序章:温もりを忘れた青年が提督になるまで   作:影乃と月ノ神

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お手に取っていただき感謝感激雨霰であります!
本格的な小説、という意味では今作は自分にとって処女作であります故、至らぬ点は多々あると思いますが、丹精込めた作品、是非最後までごゆっくり御観覧くださいませ。


一幕
1:説明書


 2XXX年、人類は成層圏、地底、そして海底より突如として現れた化け物が引き起こした未曾有の大戦に巻き込まれ、未だかつてない被害を受けた。人類はその大戦において運良く絶滅には至らなかったものの、巨大災害と化した怪物たちによる三つ巴の大戦に勝利した深海の化け物、後に言う深海棲艦から逃れ細々と生きていくことになった。

 

 やがて徐々に数を増やした人類は、太古の昔に祖国を護らんとその身を捧げた艦艇の意志を受け継いだ存在、深海棲艦を打ち破る力を手に入れ、反撃の狼煙を上げることとなった。

 

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 太陽が眩しい程に輝く、死せる時代よりはるかに変わり果てた世界の青空の下、ごく普通の高校で、ごく普通の生徒が、今日もごく普通の教師から講義を受けている。内容はなんの変哲もない合成関数の微分。教科書のみに忠実に従ったなんら面白みもない講義だ。だが教室には先程から常に苦悶の声が響いている。教師の力量不足か、はたまた生徒の理解能力が授業内容に伴っていないのか、いずれにせよちゃんと教師の話について行けていそうな表情をしている者はあまりいない。むしろ過半数が白旗を上げ、机に突っ伏したり周りの友人達と談笑に(ふけ)っている有様だ。

 

 で、そんなクラスの中で()()()()()()()()()()()()()()()()表情をしているであろう自分、天凪 紫(あまなぎ むらさき)は半分諦めモードに入っている他の者達とは全くことなる事案と戦っていた。

 

(あと少しで記録更新だよ、頑張って。)

(そんなこと言われても……頑張っても頑張らなくてもこればかりは制御不能だって。)

(それでも、やっぱりある程度の気合い成分は必要だと思うんだ。)

(そうかなぁ……)

 

 隣の席の南谷 茜(みなみや あかね)が腕時計と頻繁ににらめっこしながら小声で話しかけてくる。側から見れば、授業中に何をイチャついているのだと言われそうだが、彼女は至って真面目である。それに毎日同じことをやっているので周囲からの視線もまたか程度、否もうほとんどの生徒が既に気にも留めていないだろう。たとえその相手が、一部男子の独断と偏見によって選ばれた学年別『声をかけられるだけでも十分幸せだけどワンチャンあるなら彼女にしたい系美人女子ランキング』で堂々の3位の座に輝いている女子生徒だろうと、この光景は日常の一部としてクラスに受け入れられた。

 

「さて、ここで昨日予習課題にしたここの演習問題の解説やるか。解けたやつは……その様子だとあまりいないな。まあこれは少し応用的な要素も含んでるから仕方ない。じゃあ天凪、前に出てちょっとやってみろ。」

 

 さも当然のように教師が名指しで教壇に呼び出す。だが、今は少しばかりタイミングが悪い。タイムリミット間近なのにそれはないだろうと、声なき声が心の内で異議を申し立てる。まあ、テレパシーなどという便利特技なんて習得しているはずがないので、その異議は口に出さない限り教師に伝わることはないのだが…

 

(はぁ、やな予感……記録更新まであとどのくらい?)

(あと五分、でもちょっとくらいなら大丈夫だよ。)

(できればそういうフラグ建てないで欲しかったな・・・)

 

 少し短気っぽいところのある数学教師を待たせるわけにもいかないので、机の間を急ぎ足ですり抜けながら教壇へと向かう。予め問題となっている式が黒板に書かれているので、先にそちらに板書してから解説しろというスタンスだ。

 

(dy/du=-3u^-4、du/dx=2x+1

 dy/du×du/dx=……)

 ※お使いの端末は正常です

 

 実はというと課題なんて少しも手をつけていなかったが、たかが教科書の演習問題くらい式を見れば難なく解ける。

 自分の字にあまり自信のない紫は、見栄えなど全く気にせずに途中式と答えを殴り書きしていった。そうではないと、あの(おぞ)ましい石灰と黒板が繰り出す悪魔的摩擦音を教室に響き渡らせてしまう気がしたのだ。

 

(あと一段……よし!)

