ふたりの恋愛前線【完結】   作:Kohya S.

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 次に会ったとき曜は改めて礼をいった。僕としては嬉しくはあっても、まったく苦ではなかった。

 

「なにかあれば、連絡してよ。仕事の日はともかく、それ以外は暇だから」

「えっと、はい、どうしても、っていうときにはお願いします」

 

 あまり無理強いしても迷惑だろうから、それ以上はなにもいわなかった。

 

 秋分のころから気象予報は難しくなった。東日本に秋雨(あきさめ)前線が停滞するからで、前線の動きひとつで雨が降ったり晴れたりするのだった。

 曜と僕は会うたびにそれぞれ予報を披露した。七割ほどはふたりとも当たり、一割は僕だけ、一割は曜だけが当たり、もう一割はふたりとも外れるのだった。

 曜は勘と経験だけで僕とほぼ同じ正確さを出しているわけで、僕は舌を巻いた。

 

 秋雨の時期を過ぎると天気は周期的に変わるようになり、予報はふたりともよく当たった。

 

 そういえば水泳部は夏以外はどうしているのだろう。ある朝、疑問に思った僕は曜に聞いてみた。

 

「うーん、高校によっては温水プールがあるけど、浦の星にはないから。水泳部は部員も少ないし、半分、休部状態かも」

「あ、そうなんだ」

「部活がある日は、基礎体力作り、かな」

「基礎体力っていうと、走ったりとか?」

「そうだね。ランニングにダッシュに、ほどんど陸上部みたいだよ」あはは、と笑う。「あ、でも私は、沼津の温水プールで週に一度は泳いでるよ」

「泳ぐの、好きなんだね」

「なにをいまさらー。田嶋さんだって知ってるでしょ」

 

 たしかに。プール開きを楽しみにしていた曜が、競泳用水着の曜が思い出された。

 曜はしばらく黙りこんだ。やがてこくっと意を決したようにうなずき、口を開く。

 

「あの、田嶋さん。今度の土曜日、仕事?」

「いや、休みだけど」

 

 もしかして、と鼓動が速くなる。

 

「えっと、もしよかったらでいいんたけど、ちょっと迎えに来てもらえないかな」

 

 曜は照れくさそうに目をそらした。想像が当たったのだろうか。すぐにうなずきたくなるけれど、あえて冷静さを(よそお)って聞いた。

 

「迎えっていうと……どこかに行くのかな?」

「うん、県立のプールが、一般開放日なんだ。飛び込みプールが使える日、すごく少なくて。行きはいいんだけど、帰り、バスがなくなっちゃうんだよね」

「ああ、大変だね」

 

 車を買うまで、休日に沼津市街に行くと終バスが早いことに驚いたものだ。とはいえ、理由がわかれば案の定で――デートではない、ということだ。

 

「お父さんがいれば、頼むんだけど。あの、沼津駅まで来てくれればいいから」

 

 曜はかすかに顔を赤らめ上目遣(うわめづか)いで僕を見た。可愛らしい表情はいったん落ち着いた僕の鼓動をまた速くした。

 

「もちろん、かまわないよ」と今度こそ答える。

 

「ほんと? やったあ」

 

 曜は満面の笑みを浮かべた。本当にプールが好きなんだなと思う。

 

「どうせだからプールまで送るよ。バスで行くの、大変でしょ」

「ええっ、悪いよ。けっこう遠いし……」

 

 僕が少しでも曜と長くいられるようにと話すと、曜はあわてたように手を振って否定した。

 僕は一瞬で考えをめぐらせた。そう、曜の水着姿を見られる機会かもしれないのだ。

 

「……ちょうど買い物にでも行こうと思ってたんだ。曜さんが泳いでいるあいだに、済ませてくるよ」

「でも、どうかな、まわりにお店とか、あったかなあ」

「少なくとも、内浦よりはあるんじゃないかな」

 

 冗談めかして笑いかけると曜もつられたように笑う。

 

「あはは、それはそうだね」

「それじゃ、決まり」

 

