あぁ、今日は何と最高で最悪な日だろうか―――。
茜ちゃんと共に校門を出た時、そんな言葉を頭のなかに思い浮かべた。茜ちゃんと放課後デート(そう思っているのは私だけだが)をできるとは今日は今までの人生で最も良い日に違いなかった。しかし、10分前程までに行われていた、茜ちゃんの名前を呼び合うという私にとっては火の海を渡るような苦行によって、私の精神は今までの人生で最も磨り減っていた。この状態でこれ以上茜ちゃんと交流しようものなら、いつ私の精神的なキャパシティを超過してしまうか分からない状況になる。しかも今日は放課後デート。最悪だ。最高で最悪。そんな私の心情を知らない茜ちゃんは積極的に話しかけてくる。
「ゆかりさーん、これからどこ行くか分かるかー。」
屈託のない眩い笑顔を此方に向けながらそう問いかける茜ちゃん。
くっそー、滅茶苦茶可愛い―――。
私はできるだけの笑顔を造り、
「い、いやぁ、全然分からないですね。」
と答える。その後、私を襲う不安。笑顔はぎこちなくなかっただろうか。声は震えていなかっただろうか。注意を払わなければ“普通の”コミュニケーションができない者にとっては話すだけでも精神を使う。相手が茜ちゃんなら尚更に。
茜ちゃんと雑談をしながら歩くのは楽しいが苦しい。楽しさと苦しさのせめぎ合いを暫く続けていると、
「ゆかりさん、着いたでゆかりさん。」
少し興奮気味に茜ちゃんが呼びかけてきた。二回も名前を呼ばれて私はいつもの様に可愛さの余韻に浸りそうになるのを抑え、茜ちゃんの指さす方向を見る。大きな窓の窓際に並んだバスケット、それに入ったバケットや山型食パン、この香ばしい香り、パン屋だ。いや、パイやクッキーなんかも売っているようだしベーカリーの方が正しいようだ。そんな傍から見たらどうでもよい事を考えながら茜ちゃんに店内へと導かれるままに入る。店内に入ると香ばしい香りはより一層まして私の鼻孔をくすぐる。良い香りの漂う店内は少々手狭な感じがするが明るく緩やかな空気が流れているような、そんな良い雰囲気の店だった。
「この店な、ここの近くの本屋さんに寄ったときにいい香りがしてなー、それを辿っていって気づいたらここに来てしまったんや。ほんでなー、ここのパン食べたらな、とってもおいしくてゆかりさんに食べさせてあげたいって思って―――
可愛すぎて死にそう―――。
ここに初めて来た理由も、ここに私を連れて来ようと思った理由も可愛すぎて私の意識は天使に導かれるまま天へと昇りそうになった。
「ゆーかーりーさーん。」
天使、もとい茜ちゃんの声で意識は我が身に戻される。精神の磨耗によってだろうか、いつもより余韻に浸ってしまう時間が長い気がする。
「うちのオススメはなー、このクロワッサンとクリームパンと―――。」
おすすめのパンと紅茶を私は買いイートインスペースへと向かう。茜ちゃんは新規開拓と言ってお好み焼きパンなどちょっと珍しいパンを買ってみたようだ。窓際の明るい席に向かい合うように座る。あぁ、私は幸せだ。思えば今まで、こんな風に放課後に誰かと寄り道をすることなんてなかった。コミュ障なのは自覚していたし、友達なんて滅多にできなかった。でも、今は茜ちゃんがいる。茜ちゃんのおかげで、私の高校生活はかなり明るいものになった。感謝してるし、茜ちゃんのことは好きだ。この気持ちを伝えたい思いはある。けど、こんなこと言ったら引かれちゃうんじゃないだろうかと思う気持ちもあるし、今のままでも素敵すぎるくらいの高校生活だ。だから、今はまだ、今のままで。