グルメの王子様   作:重要大事

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食卓の☆向こう側

5月中旬

味楽来市 味楽来市場通り

 

「さあらっしゃい、らっしゃあい!! いらっしゃいませ―――! 本日は赤字覚悟の特売セール実施中で―――す!!」

 ミラクルストリートは常に人で賑わっている。人々が足繁く通う理由、それは日々変化と進化を続ける新鮮な食を求めてだ。

 味楽来市は全国でも珍しい海・山・里の豊かな自然環境に恵まれ、美味なる食材が数多く生み出されている。その素晴らしい地域の食資源をアピールするとともに、食事を通じて地元住民への愛着を醸成するとことを目的に、数十年前から市全体として「食」をキーワードとした町づくりが行われ、現在に至っている。

 そして今ここに、新たな時代を担うであろう未来の料理人の姿があった―――。

 

 

「兄ちゃん!! 頼むもう一声まけてくれよ!!」

 行きつけの八百屋の前で大声を張り上げる少年・王子真之介。

必要経費を最小限に抑え、かつ最高品質の食材を得ようと粘り強く値切り交渉を続ける姿は、最早この商店街では見慣れた光景だった。

「かんべんしてくれよぉ、真之介くん。これでも商売なんだ」

 若い従業員は注文された野菜を手に抱えながら真之介からの要請に応じかねており、終始困惑した様子だ。

 なかなか折れてくれそうにない。久しぶりの手強い相手に秘かな闘争心を燃やすとともに、真之介は強硬策を発動させる。

「兄ちゃんには優しさってもんがねえのかよ!! 兄ちゃんみたいな奴がいっぱいいるから、世の中が世知辛くなるんだって!!」

「いや別に世の中は関係ない気が・・・」

「あ~あ、なさけないな! この国はもうおしまいだよ」

「そ、そこまで言わなくても・・・・・・」

「ああいいよいいよ、もう二度と兄ちゃんのところでは買わないから。これからは町外れの八百屋で買うことにするから」

 言うと、敢えて冷たく突き放し八百屋を後にしようとする。

「あ、ちょっと・・・!」

「じゃあな!! 優しくない兄ちゃん!!」

 ここで大事なお得意さんを失う訳にはいかなかった。真之介の機嫌を損ねそっぽを向かれる事を恐れた従業員は、不承不承だがやむを得ず彼を引き留めるための最後の手段に打って出た。

「あぁーわかったよ、100円ぽっきりでいいってば。持ってけドロボー!!」

「誰がドロボーだって? 金なら払っただろ?」

 とは言うものの、実に嬉しそうな表情で従業員が差し出した野菜を受け取り、代金僅か100円を差し出すのであった。

「へへへ、サンキューな兄ちゃん!」

 満足のいく結果に終始ご満悦。すると、そんな彼に声をかける者がいた。

「真之介君、お見事です!」

 振り向くと、同じクラスの美味香が笑顔で立っており、彼女の肩にはタマが愛玩動物っぽく乗っかっていた。

「よう美味香。タヌキも一緒か」

「さすがはシンノスケ、お金の事にはがめついでプねー」

「がめついとは失礼だな。出来るだけ安い食材で美味い物を調達する・・・こんなの基本中の基本だろ」

 それを聞いてクスッと笑う美味香。ふと、真之介が両手いっぱいに抱えるポリ袋の多さが気になった。

「それにしてもずいぶんと買い込みましたねぇ」

「ぜんぶ新メニューの材料に使うんだよ」

「お荷物重そうですね。お手伝いします」

「おおサンキューな。ついでだ、ちょっと寄って行ってくれ」

 

 

味楽来市場通り 王子食堂

 

 美味香に荷物落ちを手伝ってもらったお礼に、真之介は商店街で大量に買い込んだ食材を使った新作メニューをいの一番に美味香へと食べさせあげる事にした。

「よっし! 材料はぜんぶある」

 腕まくりをし、使う材料を調理台に乗せて入念に確かめると、期待に胸を膨らませている彼女へと声をかける。

「ミミカ、少し待っててくれ。ウマいもん作ってやるからなぁ」

「はい♪」

 それでは、今回真之介が作ろうとしているメニューを紹介したいと思う。

 よろしければ、皆さんも普段の食事の一品に加えてみてはいかがでしょうか・・・。

 

 

野菜の蒸し煮の作り方

材料

・野菜(タマネギ、ニンジン)—――600g

・薄揚げ—――185g

・ゴマ油―――2玉

・塩—――大さじ1

 

①ふたが閉まる鍋を用意する。

②鍋底に手を入れると「熱い」という程度(あちっ・・・じゃない)になるまで弱火で温め、ゴマ油を少し敷く。

③タマネギを入れ、「じゅわじゅわ」という程度の火加熱(ジャーッ・・・は熱し過ぎ)でいためていく。

④ニンジん、揚げを加えていため、塩をひとつまみ(親指と人さし指でつまめる程度の量)振る。

⑤具を真ん中に寄せて、鍋にふたをする。

⑥ごく弱火にして、野菜に汗をかいてもらう。

⑦ふたから湯気が出たら、出来上がり

*味噌汁を作るときは、この野菜の蒸し煮にだしか水を入れ、強火で沸騰させてから、最後にワカメ、みそを入れる。油が浮いてしまったら、ゴマ油の入れ過ぎだと思ってほしい。