 僕の言葉に曜は嬉しそうにうなずいた。

 

 曜の自宅の場所と――最初、曜は内浦まで来るといったが僕は時間がもったいないからと説得した――目的のプールの場所、迎えに行く時間を教わってその日は別れた。

 

        ・

 

 曜が話した一般開放の時間は夕方から夜にかけてだった。昼間は飛び込み用ではなく子供用プールとして解放されているらしい。床が可動式で水深が変えられるのだそうだ。

 

 当日の午後遅く。僕が曜の自宅の前に車を止めて、呼び鈴を押すためにいったん下りようとすると、曜が玄関から出てきた。扉に鍵を掛けて車のところまで駆け寄る。

 僕が手ぶりでドアを開けるように示すと曜は一瞬迷ってから、後部座席のドアを開けた。

 

「おはヨーソロー……って時間じゃなかった。あの、こんにちは」

「こんにちは」といいながら僕は考える。「あ、うしろは狭いから、荷物だけ入れて、曜さんは助手席のほうがいいと思うよ」

「えっと、そうですか、それじゃ……」

 

 曜は鞄を置くと改めて助手席に座った。ふわりと海を思わせるさわやかな香りがした。

 曜はシートベルトをすると両足を揃えて座り、膝の上に握りこぶしをのせた。

 

「あっ、あの、よろしくお願いします」

「どういたしまして」

 

 私はゆっくりと車を出した。

 

「狭くてごめんね」

「いっ、いえ、気にならないです」

 

 助手席との距離はとても近かった。主に予算の関係で軽自動車にしたのだが、曜には悪いが今日は軽でよかったと思う。

 

 しばらくふたりとも黙りがちだった。僕は正直にいって少し緊張していた。間を持たせるためにFMラジオをつけると洋楽が静かに流れてきた。

 

 ちらっと隣の曜に目をやると、彼女はネイビーのシャツにライトグリーンのパーカーという飾らない格好だった。丈の短いキュロットパンツからは白い脚が見えていた。

 私服姿を見るのは初めてだということに軽い驚きを覚える。

 ラフな格好には制服姿とは違った魅力があった。

 

 車はしばらく住宅街の中を走っていたが、やがて左手に海が広がった。駿河(するが)湾だ。ちょうど夕日が落ちていくところだった。

 曜はまぶしそうに目を細めた。

 

「いい天気だねー。明日も晴れそうだね」

「うん、だと思うよ」

「気圧配置は、どんな感じなの?」

 

 曜の口から気象用語を聞いて僕は、にやけそうになる。

 

「そうだね、いかにも秋らしい感じかな。いまは移動性の高気圧がちょうど日本海のあたりにあって、東に進んでる……」

 

 僕が天気図を思い出しながら話すのを曜は楽しそうに聞いた。

 

 それからはいつものように話がはずんだ。

 

 一時間と少し走り、プールに着いたころには日はすっかり落ちていた。

 県立だというプールは銀色のドーム状の屋根が特徴的だった。かなり大きい。白い光で照らされたドームが暗い空に映える。僕が勝手にイメージしていた、いわゆるフィットネスクラブのプールではなく、競技場といったほうがよさそうだった。

 

 僕はぐるっと敷地を回り入口の前に車を止めた。

 

「ありがとうございました。あの、九時くらいまで、泳いでていいかな」

「うん、大丈夫。そのころには戻ってくるね」

 

 僕は体を伸ばして鞄を取り、降りようとする曜に手渡した。

 

「はい、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

 曜が入口に消えるのを見て僕は車を出した。特に用事はなかったが、アリバイ作りのためだけに近くの書店に行くことにする。何冊か本を買ってすぐにプールに戻った。

 

 期待した通り観客席から見学できるようだった。

 僕はロビーの自販機で温かい缶コーヒーを買い――日が落ちてかなり冷えてきていた――観客席へ向かった。

 

        ・

 

 プールのある場所、つまりドームへ入ると暖気が僕を包んだ。懐かしい塩素の匂い。ドームの中は想像以上に広かった。

 