 

 書き終えられてホッとすると、心の中で小さくガッツポーズをした。前回のあの惨劇は起こさずに済んだのだ、我ながらよくやったと褒めてやりたい。これで後は180度後ろを向いて講釈を垂れるだけ、簡単なことだ。

 

「えーと、それでは解説させていただきま……」

「…天凪!どうした!?」

 

 突如、口から流れる出だしの文句が途切れて目の前が真っ暗になり、少々の浮遊感と共に体が膝から崩れ落ちた。もう何度も味わっているため既知の感覚ではあるのだが、一瞬で意識が奪われるため慣れなんて到底あったものではない。

 

 

 意識が切れた直後、後頭部に痛烈な衝撃が襲ってきた。同時に黒板に付いている粉受けが大変騒々しい音を立て、痛みとその騒音に叩き起こされる形で意識が引きずり出される。

 

「うっ、痛ったぁ……」

 

 あまりの痛みにそう呟くと、今度はクラスメイトが騒々しくなる番だ。主立った者が大口開けて笑い出すと、それに呼応して周りの者も笑い始める。まるで梅雨の時期の夜中に一斉に鳴き始めるカエルの群勢だ。どこまでも無遠慮で、不必要なまでに神経を逆撫でしてくる。

 

「おい、大丈夫か?派手にぶつけたみたいだけど、保健室とか行かなくても平気か?」

「まあなんとか、あはは…」

 

 こうやって身を案じてくれるのがこの教師の良いところだが、群れた両生類の笑いのネタにされて一気にささくれた心を、その優しさだけでは十分に慰めきることはできない。それでも、それを表に出さず道化を演じる。それがさらなる笑いを助長するものと理解はしているが、かと言って小学生よろしく感情を爆発させるような真似は、ただでさえ浮ついているクラスの中で、腫れ物に触れるような扱いを受けるだけだ。

 

 痛む後頭部を抑えながら、適当に教室の熱がひけた頃合いを見て再び解説を始める。教師同様教科書通りの言葉を使って解説してやろうかという意地の悪い考えも浮かんだが、先程笑われたことを怒っているのだと言って、また笑われるのも嫌だったので馬鹿丁寧になるべくわかりやすくした。はっきり言って、隣で聞いている教師より上手く伝えられたことだろう。何を言っているのかわからないと言いたげな顔は、少なくとも腕を枕に休息を取っている者以外には見受けられない。

 

 

 解説が終わったところで、丁度課外を告げるチャイムが鳴った。席に戻って号令に合わせて礼をすると、早々と持ち物をカバンに突っ込んで教室を出た。茜の制止を求める声が聞こえるが、毎度のことなので無視。いつも通り校門前で待っていれば、それでいい。

 

 校門の近くで人の流れを眺めながら待っていると、急いでいます感全開にして半開きの鞄を抑えながら駆けてくる茜の姿が目にとまり、寄りかかっていた塀から腰を浮かす。

 

「はー、はー・・・いつになったら、待てができるように、なるのかな?」

「ちゃんといつもここで待ってるでしょ。」

「そういうことじゃ、なくて。」

「はいはい、じゃあ早く帰ろ。」

「あ、ちょっと、待ってってば…!息を整える時間くらい、頂戴よ!」

 

 本当は自分が取るべき態度でないことは重々承知しているが、茜はそんなことを気にしない。寧ろこんな風に普通に接することを彼女は好む。どうも人に遠慮されたり、恭しく振舞われるのが苦手らしいのだ。人の上には到底立てないだろうなと思いつつも、人の中心になれる点においてはかなりの美徳と見て差し支えないと評価する。

 