 

 

 

手順に従い調理すること数十分。

出来上がったばかりの新メニューを持って、真之介は空腹の美味香の元へと運んだ。

「王子流、野菜の蒸し煮完成だぁ!!」

「わーい!! いただきまーす!! あん・・・」

 興奮した彼女が熱々の野菜を口に含んだ瞬間、真っ先に飛び出した言葉は―――

「ビミ~~~♡」

 その一言に限る。

 天上にも昇るような心地。幸せという言葉を噛みしめる瞬間。舌の肥えた彼女のこうしたリアクションを見る度に、真之介の中の料理人としての自信と彼女を喜ばせる事が出来たという達成感が満たされる。

 やがて、正気に戻った美味香は率直な味の感想を口にする。

「余計な味を付ける事無く、ほんの少しの油とお塩でほんのりと甘い味が口の中にいっぱいに広がって来ます。しかも蒸す事によって野菜本来のうまみを『引き出す』ことにも成功しています。もちろん、栄養も逃していない、これはいろんな料理に応用できます」

「さすがは真之介、食材の活かし方は形無しでプねー」

「へへ。オレのモットーは食材を余すことなくすべて使い切る、一物全体食(いちぶつぜんたいしょく)だからな」

「イチブツ・・・? なんですか・・・?」

 普段の授業でも聞いた事の無い小難しい単語に目を点にする美味香。

真之介もこの反応はある程度予想しており、まぁそうなるわな・・・と、心中呟くと彼女の為に言葉の意味を説明する。

「まぁ実際の話、オレも言葉自体を知ったのはつい最近なんだけどな・・・美味香、食事をするうえで一番大切な事って何だと思う?」

「食事をするうえで大切な事? そうですねー・・・・・・やはり栄養バランスではないでしょうか?」

「確かに『食事のバランスが大切』って、考えるのは一般的な答えとしては正解だろう。けどな、最高のバランスはそこにある健康な命を偏りなく全ていただく事だとオレは考えてる。一物全体食っていうのはまさにそういう事なんだ」

「「へぇー」」

 中学生ながらに真之介が食にかける並々ならぬ思い、その思いから生まれる貪欲なまでの知識量、見識の深さは最早子供とは言い難い物だった。

 終始感心に絶えないでいる美味香たちを一瞥、真之介は破顔一笑してからある事を提案してみた。

「おぉそうだ、今度の日曜、知り合いの農家の手伝いをする事になってるんだけどよ・・・・・・美味香も一緒に来ないか?」

「私が、ですか?」

「料理人たるもの、うまい料理を作りたいならまずは食材の成り立ちから知るべきじゃないのか? 食育のいい勉強になるし、何より農作業は楽しいんだ」

「でもボクは泥だらけになるのはイヤでプよー」

「バカヤロウ。泥だけになってやるからおもしろいんだろう。なぁ、リンリンや若だんなも誘って一緒に来いよ」

「農作業・・・・・・わかりました! ぜひ参加させてもらいます!」

 

 

日曜日―――

味楽来市郊外 竹庵養生園(ちくあんようじょうえん)

 

 車で移動することおよそ30分ほどの山間に位置する農園。

 真之介は知り合いの伝手を辿って、この竹庵養生園で農作業の手伝い(アルバイト)をする事になっていた。

 天気は朝から快晴で、早朝8時からの収穫作業の為に真之介は出面(でめん)(*日雇い労働者の意)として駆り出され仕事に当たっていた。

「いやあ真之介くん、今日は日曜日だって言うのにすまないねぇ」

「いいんだよ道田のおっちゃん。オレ、農作業好きだから!」

「学校の友だちまで誘ってくれて。助かるよ、若い子が手伝ってくれるのは!」

 後継者不足が深刻な問題となっている農家にとって、若い人とのコミュニケーションは滅多にない機会である。あの手この手で農業に興味を持ってもらおうと試行錯誤を繰り返すところも多いと聞くが、実際どれだけの成果が出ているかは定かではない。

 真之介の様な農作業好きな子供も実に稀有な事例である。現に、彼に誘われ農作業を手伝っている美味香やタマ、リンリン、若だんなに至っては真之介の様に活き活きと笑顔でいられる余裕はなかった。慣れない農作業に悪戦苦闘。低姿勢を保ち続ける事で生じる体への負荷で険しい顔を浮かべるばかり。

