する。

ズズッ・・・。ズズッ・・・。

「う~~~ん、卵巣の旨味とコクがからみあって・・・」

聞くや、美味香はゴクッと、喉を鳴らした。

「さあ、みんなもどうぞ」

「「「「「「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」」」」」」

緊張の面持ちで待ちわびたフグの卵巣を口の中へと含む。その味を確りと己の舌を以て堪能する。

「とーってもビミです!!」

「でもそのまま食べるとしょっぱ~い!」

「お茶漬けは確かにおいしいんだな!」

「私はチビチビつまんで焼酎がいいな」

「先生まるっきりオヤジよ」

 的を射たリンリンのツッコミが冴えわたる。クラス一同が笑いに包まれる。

「ほかにも全国の珍味が揃ってますからどうぞ」

「わぁーい!! いただきまーす!!」

 今回烏丸がフグの卵巣漬け以外で用意したのは全部で六品。

そのどれもが市場ではなかなか出回らない物ばかりで、子どもたちは未だ体験した事の無い珍味を心置きなく舌鼓し笑みを浮かべる。

「さすが烏丸くんだね、授業でこんなおいしいもの食べれるなんて」

「こんなにグロテスクな見た目なのに食べるとすごく美味しいって・・・不思議よねー」

「・・・・・・・・・」

 殆どの者が肯定的な意見とともに笑顔を浮かべる中、王子真之介一人だけはフグの卵巣漬けと睨み合ったままずっと立ち尽くすばかりでいた。

「真之介君、食べないんですか?」

「怖い顔してどうしたんでプか」

 気がかりになった美味香とタマが横で尋ねる。

 真之介は箸で抓んだフグの卵巣を凝視しながら、閉ざしていた口を開き烏丸へと問う。

「このフグの卵巣のぬか漬けのつくり方にはいつくかの秘伝があってな、素人にはまずつくれないんだ・・・烏丸、これは本当に大丈夫か?」

「もちろんだよ!」

「王子君は、案外臆病なんだね」

「気持ちはわからなくもないんだな」

「・・・・・・」

 じっと卵巣を睨み、これ以上ないくらい睨んだ挙句、真之介は恐る恐る卵巣を口の中へパクッと含む。

「・・・・・・・・・グッ!!」

 次の瞬間、真之介は箸を落とし、苦しそうに首元を押さえ始めた。

「し、真之介君!?」

「は、謀ったな、烏丸・・・・・・」

 という恨み言を言い残すように、真之介は顔中から汗を吹き出し力なくその場に倒れ込んでしまった。

「キャアア!! 真之介君!!」

「シンノスケ!!」

「大丈夫か王子君!!」

 慌てて周りが倒れた真之介の元へ駆け寄り安否を気遣う。

「なーんてな!」

 直後、ヒョコッと顔を上げた真之介は平然とした様子で舌を出していた。

 思わず面を食らう美味香たちを余所に、真之介は「いい演技だったろう」と悪戯な笑みを浮かべていた。

「猛毒の詰まったフグの卵巣を食べようなんていう民族はオレらぐらいだよ。食への執念を感じるよな。ははははは!」

「紛らわしいことすんじゃないわよ!!」

パチン―――!

真之介の態度に激怒したリンリンから容赦ないグーパンチをもらったのは想像に難くはない事だった。

 

楽しい試食会もあっという間に終了し、各地から集められた珍味は綺麗に真之介たちの胃袋へと吸収された。

「今日は烏丸くんのおかげで、貴重な勉強をさせてもらったよ、ありがとう」

「どういたしまして」

「ぼくはこの『がん漬』が面白いと思ったんだな」

「わたしは『紅葉漬』が好きだなあ」

「オレはリンリンに一発見舞われたのが痛かったよ」

真っ赤に腫れ上がった左頬を押さえる真之介を見ながら、マルコは「自業自得だろ・・・・・・」と、彼の今回の行動を嗜める。

「地方ごとにいろんな珍味があるものだよねえ」

「食文化の多彩さがわかるよね」

「そうだな、だけど本当に大切なのはただ味比べする事じゃない」

 真之介が口にしたその言葉に全員の視線が自然と集まる。周りからの視線が一身に集められると、真之介は真剣な表情で口にする。

「食文化を知るって事は、それぞれの食べ物にまつわる物語を食べる(・・・・・・)って事なんだ」

「物語を食べる、ですか?」

(どういう意味だ・・・・・・?)