「あまり1人で行こうとしないでよ、いつまた倒れるかわからないんだから。」

「あの空間、好きじゃないんだよ。」

「気持ちはわからなくもないけど、それで危ない目に逢ったら大変だよ?女の子はラブコメみたいにラッキースケベなんて許してくれないからね?」

「ラブコメもラッキースケベもきょうび聞かないな、それ『旧時代』の業界用語でしょ……まあそれはそれとして、許されるなんて思ってないし、第一いつ僕がそんなことしたの?」

「可能性の話だよ、0じゃない以上何万回も倒れれば一回は当たるかもでしょ?」

「そりゃそうだけど…流石にあそこまでの豪運は持ち合わせてないなぁ。」

 

 先程から倒れる倒れないとは一体何の話なのかと気になっている頃合いであろう。なかなか理解されにくいのだが、敢えてちゃんと説明するなら自分はナルコレプシー患者、いわゆる居眠り病を患っている。発作的に襲ってくる無条件の強烈な睡眠欲求が主な症状で、どれだけ夜に十分な睡眠をとろうが突然、それも1日に何度もどの様な状況に置かれていようとも睡魔に襲われるかなり厄介な病気だ。軽く叩くか、声をかければすぐに目が覚めるので勘違いされることが多く、先述の様な不名誉な名前が付けられている。

 先程教壇に立った時で、寝落ちしたのは今日で8回目、まだ今日は多少マシな回数(タイミングは別として)だが、また次が来るだろう。茜はそんな自分を守るために態々登下校中ずっと一緒にいて見守ってくれている。それ故に、恋人というよりも、聞こえ良く言えば保護者、悪く言えば飼い主に当たるのが自分にとっての南谷 茜という人物だ。

 

「ねえ茜、流石にここの歩道広いから、立ち位置逆にしない?」

「駄目、ジェントルマンぶろうとしてくれるのは嬉しいけど、紫君には道路側を歩かせるわけにはいきません。」

「ここなら問題無いと思うんだけど・・・道行く人の視線が嫌なんだよ。」

「我慢しなさい、命には代えられないでしょ?」

「そんな大袈裟な…」

 

 なまじ茜が美人、かつ自分の方が10cmほど背が高いばかりに、ぱっと見カップルと思われることが多く(自分が釣り合っているように見えるとは思えないが)、あの彼氏何やってんだと言わんばかりの視線が雨霰のごとく降り注ぐ。それが嫌で仕方ないわけだが、飼い主には逆らえない。いつか慣れる日が来るか、この鬱陶しい病気が治る日が来るのを祈って今は耐えるしか無い。

 

「あ、そう言えばさっき寝てから時間計ってなかった!」

「いや、もうそれ止めない?意味ないと……」

「うわわ危ない!よいしょ、早く起きて。」

「ごめん、ありがと…」

「このぶんじゃ、また記録は伸びなかったかもね。」

 

 これで9回目、茜がいう記録とは一度寝てしまってからその後寝ないでいられた時間のことであり、そうやって起きていようと意識すれば段々倒れる回数も減るのではないかという彼女なりに考えてくれた治療法だ。今のところ効果らしいものは全く見られていないが、根気強い彼女は一向に止めようとしない。きっと生まれ持った頭の辞書から、諦めるというワードが欠落してしまっているのかもしれない。

 

「はぁ…もう部屋に引きこもってたい。」

「そんなこと言わないの。無駄に頭いいから行かなくても変わらないだろうけど、勉強と同じくらい大切なものだって一杯あるんだから!」

「あのクラスにいたって、笑い物にされるだけだし…」

「あれはみんなが紫のことを好きだっていう証拠だよ、馬鹿にしてるわけじゃない。」

「あれが僕に向けられる好意だって言うなら、もっと他の形が良かった。」

「好かれるだけマシだよ、嫌われるどころか興味も示されない人だっているんだから。」

 

 ひたっすら後ろ向きな発言を繰り返す紫に、茜はその考えを無理やりでも180°ひっくり返してやろうと言わんばかりの前向き発言をぶつける。ぶつけられる度に自分がいかに僻んでるのか自覚させられる紫側としては、押し返しが猛烈過ぎてイナバウアーしそうになるのだが、こうでもしないとそのまま倒れてしまうことを茜は知っている。