「ふう~。やっぱり大変ですね」

「ボクはほんとうは来たくなかったんでプよー・・・」

「あ~、腰が痛い。けっこうきついわねー」

「真之介くんもずいぶん奇特なことをするんだな」

「奇特って、農作業のどこが奇特なんだよ若だんな」

 思わずツッコんだ直後、美味香の視界に一匹のモンシロチョウが飛んで来た。

「あ、チョウチョ!」

 するとモンシロチョウの方から美味香の元へとゆらゆらと近づき、差し出した彼女の人差し指前で止まって見せた。

「ふふ、コンニチハ。」

 心和む光景だった。疲労気味だったリンリンと若だんな、そして真之介は可憐な少女とチョウが戯れる画に思わずほっこりとする。

「チョウチョが飛んでいるという事は、ここが無農薬で野菜を育ててる証拠なんだな」

「虫は友だち! 虫は何も悪くないのに殺虫剤で殺すなんてかわいそうだぜ」

「ホントよね・・・」

 何の気なく始まった会話。

 すると真之介に声をかけられ農作業に参加をしていたか組の担任・結城ゲンマイがふと、感慨深そうに語り始めた。

「もう20年以上前の話だけど・・・・・・僕の知り合いが住む、田んぼの美しい村があってね。ある年から、その田んぼに農薬を空中散布したんだ。そうしたらその後、カエルや赤トンボが姿を消し、虫の音も聞こえない静かな村になってしまった・・・・・・」

「え・・・・・・」

 誰もが一瞬手を止める。

 自然と皆の視線が結城へと向けられる。結城は真顔を浮かべたまま「その後も毎年農薬空中散布による静けさは続いた・・・・・・」と呟く。

ゴクッと、額に汗を浮かべ息を飲む若だんな。

「その村の人達は、さぞかし不気味だったと思うんだな」

「それって・・・・・・カエルや赤トンボと同じ農薬を吸って、地元の人達の健康は大丈夫だったんですか?」不安気な顔でリンリンが尋ねる。

「たしか当時、農薬を浴びた小学生が病院にかつぎ込まれる事故が起きたって本で読んだことがあるなぁ」

 知識の上で記憶してある当時の史実を真之介が思い出しながら口にする。

「結局、空中散布は20年続いたが、六年目から共同散布ではなく、希望者のみの散布に変わった。おかげでカエルや赤トンボも戻ってはきたんだが・・・・・・」

 歯切れの悪そうに結城はこれ以上その話をする事はなかったが、美味香たちは聞き入った様子で、どこか気味の悪い感覚に陥る。

「でもまぁ・・・」

 そう言うと、今なおひらひらと宙を舞うチョウたちの群れを目で追いながら真之介は率直な意見を述べる。

「殺虫剤をまくことより、虫に食われない丈夫な野菜をつくる方法を工夫することが大切なんだけどなぁ・・・」

「虫に食べられない野菜ですか・・・・・・」

「植物には元来、自分の身を守る力が備わっている。たとえばトマトの茎に生える毛は虫から身を守るためのものだ」

「そうなんでプかあ・・・・・・」

何の気なく疑問に思っていた事実が明朗になり、タマも納得の声を漏らす。

「だけど農薬を使って育てられた野菜は、生きる力そのものが弱い。防虫ネットやハウス栽培で雨風や紫外線の妨害もほとんど受けないからな」

「温室育ちの現代っ子みたいなもんね」

言いながら、リンリンは隣の美味香をちら見。これにはさすがの本人も不承気味な様子で「な、なんですか?!」と、嘲笑う彼女に頬を膨らませる。

「野菜そのものの力を引き出してあげることが、何よりも大切なんだ。自分の近くで育った旬の露地もの―――つまり、自分と同じ季節や気象条件の中でたくましく健康に生き抜いた新鮮な命かどうか・・・・・・大自然の息吹を感じながら、命をいただくことが食の基本だからな」

「命をいただく・・・・・・」

 時折真之介の口から出てくるその言葉。美味香は聞くたびに何度も何度も共感し、自分自身にも強く言い聞かせる。

 決して他人事なんかじゃない。人間もまた食物連鎖の上で成り立つ地球の生命のひとつであり、その為に他の生物から命をもらい生きている。彼の言葉は日常の中でつい忘れがちになりそうな大切な事をいつも思い出させてくれるのだ。

「お父さ~~~ん! 狭山さんがいらしたわよー!」

 すっかり話し込んでいた時、助っ人として、養生園の農家・道田耕作(みちだこうさく)の知り合いで大農園を経営する狭山元八(さやまげんぱち)―――という男性が応援に駆け付けた。

「どうも、こんちは!」

「狭山のおっちゃん、しばらくぶりだな!」

 真之介は応援に来てくれた狭山の元へと駆けよると、久方ぶりとなる知り合いとの再会を喜び握手を交わす。

「おう真之介くんか。背が伸びたね」

「おっちゃんも元気そうだな。今日はオレの友だちと学校の先生も連れて来たんだ!」

「どうも初めまして」

「「「「よろしくお願いします(お願いでプー)!」」」」

 真之介の紹介を受け、美味香たちは律儀に狭山へと首を垂れる。

「うん! 最近の子にしては感心感心! 君たちみたいな子がもっと増えてくれるといいだんが」

「狭山さん、実はこの子たちに農薬の事について話していたんだが・・・狭山さんからも是非いろいろ教えてやってほしいんだ」

 

 農作業がひと段落ついた後、道山から頼まれた狭山は「農薬ねぇ・・・」と腕組みをしながら内容を思案。日陰に集まった真之介たちは真剣な眼差しで狭山からどんな話が聞けるのかと言った様子で前のめりで構える。

