天使。天使と言われれば人は何を想像するであろうか。神の使い、それはアブラハムの宗教における定義である。わが国では人に対して天使と云う単語を用いることでその人の美しさや心の清らかさを形容することがある。そう、まさに私の眼前にいるのはその天使なのだ。
「ゆかりさーん、どうしたんや。ボーっとして。」
薄赤い髪の少女が首を傾げ、私の顔を覗き込んでいる。その少女の桃色の瞳は紅玉の様に煌きつつも高山の清水の様に透き通っていた。その瞳を携えた端正な顔立ちは少女の高貴さを物語るようである。あぁ、この少女を見るたび私はこう思うのだ。
茜ちゃんマジ天使―――。
「ゆかりさーん。」
気が付いた時には茜ちゃんの顔は私の顔の前に来ていた。私は彼女に見とれていてその事を認識していなかったようで、それに気付いた瞬間、反射的に後ろにのけ反った。
「わわっ、急に動くからびっくりしたでゆかりさん。」
「ご、ごめんなさい、こ…琴葉さん。」
「あーっ、また琴葉さんって呼んでる。もう、茜でいいって言ってるやんゆかりさん。二人しかいない文学部の仲間なんやし。」
「ご、ごめんなさい。」
茜ちゃんはちょっとだけ不機嫌になったようで頬を膨らませて読書に戻った。
ほっぺた膨らませた茜ちゃん尊い――。
私は頭の中では茜ちゃんと呼ぶことに抵抗はない。しかし、茜ちゃんと声に出すことには非常に躊躇われるのだ。一度、自室で茜ちゃんと声に出してみようと試みたが、あかねの三文字を言うだけでどもってしまう上に言い終わった後は顔に火がついたように真っ赤に火照ってしまって、本人の前で呼ぶのは土台無理な話であった。後輩の名前を呼ぶ事すら叶わないとは、我ながらコミュニケーション能力というか社会性に乏しい事は自覚している。そう、私は所謂コミュ障である。コミュ障だから故に先輩が丁度いなくなってしまう文学部に入部し、ひっそりと高校生活を送っていたところに何故か茜ちゃんは入部してきた。理由は私がこんな様なので未だに聞けていない。
私はのけ反った際にずれた眼鏡を直しつつ部活動を行うことにした。文学部の部活動と言っても自由に本を読んだり文章を書いたりと決まった活動内容はない為、私の最近の活動内容としては今度のコンクールに出す小説を書いているし、茜ちゃんは今年の直木賞受賞作を読んでいる。小説を書きながらふと茜ちゃんを見ると、先ほど膨らませた頬は元に戻っており真剣な表情で姿勢よく本を読んでいた。
ヤバい、真剣な表情マジ尊い―――。
茜ちゃんは小説を読んでいるときは表情がコロコロ変わる。なので、ずっと見ていても飽きることはない。飽きることはない。そう、飽きることはないのだ。ずっとずっと見続けて気が付くと下校時刻になっていた。
「あっ、もう帰る時間やなー。今日は用事があるからそれじゃあ、ゆかりさんお疲れ様ですー。」
茜ちゃんは読んでいた本をカバンにしまい、手を振って足早に部室から出ていった。
「あっ、あぁ、また明日ね。」
あぁ、今日も小説は一文字も進まなかったな――。