 

 ここへ来てお気付きの方も多い事だろうが、天凪 紫はダメ人間だと自分のことを評価している。人と付き合うのはできることなら避けたい、基本ネガティブシンキング、物事の好き嫌いがかなり激しい、ヘタレ、コミュニケーション能力低めetc…本来なら茜の隣にいることすら許されないはずの人種である、それでもこうして共に登下校しているのはひとえに彼女の世話焼きな性分のおかげだろう。彼女は人との間に壁を作らないし、作らせない。誰かが困っていれば一切の損得勘定無し、無償で助けてしまう。彼女のことがとても眩しく見えたことなど、一度や二度ではない。せめて恩返しくらいはしてあげたいところだが、いかんせん何をしてあげたら良いかわからない。本人に何度か直接聞いたことがあるが、決まっていつもそんな大袈裟な事しなくていいよと一蹴されてしまう。ヘタレな自分はその言葉に怯んで余計わからなくなるばかりだ。

 

「そうだ、今日はどうなの?」

「いやー、今日は特にダメだったね。今日も寄っていい?」

「いいよ、他に利用価値のない頭だからね。」

 

 勉強の話だ。茜は別段頭が悪いというわけではないが、席が隣になる前はよく自分の元に態々教えを請いに来たりしていた。そのうち自分の住むマンションまで上り込むようになり、それがきっかけで距離が詰まって今の主従関係ができたわけである。最近では学校から帰った後は大体茜も一緒に自分の部屋に来て、茜の勉強を見ることになっている。これくらいしか自分にはしてあげられることがないので、少しは恩返しになっていればいいなと思う。最初は馴れ馴れしいだの、鬱陶しいだのと色々思うところはあったが、今ではあの時に、こうして貴重な理解者であり協力者となってくれている彼女を、受け入れた自分を褒めてやりたいと思っているのだ。

 

 マンションの前に着くと、途中より前を行きながらこちらのペースを支配していた茜はくるりと回れ右。そのまま隣まで戻って来て一緒に並んで階段を上った。万が一階段の途中で意識が切れた時に備えた布陣である。こちらから何も言わなくても、病気のことを伝えた次の日からこうやって側にいて共に上ってくれるようになった彼女は、本当に気遣いというものが上手い。茜がマンションを訪ねて来るようになる前は恐ろしくて仕方なかった上階への階段も、今はかなり安心できている。

 

「よし着いた。それじゃあ、おじゃましまーす。」

「いらっしゃい、どうぞごゆっくり。」

 

 中に入るなりリビングに躊躇無く飛び込むと、部屋の隅から部屋全体を眺めている紫お手製PCの画面を点ける。そして、デスクトップと共に登場した2頭身のメイド服を着たキャラクターに話かけ始めた。

 

「やっほーメイドさん、ただいま。」

「お帰りなさいませ茜様、今日もお勉強ですか?」

「うん、最近先生の授業わかりにくくてさ、また紫に教えてもらいに来たんだ。やっぱり持つべき物は友達だよね〜。」

「こちらこそ、引きこもり願望のあるマスターを学校に連れて行ってくださり、感謝し尽くせない気持ちで一杯でございます。」

 

 何故PCとおしゃべりしているのか、それは紫がこれまた自作したアプリケーションがこの部屋の第二の住人であり、茜の友達だからだ。

 

 デスクトップマネジメントアプリ、通称メイドさん。文字通り持ち主のデスクワークをサポートするためのアプリなのだが、怠惰な紫はこれにAIを搭載してもっと扱いやすくしてしまおうと、言語解析能力も追加してPC管理専門の小さなメイドを作ってしまったのだ。元々のデザインはただの2頭身萌えキャラだったのだが、どこからか情報を仕入れてきた彼女はいたくメイドというものを気に入り、勝手にスキンを変更するなど、今や完全になりきっている。

 