 意味深長な言葉ゆえに烏丸は眉を顰め思考に耽る。

 すると、春のうららかさが感じられる外の景色を眺めていた結城が、生徒たちにひとつの提案を持ちかける。

「どうだいみんな、腹ごなしにみんなで晩のおかずを調達に行かないか?」

 

 別荘を後にして食材調達へと駆り出したか組。やって来たのは、先ほど真之介が水質を調べていた河川だった。

 一様に釣竿とクーラーボックスを用意し、クラス一丸となって晩の食材である川魚を釣り上げようと盛り上がる。

「おかずの調達って・・・釣りのことだったんだなぁ」

「だいたいここ魚なんかいるのかなあ?」

 ついネガティブな事ばかりを口走る山田だったが、その隣で釣りをしていた真之介が「心配するんな山田」と、見かねて声をかける。

「さっき川の水を飲んで確かめた。この川には必ずいい魚が棲んでる」

「本当かい真之介君?」

「ああ間違いねぇ。ほら、言ってる傍から」

「あっ!!」

 すると真之介の言った通り、山田の竿がクンクンと強く引いていた。

「だ、段田くん、網、網!!」

「は、はいなんだな!」

ゆっくりと竿を引いて行くと、山田が釣り上げたのは体長30センチを超える大きなイワナだった。

「やったあ!!」

「おめでとうなんだな!」

「嬉しいな。ボクが最初に釣り上げるなんて」

「やるな山田くん。よーし、僕も負けないぞ!」

「ぼくだって釣って見せるんだなぁ」

 山田に触発されたマルコと若だんなも熱心に魚釣りを始める。真之介はこの光景を見て、破顔一笑。自分もまた大物を釣り上げようと意気込み魚釣りを再開する。

 

 男たちの士気が上がる半面、美味香とリンリンは慣れない川釣りに悪戦苦闘気味でいまいち盛り上がりに欠けていた。

「釣れないわねえ・・・」

「お魚さんかかりませんねー」

 いくら慣れないからと言っても、魚釣りの醍醐味は何と言っても釣り上げる事。それが達成されない時ほど苦痛で退屈な事はない。

 ふと周りを見渡せば、殆どが一回は魚を釣り上げており、美味香たちの近くで魚を釣っていた烏丸に至っては入れ食い状態で既に何十回も釣り上げている。

「はあ~~~いいなあ、烏丸くん」

「まぐれまぐれ」

「あっ」

「え?」

 そのとき、美味香とタマがようやくリンリンの竿に当たりが来ている事に気付いた。

「リンリン、引いてるでプ!」

「キャッ! ど、どどど、どうすれば・・・どうすれば~~~」

「落ち着いてくださいリンリン! 結城先生、きてください!」

 初めての当たりにあたふたとするリンリン。動揺する彼女を助けようと、美味香は近くを巡回していた結城を呼んで手伝ってもらう。

「まず竿を立ててゆっくり寄せるんだ」

「こ、こうですか?」

「そうそう。よし今だ!」

「キャア!」

 思い切り竿を振り上げた瞬間、岩場にドスッと尻餅を突いてしまった。

 結城はリンリンを起き上がらせてから、彼女が釣り上げた手のひらサイズに収まるイワナを見せてやった。

「おめでとう。キミのイワナだ」

「これをあたしが・・・・・・」

 周りの物よりは遥かに小さなものではあった。

 だが不思議とリンリンの心はこの上も無い満足感と充実感でいっぱいだった。

 

 日も暮れた夜分。

 全員で釣り上げたイワナを塩焼きにして、全員で食す事にした。

「いい色になってきた。焼き色が黄色いのは脂がのってる証拠だな」

「おいしそうです~~~!」

「ほら、焼き上がったぞ美味香」

「いただきま~す」

 真之介から渡された焼き焦げの付いたイワナを豪快にかぶりつく。その瞬間、口の中いっぱいに旨味と油が一気に溶け出してきた。

「美味~~~~♡」

「アッツ・・・・・・でもうンめえ!!」

「ハフハフ」

「や~ん、おいひ~!」

(・・・・・・・・・ただイワナに塩をふって焼いただけなのに・・・・・・なぜこんなにうまいんだろう?)