 手前には、学校でおなじみだった25メートルプールの四倍の長さはありそうなプールがあった。これは競泳用だろう。十数人の男女が思い思いに泳いでいた。

 そして向こうにはその半分ほどのプール。高さの異なるいくつかの飛び込み台が、いちばん奥に設けられていた。

 プールの右手には階段状の観客席が並んでいる。僕と同じような立場なのか、ちらほらと席は埋まっていた。

 

 僕は通路を奥へと歩いた。飛び込み台がよく見える一番下の段に座る。

 

 飛び込み用プールに人は少なくて、曜はすぐ見つかった。ちょうど飛び込んだ後なのだろう、すいすいと気持ちよさそうに水面を泳いでいた。

 

 やがてプールサイドに上がり飛び込み台へ歩いていくと、いくつかあるうちの二番目の高さの台――それでも5mくらいありそうだ――へ上がった。なにか気になったのか右手で水着のお尻のところを整える。

 

 競泳用の水着に身を包んだ彼女は抜群のプロポーションで、美しかった。もうそれだけで曜を送ってきてよかったと思えた。

 

 曜が飛び込み台の端に立った。

 すると突然、彼女のまわりの空気が張り詰めた。神経を集中するようにじっと空中の一点を見つめる。

 曜は次の瞬間、斜め前方の空中へ大きく飛び上がった。体をくの字に曲げて、くるくると二回、前転する。そしてすっと体を伸ばし、指先からなめらかに水中へ突入した。

 流れるような動きは、まるで精密に振り付けされたダンスのようだった。

 

 しばらくして水面にあらわれた曜は満足そうな笑みを浮かべていた。

 僕は思わず小さく拍手していた。

 

 それに気づいたのか曜はついっとこちら側のプールサイドに近づき、身軽にプールから上がった。僕のすぐ下まで走ってくる。

 

「田嶋さん。いつから見てたの?」

 

 曜は頬を上気させていた。

 

「ついさっきだよ。さすがだね。かっこよかった」

「もう、恥ずかしいなあ。いま上がるから、ちょっと待っててね」

 

 そういって歩き出そうとする曜に僕はあわてて声をかけた。

 

「あ、まだ泳いでていいよ。たまたま用事が、早く終わっただけだから」

「えっ、いいの。私は、嬉しいけど」

 

 曜の姿を見られれば僕も嬉しかった。

 

「ここで見てるから、好きなだけどうぞ」

「えっと、それじゃ、お言葉に甘えてもう少し」

 

 曜はにこりと笑ってから飛び込み台へ向かった。

 

 次の飛び込みは素人目にもあまりうまくいかなかった。回転は中途半端な角度で、着水のときには大きな音と水しぶきが上がった。

 水面に出てきた曜はぷるぷるっと顔を振り苦笑した。

 

 ただ失敗らしいのはその一回だけで、それからは見事なものだった。台から後ろを向いて踏み切ったり、空中で前転や後転だけでなくひねりを加えたり――これほどバリエーションがあるものだとは思ってもいなかった。

 僕はまったく飽きなかった。

 

 やがて一般公開の終了を予告する館内アナウンスが流れた。

 曜はプールから上がると僕のところへ走ってきた。

 

「次で終わりにするから、ロビーで待っててくれるかな」

「うん、わかった」

「それじゃ、最後、よかったら見ててね」

 

 曜は一番高い飛び込み台へ上がると緊張した表情でちらっと僕のほうを見た。僕は軽くうなずく。曜はくちびるの端を少しだけ上げて微笑んだ。

 

 目を閉じて一度、深呼吸する曜。目を開けると恐らく今日一番の真剣な表情になる。前を向いて両手を上に伸ばし、タイミングを計るように静止する。

 僕は思わず呼吸を止めていた。

 