「そう言えば茜様、手洗いうがいはもうお済ませですか?インフルエンザが流行っているわけではありませんが、風邪の病原菌は年中無休ですから、油断は禁物ですよ。」

「そうだったね、じゃあちょっと洗面所行ってくる。」

「サラッと自分の家みたいな感覚で言ってるど、ここ茜の家じゃないからね?」

「わかってる、でもここは私にとって第二の家みたいなものだから、そのくらいいいじゃん。」

 

 確かに、下手をすれば本当の家より勝手が知れているのではないかと思うほどに茜はこの紫が借りているマンションの一間に慣れている。そればかりでなく、同じ階に住む他の住人とも顔見知りになっていた。いい加減、自分としてはその異常さを自覚してもらいたいところだ。

 

 だがまあ仕方ない、自分が並ならぬ事情を抱えているように、茜にだってこうして度々紫の部屋を訪ねるのにも理由がある。ざっくりと言えば、南谷家は両親が共働きで夜もかなり遅い、おまけに一人っ子なので家にいても他に誰も居ないのだ。男の端くれとして、女性を1人にしておくことはやはりできない。自分の部屋に来ない時は、他の友達と過ごすように前々から紫の方でも言っており、茜もちゃんとそれに従ってくれている。もっとも、自分を訪ねる方が多いわけではあるのだが。

 

「それでどうする、先に始める?」

「うん、そうする。それじゃあメイドさん、終わってから一緒に遊ぼうね。」

「ありがとうございます茜様、ですが私は待つのには慣れていますので、存分に勉学にお励みくださいませ。」

 

 それを聞いてから、茜はカバンからノートと参考書を出していつものように復習を始めた。慣れた手つきでテーブルの上に広げられるノートに目を落とす。そこには教科書か、または市販の参考書と見紛う文字列や図表が描かれていた。彼女はかなりマメな性格なので、パッと見でも即答で美しいと言えるノートを書く。ノートは一度書けば二度と見ない派の紫としてはただ賞賛するしかない。

 

「……そこは二乗、あとはそれを踏まえてここ括って微分。」

「あ、そうか…むう、なんで紫はこんなのホイホイ解けるかな…」

「……」

「あれ、怒った?」

「別に、なんでもないよ。」

「じゃあ私のこと馬鹿だなって思ってる?」

「学年の上位一桁の人向かってにそんなこと思わないよ。」

「万年一位の紫君に言われても嫌味にしか聞こえないんだけどなー、まあ紫にそんな気はないの知ってるけどさ。それじゃあ何?」

「さあね……」

 

 正直言って、少し悲しくなった。まるで茜に自分達とは違うと言われた気分だった。無論茜にそんなつもりはないし、それこそ自分の勝手な被害妄想のようなものだ。だが、彼女にとってこの頭脳は異常なのだと思うと、どうしても昏く後ろめたい感情が湧いてくる。

 

 その後も、いつも通り茜の疑問に受け答えし、ついでに明日の予習も手伝った。頑張って付いて行こうとしてくれるのが嬉しくて、つい欲張って次へ次へと進もうとしてしまった。ちょっと怒られた。

 

「さてと、もう夕方か。夕飯どうする?」

「あ、じゃあ今日もご相伴に預からせてもらおうかな。」

「了解。じゃあメイドさん、消費しないといけない食品と余しそうなやつ教えて。」

「かしこまりました、少々お待ちを。」

 

 そう言うと、メイドさんはデスクトップ画面の中に急に出現した冷蔵庫の中を覗いた。そっちを見たところでわからないだろとツッコミを入れたくなるが、これはただの遊び心であり、読み込み中を知らせるモーションだ。

 

「昨日の豚肉がまだ残ってますね。キャベツもかなりあるので、ロールキャベツなどいかがでしょう?」

「そうだね…でもポン酢切らしてたな、トマト缶ってなかったっけ?」

「ありますよ、賞味期限も問題ありません。」

「ならそれでトマトベースにするか、茜はそれでいい?」

「オッケー、でもあまりこってりしてない方が嬉しいかな。」

「了解、じゃあご飯、なめこ汁、ロールキャベツ、冷奴ってとこかな。」

「メニュー復唱、ご飯、なめこ汁、ロールキャベツ、冷奴で登録しておきますね。」

「使った材料、分量は後で僕が登録しとくよ。」

 