 調理方法は極めて単純。一流の料理人でなくても作る事は出来る。

 塩を振って焼いて食べる・・・・・・たったそれだけの工程しか無いにも関わらず、実際に食べた時の感動はフグの卵巣漬けを食べた時よりも遥かに超える。

 烏丸は何故これほどまでにイワナが美味くなるのか。何故これほどまでに皆が感動する事が出来るのかが気になって仕方なかった。

「それにしても、自分で釣ったイワナをその場で塩焼きにして食べるなんて、なんか感動よねー!」

「フグの卵巣のぬか漬けも贅沢だけど、本当の贅沢ってこういうのかもしれないね」

「だねぇ・・・」

 何気なく周りがそんな話をしているのを耳にした直後、烏丸は「そうか!」と口にして立ち上がる。

クラスメイトたちの視線が向けられた直後、烏丸は先ほどの真之介の疑問とともに自らの疑問の答えも導き出した。

「これが物語なんだ・・・!」

「物語?」

「それがどうしたって言うんだい?」

「そう言えばさっき真之介が言ってたでプー」

 

『食文化を知るって事は、それぞれの食べ物にまつわる物語を食べる(・・・・・・)って事なんだ』

 

「このイワナがうまいのは、ボクらがみんなで一緒に釣りをしたっていう物語があるからじゃないかな?」

「物語が・・・・・・・・・」

「今日食べたいろんな珍味にしても、どうしてその土地でその味がうまれたのか・・・素材・味付け・食事作法・器・・・・・・それぞれ全てに物語があるんだよな。ただテーブルに珍味を並べて食べても味比べでしかない。その食べ物が持ってる物語に想いをはせることで、初めて食文化の面白みがわかるんじゃないだろうか」

 傍で烏丸の言葉を聞いていた真之介は、自分が暗に伝えたかった事が伝わった事に内心感動していた。

 そして、自ら大切な答えを導き出したクラスメイトを称えて、烏丸の元へ近づき「ほい」と、焼きたてのイワナを見せる。

「お前が釣ったイワナだぜ。烏丸」

 

 

数日後―――

味楽来学園 中等部 1年か組

 

 課外授業を終えた後、か組に烏丸の姿は無かった。その理由を結城が皆に伝える。

「え、烏丸のヤツ、物語を探しに?」

「何でも海外でトローリングだそうだよ」

「海外? トローリング?」

「釣ったその場で食べる喜びが忘れられなくて、次はキングサーモンで体験するらしいんだな」

「さすが烏丸食品三代目!」

「へえ、そうか・・・・・・キングサーモンな・・・・・・」

 食の物語に気付いた少年は、新たな職の物語を求めて一旦この国を離れ、遠く離れた海外へと旅立った。

 恐らくすぐに帰ってくるであろうとは思うが、帰って来たとき、彼はどんな物語を見つけ出すのかと思いながら、真之介はやれやれと言った表情を浮かべる。

「まあとりあえず・・・・・・なんでもいいや。先生、授業はじめっちゃてくれ」

「うん。そうしよっか」

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:魚戸おさむ 脚本:北原雅紀著 『玄米せんせいの弁当箱 1巻』(小学館・2008)




登場用語
河豚の卵巣の糠漬け
石川県の郷土料理。河豚の子糠漬けとも呼ばれる。
5月から6月にかけて日本海沿岸で獲れたゴマフグを解体し、取り出した卵巣を1000リットルタンクに漬け込む。この際に約30%もの食塩を加えるため、内部の水分が外に出て卵巣が固くなる。塩蔵は1-1.5年間かけて行なわれ、それが終わると水洗いして表面の塩を除いた後に糠、米麹、唐辛子とともに一斗樽に漬けられる。この糠漬けの工程では石の重しなどで木の蓋を押さえて空気に触れないようにし、イワシから作ったいしるが縁から注ぎ込まれる。
半年ないし1年ほど糠漬けされた卵巣は、採取してマウスでテトロドトキシンの含有量を調べた後、出荷される。石川県の要項では基準値は1グラムあたり10マウスユニット以下となっている。また、糠漬けの後にさらに酒粕に1ヶ月漬け込むと河豚の子粕漬けとなる。
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