「あぁ・・・そういえばこないだ農薬散布中に浴びちまったよ。風向きが急に変わっちまってな。がはははは・・・」

 ほがらかに笑う狭山。真之介たちは顔を見合わせる。

 なぜ彼はこんな風に笑っていられるのか。それが彼らの共通見解であり、同時に率直なる疑問だった。

「がはははって・・・・・・笑ってて大丈夫なんですか?」不安に感じた美味香がおもむろに問う。

「大丈夫だ! きちんとマスクつけて長袖着て、完全防備で散布してっから。がはははは・・・」

「30~40年前ならともかく、散布中に吸い込んですぐ中毒症状を起こすような急性毒性が強い農薬は今はもうないしね」

「それでも農薬を浴びて健康にいいわけないんでしょ?」

「体内に少しずつ蓄積してじわりじわりと体を蝕んでいくんだな」

「ちなみに“農薬”っていうのは“農毒薬”の略字だって知ってたか?」

「そうなんですかー」

 真之介が言ったこの言葉は決して語弊ではない。

 1996年、米国の生物学者で作家のレイチェル・カーソン女史が著書の『沈黙の春』 で『農薬は殺生物剤』と警鐘を鳴らしている。

また、百姓医師と知られる竹熊宜孝(たけくまよしたか)氏は『農薬は農毒薬の略字 なり、虫はコロリと人間ジワーと殺される』と農薬の本質を鋭く見抜いている。

「そんな危ないことしないで早いとこ無農薬に切り替えたらいいのに」

子供ながらに感じた疑問。するとリンリンのもっともな指摘を受けた狭山は、「ご心配はありがたいがね。そう簡単にいかんのだよ、これが・・・・・・」と、やや渋い顔つきで声を漏らし現実の厳しい状況に嘆息を突く。

「そうかもしれないけど・・・なんで自分の体を犠牲にしてまで農薬を使うんですか?」

「使わなきゃ商売にならんからさ」

「商売って・・・・・・農薬まみれの野菜なんて誰も買いたがらないでしょ? 無農薬の方が売れるんじゃないんですか?」

ゴホン! と咳払いをした直後、狭山は疑問の尽きないリンリンと真之介らを見ながらおもむろに語ってくれた。

「君はまだ若いからわからんだろうけど・・・土地を買って、設備を整えて―――俺達は借金を抱えて畑に投資してるんだ。病気や害虫が発生して作物が採れなくなったりしたらどうなると思う?」

「それは・・・・・・」

「それに部会(ぶかい)ごとに農薬を使う基準が決められててな・・・その決めた回数以上農薬を使っていないと・・・・・・部会に出そうと思ったら基準を守らねえとな」

「ぶ・・・部会って・・・?」

「農家の組合だよ。作物ごとに分かれているんだ」疑問符を浮かべる美味香の為に、結城が補足した。

「部会に出せば、無農薬といって高く売れるわけでもないしなあ」

「みんな一緒に扱われるからっすね」

「だけど、無農薬で農業してる人もたくさんいるんじゃないですか。このミチダさんもそうじゃないんですか・・・ねぇ、ミチダさん?」

「うちは規模が小さいからね」

「小さい? 十分だと思うでプけど・・・・・・」

 タマからすれば今いる農場も広大と呼ぶのに相応しい規模だった。タマだけじゃない、美味香もリンリンも、若だんなも、何を以ってして規模が小さいと言っているのかと一瞬分からなかった。

 ちなみに、農林水産省によれば、農家とは「経営耕地面積が10a(アール)以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯」と定義されている。

「狭山さんとこみたいに大きな市場を相手にしていない・・・狭い畑で数畝(すうせ)ごとにいろんな作物をつくって直売所に出したり、お得意さんに宅配したりしてるだけだからね」

「なるほど、それなら部会を通さなくてもいいんだな」

「いろんな作物が植(う)わっていれば、いろんな生き物が集まってひとつの害虫が大被害をもたらしにくくなるから、農薬に頼る必要もないしな」

「なるほど・・・・・・」

「だけど、そんなやり方はオレら大規模農家にはできねえんだ。人件費もべらぼうに高いし、農家のなり手もいない・・・・・・害虫を人の手で取るような手間のかかる作業をしてたら、農作物が高価になるだけだ」

「たしかに・・・・・・」

「それに生産量にも限界がある。国全体の需要を考えてみろ。大規模にひとつの作物をつくる農業も必要なんだよ。オレ達だって・・・・・・本当は農薬なんて使いたくないさ。農薬散布は重労働だし、健康にも良くない。それに何よりも消費者に嫌われる。オレの知り合いには畑の周囲の住人に気を遣い、深夜に農薬を散布してる奴もいるくらいさ」

「そうなんだ・・・・・・」

「そのくせ、買った野菜に虫がついていようもんなら、消費者は怒ってクレームをつける」

 ふう・・・。深く息を漏らすと、狭山はこう断言した。

「俺達に農薬を使わせてるのは、結局消費者なんだ」

 聞いた途端、美味香たちは絶句した。

知らなかった。いや、知ろうともしなかった。自分たちの知らないところで農家はこんなにも重たい責任を背負っている事など、毛ほども知ろうとしなかった。

 当たり前の様にスーパーや八百屋で購入している野菜は、農家一人一人の手間暇をかけているだけでなく、様々なジレンマの中で生み出されている。そんな農家が抱える心中の思いを美味香たちはこのとき初めて知る事が出来た。