 刹那(せつな)のあと、曜はぐっと膝を沈めながら腕を振り下ろし、全身を使って前方に飛んだ。すぐに膝を抱え込むように丸まって、まるでバネ仕掛けのように後方に回転する。一回、二回、三回――だろうか。あまりにも高速でよく見えなかった。曜の体はするりとほどかれて一直線になると、まっすぐに水面を割った。

 僕が呼吸を再開したときには泡だけが残っていた。

 

 いままでの飛び込みもすごかったが、この最後の演技は――演技という言葉がふさわしい気がする――群を抜いていた。そこにあったのはひとつの芸術で、まさに鳥肌が立つようだった。

 

「おおっ、すごいな」

 

 いつの間にか背後の通路に人がいた。中年の男女だった。やはり僕以外が見ても曜の技は卓越(たくえつ)したものらしい。

 

 曜が浮かび上がったのは僕の近くだった。満面の笑みで大きく手を振る。曜としても会心の出来だったに違いない。僕も手を振り返した。

 曜は向こう側のプールサイドに上がり、ロッカールームなどがあるのだろう通路の奥に消えた。

 

 僕はふうっとため息をついた。

 

前逆(まえさか)さ宙返り……二回半かな?」そう男性の声が聞こえた。

「いいえ、あれは三回は回ってたわよ」女性が答える。

「そうか、そうすると三回半抱え型か、すごいもんだ」

「うちの子に飛び込みもやらせようかしら……」

 

 ふたりはそんなことを話しながら歩いていった。

 僕は興奮が収まるまで待ってからゆっくりとロビーへ戻った。

 

        ・

 

 缶をゴミ箱に捨てて待つと曜はすぐにやってきた。

 

「ごめん、待たせちゃって」

 

 曜の髪はまだ少し濡れていて、かすかに塩素の匂いがした。

 

「いや、ぜんぜん。それにしても最後の飛び込み、すごかったね」

「あ、ありがとう。大技、初めて成功したんだ。田嶋さんのおかげだよ」

 

 曜はそういってごく自然に両手で僕の手を握った。彼女の手は温かかった。僕は彼女の手の感覚を味わいながら話す。

 

「それなら、遠くまで来た甲斐(かい)があったかな。前逆さ宙返り三回半抱え型、だよね」

「ええっ、どうして知ってるの?」

 

 曜は目を白黒させる。

 

「いや……隣にいた人が、そういってたんだ」

「なんだー、びっくりした。すごく詳しいのかと思っちゃった」

「でも、飛び込みに興味がわいたよ。こんなにいろいろな技があるんだなって」

「えへへ、だとしたら嬉しいな。……あっ」

 

 曜は遅ればせながら気づいたのか、ぱっと手を離して体の後ろに持っていった。

 

「それじゃ、帰ろうか」

「うん」

 

 ふたりで駐車場まで戻る。晩秋の夜気(やき)はこれから来る冬の寒さを感じさせた。

 エンジンをかけてエアコンの温度を上げてから車を出した。

 

「田嶋さんは、目的の買い物、できた?」

 

 信号待ちのときに曜がいう。

 

「うん、すぐ近くに大きな本屋さんがあって……仕事で使う本、買えたよ」

「それならよかった」

 

 曜は微笑んだ。街灯に照らされた彼女の横顔はふっくらと柔らかそうで、僕はさわりたい気持ちを我慢した。

 

 曜は疲れたのか来るときよりも黙りがちだった。僕もあえて話しかけなかった。

 

『……今日の番組はスクールアイドルのリクエスト特集をお送りしています。次の曲はA-RISE(アライズ)のPrivate Warsです。富士市のラジオネーム……』

 

 ラジオの音が沈黙を埋めてくれた。

 

 海辺の松林に沿った道を抜けると沼津市街に入る。僕にも見覚えのある場所で、内浦までもう少しだ。

 

『続いての曲は、沼津市のラジオネーム、がんばルビィさんからのリクエストです。μ's(ミューズ)で、LONELIEST BABY。どうぞ……』

 

 また信号で止まり曜が口を開く。

 

「あのさ、田嶋さん」

「ん?」

 