 メイドさんの超ハイテク特技の一つ、食料品類の管理だ。我ながら便利な物を作ったものである、元は買った食材や作ったメニューなどを記録するただのヘルスケア目的のアプリだが、メイドさんが勝手にジャックしてからは音声入力可能、献立の提案までしてくれるようになった。しかしながら、献立はメイドさんの気分に左右されることが多いので、彼女の機嫌を損ねてしまった日には、缶詰でも食ってろと言われてしまう。それに加え、レシピを教えてくれるわけでもないので、作れる物にも多少の制限が加わるのが少々難点だ。(一度ローストビーフなんて言われてかなり困ったことがある。)

 

「…あ!ちょっとマスター、バンドつけ忘れてますよ!」

「おっと、そうだった。危ない危ない。」

 

 玉になったキャベツをペリペリと引っぺがし、ザクザクと包丁でロールキャベツ用に形を整えていると、メイドさんが紫のうっかりを指摘してきた。

 

 ここでメイドさんが言ったバンドというのは、料理中に意識が失われるのを防ぐ腕輪のことだ。刃物や火を扱う調理中に意識を失っては大変危険ということで作った代物である。中に電極が仕込まれており、寝そうになると電流が流れて叩き起こされるという代物だ(安心安全の防水設計)。それであれば、いつもこれを付ければいいだろうという話になるかもしれないが、電源は家庭用電源を使用、その上電流を流すのはメイドさんが勝手にやっているため、彼女の目がないと使えない。それにかなり痛いので、できることなら普段使いはしたくないのだ。

 

 茜がメイドさんと遊んでいるうちにさっさと調理を進めてしまう。一人暮らしを始めてしばらく経つ、台所に立つのも慣れたものだ。煮る物が多くて少し時間がかかったが、米が炊き上がる前には全ての調理が終わった。米が炊き終わると、茜にも手伝わせて配膳をし、席に着く。

 

「待たせてごめんね。さ、食べていいよ。」

「うーん、いつもながら美味しそ〜♪それじゃあ早速、いただきまーす。」

 

 ここでいきなりメインディッシュに箸を伸ばすのが彼女のスタイルだ、汁が垂れないように気をつけつつも、出来たてアツアツの柔らかなロールキャベツの1つに勢いよくかぶり付き、頬張る。

 

「うーん、美味しい♪葉物野菜特有の歯ごたえを残しつつも絶妙な柔らかさに煮たキャベツと中までしっかり味の染み込んだ豚肉…それに少し酸味の効いたトマトベースのスープが噛んだ瞬間ジュワッて溢れてきて、キャベツの甘さとお肉の塩気に最高にマッチしてるよ〜♪」

 

 ただのロールキャベツにこんなリポートをしてくれる友人などなかなかいないだろう。毎度毎度そこまで凝った感想をくれなくともいいのにと思うのだが、まあ作り甲斐という視点からすればこれ以上の人材もなかなかいないのは確かだ。

 

「あ〜でもな……ちょっとこれは、少し美味し過ぎるかな…」

「ん、それどういうこと?」

 

 ロールキャベツに顔をほころばせていた彼女の顔が、急にしょげたものに変わる。何かお気に召さない要素でもあったのかと心配になったが、すぐにその心配が無意味なものであったと知った。

 

「いやだってさ、普通ご飯を作るのって女子のやることじゃん?」

「いや、別にそうは思ってないけど。」

「紫がそうでも、普通はそう思う人が多いわけじゃん。それに、やっぱり男子にこんな美味しいの食べさせられてると、なんか女としてすごく負けた気がするんだよね。」

 

 なんだかよくわからない、()()()()というやつだろうか?というか今まで散々美味い美味いと日々言っておいてそんなことを口にした日があっただろうか、いやない、反語。

 