 話を聞き終えた後、一同は暫し沈黙し言葉を紡ぐを躊躇った。

 だがそのとき―――不意に真之介が立ち上がると、話をしてくれた狭山を真摯に見つめながら45度に上半身を倒し、頭を下げて言う。

「狭山のおっちゃん、ありがとうございます」

「え?」

「い、いきなりどうしたんでプかシンノスケ?」

 突然の真之介の行動は周りを驚かせた。

 だが、それ以上に狭山を驚かせたのは真之介の口から飛び出た言葉だった。

「農薬の問題を考える時、オレたちはどうしても自分中心に考えがちだ。食材の残留農薬の恐怖ばかりを口にする・・・・・・」

「それは、まあ・・・・・・」

「たしかにそうだけど・・・」

「だけど・・・・・・農家の人たちはオレたち消費者の求める農産物をつくるために、農薬を浴びつづけているんだ。オレたちの食卓に届けるために」

「・・・・・・」

「農薬の一番の被害者は・・・・・・実は、農家の人たちなんだよな」

 聞いた瞬間、美味香たちは全員ハッとした表情を浮かべる。彼の言う通り、農毒薬の被害を最も受け身も心も削っているのが他ならぬ生産者自身である事に。

「だから・・・ありがとうございます」

「・・・・・・」

 狭山は内心諦観していた。どうせこんな話をしたところで、彼らはおろか消費者の誰一人にも理解なんてされないとばかり思っていた。

だが、ここに確かに理解してくれる者がいた。農業を愛し、食を愛する次世代を担う未来の料理人―――真之介の一言に心打たれた途端、狭山の双眸から零れるのは紛れも無く歓喜の涙であった。

「狭山さん?」

「だいじょうぶですか?」

「がはははは・・・みっともねぇ・・・・・・ただ・・・・・・そんなふうに言ってもらえたら、オレらもつくりがいがあると思ってよ。がはははは・・・」

 込み上がる熱い思い。こんなにも胸が熱くなるのは久しぶりだった。それだけ狭山にとって今回の出来事は嬉しいの一言に尽きた。

「ですが・・・・・・実際残留農薬のせいで、健康被害も出ているんですよね。農家の人がたいへんなのはわかりますけど、やっぱり残留農薬は心配です」

「ミミカの言う通りよねぇ」

「もちろん、農薬はできるだけ体に入れない方がいいに決まってる。そのためにも、自分でしっかり食品を選ぶ力を身につけねぇと」

「でプねー・・・」

「最近は食の安全への関心が高まって買い物の時にきちんと食品表示を見て、産地や生産者、流通経路を気にしたりする人が増えてきてる。ついでに『原材料』まで見ると、より安全度は高まるけどな」

「あ、このあいだ結城先生の授業で習いました。トレーサビリティーですよね♪」

 覚えたての知識が出て来た瞬間、美味香が結城を見ながら笑顔で答える。結城は「大正解だよ!」と、笑顔で返す。

「そしてもっと大切なことは・・・・・・自分で安全を生み出す力だ」

「安全を・・・・・・生み出す力?」

 どういう意味なのか、真之介が言った言葉の意味を深く考える美味香たち。

「要するにだ。農薬を毛嫌いするばかりじゃなくて、オレたち消費者自身もほんとの安全の意味を考えなきゃって事だよ・・・・・・」

「ほんとの安全の意味?」

 弥(いや)が上にも思考の迷路に陥る美味香。リンリンも若だんなも深く考える。

 思案し悶々とする友人たちを見、へへへ・・・と笑った真之介は、腰を上げると全員へと号令をかける。

「おっし。んじゃ食べに行こうぜ・・・本当に安全でうまい食事をな」

 

「皆さん、おつかれさまでしたねぇ」

「「おつかれさまでーす!」」

「「「「おつかれさま・・・です(プ)・・・」」」」

 時刻は正午。

 本日竹庵養生園で行われた収穫作業はすべて終了。真之介と結城以外は皆々くたくたになった様子で顔をげっそりとさせていた。

 養生園の道田とその妻は収穫の手伝いをしてくれた真之介たち全員の労をねぎらう。

「いやーこれだけたくさんの方に手伝っていただくと、作物の収穫もあっという間だったわね、お父さん」

「本当に助かったよ、ありがとう」

「それは良かったんだなぁ。ははは・・・」

「若干一名死んでいますが・・・」

「お、おなかが空いてもうだめです~~~」

 普段陽の下で農作業などやった事の無い美味香にとって、今回の体験は人生にまたとない機会だった。貴重な経験を積むとともに、その代償に彼女の空腹は最高潮に達しており、意識は朦朧とし立っている気力すら失いかねているほど。

 そんな美味香を見て、破顔一笑した真之介は彼女の空腹に応えてやろうと道田と狭山の妻たちへと呼びかける。

「おし・・・じゃあ狭山と道田の奥さん方、お願いしていいかな?」

「はいはい」

「まかせといてね」

「お願いでプか?」

「ああ、これから人生の大ベテラン二人に知恵を拝借しようと思ってな」

 