 僕は顔を向けずに答える。

 

「……田嶋さんって、その……お付きあいしてる人とか、いるの?」

 

 僕ははっと息をのんだ。それは誤解のしようがない質問だった。曜のほうを見ていなかったことに感謝する。

 それでもその質問は予想外だった。僕は混乱して、つい時間稼ぎのような答えを返していた。

 

「うーん、内浦に来てからは友達もいないし。最近は曜さんくらいかな」

「……そういう意味じゃ、ないんだけど」

 

 曜は小さい声でつぶやいた。しばらく沈黙が――ラジオの音だけが流れる。信号が青に変わったことに気がついてゆっくりとアクセルを踏んだ。

 

 曜がそんなふうに思っていてくれたなんて……。僕は胸がじんわりと熱くなる。しかしよく考えてみれば――思いあたることはあった。

 

 千歌の言葉に顔を赤らめる曜(そう、お風呂だ)。連絡先を交換したときの態度。「田嶋さんのおかげだよ」

 

 ――僕は、曜のことが気になっていながら、彼女のことをちっとも見ていなかったのだ。

 

「うん。その、そういう意味では、付きあってる人はいないよ」

「えっ、じゃあ……」

 

 曜の声が希望を帯びたように明るくなる。僕は迷った。彼女の声に(こた)えたいと、彼女の熱のこもった声をもっと聞きたい思う。

 しかし、半年間、自分自身にいい聞かせてきた呪縛(じゅばく)は強烈だった。曜はまだ――。

 僕は大きく首を振ってから口を開いた。

 

「……でも、曜さんとは……ごめん、曜さんのお願いには、応えてあげられないかな」

「あはは……そうだよね」乾いた笑い声。「でも、どうして、かな」

「それは……」

「やっぱり、年のせい? 私、まだ十六だもんね」

 

 いい当てられて僕は口ごもる。君のことを思えばこそだといいそうになって、それが真実ではないことに気がついた。

 

 僕は――僕は怖かった。半年間、自分にいい聞かせてきたことは言い訳にすぎず――彼女にもし振られたら、もし会えなくなったらと怖気(おじけ)づいていたのだ。

 本当に曜のことが好きなら、もっと彼女のことを理解するべきだった。彼女は間違いなく、本当に好きになったなら年齢のことなんて気にしない、まっすぐな人であることに。

 

 ちらりと曜を見ると、彼女の目の端に輝くものが見えた。

 

「きっと……きっと、もっといい人が、いるはずだよ。曜さんにふさわしい」

 

 月並みな台詞は口にした僕自身が嫌悪感を覚えるほどだった。しかし曜の心に気づいても急には素直になれなかった。

 

 曜はなにもいわなかった。

 

「ごめん、急にへんなこと、いっちゃって」

 

 やがて曜は震える声でぽつりと漏らした。

 

 それからはふたりとも無言だった。渋滞に巻き込まれることもなく、車はすぐに曜の自宅に着いた。窓からは黄色い光がもれている。

 

 僕はプールに着いたときと同じように荷物を手渡す。

 曜は手でごしごしっと顔をこすってから受け取り、笑顔を浮かべた。

 

「あの、それじゃ、また来週」

「うん、また来週」

「あ、ありがとうございました」

 

 曜はそういってからドアを閉めた。僕は窓越しに曜にうなずきかけてから、車を発進させた。

 

        ・

 

 翌週、僕たちは防波堤で出会った。

 

「おはヨーソロー!」

「おはよう」

 

 曜はいつものように挨拶してくれた。表面的にはなにも変わりなかったが、僕はその奥にひそむぎこちなさを感じ取ってしまった。そんな変化がわかるほどには、曜について詳しくなったのが恨めしかった。

 そして僕も同じように、彼女に自然に接することができなかった。

 

 そんなぎこちなさは、本当ならきっと時間が解決してくれたのだと思う。恋人は無理でも――よい友人としては付きあっていけたのかもしれない。

 でも、僕たちの場合、その機会は(おとず)れなかった。

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