「ふーん、なら偶には茜が作ってくれてもいいんだよ?その方が僕も安全だし、痛い思いしなくて済むし。」

「それはそれで面倒なんだよね、楽してこんな美味しいの食べられるのに、わざわざ下手な私が作ることないでしょ?」

 

 なんだか無茶苦茶だ、だけど今に始まったことでもないので、ここはあまり気にしない方が良いだろう。論を展開してきた彼女も、今度はなめこ汁を吸いながら、味噌汁は落ち着くよねなどと語り始めたので先ほどのことはもう忘れることにした。女心は複雑怪奇、男が下手にその領域に踏み入ってはいけないのだ。

 

「そう言えば紫、もうすぐあれだね。」

「えっと、何かあったっけ?それだけじゃわからないんだけど。」

「社会科見学のやつだよ。この年になって社会科見学って言われるのもなんか微妙だけど、来週クラスで行くじゃん?」

「ああ、そう言えばそんなのあったね。」

 

 他の生徒たちの通称を借りるなら一泊二日のプチクラス別研修というやつだ。学校長が軍に顔見知りがいるとかどうので今回は特別に鎮守府……の跡地に見学に行くことになっている。流石に稼働中の軍施設は一般人には見せてもらえないだろう。

 

「茜って軍とかに興味あったの?」

「うーん、無いわけじゃないけど、そこまででもないかな。でも、やっぱりお泊まりってなると興奮しちゃうんだよね。」

 

 要はそれが楽しみという事だ。まあ噂によれば、跡地と言っても深海棲艦によって全滅に追いやられたという場所を、そのまま残しただけらしいから、あまり見て楽しいものでもないだろう。戦時中であることを若者に自覚させようという、よくあるプロパガンダのようなものだ。

 

「失礼ですが茜様、本当にそんな所へ行って大丈夫でしょうか?」

「大丈夫なんじゃない?確か、深海棲艦はその辺りにはもういないって話だし。」

「しばらく周辺の湾岸付近で発見されてないらしいし、軍の調べだとそこら辺にいたやつは拠点を移したんだって。でもだからって、茜もある程度その辺は調べておきなよ?」

「は〜い、そうしま〜す。」

 

 納得していない様子のメイドさん、だがそれは自分も同じだ。深海棲艦は文字通り深海からやってきたと伝えられる化け物だ、海面に出ていないだけで実は水面下にまだ潜んでいる可能性もある。当然学校側も同じだったことだろう。だが結局はそこに行き先を定めたのだから、確固たる確信があるのかもしれない。

 

 その後、食べ終わった茜は紫の分まで後片付けを手伝って、すぐに家に帰った。紫自身、彼女をあまり長居させる気はなかったので、そのまま玄関口まで見送る。できることなら家まで送っていきたいところだが、帰りのことと自分の体質を考えるとそれは自殺行為でしかない。

 

「はぁ、見学行きたくないな。」

「そんなこと言わずに行ってきたらどうですか…と言いたいところですが、今回ばかりはあまり奨励するわけにもいきませんね。」

「適当な理由つけて休もうかな。」

「それは茜様がノリノリな時点で諦めた方がいいと思いますね。」

「だよね・・・」

 

 結局、茜の強烈な説得を受けて行く羽目になった紫は、その前日久しぶりに眠れぬ夜を過ごした(別の意味で)

 

 




最後までお読みいただき感謝です!
ええと、自己紹介が遅れてますね、どうも影乃と月ノ神と申すものです。長ったるいので、面倒な方は影乃とお呼びください。

さて、いらん自己紹介が済んだところで、本編の出来はいかがでしたでしょうか?ほんの些細なことでも構いません、一言でも感想をお寄せ頂けると嬉しいですし、大変励みになります。

最後に1つだけ、この作品の投稿間隔ですね。基本毎週月曜日に、7000〜10000字を目安に投稿していきたいと思います。文量に対してかなりの間を空けてしまうことには大変心苦しい思いではありますが、そこはリアルとの兼ね合いです故、何卒ご理解くださいますようm(_ _)m

長くなってしまいました、名残惜しい限りですがまた次回、お会いしましょう。
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