 

午後12時34分

竹庵養生園敷地内 道田宅

 

 談笑の絶えない賑やかなひと時を過ごしたのち、茶の間へと集まった人々の元へと運び込まれた新鮮な野菜を作った手料理の数々。

「わぁ、おいしそうです!!」

 はらぺこな美味香は見た目だけでも空腹を満たしてしまいそうな料理を見ながら目を輝かせる。

「スゴイねぇ。さすが大勢でつくるとあっという間にご馳走の出来上がりだ」

「ではお手を拝借・・・いただきます!」

「「「「「いただきます!!」」」」」

 食卓へと運ばれてきた料理を美味しそうに頂きながら、寄り集まった人たちが自然な会話をして盛り上がる。今の時代に失われつつある家族の肖像がそこにはあった。

 会話が楽しければ自然と食事も美味くなり、箸もそれに伴って進む。

 概ね楽しい食事をしていた折、結城はあまり箸の進んでいない様子で訝しげに料理を見つめる若だんなの事が気になった。

「段田君。どうしたんだい?」

「結城先生、さっき真之介くんは『安全な料理を食べに行く』って言っていたんだな。だけどこれ・・・」

「農薬を使ってるのに・・・・・・かい?」

 若だんなの何の気ない疑問に対し、正面に座っていた狭山が真っ先に応答。

「あ、い、いえ・・・すみませんなんだな・・・」

これにはさすがに罰が悪いと感じた若だんな。咄嗟に謝ってしまう。

「いやいいんだ。たしかにうちの畑じゃあ農薬を使ってる。それが気になる気持ちはわかるよ」

「若だんなはこの食事が危険だと思うか?」隣に座っていた真之介がおもむろに尋ねる。

「え? い・・・いや危険というわけじゃ・・・・・・」

「たしかに、農薬は気にはなるけど・・・でも狭山さんがそんな危険な食材をこうやって私たちに食べさせるわけないじゃない」

 純粋無垢に満ちたリンリンの言葉を聞いて狭山は笑みを浮かべ、ほっとした様子で茶碗の中を白米を口へ運ぶ。

「リンリンの言う通りだ。つくっている人の顔が見える―――これほど安全なことはないよな。美味香もそう思うだろ?」

「そうですね」

「“安心”と“安全”は似ているようで実は違う。たしかに安全性だけをいえば、海外のオーガニック食品の方が安全かもしれない。実際、無農薬だからな」

 食卓に集まった皆の視線が真之介へと向けられ、彼の口から出る言葉ひとつひとつに熱心に耳を傾ける。

「でもオレは、こうして顔の見える農家の人から譲ってもらった野菜の方が好きだ。農薬を使っているかどうかよりも、もっと豊かなものがそこにはあると思う」

「真之介君・・・・・・そうですよね」

「でもね、農薬には見えない恐怖もあるんだ」

「え?」

 難しい顔を浮かべて結城が懸念する農薬の見えない恐怖。その実態について彼は次のように説明する。

「農薬を浴びたり口にしたりした本人の健康はもちろんなんだけど・・・こういう化学物質が本当の意味で怖いのは、実は僕達現世代じゃない。精子や卵子・・・・・・つまり、次世代への影響なんだ。もう半世紀も前の話になるけど・・・工場廃液による有機水銀に汚染された魚介類を食べたことにより集団的に発生した公害病があった。四肢の感覚障害や運動失調、ふるえなどをおこし重傷者はそのまま亡くなった。この公害事件はまだ補償は完全に終わっていないし、現在も病気で苦しんでる人がたくさんいる」

 そう語ると、結城は持ちこんだホワイトボードに文字を書き綴る。

「よし! じゃあか組の四人に問題を出そう。次のうち同じように汚染された魚を食べながら症状が軽かった人たちがいる。それはどんな人たちかな?」

結城が書き綴ったのは以下の四つ選択肢だった。

 

1、伝統食を食べていたおじいさん・おばあさん

2、体力が有り余っている20代の若者

3、細胞がどんどん入れ替わっている幼児

4、その他

 

「私は①だと思います」

「あたしは②じゃないかしら・・・」

「ぼくは③だと思うだな」

「答えは①でプよ! おじいちゃん、おばあちゃんはむし歯にならないけど入れ歯でプからね」

 と、愛嬌たっぷりにそう答えたタマ。聞いた瞬間、食卓を囲んでいた道田・狭山夫妻は思わず笑いを込み上げた。

「いいんやタヌキ。メチル水銀はそんな笑えるようなレベルの話じゃなかったんだぜ」

 タマの言ったジョークを掻き消すような真之介の低く真剣な声色。

「先生、答えは④だ。もっと正確に言うと妊婦さんだ」

「さすがは王子君。良く知ってるね」

「妊婦さん?」

「どうしてなんですか?」

「つまり、母親が食べたメチル水銀を胎児が全部引き受けたんだ。だからその地方で生まれたこうした赤ちゃんのことを『宝子(ほうこ)』って呼ぶんだ」

 1956年5月1日、熊本県水俣地方で発見された『水俣病』がまさにそれである。中でも1962年に胎児性水俣病と呼ばれる症例が確認された。

誕生する段階で母体からメチル水銀を引き受け、その影響により脳の発育が不十分だったり、神経細胞が壊されたりして、言語の障害や運動失調など様々な症状を抱える。熊本、鹿児島両県によると、55年以降に生まれた水俣病の認定患者は77人(3月末時点)。複数の患者団体によると、そのほとんどが胎児性患者とみられ、このうち約20人が亡くなっている。生存者も体調の悪化などで、多くは療養施設やケアホームなどに入所している。

「このように・・・母親に何もなくても、生まれてきた赤ん坊に影響が出る場合だってある。食べた本人が異常がないから安心といえるほど簡単な問題じゃないんだ」

「ん~~~・・・やっぱり無農薬じゃなきゃダメってことですか・・・」

「でも・・・・・・普通に暮らしてて農薬を完璧に避けるなんてぜったい無理だし・・・」

「無農薬にこだわり通せるほどのお金もないんだな・・・・・・」

 自分たちの健康を害するかもしれないと分かっていながらも、経済的な問題から農薬を使った野菜を購入するしかない。

 だが、それによって健康被害を受ける可能性もゼロとは言い切れない。日々を生きていく為には経済的なコストを最小限に抑えなくてはいけない。

 日常生活に潜むジレンマに突き当たる。和やかだった食談がいつの間にか静まり返り、皆だんまりとしていた・・・・・・そのとき。

「うまあい!!」

 沈黙を破ったのは、またしても真之介が発した言葉だった。

「どれもこれもほんとにうまいなあ。うまい、うまい!」

 唖然としながら真之介を見ると、一人食卓に並べられた食べ物を次々へと小皿に装っては美味しそうに食べていた。

「ほらほらみんなも食べようぜ、せっかくの料理がもったいだろ!」

「真之介君・・・」

 美味香たちは真之介を訝しげに凝視しながら彼の真意を考える。

「いやあ、このカボチャは栗みたいにホコホコだ!」

 果たして真意などあるのかどうか。それは彼自身でないとわからない。

「ん~~~、このカラっと揚がった食感、たまらないなあ」

だが少なくともこれだけは言える。今の真之介はただテーブルに並べられた料理を食べる事に夢中になっているだけの一人の少年である風に思えた。

「プッ」

「くくく・・・・・・」

「「「「「「あっははははは・・・」」」」」」

 真之介を見ているうちに、悩んだり不安になっている事が馬鹿らしく思えた。自然と笑いが込み上げいつしか食卓は元の賑やかさを取り戻した。

「そうそう、笑う門には福来たる! 塞いだ顔して食べてたらどんな安全な食べ物でもおいしくなるからな!」

「まいったんだな、真之介くんには」

「でも、なんでもおいしく食べないともったいないでプー」

「そうね、みんなでつくったんだもんね、どれも特別な料理だもんね」

「よーし、私もモリモリ食べますよー!!」

 小皿に装えるだけの料理を運び、美味香は宣言通りに食べ進め、その度に「ビミです~!」と叫んでは昇天。周りはそんな彼女の姿を見て更に笑いを零した。

「考えてみればあれだね・・・・・・狂牛病(BSE=牛海綿状脳症)やら、食品偽装表示やらでここのところ特に騒がれてはいるが、“食の不安”は何も最近始まったわけじゃないよねぇ」

「40年ほど前には、食品添加物や残留農薬の体への影響が問題になって、消費者運動が起きたりしていたし・・・・・・」

「少し前には、O-157(病原性大腸菌の一種)による食中毒や環境ホルモン(内分泌攪乱物質)が問題になってた」

「確かに・・・・・・」

「いろんな問題が起きるたびに俺達農家は忙しくなる。書類を書いたり、検査をしたりな」

「消費者が安全・安心の保障を求めるからですね」

「最近はそういう書類づくりに忙しくて、畑に行く時間が少なくなっちまうありさまだよ」

「そうなんでふ(・)か?」口いっぱいに食べ物を含んだ美味香は意外な事実に吃驚する。

「安全・安心の責任は農家にだけあるわけじゃないのにな」

 現実に起きている食の問題とどう真摯に向き合うか・・・・・・それを思案するヒントを、真之介は食卓に並べられた食べ物に見出す。

「実はな、この献立にもヒントがあるんだ」

「今日の献立は、真之介くんからのリクエストなのよ」

「真之介くんからの?」

「そういえば、梅おばあちゃんから聞いたことあるんだな。日本の昔ながらの調理の下ごしらえには、害を取り除くテクニックがたくさん隠れてるって」

「“水にさらす”、“ゆでこぼす”、“アクをとる”・・・そういう下ごしらえのひとつひとつに、食材から有害物質を減らす効果があるんだ。それに、塩や酢、醤油なんかの調味料を用いた下ごしらえは、野菜や魚の水気・臭みを取るだけじゃなくて、同時に有害物質も取り除いてくれるんだ」

「へえ~・・・まさに一石三鳥四鳥ねー」

「まだまだあるぜ。乱切り、半月切り、いちょう切り、ささがき・・・野菜の切り方にも意味があるんだ。細かく切ったら有害物質の溶出面積も大きくなる」

「溶出でプか・・・?」

「つまり、それだけ有害物質が溶けだして野菜に残りにくくなるんだ」

「え~~~、さっき私たちがやってたことにそんな効果があったなんて・・・・・・!」

「知恵を拝借っていうのはそういう意味だったんですね?」

「あらまぁそうだったのお、おばさん今初めて知ったわ。あはははは」

「だから真之介くんは、この献立をリクエストしたのね、ナットク!」

 作った本人たちすらも知らなかった事実に驚きと、それを見事に実現させた真之介の手練手管は大人も脱帽するほどだった。

「さらに、食べ方にも工夫があったりして」

「食べ方ですか?」

「ほお・・・具体的にどういう事かな?」

「ずばり体内に入ってしまった不安物質を、体外へ排出するための工夫だよ。たとえば、ビタミンA・C・Eや食物繊維を多くとったら毒を排出しやすくなるんだ。食べ物同士の組み合わせ、調理法で、そういう除毒作用を促すともいわれる。ふろふき大根やいり豆腐、筑前煮といった日本型の食事には、知ってか知らずかそういう効果があるみたいだ」

「つまり食の安全は、畑と台所の両方が大切だということね」

理解したリンリンがそう呟いた直後、食卓を囲む道田・狭山夫妻も挙って頷いた。

「食を委ねるということは、命を委ねるということ。だからこそ人任せにしすぎず、少しでも自分の力で安全を生み出そうとする姿勢が大切なんだとオレは思う」

「たしかに僕達は野菜に限らず、つい安さや見栄え、手軽さなんかを優先して食品を買ってしまう傾向にある。なぜこの食材や食品が安いのとか、なぜ同じ野菜が一年中売っているかなんて考えないで買い物するし・・・・・・」

「だからこそ生産者の顔が見えるものを選んで買ったり、手間をかけて調理したりするってことなのよね」

「そうなんだな」

「つまり、農家さんも調理する人も食べてくれる人に喜んでほしいという気持ちは同じだってことですね、真之介君」

「そうだぜ美味香。手間をかけることは愛情の表われなんだ。愛情が湧けば自ずと手間をかけたくなるのは、どんな人でも同じなはずだ」

 目の前に並べられた献立。すべてここに来てから自分たちとともに調理をした道田・狭山両夫妻とともに作り上げた品々。それを見ながら、真之介は両手を前に差し出し口にする。

「手間をかけることと愛情は比例する! だからこそ手料理はうまい!!」

「うまいこと言うね、王子くん!」

「さすがは真之介くんなんだな!!」

 この場に集まった者たちからの拍手喝采が真之介へと向けられる。本人は照れた様子で頬を掻きながら、小皿に盛った料理を口へ運ぶ。

「たしかに・・・こういう手料理を食べていれば生活習慣病の予防にもなりますしね」

「基本的に、ぼくたち日本人の体には和食が合ってるからマイナスに働くことはほとんどないんだな」

「何も残留農薬や添加物ばかりが“食の不安”じゃない。個人個人の食生活の乱れそのものをもっと改善していくように心がける必要があるんだ」

「マスコミの影響か、最近は目先のちょっとした危険に過敏になって、バランスを欠いた安全志向が蔓延してるからねぇ」

「食の安全はもちろんだけど、もっと本質的な“食の安全”は毎日きちんと食事ができる保障を得ること―――大事なのは食卓の向こう側(・・・・・・・)なんだ」

 

 

 

 食の問題を語る上で欠かせない『食料自給率』の問題。

 現状、日本の食料自給率は下がり気味で、カロリーベースで39パーセント。日本人の食卓の殆どは輸入品に依存している。

 私たち消費者は今、毒性や添加物の含まれない食品を求めることこそが“食の安全”だと思っているが、毎日の食事ができる保障が無くなり、飢えに直面したとき・・・生き物は最大の危機に直面する。飢える時に、残留農薬や添加物のことを考える余裕はなくなる。

 しかし“食の安全”に振り回されるだけでなく、きちんと食材と向き合い、お弁当や家族の団欒を持つことがまず大切だ。そうすれば、自然と危ないものを食べる確率は減り、食事を大切にすれば食べ物を無駄にすることも少なくなる。

 

 

 “食卓の向こう側”―――あなたなら、この問題をどうお考えになりますか?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

原作:魚戸おさむ 脚本:北原雅紀著 『玄米せんせいの弁当箱 3巻』(小学館・2008)

作画:魚戸おさむ 原作:佐藤弘、渡辺美穂 『食卓の向こう側 コミック編①』(西日本新聞社・2007)




補足情報
アルブレヒト・テーアによる農業の定義
「農業は営利事業であり、植物体、動物体の生産(さらに加工の場合も)によって利益を生み出すこと、すなわち利殖をその目的とする。」
「この利益が持続的に多ければ多いほど、この目的はますます完全に達成される。それゆえ最も完全な農業とは、農業者の能力、生産諸力、資産状況に応じて、できるかぎり最高の利潤を持続的に引き出す農業である。」






参照・参考文献
著者:アルブレヒト・テーア 『合理的農業の原理(上巻)』(農文協・2007)

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